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巻頭言



【2020.11.21】
学術会議をめぐる攻防
 ――断固とした大衆的な抗議行動を

【2020.11.14】
危機深めるアメリカ
 ――トランプは敗北したが

【2020.11.7】
「総合区」策動で悪あがき維新の醜態
 ――住民投票での「都構想」否決を足蹴に

【2020.10.18】
非正規の差別にお墨付き
 ――最高裁、一時金、退職金不払いを是認

【2020.10.6】
一段と国家統制を強める菅政権
 ――「学術会議」6名の任命拒否の意味するもの


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学術会議をめぐる攻防
断固とした大衆的な抗議行動を
2020年11月21日



 国会での学術会議問題の論戦において菅政権は、学術会議のあり方の見直しを主張することで、任命問題の本当の狙いがあぶりだされてきた。

 井上科学技術担当相は17日の参院内閣委員会において、自民党の山谷への答弁で、「デュアルユース(軍民両用)について、時代の変化に合わせて冷静に考えていかなければいけない課題だ」と語り、「まずは学術会議自身でどう検討をされるか、待っている」と、研究成果が民生と軍事の両面で使われる「デュアルユース」について検討するよう、学術会議梶田会長に伝えたという。

 学術会議に対して専制的な統制を強化しようとしたことが問題になっているが、それは学問・研究の軍事利用に学術会議が否定的で消極的なことへの攻撃として問題にするべきである。

 この井上の答弁について、共産党穀田は18日国会内記者会見で、「〝戦争に協力しない〟という学術会議の在り方を決めた根本を真正面から否定し、存在自身を否定するもの」、「菅義偉首相が学術会議に人事介入し、学術会議の機能を阻害したうえ、政権の意向を強要するとんでもないやり方」、「〝政権の思い通りに動け〟と学術会議の根本を否定する重大な挑戦」、学術会議をめぐる問題は「戦争への反省の上につくられた憲法を変えようとする動きと軌を一にするものだ」と批判した。

 穀田は「学術会議の在り方を決めた根本」に〝戦争に協力しない〟という大義があったことを振りかざしているが、2017年の時点で学術会議自身が「軍事的安全保障研究について」という報告をまとめ、「現状及び問題点」として、「近年、再び軍事と学術とが接近を見せている。その背景には、軍事的に利用される技術・知識と民生用に利用される技術・知識との間に明確な線引きを行うことが困難になりつつあるという認識がある」と、指摘していることを知らなかったのであろうか。

 共産党は、「学術会議の在り方」を学術会議法に求めている。この法律には、「日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とする」ことや、「日本学術会議は、わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的とする」とあり、総理大臣の所轄のもとで国家や行政や産業に寄与すべきと書かれている。これを受けて、学術会議は、科学が民生だけでなく軍事的にも利用されることは境目がわからないとして、事実上、軍事利用を認めてきている。こうした動きを共産党らは分からないのだ。

 「政権の意向を強要」ということを形式的表面的なことのように見ているのではないか。菅政権が資本の政権として、学術の軍事利用を強めようとしていることが見えないのだ。憲法改悪策動との闘いに見られるように、ブルジョア憲法(私有財産や搾取を認め天皇制を掲げた)を「平和憲法」として絶対化したり、今回の問題でも、学術会議法の前文に「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献」することを使命にしていることを持ち出したりして、現実を無視した「教条主義」に陥っている。

 ブルジョアにとっての「平和的復興、人類社会の福祉」でしかない現実に対して、〝平和〟憲法や〝平和〟学術会議法に依存せずに(利用しないということではない)闘ってこそ、労働者の階級的な闘いは発展するし、ブルジョア社会を克服する道が開けるのだ。

 穀田は学術会議をなにか〝神聖なもの〟のように扱っているが、政府機関としての学術会議を正しく評価できず、学術会議の問題を本当に理解しているとは思われない。資本の支配が退廃を深める中で、軍国主義を強めようとしていることが、学術・研究の軍事利用として表れているのであって、「学術・研究は平和的でなければならない」と念仏のように唱えたところで全く無力である。学術会議が軍国主義との闘いをあいまいにしか提起していないことは批判されるべき問題である。

 国会論戦において野党は学術会議の「独立性」や「学問の自由」の論点に終始し、政府機関であることを観念的に否定したり、「学問」を抽象的に論じたりして、菅政権を追い詰めることもできず、軍国主義化を進めようとしている菅政権の危険な策動を許している。共産党系の革新懇は、任命拒否の撤回を求める」署名に取り組み、「世論で菅政権を包囲してゆく」と訴えているが、軍国主義強化の策動に、断固とした大衆的な抗議行動こそ取り組まれるべきである。 (岩)


【※11月22日 一部加筆修正】


危機深めるアメリカ
トランプは敗北したが
2020年11月14日



 アメリカ大統領選挙は、民主党バイデン候補が現職共和党トランプ候補を破り勝利した。しかし、13日の段階で、得票数はバイデン7807万票(得票率50・8%)に対して、トランプ7272万票(同47・4%)であるが、激戦州の票差は僅差で選挙人の数を減らし、トランプは大統領の椅子を失うこととなった。選挙結果は、排外主義、人種差別主義のトランプ政治を生み出したアメリカ社会の矛盾を示している。

選挙でのトランプの敗因

 今回の選挙で問われたのは、4年間のトランプ政治である。トランプは、外国からの移民が国内の労働者の職を奪い、犯罪の温床になっているとして、移民排斥を煽る一方、国外に対しては「アメリカ・ファースト」を唱えた。輸入制限による国内産業保護策、EU、韓国、日本ら同盟国に対する軍事費負担の要求、地球温暖化防止のためのパリ条約からの脱退等々は、その表れであった。

 4年前トランプが大統領になる力となったのは、民主党の地盤である北東部の「ラストベルト」工業地帯での勝利だった。トランプは、海外からの安価な製品に圧倒され、失業など生活苦の白人・非大卒のブルーカラー労働者に対して、輸入規制、工場誘致で経済再生を訴え、6州中5州で勝利した。しかし今回はこの地帯での勝利は期待外れに終わり、トランプは、接戦(2万票の僅差)だったウィスコンシンや自動車産業が集中しているミシガン、「鉄の街」と言われたピッツバークのあるペンシルベニアの3つの州でバイデンに敗れた。(その他の激戦区、アリゾナ、ジョージアでも前回から逆転され選挙人を減らした。)

 選挙で最も大きな影響を与えたのは新型コロナウイルス感染問題である。コロナ感染に対するトランプの非科学的な態度や無為無策は低収入の貧困層の人々や子供をもつ女性、若者たちの反発を買った。

 トランプは新型コロナウイルスに対して、2月初めにはウイルスは完全に抑え込んでいるし、春頃になれば自然消滅するだろうとか、「99%無害」などと楽観論を流し続け、感染が広がると消毒液を飲むのもよいのではないかとか、副作用があり、効果も定かでない抗マラリア薬を予防薬として飲んでいるなど、無責任でたらめな発言を続けてきた。

 産業活動を優先し、コロナ対策を軽視してきた結果、アメリカは、死者23万人、累積感染者940万人の世界一の感染国となっている。「AP通信の調査によれば、最も多い41%が最重要課題としてコロナ感染対策を挙げ、このうち73%がバイデンに投票した」(朝日11・10)という。

 またトランプの人種差別は、黒人を中心とした反発と怒りを呼び覚ました。とりわけ、警官による黒人射殺事件を契機とした「BLM」運動は、若い白人層も多く参加してかつてない広がりを見せている。これに対してトランプは、テロ、暴力的運動と非難、白人至上主義の「ミリシア」を激励、軍隊の出動を命じるなど人種差別を煽り、黒人、ヒスパニックなどの憤激を広めた。

 他方、過剰生産を抱えた産業資本は、一層労働搾取度を強め(長時間労働、過重労働を強制し反対の運動があっても手を緩めず、正規労働者から非正規労働者の置き換えを次々と進め、実質賃金は20年間も低下し続けている)、莫大な「内部留保」を貯め込み、近年、自動車などの大企業は戦後最高額を更新してきたのではなかったか。

 選挙でトランプが敗北したのは、民主党・バイデン候補を積極的に支持したというよりも、むしろ「トランプに反対」、「トランプよりまし」といったトランプに対する反発の高まりの結果である。

バイデンのアメリカ再建政策

 バイデンは、新型ウイルス感染対策を当面の最重課題として取り組むことを明らかにした。新政府はコロナ対策として2・6兆ドルを支出する計画という。その他バイデンは、トランプ政権が脱退した地球温暖化防止のためのパリ条約への復帰、世界保健機関(WHO)への復帰などを公約してきた。民主党政権の下では、トランプが乱暴なやり方で国際的協力を破棄した政策の修正が図られるだろう。

 しかし、貿易や安全保障の問題ではトランプと本質的に異なってはいない。貿易問題に関してバイデンは、貿易赤字解消のために「バイ・アメリカン」(4年間で4000億ドル)をはじめ、国外への工場移転する企業への罰金、国内製造業への優遇税制といった国内の産業の保護を優先するという保護主義を訴えている。

 オバマ政権の時には積極的であった太平洋に面する諸国内での貿易拡大を謳った環太平洋経済連携協定(TPP)についても、「当初推し進められたような形で復帰しない」としている。

 トランプ政権は、中国に対して不当に貿易不均衡を押し付けてきたとして、アメリカに対する輸出制限、関税の強化、アメリカからの輸入増加を要求、さらにIT産業部門では、最先端技術を盗んだとして、中国企業のアメリカ市場からの締め出しを行った。

 安全保障問題に関しては、トランプ政権のポンペオ国務長官は7月、中国を「自由主義世界に対する最大の脅威」として、「自由主義諸国の同盟」による「対決」を呼び掛けたが、民主党もこれに同調してきた。

 バイデン政権はトランプのように同盟諸国に対して大幅な米軍駐留費の引き上げを要求するという代わりに、米軍の肩代わりや補強のため、軍備の増強や軍事的連携の強化を要求するだろう。

 バイデンが目指しているのはトランプが悪化させてきたEU(独、仏)など〝自由主義〝諸国との同盟関係の修復である。世界の覇権を争う中国に対抗し、資本主義世界の盟主としての地位を維持するために、同盟諸国との協力関係改善を目指している。

 国内政策ではバイデンは、コロナ対策をはじめ環境対策、雇用創出を優先課題として挙げた。大型減税や規制緩和を前面に出したトランプ政権と異なり、バイデンは、法人税については21%から28%に戻す、一方個人所得税は最高税率の35%を引きあげ、富裕層の資産取引税なども強化する計画である。そしてインフラ投資などで雇用を増やす。

 環境政策では、50年までに温室効果ガス排出ゼロ、30年のうちに化石燃料使用ゼロをめざす。再生エネルギーや公共インフラには4年間で2兆ドル、その他社会保障給付のための積立金などを合わせれば10年間で10兆ドル(約1050兆円)と試算されている。これによる歳出増は国内総生産の約5%に相当するという。こうした政策で経済再建しようと言うのだ。

 これだけの歳出増は1930年代のニューディール以来である。しかし、1929年の世界的大恐慌によって経済は崩壊し、何千万の労働者は失業に追い込まれたが、巨額の公共投資による雇用創出、経済再建を目指したニューディールは目的を達成することは出来なかった。恐慌の痛手から脱出することが出来たのは戦争によるものであった。財政バラまきによる経済再建というバイデンの政策が問題の解決にならないことはこれまでの経験が明らかにしている。

 バイデンの政策は、資本の支配の綻びを繕うとしてきた、これまでの民主党の政策とかわるものではない。民主党は労働組合を一つの基盤としているが、実際的には労働者のための党ではなく、大資本と結びつき、その利益を代弁するブルジョア政党である。民主党と共和党はアメリカの二大政党として競い合い、資本の支配を支えてきた。

バイデンには社会の「分断」の克服はできない

 トランプを生み出したのは、共和党、民主党が支えてきた資本の支配するアメリカ社会の矛盾の深化である。

 1960年代、アメリカの「黄金時代」と言われたように、高い生産力を持った産業と巨大で強力な軍事力を持つ世界一豊かな国であった。しかし、金融大資本や最先端技術を持つIT産業経営者や富裕層がますます富み、貧しい者はますます貧しくなるという貧富の格差は拡大してきた。

 製造産業は、中国など新興諸国の激しい追い上げによって衰退し、かつての豊かさを象徴した「アメリカンドリーム」は過去のものとなった。自動車、鉄鋼など衰退産業の中心的労働者であった低学歴、低スキルの中高年白人労働者は、かつての豊かな生活を失い、失業・低賃金に苦しめられている。

 ラストベルトの白人労働者に象徴されるように、豊かな生活を送れるという白人の特権的地位は、アメリカの衰退と共に失われた。将来への展望を失った彼らの不満と怒りは、アメリカ市場に進出が著しい中国をはじめとする外国の競争相手国、そして国内では政治を牛耳ってきた既成政党、黒人やヒスパニックへ向けられた。

 バイデンは「分断された社会」の克服を訴えた。しかし、行き詰まり、矛盾を深める社会の根本的改革を目指す運動の発展なしにその展望はない。



「総合区」策動で悪あがき維新の醜態
住民投票での「都構想」否決を足蹴に
2020年11月7日



 大阪「都構想」住民投票の結果は、維新が府・市の権力を使った情報操作(法定協でまともに資料を出さないとか、事前説明会で空想的青写真で開き直ったりした)にもかかわらず否決となり、10年越しに決着がついた。松井市長は維新代表辞職と市長任期満了をもって政界からの引退を表明、吉村知事も都構想は「再挑戦しない」と語り、権力を集中させて専制的な行政を企んだ維新政治は頓挫した。

 「都構想」は維新が自らの政治の「一丁目一番地」としていて、それは「失敗だ」と認めたのだから、責任を取って政治の場から潔く退場しなければならない。今回の住民投票の費用にとどまらず、維新の野望のためにどれだけのムダ金とエネルギーが費消されたか。

 しかし、1日に「都構想」が否決され「断念」を表明したばかりの維新は、5日、大阪市と府が連携して行政運営している現状を制度化する「新しい条例案」をつくり、市議会と府議会での成立をめざすとか、市内の24行政区を再編して「総合区」にして、権限と予算を強化する考えをしめした。

 これは否決された都構想を再現しようとするものであり、いったい何のための住民投票だったというのだ。維新が語った「三度目はない」とは住民投票のことで、大阪市再編のことではないと言うのか、汚らしい詭弁家の本領発揮の醜態である。

 この「総合区」構想は、公明が1回目の都構想住民投票否決の後に法定協で提案していたもので、「大阪市を残したまま24ある行政区を8つの総合区に再編し、住民サービスの拡充を目指す」というもの。総合区制度は2014年の地方自治法の改正により、政令指定都市が設置できるようになった。市長任命による区長の権限を強化、区長は市議会の承認が必要な特別職に格上げされ、予算提案権や区職員への人事権を持つ。

 もともとの提案者である公明は維新から誘いをかけられたが、公明大阪府本部の土岐幹事長は「党として提案することはない」と述べてはいるが、「各会派ともゆっくり意見を交換したい」と思わせぶりだ。

 自民も維新と「総合区」の位置づけが違いながら(区自体の権限強化を狙っている)、大阪市議団の北野幹事長は、「区の数も含めてこれからの議論になる。しっかりと検討しながら、議会の場で議論を進めていくのみだ」と述べている。

 維新と自民、公明らの思惑による駆け引きが行われようとしており、それには中央での菅政権が維新をどう位置付けるか(どう利用するかという観点であろうが)という思惑も多いに関係するだろう。

 二階幹事長は維新との関係で右往左往したくせに、「都構想」反対にがんばった大阪自民を「誇らしい」とねぎらったが、菅首相は「日本がこれから経済を回復させていく中で、地方を元気にするためにいろんな議論をしていくことは大事だ」と、維新松井らをねぎらった。

 腐った者同士が傷口を舐めあう醜態は吐き気をもよおすが、今や維新は菅自民に首を預けた状態ではないのか。

 こうした政治状況にあって共産党は、「維新政治を転換し、大阪市政、府政を市民の手に取り戻すたたかい」を提起している。「大阪市が独自に実施していた『子ども医療費助成』『敬老パス』などの住民サービス切り捨ての危険」を訴え、「政令市として大阪が持つ力を存分に生かし、住民の福祉と暮らし向上に向けた取り組みを進める転機にする時」など、市民主義、住民主義の立場から維新と〝闘え〟というのだ(住民投票後には、「これでノーサイドにして」などと能天気に語っていた――共産大阪市議団長山中の発言)。

 「区の医師会や地域振興会(町会)の中には独自の説明会を開いたところも生まれ、『「都」構想反対』ポスターを自主的に張り出す人も出ています。公明党支持者からも反対意見が出るなど、『大阪市をつぶさんといて』の声と行動は日増しに広がっています」などと言うのだが、維新政治を単に地方政治のレベルで位置付けていたり、労働者の階級的な立場でなく、階級協調的な闘いでは、労働者の困苦を本当に解決することはできない。労働者は階級的な団結を固めて資本の勢力と闘うことで要求を実現していかなければならないのだ。

 「都構想」反対闘争の最右翼れいわの山本は、自らゲリラ街宣で「あかん!都構想」と訴え、維新政治を新自由主義だと断罪したのはいいが、維新と真逆に、「都構想」が生活困窮の原因だと一面的に決めつけ、行政改革でなく、政府からカネを取ってくればいいと無責任な主張をして恥じなかった。

 れいわは菅政権に対しても激しく糾弾しているけれども、行政機構が役立たずだから生活が困窮するのだと一面的な主張をして、救済策はカネをバラまけばイイのだと、財政破たんを無視して、バラまきに対する幻想を振りまくことでは、腐敗した菅政権と変わらない。

 維新は社会的経済的諸問題を行政機構の問題に矮小化して、資本主義による矛盾から目を逸らせているのである。維新への徹底した批判は資本の体制を乗り越える方向でなされるべきであって、共産の住民主義やれいわのバラまき主義は、労働者の闘いを間違った方向にするものであり、資本の支配に屈服するものでしかない。

 菅政権とともにその補完勢力である維新政治を一掃する、労働者の階級的な闘いを発展させるために共に闘おう。「都構想」の虚妄に賭けた維新は自滅するしかないが、真実を曇らせる勢力にも明るい未来が訪れることはないだろう。



非正規の差別にお墨付き
最高裁、一時金、退職金不払いを是認
2020年10月18日



 正規社員に支払われている退職金やボーナスが非正規社員には支払われないのは不当して争われた二つの裁判で、13日最高裁は不支払いは「不合理とまではいえない」と経営者側の主張を受け入れる判決を下した。

 退職金の支払いをめぐっての裁判となったのはメトロコマースの労働者の場合である。契約社員として10年間駅の売店で働いたが正規社員支払われる退職金はないのは正規労働者とパートや有期雇用労働者など非正規労働者との待遇の差別を禁止した労働契約法20条(待遇差に関わる規定は現行法では「パートタイム・有期雇用労働法」に改正されている)に反するとして争われた。

 判決は、正社員は「複数の売店も統括するエリアマネージャーに就くこともある」とか「仕事や度合いに一定の違いがある」という会社側の言い分を受け入れ、退職金は「正社員としての職務を遂行しうる人材を確保」のためだとして、非正規社員に対する不払いを差別とは認められないとしたのである。

 しかし、退職金は賃金の一部であり、本来は賃金の支払いの時に支払われるべきであるにもかかわらず、労働者を会社につなぎとめて働かせるために支払いを退職するまで延期させている。「人材確保」というのは会社側の都合であって、退職金が正社員に支払われるとすれば、非正規だからといって支払わない根拠にはならない。にもかかわらず最高裁は、会社都合の正社員たけを対象とする差別的退職金制度を認め、非正規社員への不払いは「不合理ではない」として、経営者の身勝手にお墨付きを与えたのである。

 ボーナスの支払いが争われたのは大阪医科薬科大の50代の女性の場合である。女性が大学で働き始めたのは13年1月。職場は薬理学の研究室で職種は秘書。1年間の契約で、労働時間は正規職員と同様のフルタイム。仕事は電話の対応や備品管理、郵便物の仕分けなど庶務的な仕事だけでなく、授業で使う資料作成も行った。サポート対象は正職員の場合は6人。女性の場合は15人で、最終的には30人にもなった。

 しかし、正職員の秘書よりも賃金は低く、正職員にあるボーナスや有給の夏季休暇もなかった。人を増やしてほしいと大学側に要求しても聞き入れてもらえず、15年には適応障害になり、休職に。18年、ボーナス、休暇の差別是正を求め地裁に提訴。地裁では敗訴したが、19年の高裁ではボーナスと休暇について正職員との格差は「違法」との判決を勝ち取った。しかし、それでもボーナスは正職員の6割でしかなかった。今回の最高裁の判決では、「正社員は学術誌の編集や遺族対応もしていた」として大学側の主張を認め、高裁判決を覆した。

 今年4月から大企業に(中小企業は来年度から)適用されることとなった「パートタイム・有期雇用労働法」は、「同一の事業主に雇用される通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間で、基本給や賞与などの個々の待遇ごとに、不合理な待遇差を設けることを禁止」しているが、「当該待遇の性質・目的に照らして」、その違いによる差別を認めており、「会社への貢献に応じて支給するもの」について、「相違に応じた支給」を認め、格差を是認するようなあいまいなものであるが、「格差解消」に逆行する判決は経営側に寄り添うものであって、労働側の反発は当然である。

 15日の日本郵便の契約社員を対象とした裁判では、最高裁は扶養手当や年末年始の勤務手当、有給の夏冬の休暇、病気休暇の5つについては会社側の正社員の継続雇用を確保するためという支給目的は「経営判断として尊重しうる」としつつも、半年から1年単位で契約更新してきた契約社員も「継続的な勤務が見込まれる」として支給しないのは「不合理」とした。しかし、今回認めた諸手当の支給で正規と非正規の格差が大幅に縮まるわけではなく、依然として大きい。

 非正規労働者の平均年収は175万円、正規労働者503万円の35%である。正規労働者はボーナスは9割弱、退職金は8割が支払われているに対して、非正規労働者の場合はボーナスでは3割程度、退職金に至っては1割にも満たない。現在では労働者の4割が非正規で、年収200万円以下という貧困にあえいでる。安倍は「働き方改革」で「非正規という言葉を一掃する」と大見得を切ったが、自公政権は言葉ばかりで非正規労働者への差別待遇改善は進んでいない。

 資本は利益獲得のために、労働者の中に正規、非正規の違いによる差別待遇を持ち込み、労働者を分断支配してきた。今回の最高裁判決は資本の非正規労働者への差別にお墨付き与えるものである。最高裁判決の弾劾は当然だが、裁判闘争がすべてではない。資本の搾取に反対して労働者が団結を固めて闘うことの発展なくして差別撤廃はないし、また非正規労働者の差別反対の闘いの前進なくして労働運動の闘いの発展はない。



一段と国家統制を強める菅政権
「学術会議」6名の任命拒否の意味するもの
2020年10月6日



 菅首相が「日本学術会議」の新会員6名の任命を拒否したとして問題となっている。それは、安倍、菅と続く政権がどんなものであるかを象徴している。菅は中央官庁の官僚の有り様について、次のように述べている。「私たちがやろうとしていることに反対したり、違う動きをしたら、私は一切許さない」、「政権として打ち出した方向に反対な人、消極的な人、『余計なこと』を言う官僚は評価しない。即刻異動してもらう」(インタビュー)。安倍前政権は「内閣人事局」(局長は現官房の加藤)を創設し、官僚幹部の人事権を一手に握った。それを推し進めたのが当時官房長官であった菅である。

 これにより、官僚たちは安倍のより従順な下僕となり、森友・加計や桜を見る会等で公文書偽造や文書隠匿、度重なる嘘発言、忖度などを繰り返したことは周知の通りである。「日本学術会議」(以下、学術会議)の6名の任命拒否も、まさにその延長線上にある。

 菅は6人を任命しなかった問題について、5日の内閣記者会インタビューで、6人が安全保障法制や「共謀罪」創設など、安倍前政権の重要法案について批判的な立場だったことは「一切関係ない」と白を切り、任命拒否の理由については、「個別の人事に関することはコメントを控える」と、菅の政治判断を「個別の人事」にすり替えてごまかしている。学問の自由の侵害」という批判には「学問の自由とは全く関係ない」と断言して、任命拒否が政治的判断だったことを図らずも明言したようなものだ。

 菅は、「法に基づいて、内閣法制局にも確認の上で推薦者の中から首相として任命した」とか言って、内閣法制局の忖度官僚に責任を転嫁しつつ、学術会議の会員は公務員の立場で、国の予算を年間約10億円投じているとした上で、「任命する責任は首相にあり、推薦された方をそのまま任命する前例を踏襲して良いのか」と開き直りつつ、「総合的、俯瞰的な活動を確保する観点から、今回の任命についても判断した」と、任命拒否を正当化している。「総合的、俯瞰的な活動を確保する」必要が菅にあったから任命拒否したというわけである。

 菅が拒否したと思われる理由を見てみよう。岡田正則氏(早大教授、行政法)は、沖縄辺野古基地埋め立てに抗議する声明を発表していた。小沢隆一氏(東京慈恵医大教授、憲法)は、衆院特別委公聴会で、安保関連法について「歯止めのない集団的自衛権の行使になる」として違憲性を主張し、廃案を求めていた。松宮孝明氏(立命館教授、刑事法)は、参院法務委で参考人として出席し、共謀罪を「戦後最悪の治安立法だ」と批判していた。

 加藤陽子氏(東大教授、歴史学)は、改憲や特定機密保護法に反対し、「それでも日本は『戦争』を選んだ」を出版、芦名定道氏(京大教授、キリスト教学)は、安保法に反対して活動、宇野重規氏(東大教授、政治学)は、特定機密保護法に反対して活動、いずれも政府の方針に反対した故に、「総合的、俯瞰的な活動を確保する」必要のあった菅は、「私は一切許さない」の言葉通り任命を拒否したのである。

 菅政権が105名の候補者の思想や行動をひとりひとり調査したかどうかは定かではないが、この6名は彼らからすると明らかに政府の意図に反する候補者であり、学術会議に対する「見せしめ」、学術会議を政府の統制下に置き、政府の言いなりの団体に、奉仕団体に変質させようとする策動であり、官僚やマスメデイアに次ぐ国家統制の続編である。

 学術会議は過去1950年と67年に「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」とする声明を発表していたが、2015年に政府は武器輸出を禁じてきた「武器輸出三原則」を解禁する方針を打ち出し、防衛装備庁を新設したり、政府自ら各国に売り込む計画を推し進めた。実際に、オーストラリアには「そうりゅう型潜水艦」を、インドには「救難飛行艇US2」を売り込むという計画を立て、防衛産業の支援に乗り出した。

 そこで学術会議は2017年に「過去二度の声明を継承する」旨の声明を出し、また同年、防衛省が大学の科学者らに対し軍事応用も可能な基礎研究への助成の公募を募ると、「(科学者への)政府介入が著しい」と批判した。安倍や菅はこれを大いに怒り問題視し、推薦候補者をそのまま任命する「悪しき習慣」の変更に乗り出したという訳である。

 1970年頃までは、前述した声明をはじめ、「我が国の平和的復興、人類史社会の福祉への貢献をめざす」(学術会議憲章1949年)などと、曲りなりにも日本を平和な科学技術立国とするという意気込みや戦争政策への非協力、「非核三原則や原発開発」についての政府に批判的な発言が見られた。

 しかし今日では、候補者105名の内、政府に楯を突いた者がたったの6名しかいないという事実が示すとおり、他の99名をはじめ多くの会員たちは「研究のための研究」、資本の利益のための産学協同への参加、政府要請研究への積極的加担、また会員であるという地位や名誉や箔に汲々としている。

 6名の任命拒否に対し学術会議の梶田新会長は、任命拒否の理由の説明と6人の再任命を要求する要望書を政府に提出し、立憲や共産党など野党も一斉に批判し、SNSでも23万件を超える批判のツイートが寄せられている。それらの主な批判は、「政府による言論弾圧である」、「憲法の23条の学問の自由を犯すもの」、また「学術会議の独立性を犯す」、「(法的にも)首相には会員を選考、罷免する権限はない」、「前代未聞の政治介入だ」といったもので、一見すると正当であるように見えるが、果たしてこれらの批判は妥当なものであろうか。

 学術会議がいかに「政府からの独立」を謳おうと、政府直下の諮問機関であり、年間10億4800万円もの予算をもらっていることからしても、特別公務員としてどうあがこうが政府の統制や「政治の介入」から逃れることはできないであろう。

 このブルジョア社会の中で、「学問の独立や中立性」なとどいったものはそもそも無い。あるのはその時々の社会の支配者に都合の良い「学問」――江戸時代には儒学とりわけ朱子学が、戦前には皇国史観や軍事学が優先された――が重んじられたのであり、「学問の自由」は絶対的なものではなくその時々の支配を覆さない限りでのことであって、一旦「危険なもの」とされると度々弾圧や言論統制を受けたのである。その例を我々は戦前に多く知っている。大逆事件や京大滝川事件、横浜事件、マルクス主義への弾圧等々。

 学術会議やその法がどんなに理想を謳っていようが、政府の紐付である限り、時の政府によって「政治介入」されることは十分あり得るし、安倍と菅の内閣によってそうされたのである。むしろいままでの任命慣習が幸運であり、学術会議はそのことに安住してきたとも言えるのだ。

 問題は、その慣例が何故に "安倍と菅内閣によって"破られたかである。この7年8ヶ月の間に、彼らは日の丸・君が代の制定や教育基本法の改悪から始まって、集団的自衛権の容認、自衛隊の海外派遣、特定秘密保護法、共謀罪などを次々と成立させ、また従軍慰安婦や徴用工を否定し、国家主義、軍国主義への道を推し進めてきた。野党の無力もあって法案成立率は97.5%、選挙は連戦連勝という、まさに「安倍一強」であった。

 こうした体制を許してきたからこそ、彼らは頭に乗って教育やマスメディア、そして学者の組織をも有無を言わせず手中にしようと企んでいるのである。これらを黙って許せば、さらに増長し、彼らの下に権力は集中し、国家的統制は一段と強まるであろう。全国の科学者、学者も菅政権打倒のために、資本の危機を国家統制強化で乗り切ろうという動きと闘う労働者階級の隊列に加わるよう呼びかける!