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労働の解放をめざす労働者党
代表委員会メッセージ
【2018.7.15】
騒々しい変調曲
――選挙法改正と野党
【2018.7.2】
自由貿易主義のチャンピオンという虚構
――TPP11の経済ブロックは世界経済の分裂と闘争を表現
【2018.6.29】
「生産性革命」の安倍政権の幻想
――働き方改革法はブルジョアにとってさえピント外れ
【2018.6.22】
「両刃のやいば」
――〝高プロ〟法案の矛盾を理解しない野党
【2018.6.16】
米朝〝和解〟は世界を偽る
――世界的核廃絶は空語、覇権主義は益々はびこる
【2018.6.6】
労働者党だけが安倍政権と真に闘い得る
――昨年の総選挙は野党の裏切りで安倍自民党が大勝


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騒々しい変調曲
選挙法改正と野党

            2018年7月15日

 野党の騒々しい、偽りの反対、反対という叫び声の中で、自民党の公職選挙法改正案が採択、成立した。しかし野党は何故、何のために反対を叫んだのか。
 そもそも参院選比例区は本来的に政党間の政治的闘いをこそ、その本質的な契機として位置づけられ、運営されてきたのであって、そのことは、候補者名簿の全体が、基本的に、政党の候補者として提出されていることからも明らかである。
 衆院比例区との違いは、党候補者の名簿の一部に、名簿第1位あるいは2位として、優先的に当選が確定していく候補者が登載されていることである、すなわち「拘束的比例名簿式」であることである。
 今回の選挙法の修正は、実質的に、参院選においても衆院選と同様に、「拘束的」比例選挙にするということであって、政党選挙であるという参院選の性格からすれば別に問題にするようなことは何もなく、それに野党が反対するなどまるで筋道が立たない。
 参院選が「非拘束的」となり、投票が政党名か、個人名か、どちらでもよくなり、個人名の投票数の多い候補者から当選が決まるということになったのは、自民党なら業界の、かつての社会党や現在の立憲民主党、国民民主党の候補者の多くが労働組合の代表として立候補しいるからであって、そうした企業や業界や組合主義者の〝お抱えの〟候補者たちにとっては「非拘束式」でないと具合が悪いのである。
 社民党は16年の参院選比例区で吉田と福島を擁立し、2議席の確保を狙ったが、名簿一位の吉田が落選し、福島1人が当選し、愕然とした、というのは2人が当選するか、1人としても党首の吉田の方が福島の票を上回ると漠然と考えていたからである。
 かくして吉田は党の代表を降りるとか、降りないとかのすったもんだ騒ぎになったが、参院選も「拘束式」であったら、社民党も安んじて2人どころか3人でも立候補させ得たのである。
 共産党もまた「拘束制」に反対する理由など何もないのに、他の野党の尻馬に乗って、自民党の党利党略の改正だ、改正案の「特定区は、合区で立候補できなかった県の候補者を救済するためで、参院の私物化だ」ともっともらしく大騒ぎしている。
 どうせ改正案が成立すると読んで、自民党は選挙制度を私物化していると今さらのように騒ぎ立てる共産党もまた、自民党と同様に醜悪な党ではないのか。
 参院選比例区が原則として政党選挙だというなら、政党が議員になってほしい人から当選できる制度の方が、共産党にとっても利益ではないのか、それとも名簿の中の、本当に当選してほしい人でなく、役にも立ちそうもない候補者が当選した方が、共産党の利益だとでもいうのか。
 我々は得票数とは無関係に、党が優先当選者を決定できる、今回の改正に反対するどんな理由も持たない。
 別に改正によって、総数としての自民党の当選者が増えるわけでもなく、むしろ改正案は、相対的には減らしかねない契機を持っている(例えば埼玉選挙区で定員を1名増やすという改正案は、大いに野党に得であって、自民当選者が2に増える可能性は低い)。
 そして我が労働者党の最初の当選者は、『海つばめ』先号で紹介した吉村氏と自動的に決まるのであり、我々の闘い方も明確となり、比例区で2%、100万票獲得という勝利の数字に向けてスタートを切ることができるのである。

自由貿易主義のチャンピオンという虚構
TPP11の経済ブロックは世界経済の分裂と闘争を表現

            2018年7月2日

 TPP11が日本国会で承認され、あとは他の諸国の批准を待つまでになったと、日本のブルジョアや安倍政権は安堵し、これで保護貿易の立派な〝防波堤〟が築かれたと手前味噌の賞賛の言葉に酔っています。
 しかし農業保護主義をひっさげて旧TPPに遅れて参加し、「聖域無き自由貿易」に「例外」や厚かましくも特別扱いを要求したのは日本でした。一貫して農業保護主義に固執して、世界的な規模での自由貿易の徹底化の足かせの一つになり、WTOの骨抜きに〝貢献〟してきた日本や安倍政権が、中国などと共に、自由貿易主義の旗手として登場するなど興ざめの喜劇そのものであって、安倍はトランプが日本の保護主義を厳しく攻撃して旧TPPを脱退したことをもう忘れたのでしょうか。旧TPPと同様、新TPPの11ヶ国もまた、一つの経済ブロックとして、他のブロックや諸国と利害を異にし、対立するのであって、今や世界経済の流れとなりつつある、深化する世界経済の分裂と闘争を表現するものでしかありません。トランプの保護主義は露骨であり、えげつないのは一見して明らかですが、他のブルジョア諸国の保護主義は上手にヴェールが掛けられ、ぼかされているだけであって、米国の保護主義、つまり自国本位、自国ファーストと同様である点では、トランプも習近平も安倍もEUも、みな本質的に同じです。

「生産性革命」の安倍政権の幻想
働き方改革法はブルジョアにとってさえピント外れ

            2018年6月29日

 「働き方改革法」が成立し、安倍政権は、これで日本の「生産性革命」が進み、米中などに後れをとる、日本資本主義の優位がまた取り戻せるかの幻想に酔いしれています。安倍は26日、国会で「〝高プロ〟は時間ではなく成果で評価される働き方を自ら選択できるようにするための制度だ。時間や場所にとらわれない、自律的で、創造的な、自由な働き方の選択が可能になる」などと喝破しましたが、資本の下での〝高プロ〟法案とは、単に高収入をエサに、〝特別職の〟雇用者、資本の立場に近い〝高級労働者〟に闇雲な労働強化を押し付けるということであって、資本にとってさえ危険な〝両刃の剣〟でしかありません。従業員数万人規模の大企業の経営者は、「対象になり得るのは数人」(日経新聞30日号)というような代物で、そんなもので世界に冠する「生産性革命」など望んでもピント外れの、ナンセンスな野暮道というしかありません。まして裁量労働制法も流産してしまいました。他の残業や差別労働を規制する法案と組み合わせという、矛盾した「働き方改革」法など、成立しても一体どんな意味で、ブルジョアにとっての「生産性革命」に貢献できるというのでしょうか。残業規制では、無駄な残業をなくすというのか、そんな形で「生産性革命」を成し遂げ得るということか、そんな目的の残業規制なのでしょうか。どこかばかげていて、空論的にしか見えません。こんなやり方による「生産性革命」などブルジョアにとってさえピント外れで、期待はずれに終わるしかなく、日本のブルジョア階級の没落と、国際的な地位低下や存在感の希薄化に一層拍車を掛けることにしかならないと、親心の心配さえ起こりそうです。  

「両刃のやいば」
〝高プロ〟法案の矛盾を理解しない野党

            2018年6月22日

 今朝の新聞に、〝高プロ〟法案について、主要100社に行ったアンケートの結果が掲載されています。野党は大騒ぎしていますが、百社のうち、わずか6社が積極的に評価し、採用するというのみで、採用しないと明言した企業は31社、過半数は「わからない」という回答でした。つまり〝高プロ〟法案は資本にとっても「両刃のやいば」であって、反作用が怖くて簡単に採用できないということです。そんなやり方を採用したら、本来は資本の陣営に属するような社員にかえって反発され、ブラック企業と敬遠され、効率を求めてかえって資本に利益にならないということで、〝高プロ〟法案のそんな矛盾と言うか、「両刃のやいば」という側面さえ理解せず、野党は客観的に空騒ぎのような〝闘い〟に、形だけの「労働者のための」闘いに、実質上ではたった6%の企業が、しかも〝高プロ〟層のためにやろうとしている法案に反対していただけ、ということです。共産党や立憲民主党、国民民主党の階級的な立場を暴露しています。  

米朝〝和解〟は世界を偽る
世界的核廃絶は空語、覇権主義は益々はびこる

            2018年6月16日

 米朝首脳会談が終わりました。朝鮮戦争の終息という課題さえ明確にしない、その意味では期待はずれの会談であり、トランプと金正恩の保身と権力の維持という動機によって領導された、矮小なものでしたが、そうした動機とは別に、この会議の持つ歴史的意義は小さくなく、ある意味で時代を画する(エポック・メイキングな)ものであったといえます。
 アメリカはトランプの口を借りて、北朝鮮の核を廃棄させるには、対決や脅しや制裁や「完全で検証可能で不可逆的な」、そして即時の核廃棄でなくてはダメだといったスローガンを叫ぶことによってではなく、「相互信頼」や「対話」や「協調」等々で可能なら実現すべきだと、曲がりなりにも、たどたどしくも語り、実行したのです。もちろん、〝極東の〟片隅で実行に移されたこの試みを絶対化することも、またその内包する大きな矛盾や虚偽に目を閉ざすこともナンセンスではありますが、にもかかわらず、この会談が歴史の一つの新しい局面を開いたこともまた明らかです。北朝鮮の振りまいてきた〝危機〟といったものが、北朝鮮の核兵器といったものがほとんど虚構のものであったという事実が暴露されただけでも、その意義を確認することができます。アメリカや北朝鮮は当然としても、中国もロシアも、そしてまた日本も(安倍政権も)、全く新しい政治的な──そして経済的な──対応や立場を余儀なくされ、突如出現した新しい情況に適応することを迫られるし、すでにあたふたとそうしつつあります(その典型的なものは、日本の安倍政権です)。金正恩自身、安閑としていることはできないし、その地位はすでに安定性を失い、反対に、自らの王朝の運命──動揺し、解体して行きかねない──さえ心配せざるを得ない新情況が生まれたのです。
 核兵器によってではなく、〝経済政策〟によって、国民と国家を〝安定〟させ、富ますことで手なずけ、統合を図ろうとすることは、ある意味では国民の自覚と自主性を促すことであり、したがってまた金王朝を解体する契機を自ら導入することであることを、そうした危険と共にであることを、彼は自覚しているのでしょうか、そしてそれを自覚して、ますます北朝鮮の労働者、勤労者への攻撃と抑圧を強めようとするなら、それはかえって自らの没落を早めるかも知れないということを分かっているのでしょうか。そしてまた、そもそも金正恩はすでに本気で自ら核廃棄を実行する決意を固めたのでしょうか。しかし彼がどう思っていようといまいと、今や彼は遅かれ、早かれ核廃棄を実行せざるをえない立場に立たされたのであり、それを回避できないのです。というのは、金正恩の新しい立場は矛盾だらけ、困難だらけで、トランプとの「相互信頼」といった美しい友情などたちまち消え失せることのできる、当てにならないものであるからです、何しろ2人とも自国ファーストの信奉者、否むしろ、自分の権力とその防衛、永続化しか考えないエゴイストでしかないからです、しかもブルジョア間の、そしてブルジョア国家間の「相互信頼」といったものは、たちまちその反対物に転化するのであり、せざるを得ないような代物だからです。
 とはいえ、いくつかの大国が争う帝国主義的世界という現今の世界情勢の基本的な性格は何も変わっていません。国際的な核廃棄もまた、米国自身が先頭に立って反対しているのが現実です。米朝の〝和解〟といった、下手なサル芝居に幻惑されて、資本主義の世界の深刻な矛盾や対立や帝国主義的な性格から目を閉ざすことはできません。
 北朝鮮を〝敵視して〟、国民の民族主義や愛国主義、排外主義等々を挑発し、そんないやしいやり方で、自らの権力の強大化と私物化を図り、権力主義的野望を満足させてきたやり方が蹉跌した安倍もまた、一つの困難や危機に直面するしかありません、というのは、安倍政権の取り柄は今や〝外交、防衛〟政策にあり、それしか残っていないような状況に追い詰められていたからであり、今やその頼みの綱さえまた危うくなってきたからです。
 安倍はトランプに筆頭の忠臣として仕え、ひたすら忠勤に励み、トランプは自分の忠告によってこそ真のトランプであると勘違いしたのですが、トランプはまさに安倍の〝頭越しに〟、安倍の意思に背いて、簡単に金正恩との和解を演出して、いい気になっていた安倍の鼻をへし折り、ハシゴを外してしまったのです、安倍はトランプにとって、ヒットラーに対するムッソリーニと同様であって、アメリカの役に立たないなら歯牙にもかけない存在だと、事実上知らしめられたのです。安倍は今やトランプから独り立ちして立つというのか、らち問題の解決は、安倍政権の問題としてやるというしかないのですが、彼のこれまでの反北朝鮮、反金正恩の立場や、彼の歴史修正主義や、朝鮮国民の奴隷化──とりわけ若い朝鮮女性への性奴隷化の問題つまり〝慰安婦〟問題──の事実の承認拒否や、天皇制軍国主義国家のかつての朝鮮とアジアの諸国民に対して行った巨大な犯罪の否定等々、余りにも破廉恥な立場のままで、本当に金正恩と「相互信頼」の関係を築けるのでしょうか、狐と狸の、あるいは狸同士のだまし合いにならないで済むのでしょうか。
 そしてまた、肝心の南北に分断された両朝鮮国民の融和とその究極の目標であり、悲願である国民的統合という課題は、いかにして、いつ勝ち取られ得るのでしょうか──そしてそれはまた、南北朝鮮の国民全体が、より豊かで、より民主的で、より自由な生活や政治活動を行い、享受し得るということでもあり、またそうでなくてはなりません──、北が金王朝というゆがんだ、悪魔的な専制体制のままで、それが果たして可能でしょうか、南北朝鮮の労働者、勤労者は、諸政党はこの複雑で、困難な課題をいかに解決して行くのでしょうか、行き得るのでしょうか。(林)
 

労働者党だけが安倍政権と真に闘い得る
昨年の総選挙は野党の裏切りで安倍自民党が大勝

            2018年6月6日

安倍政権はすでにファシズム政権と同等なほどに腐っている

 国会内では野党による、森友・加計問題についての安倍政権追及は続いていています。安倍政権は、何をいわれようと、またどんな明白な「証拠」や証言があろうと、また次々と新しく出てこようと、知らぬ存ぜぬで押し通し、あるいは官僚をして証拠の隠蔽や改ざんに走らせてきました。そして証拠が真実であることが次々と明らかになったり、大量の改ざんの事実が暴露されても、そんなものは官僚がやったことだと開き直り、官僚に罪をかぶせて白を切っています。
 さらにはつい最近も加計学園事件では、安倍が2015年にすでに加計理事長と会っていたという加計学園側から県への報告などまで出てきて、加計学園のことは正式決定まで何も知らなかった、だから何か政治介入したなどということがあるはずもないという、安倍のこれまで積み重ねてきたウソが一挙に明らかにされてしまいました。もうどんな弁解も、事実の否定もできなくなって進退窮まった安倍は、今度は、当事者の学園側に、安倍が早い段階から加計理事長に出会って、加計学園の悪巧みを共謀していた事実を、その証拠を「間違って県に報告してしまった」などと見え透いた、途方もない虚偽発言をさせ、そんな姑息なやり方で、絶体絶命の危機からの脱出を図るなどの挙に出てきました。驚くべき破廉恥で、悪知恵だけには長けた、最低最悪の人非人、人でなしであるというしかありません。
 国会では野党による森友・加計問題に対する追及が続いていますが、安倍政権の犯罪を明らかにするどんな事実が明らかになり、どんな真実を語る「証拠」が山ほど出てこようと、安倍は、自分や妻は一切関係ないと開き直り、あるいは官僚に責任転嫁し、そんな「ウソが通れば道理引っ込む」の態度を貫き、また権力の陰に隠れ、あるいは権力を悪用して、貫き通そうとしています。日本の国家の腐敗、政府の腐敗は専制政府やファシズム政府並みの最悪、最低のレベルまでに達しています。まさに国家の解体です。
 しかしそんな状態にありながら、野党を自称するガラクタ政党は、国会の中で威勢のいい言葉を発するだけで、安倍政権を追い詰めることも、一掃することもできず、いたずらに時を空費しているだけです。
 何故でしょうか。

野党は無力なおしゃべり政党、裏切り政党ばかり

 野党の一部――旧民進党の残党などが野合して集まった国民民主党――が、まるで安倍与党のように振る舞い始めたことです。最近国会でも、その問いに答える、一つの事実がありました。
 5月30日、1年半ぶりに開かれた与野党党首討論会で、森友・加計問題で激しく追及する立憲民主党や共産党を尻目に、国民民主党の玉木は「日ソ交渉について伺う」などと称しつつ、「党首討論」の意味など知らぬ顔で、安倍のご高説拝聴の翼賛演説を行い、終了後には安倍と笑顔で握手をかわしたのです。まさに公明党以上の与党ぶりで、〝限りなく〟安倍政権を助ける立場と態度を露骨にし、その半ブルジョア的本性をさらけだしました。
 昨年の総選挙直前、民進党を解体し、分裂させて、このときも〝限りなく〟安倍政権を助け、大勝させたあの歴史的経験を思い出さざるを得ません。
 つまり彼らは口では野党といい、野党らしく振る舞おうとするのですが、本気で安倍政権と闘い、それを一掃しようなどとは全く考えていないということ、そして彼らが反安倍政権を謳うときがあっても、それは労働者、勤労者の支持をかすめ取りたいからであって、安倍政権に、つまり腐敗していく資本の政党とその政権に反対し、それを一掃しようなどとは全く考えていないということです。
 我々はすでに共産党の志位が、こうした連中に期待し、野党共闘を謳ったときから、そんな連中を信頼し、野党共闘の名のもとに国会に送り込んでもろくな結果にならない、重要な、決定的なときに裏切られるのが落ちだと警告してきましたが、まさに昨年の総選挙で、我々のいったとおりになり、野党共闘は崩壊して敗北、安倍の大勝に帰着しました。私たちの批判が100%正しかったことが、事実によって明らかになりました。
 しかし、仮に国民民主党は「裏切った」としても、立憲民主党や共産党は違うだろうというのでしょうか。
 そんなことはありません。立憲民主党は玉木等の国民民主党の面々と5年、10年と同じ党に所属し、仲良くやってきました。09年から3ヵ年続いた、民主党政権の失敗と挫折も共にしてきたのです。現在においても、枝野らは共産党とより、実際的には、国民民主党との連合に期待しています。そもそも国民民主党のスポンサーの「連合」会長の神津は、立憲民主党に国民民主党との連合でやれと圧力をかけています。
 そして共産党もまた立憲民主党と同じであって、国民民主党が組織されたときも、その外交・防衛政策に批判する身振りをしつつも、そんな半ブルジョア政党とも野党共闘だ――そうでなければ、安倍自民党を越える多数派を形成することはできない――と媚を売り、昨年の総選挙の時には「裏切った」と叫んだような国民民主党の連中と、「のど元過ぎれば熱さを忘れた」のかどうかは知りませんが、またまた手を結んで安倍政権と闘い、勝てるかの幻想をふりまくのです。
 昨年の総選挙の時、そんな幻想で闘おうとしたからこそ、前原に「裏切られて」民進党の解体や野党共闘の破綻や消滅という危機を招来し、なすところなく安倍政権に大勝を許したという総括――否、真剣な反省――がなく、性懲りも無く再び、破綻した野党共闘路線――ひと言でいって、「他人のふんどしで相撲を取る」といった、品のない横着な路線、日和見主義そのものの小手先細工の策動にしがみつくのです。

闘う労働者の党だけが安倍政権打倒の道を切り開く

 こうした「野党」を自称する――いったいどんな「野党」なのでしょうか――プチブル政党、半ブルジョア政党の、どんな原則もなくうごめくだけの混沌とした状況を見るなら、ただ労働者・働く者の立場に揺るぎなく立つ労働者の政党だけが、安倍政権と断固として、最後まで闘って行き得ることを確認できると思います。
 というのは、何百万、何千万の労働者・働く者だけが、この資本の支配する社会で、心身をすり減らす、困難で、苦しい労働に日々従事しつつ、自分の生活と社会の全体を支えながら、大規模に搾取され、侮辱され、非人間的に扱われ、総体として疎外されている階級だからです。資本の階級を政治的に代表し、権力を握り、労働者・働く者を永久に、そんな立場に縛り付け、ありとあらゆる困難と被搾取労働――当然、空疎で、機械的な労働にしかなりません――と貧困さえも強要するテコの役割を果たしている安倍政権――働く者の真実の敵――が存在し、威張りくさっているからです。
 我々がなぜに国政選挙に参加し、国会に進出しなくてはならないのか。
 それは労働者・働く者を代表する、労働者の党だけが、安倍政権と最後まで闘い、一掃して、労働者・働く者と国民全体の未来を切り開いて行くことがてきるからです。
 参院選闘争に勝利し、働く者の政治闘争を拡大、深化させるために団結し、共に立ち上がりましょう。(林)