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労働の解放をめざす労働者党機関紙
海つばめ』

◆隔週日曜日発行/A3版2ページ
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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介(『海つばめ』第1048号)


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
   「ゆとり」から「競争」
   そして「愛国教育」で
   いいのか
 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
  お申し込みは、全国社研社
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まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1332号 2018年7月29日
【一面トップ】解体する資本の国際秩序――関税戦争に次いで為替戦争勃発
【1面サブ】参院選を闘う10名の面々③――神奈川選挙区のあくつ孝行さん
【コラム】飛耳長目
【二面〈主張〉】似たもの同士の安倍とトランプ――増税の埋め合わせにバラまきとは
【二面トップ】苦し紛れの新アベノミクス――外国人労働者を搾取して苦境を脱却?

※『海つばめ』PDF版見本

解体する資本の国際秩序
関税戦争に次いで為替戦争勃発

 世界中のブルジョア国家、とりわけブルジョア大国の間で破廉恥な関税戦争が開始し、広がったかと思ったら、その戦争に加え、今度は為替戦争が勃発した。為替関係つまり諸国間の貨幣の交換比率の変更を通じて自国の商品を人為的に安売りしようという策動であり、競争であり、闘いである。こうした試みは「為替ダンピング」と呼ばれ、第二次世界大戦直前の1930年代、資本主義世界の分裂や囲い込み、つまりブロック経済の発展や軍拡競争等々とともにはびこったのだが、今や資本主義の世界は再び、そんな危険な時代に突入しつつあるかである。

トランプ、外国通貨高を攻撃

 トランプはアメリカの巨額の貿易赤字について、それは中国やEUや日本などがアメリカの利益を犯し、アメリカを食い物にして来たためであるといった、見当違いの被害妄想にとらわれ、あるいはとらわれた振りをし、ガラにもなく、貿易関係の公正や正義や均衡を要求し、多くの輸入商品に25%とか10%の高率な関税を課すと叫んできた。

 そしてその一部はすでに実行に移されただけではない、さらにはるかに重要な影響を世界経済に及ぼしかねない、自動車関税についても、トランプは騒ぎ立てている。

 そして今度は、為替戦争である。

 トランプは今や日本や中国やEUの為替相場は低落してきたし、しつつあるのに対し、その分アメリカの為替は高くなり、著しくアメリカの交易条件は損なわれた、「彼ら(中国やEU)の通貨はすぐに下がってしまい、我々の通貨が強くなる。貿易には不利だ」、「彼らは通貨を操作し、金利を下げている」と他国を攻撃、食ってかかっている。

 確かに中国の人民元はこのところ急速に安くなり、対ドル相場は1年ぶりの安値となっており、それがトランプをひどくいらだたせるのである。EUの金融緩和やユーロの低落に対しても同様である。日本の円についても、トランプはしばしば円安策動について語ってきた。

 中国やEUや日本は、金利を人為的に引き下げ、自国の通貨の価値も低落させ、為替ダンピングであれ何であれやって、アメリカに膨大な貿易赤字を押し付けている、とするなら、なぜ同じことをアメリカがやって悪いのかというのがトランプの理屈である。

 だからこそ、トランプは今やFRB(アメリカの中央銀行)の利上げ政策に不満と批判の声を上げ、むしろ利下げによってドル安への誘導をすべきだと圧力をかけている。トランプからすれば、FRBの金利引き上げ政策は、まさに利敵行為以外の何ものでもない。

 トランプは今や、儀礼的な美辞麗句の陰に隠されていた、ブルジョア諸国家の偽善を暴き立て、トランプの意を受けた財務長官ムニューシンは、「各国とも自由貿易というなら関税、非関税障壁、補助金をすべて撤廃してほしい」、自動車に高関税を残す中国や、農業保護のために巨額の補助金を惜しまないEUや、農業の保護主義に固執する日本こそが不公正ではないか、と叫ぶのである。

 とするなら、トランプだけが不当なのでなく、むしろ彼は、隠されていたブルジョア国家間の本当の関係を公然と述べて、その真実の姿を暴露したにすぎない。

トランプも安倍も同罪

 ある意味ではムニューシンのいうとおりであって、安倍らに自由貿易主義やその恩恵を説く資格がないことは明らかである。自民党は農業保護主義に固執して、WTOの無力化に重要な役割を果たしたし、またTPPにも後から割り込んだくせに厚かましく、農業保護を特別に認めよと主張し、TPPの「聖域なしの」自由貿易主義という〝原則〟を有名無実化するに一役買い、トランプにTPPから脱落する口実を与えた。EUも似たような振る舞いを、ガットの時代から何回となく繰り返してきたし、自由貿易主義の旗手を自認していたアメリカでさえ例外ではなかった。

 中国は言わずもがな、国家資本主義と共産党独裁国家の特性を悪用し、自ら交易関係で有利な立場に立つためにあらゆることをしてきた。この1年だけとっても、元安誘導に走って、トランプがアメリカも習近平や安倍と同じようにやってなぜ悪い、アメリカだけが悠然と構えて、中国や日本がアメリカに有利な条件で商品を押し込むのを許しておけるかと息巻くきっかけを与え続けてきた。

 トランプの役割は、今やきれい事のかげて隠然と行われてきたブルジョア大国間の為替戦争の現実を──否、経済戦争の現実の全体を──粗野に暴き出し、野蛮人よろしく、アメリカもまたなりふり構わずそれに参加し、公然と対応すると発言し、開き直ったことであろう。為替戦争もまた高関税競争などとともに、今やブルジョア世界のあからさまな現実に、その一契機、一部分に転化しつつあり、また転化したのである。

 そもそも安倍や習近平が「自由貿易主義」のチャンピオン、代表づらして登場すること自体がナンセンスであり、厚かましい話である。安倍政権の日本が盟主ツラしてでしゃばっている11ヶ国TPPや、日本とEUの自由貿易協定が、〝自由貿易主義〟の象徴、守り神であり、日本がそのために闘っている証拠だなどというのは悪い冗談にしか見えない。

 アメリカ主導であった、もとのTPPが自由貿易主義の象徴どころか、世界の分裂と囲い込みとブロック化の象徴であり、それ以外ではなかったと同様に、日本の策動する新TPPやEUとの自由貿易協定もまた、ブルジョア世界の分裂と解体の一契機であって、21世紀の世界の分解と再編の趨勢を代表し、加速させるものでしかない。

為替戦争の行きつく先

 我々はすでに数年前、安倍政権の登場したとき、アベノミクスに代表される経済政策や対外政策がどこに行きつくかについて「〝為替戦争〟の必然性とプチブル的幻想」についての見出しの下で、以下のように明瞭に語ってきた(『アベノミクスを撃つ』67頁以下)。

「かくしてどの国家のブルジョアも──したがってまた、世界の諸国家も──自国の通貨安を望み、それに期待をかけるのであり、世界的なデフレ(恐慌、不況)の時代になればなるほど、〝溺れる者〟の通常として為替相場の低落に願望を託し、そのために策動するのだが、それはまた世界市場をめぐる諸国家のブルジョアたちの競争と対立を激化させる一つの契機となるのであり、また事実なってきたのである」

「そして安倍政権は、日本と外国との物価上昇の違いによってもたらされた円高を、つまり前提によれば〝均衡的な〟為替相場を故意に円安に動かさなければならないというのであり、またそのために策動するのである。

 かくして彼のやっていることは事実上、〝均衡的な〟為替相場に対する人為的な介入、修正であり、意図的な円安への誘導であって、まさに正真正銘の為替ダンピングということになるのであり、実際になっているのである。

 円安は外貨建て商品の安値輸出だから、何かいいことづくめに見え、だからこそ輸出に特化する企業は円安を望むのであり、円安を自分の商売繁盛と儲け増大の一つの契機とみなして、それをやかましく要求するのである(もちろん、円高に対しては、反対の立場をとる)」

「資本主義の矛盾が深化し、発展すればするほど、歪んだ〝管理通貨〟という制度は「管理」どころか、資本と国家の利己的で、恣意的な経済活動を後押しし、また野放しにして、資本主義にとって、その衰退と頽廃を加速する〝欠陥〟制度としての本領を暴露してきた」

   

【1面サブ】

参院選を闘う10名の面々③
神奈川選挙区のあくつ孝行さん

 圷さんと付き合いだしてもう50年近くになる。圷さんは、三崎高校に赴任した当初から、分会役員として組合活動の先頭に立って活躍してきた。学生時代からマルクス主義の文献に親しみ、組合活動の経験は、圷さんを必然的にマルクス主義者としての自覚に導き、70年代に当時のマル労同へ加入した。県高教組では我われ左派グループの一員として定期大会や分会代表者会議などで執行部への活発な批判を展開した。

 圷さんは生徒に対して面倒見の良いことでも知られる。卒業も危ぶまれていた生徒を車で送り迎えし、ついには大学入学までこぎ着けた。定時制高校へ移ってからは、生徒の教育環境の改善に打ち込み、県教委との交渉の先頭に立った。その面倒見の良さは、教え子の結婚相手に自分がなってしまったほどだ(笑)。

 昨年の衆院選でわが党は、参加を決定したものの、候補者が決まらず窮地に陥ったが、圷さんはそのとき、〝自分でよければ〟と手を挙げてくれた男気のある人物である。豊富な組合活動の経験とマルクス主義で培われた強固な意志は、国会でも働く者の代表として必ずや活躍してくれるものと期待している。(K)

【あくつ孝行 略歴】

 1950年、神奈川県横須賀市佐野町に生まれる。 中央大学経済学部国際経済学科を卒業し、1975年神奈川県立高等学校の社会科教諭として就職し、2年目から組合の分会役員となる。

 80年代後半から激しくなった「日の丸・君が代」闘争では分会役員として先頭に立って闘った。96年4月から2016年3月に退職するまで定時制高校で教鞭をとり、生徒たちの置かれている劣悪な生活環境など身をもって知る。定時制の教育環境整備に関して分会代表として対県教委交渉を行ってきた。

 2017年4月、「労働の解放をめざす労働者党」の結党大会を経て党代表委となり、その年の10月の衆議院議員選挙で神奈川11区から出馬。


【飛耳長目】

★年表で調べると、1990年2月の総選挙のまっ最中。阿佐ヶ谷駅に降りて北口を出たとき、異様な光景が視界に飛び込んできた。選挙カーの上に、麻原の面をつけた数人の白装束の人がいて、記憶はもう確かではないが、選挙活動のつもりか手足を動かして踊っていたようだった★その雰囲気は不気味で、何かこの世のものとは思われないような、理性ではとらえ得ない、恐ろしい連中が公然と立ち現れたというショックを受けた★我々は松本サリン事件から地下鉄サリン事件を経て、それらをオウムの犯罪と確信して新聞にも書いたが、それは急進派からは、権力側の分断策に乗るものだといった、見当外れの批判を招いた★麻原は自己肥大化の幻想や妄想に取りつかれ、暴走して自滅したが、多くの青年が麻原の余りに不合理で、迷妄のドグマや宗教的世迷い言のとりことなり、破滅した実際的、精神的動機や闇の深さは必ずしも明らかにされていない★そしてほぼ30年前のオウムの時代に比べて、現代の青年たちや労働者・働く者を取り囲む資本主義の現実は、虚偽と偽善と卑しい権力主義に明け暮れた、安倍政権の数年間も一因となって、一層頽廃し、行き詰まり、腐りきって、若者の、国民全体の現実生活の空虚さや、したがってまた絶望や不安などの精神の闇もまた一層深化しているが、それは確かにファシズムの予感を抱かせるに十分である。(鵬)

   

【主張】

似たもの同士の安倍とトランプ
増税の埋め合わせにバラまきとは

 トランプが貿易摩擦の「悪影響を緩和するために」、農家救済に1・3兆円を支出するという。

 日本でも安倍政権は来年10月の2%消費増税の「悪影響を緩和するために」、19年度予算の別枠で、数兆円を準備するという。

 似たようなポピュリズム政治にふける2人の悪党たちは、もちろん似たような場当たりの政策を追求するのである。

 米国の貿易赤字の縮小を狙ったトランプの輸入関税政策は、中国を始めとする他国の強い反発を呼び、輸入制限的な関税による反撃を受けたが、それはたちまち米国の農家の損失として跳ね返った。

 そしてそんな予想もしなかった事態に困惑し、うろたえたトランプは、大急ぎで最大120億ドル(1・3兆円)ものカネを農家にバラまいて辻褄を合わせようとしている。

 具体的には、中国の対抗関税によって大豆やトウモロコシの販売が停滞し、価格が低落したことに対する補助金や、果物や豚肉の余剰在庫の買い上げであり、さらには農産物の輸出促進策の実施である。

 トランプは、筋違いの、自国第1主義の保護主義政策が、その結果としての困難や障碍をもたらすと、その政策を反省する代わりに、場当たりの糊塗策を施し、新たな保護主義的絆創膏を次々と貼り替えつつ、さらに保護政策に固執するのだが、それはただその国家とその経済をますます歪んだ、寄生的な方向に引きずっていくだけで、米国自身を世界の盟主としての地位から転げ落ちるための、効果満点のやり方である。

 安倍もまた、消費増税が消費を冷やし、不況やデフレに逆戻りしたら元も子もないと思っているらしく、消費増税に匹敵するような、新しいバラまきにせいを出すという。

 その内容は、「住宅や自動車の購入支援策」等々であり、ご丁寧にも「上限額も無い」という但し書きまでついている。

 数兆円の消費増税をしたら需要縮小などのマイナス効果が出る、それは困るから数兆円もの対策をするというなら、一体何のための消費増税か。消費増税をこれまでのように、再度延長するか、むしろ共産党の主張するように一切無くせば一層効果満点で、消費需要は一気に増え、資本主義は繁栄と成長を取りもどし、万々歳かも知れないのである。

 安倍政権は何故そうしないで、消費増税をしながら、そのマイナスの影響を恐れ、何兆円といったバラまきを準備するのか、しなくてはならないのか。

 消費増税は社会保障も含めた、社会生活の維持のために必要であり、不可欠だとするなら、それがもたらすかも定かではない、いくばくかの需要減退など恐れないで、正々堂々とやればいいのである。

 消費増税に走ったかと思うと、今度は不況を恐れ、政権の延命だけを心配して数兆円もの需要創出の策動にふけるというわけである。本人はカネをバラまき、石橋を叩いて渡ったつもりか何かは知らないが、やっていることが矮小で卑しく、理念も信念も何もない。

 そもそも10%への消費増税は財政再建と社会保障費の増大に備えるためのものであったが、それを教育無償化という名のバラまきに転用し、さらにそれに加えて、増税不況が心配だと称して、自動車資本や鉄鋼資本のために、さらなるバラまきに走るということか。

 財政再建など吹っ飛んで、安倍政権のもと、日本は財政崩壊に向けて疾走し始めたとしか見えない。

   

苦し紛れの新アベノミクス
外国人労働者を搾取して苦境を脱却?

 安倍政権は6月の「骨太の方針」で、外国人労働者の積極的な「受け入れ」に大きく転換し、深刻化する(と言われている)労働者不足を解消させるために、大量の外国人労働者を確保すると宣言した。しかしこれまでに、外国人実習生制度など、労働者の権利どころか、通常の日常生活までも管理し、拘束する、人権さえ無視した半奴隷的な制度によって、単なる安価で、好都合な、一時的、便宜的な搾取材料として外国人労働者を「導入してきた」延長線上に外国人労働者を増やしていって、一体どんな結果が待っているというのか、そんなやり方で、日本経済が、そしてまたアベノミクスが陥った困難や行き詰まりからの脱却ができるというのか、日本の未来が開けるというのか。我々は新しいアベノミクスの展開に、強く警鐘を鳴らすのである。

「〝移民〟は認めない」ままに

 安倍政権は外国人労働者の導入は積極的にやると大張り切りである。

 農業、介護、建設、宿泊(サービス業)、造船の5業種だけでなく、製造業一般にも、これまでと違って大っぴらに導入を認め、製造業一般における「単純労働」まで認めるというのだから、大きく一歩を踏み出したかであり、また政府はそう喧伝している。

 かくして安倍政権は、外国人労働者に「門戸開放」するかの幻想を広め、「人材開国」へ「政策を総動員する」などとはやし立てている。例によって、これまでと根底では大した違いのない政策を誇大に言いふらし、期待だけは膨らませ、安倍政権への支持率を確保しようというのである。

 しかしこうしたはやし言葉自体が、政府の進めようとする外国労働者の増加策といったもののインチキや意図の卑しさや悪徳性を暴露している。

 もしご都合主義的に、なし崩し的に外国人労働者を増やそうとするなら、新政策も、悪評高い、既成の実習生制度の量的拡大や、アルバイト学生の利用といった、姑息なやり方に、つまり外国人労働者の、若者の過度で、非人間的な搾取の、単なる量的な拡大に留まるしかない。

 依然として、「移民は認めない」という立場に留まり、固執するのだから、外国人労働者の導入政策の拡大といっても結局は中途半端なものに留まり、大中小のブルジョアたちの飢えた虎狼のような搾取欲を満足させることもかなわず、自己矛盾そのものである。

 他方〝移民〟を認め、また〝難民〟もどんどん受け入れるというなら──難民を広く認めるなら、〝人手不足〟といった困難な問題も一挙に解決し、絶望的な情況に陥っている、何百万、何千万という世界中の難民の人々からは深く感謝され、人道的にも世界から賞賛される国家に昇格できるであろうに──、安倍政権は、頑強に移民、難民の受け入れを否定してきたが、それは安倍が自らの強固な〝保守的〟、国家主義的な政治的支持層から、強い反発を受けるのを恐れるからである。

 そもそも安倍政権が外国人労働者に対する、括弧付きの、積極的受け入れに転じたのは、何らかの理念や信念があってのことでなく、搾取労働の枯渇もしくは〝人手不足〟の現状に対する、ブルジョアたちの悲鳴や強烈な圧力があり、それに応えるためや、外国人労働者の導入によって経済成長をさらに加速させ、アベノミクスの成果を誇示しなくてはならないという、自民党総裁の3選を目ざす、安倍の政治的な必要性があってのことにすぎなかったのである。

 もちろん一方では、安価で、使いやすい外国人労働者を搾取したいという、ブルジョアからの強烈な圧力があり、他方で、外国人労働者などが、移民や難民がやみくもに増えていくなら、欧米の諸国家のように、〝人種的、民族的な〟内的統一性や帰属性を欠く、モザイク国家、分裂し、分解していく国家に転落してはならないと思い込む国家主義派に迎合しようとするなら──安倍自身が、そんな〝信念〟を持つ政治家であった──、安倍政権の外国人労働者政策が中途半端で、矮小なものになるのは一つの必然である。

 難民に大きく門を開くなら、容易に「人手不足」といったことも解消するのは一目瞭然だが、日本政府は頑強に難民受け入れを事実上拒否している。それはヨーロッパの排外主義に凝り固まった、いくつかの専制的国家よりも──もちろん民主的な国家よりも──はるかに露骨で、徹底したものである。

 難民、移民は受け入れないというのが国是だからというのだが、何故かという問いにまともに答えることは決してない。

 要するに国家、国民としてまとまりを欠き、ヨーロッパの様な国家に変質するのを恐れているのである。5年から10年に延ばすのは認めても、10年たったら帰国を強要し、国民として迎え入れようとは決して考えないのである。要するに〝出稼ぎ労働者〟として位置づけ、したがってまたその期間、徹底的かつ効率的に搾取する対象として位置づけ、処遇するだけである。

 ドイツやフランスなどは多くの難民を受け入れた結果、今国民の分裂に悩むことになっていると国家主義派は盛んに言いはやし、その轍を踏むべきできないというが、それは難民の受け入れが悪いのではなく、ただ受け入れ方が悪かっただけであって、アメリカに代表されるように、多くの移民や難民の受け入れによって、繁栄し、成功した国家もまたいくらでも存在している。

果たして〝労働者不足〟か

 労働力不足といっても、日本は本当に〝人手不足〟か、少子高齢化社会のゆえに、働く人々は本当にいなくなってしまったのか。

 高齢者や女性(主婦層)、さらには引きこもりやニート層まで含めれば、果たして〝人手不足〟など大げさにいうのは、やみくもに効率的な搾取対象を求めるブルジョアたちの利潤欲から出た、一面的な主張ではないのか。〝労働力人口〟に数え入れ得る、若者や成人や高齢者は数十万の──否、数百万の──単位で存在しているとさえいえる。

 そもそも最近、「地産地消」とかいうことがやかましく言われるが、同様に「国産国消」、つまり基本的には、国民が消費するものは国民が生産するのが当たり前ということに、何故ならないのか。

 なぜ、外国人労働者の必要性がことさら大声でブルジョアたちから叫ばれるのか、それは外国人労働者の方が手軽に、そして面倒臭くなく、過度に、厳しく搾取できるという便宜からではないのか。

 実際、外国人労働者は日本の労働者に比べて、技能実習生制度に典型的だが、過酷に、非人間的に搾取されているのであり、かくして多くのブルジョアたちの声に押され、安倍政権は外国人労働者を「導入」してブルジョアたちを痛く満足させ、またアベノミクスや「成長政策」の成果を誇りたいだけであり、後先のことなど全く考えていないのである。

 もちろん交易関係なら話は分かるが、生産のために外国人労働者に依存するというのは、外国人労働者と商品交換の関係としてかかわるというのとは、本質的に違っている。

 それは商品を国家・国境を越えて国際的に交換するということと、資本を国外に投下し、外国人労働者を搾取するという関係としてかかわることが、質的に違った意味を持つことと同様であろう。

 我々が言いたいのは、国内において外国人労働者を搾取することは、日本人労働者を搾取するということとは違った意味を持ってくるということである、仮に、労働者をただ搾取材料として扱う資本にとっては同じことであっても、である。

介護労働者の導入もまた

 さらに安倍政権は介護労働者の導入を特別に重視し、ベトナムやインドネシアなど東南アジアの諸国の政府間で合意してまでして何千、何万といった受け入れを追求するのだが、介護にまで外国の若い女性に期待するのは、自分たちの親、肉親などの介護が問題だというのに、どこかおかしい、筋が通らないという観念もなく、カネで解決するのだからどうということはないと、安倍政権は安易に、無神経に考えるのである。

 安倍政権はこの6月、ベトナム政府との間で、ベトナムからの大量の介護労働者の受け入れで合意に達したと発表したが、それによると、1年以内に3000人、2020年までに1万人もの多くの介護労働者の導入を、両政府が協力して実現するという。

 これは昨年11月に新しく修正されて始まった、外国人技能実習生制度を利用してなされ、N4の能力──日本語試験で、簡単な日常の会話ができる──を持つ人には5年の滞在資格も認めるという。

 現状についていえば、介護の技能実習生制度の利用者は数名しかおらず、来日後、1年以内に「N3」の能力──日本語で、いくらかでもまともに会話できる──を獲得しないと帰国しなければならないという制約があるが、それも大幅に緩和するというのである。

 これまでの介護において働く外国人は、EPA(経済連携協定)によって行われてきて、17年までの10年間で、累計3500人に達している。新しい技能実習生制度による来日を加えれば6500人に倍増するが、政府の発表では、15年段階でも介護人材は4万人も不足しているという。 2035年には、この不足は75万という途方もない数字に膨れあがると予想されている。

 ただこの恐ろしい数字を見ただけでも、介護における外国人労働者の導入といったものが、本当の解決とはほど遠い、その場限りの、焼け石に水の便宜策でしかないことが暴露されている。

 日本の陥っている、経済的、財政的、そして社会的な多くの困難は、〝少子高齢化〟や〝人手不足〟を叫び立て、外国人労働者を連れてきて、過酷な労働強化や搾取労働を押し付けて安易に解決できる問題ではないこと、生産的労働を合理的に再編成するとともに、また介護の問題を正しく位置づけて──介護は生産的労働と区別される、奉仕的活動とむしろ呼ばれるべきであり、国民の全体のかかわる協同的な活動として取り組まれなくてはならない──、合理的かつ人間的な形で解決されなくてはならないのである。

 基本的に、外国人を呼んできて、カネと搾取的労働で解決を図るといった、安直で、無責任な問題として議論し、提出する安倍政権は何も分かっておらず、何か浅ましく、卑しい。

   

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