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労働の解放をめざす労働者党機関紙
海つばめ』

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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介(『海つばめ』第1048号)


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
   「ゆとり」から「競争」
   そして「愛国教育」で
   いいのか
 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
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  メールでの申し込みも可能です。

まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1334号 2018年8月26日
【一面トップ】〝私利私略〟のために――おぞましい安倍の改憲策動
【1面サブ】参院選を闘う10名の面々⑤――愛知選挙区の古川ひとしさん
【コラム】飛耳長目
【二面〈主張〉】他山の石とすべき――続くギリシャの苦悩
【二面トップ】教え子たちが応援会に参集――がんばる参院選神奈川選挙区予定候補の圷さん
【二面サブ】立民の化けの皮はがれる―― 民主党政権の農業政策に復帰

※『海つばめ』PDF版見本

〝私利私略〟のために
おぞましい安倍の改憲策動

 自民党の総裁選挙のスケジュールが、9月7日告示、20日、投開票と決まった。今のところ立候補は安倍と石破だけだが、事実上、2人の決戦になるのは確実である。石破は総裁選は実際には首相を選ぶと同様だから、広く国民全体にそれぞれの政治、政策を闘わせる公開の〝直接論戦〟をすべきと呼びかけるが、安倍は党の総裁選挙だから、国民全体とは関係ないと消極的である。森友・加計で「政治手法を問われる」ことを恐れるが、また憲法改定問題でも矛盾を突かれることを嫌がっているように見える。

安倍の9条改憲論

 安倍が憲法改定問題で公に石破とやり合うのが嫌がるのは、安倍自身か自分の憲法9条の改定案に致命的な弱みがあることを自覚しているからである。

 彼は13日、地元山口で憲法改定について語り、9条の元の条文を残し、そこに「自衛隊をしっかり明記」するという、自分の改定案を擁護して発言した。

 彼には、現憲法には自衛隊に対する言及がなく、したがって隊員が「誇りをもって任務を全うできる環境」もなく、そんな「環境を整える」のが自分の責任であり、だから憲法学者の大多数が、自衛隊は違憲というような、そんな「情況に終止符を打ちたい」というのである。彼は「わが国の平和と独立を守ることと、自衛隊をしっかり明記することで責任を果たして行きたい」と語った。

 これに対して石破は安倍の「痛いところ」を突き、それなら9条の旧文章を削除し、国家防衛の正当性と、そのための軍事力(自衛隊)の必然性を明記すれば済むことであると主張する。

そしてそれは敗戦後、自民党が結党当時から一貫して主張してきたことであり、安倍の改憲案はこうした党の伝統的な立場にも反し、首尾一貫しておらず、その矛盾と支離滅裂は余りに明白であって、問題をさらに複雑にするだけで、将来に禍根を残し、何の解決にもならないと批判するのである。

 石破は具体的にも、憲法条文の「いかなる戦力も持たない」とか、「交戦権は認めない」という、現憲法の観念も取り上げて、安倍改定案の不都合やご都合主義を非難して止まないが、これは安倍にとって、自らの〝保守派〟としての〝正統性〟を、その根底を脅かす批判であるだけに、手強い、そして厄介なものであろう。安倍が森友・加計事件と共に、石破との「直接対決」を避けたい理由の一つである。

 安倍の9条改憲論は、ひと言でいって、9条の条文──平和主義を徹底させるために盛り込まれた、「戦争の放棄」や「戦力の不保持」や「国の交戦権の否定」等々の概念──をそのままにしておいて、そこに「自衛隊の明記」を盛り込むというものである。

 安倍がこんな矛盾し、混乱した憲法改定案を持ち出したのは、一方で、平和憲法を否定し、骨抜きにすることを追及しつつも、しかし〝絶対〟平和主義の原理を掲げた9条を単純に否定し、それを、国家自衛の権利と、自衛のための軍事力保持の正当性を、必然性さえも謳うブルジョア憲法に単純に置き換え、変更しようとしても、そうした原則的な政治を目ざそうとしても、そんな法案は公明党が納得しないだろうとか、平和主義的な感情が強い日本では、国民投票で勝てないかも知れないとか考えたからである。

 つまり安倍は国家主義的政治家としての自分が正しいと思った政治のために闘おうとしたのではなく、憲法改定を自己目的にしたのだが、それは国家国民のためにではなく、単なる自分の権力欲や利己主義的な動機から政治家に成り上がった安倍の本性を暴露したのである。

否決されても自衛隊合憲は変わらず?

 安倍は今年の2月、国会で当時希望の党の代表だった玉木から、もし国民投票で安倍の憲法改定案が否定されたら、「自衛隊の違憲性が確定する」ということになるが、それでもいいのかと問い詰められて、そんなことにはならない、「自衛隊を明記することが国民投票で否定されても、自衛隊が合憲であることは変わらない」と開きなおり、豪語した。

 つまり安倍は、事実上、憲法改定が行われなくても、行われても、自衛隊が合憲であることはすでに確定済みであって、にもかかわらず、あえて自衛隊の存在を明記するのは、事実上、自衛隊違憲論を封殺するためであると、憲法改定の必要性やその意義を語ったのである。

 そもそも、ただ「自衛隊を憲法に明記する」ことによって、自衛隊違憲論を封殺できると考えるのは、〝平和憲法〟を維持することで戦争を──いかなる戦争のことか──一掃できると妄想する共産党やリベラルと同様の観念論であって、両者は相反する立場にあるかに見えつつも、所詮は同じ土俵の上で争っているリリパット国の住民たちにすぎない。

 安倍にとって不都合な理屈を一掃するために、憲法改定を行うという神経はまともではなく、憲法など何するものとばかり軽率に扱い、〝法治主義〟の原則さえ専制主義の原理に置き換えるのだが、第一、現行の9条に、自衛隊の存在を明記したところで、今の条文──「戦力は保持しない」「国の交戦権は認めない」云々──がそのまま残る限り、〝自衛隊違憲論〟を無くすことができないのは自明である。

 安倍は自衛隊が憲法違反の存在のままでは、隊員は誇りをもって国防の任務に就くことはできないなどと屁理屈を述べるが、しかし安倍自身が、自民党とその政府そのものが、現行憲法のもとでも自衛隊は合憲だと一貫して主張し、国民もそれを事実上受け入れてきたとするなら、そして仮に殉職した隊員がいたとしても、立派に任務を果たしたと評価され、そのように厚く遇されてきて、軽視され、無視されるようなことが間違ってもなかったとするなら、安倍のいっていることは単なる支離滅裂のお為ごかしのたぐいでしかない。

 現行憲法でも自衛隊は合憲であるというのは、そもそも自民党とその政府が一貫して主張してきたことであり、そんな勝手な〝解釈〟と詭弁によって、自民党政権は強大な自衛隊を、最新鋭の武器を備えた、世界でも有数な実力を有する軍隊を育て上げ、保持してきたし、いまもひたすら軍拡に励んでいるのではないのか(画竜点睛を欠いて、いまだ核兵器だけは保有していないが)。

 とするなら、何のために、安倍は「自衛隊を明記する」だけの、形式的な憲法改定を持ち出し、執念を燃やすのか、燃やさなくてはならないのか。安倍個人の権力野望や名誉心や野心やメンツといった個人的な動機以外の、どんな動機があるというのか。党利党略ですらない、安倍の〝私利私略〟の憲法改定と結論するしかない。

 もしそうでないというなら、安倍はつまらない小手先細工を弄しないで、ブルジョア諸国家群が対峙し、競争し、対立し、あげくの果てには軍事行動にさえ訴え、国家的な規模の戦争に走ったりする、このブルジョア世界の中では、正々堂々と〝平和主義憲法〟は幻想であると否定し、国家の存立と、そのための軍隊を謳わないような憲法は〝まともな〟憲法ではない、と主張し(ブルジョアたちは〝平和主義的な〟憲法は、正常な国家のものではない、そんなものは早々に破棄して、日本も〝普通の〟国家になるべきだと言いはやして来なかったか)、現行9条を廃棄して新しい9条に置き換えるべきなのである。

我々の立場はすでに明らか──働く者の国際主義に立て

 我々は現行憲法の「平和を愛する諸国民の公正と信義に〔を〕信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意する」者である、ただし絶対平和主義者のように、単に「諸国民の公正と信義に〔を〕信頼」するのではなく、諸国民の労働者、勤労者の、自国の国家主義や軍拡主義の反動らや、戦争や戦争準備や、軍拡主義で儲けようとするブルジョアや、戦争挑発者等々に対する、断固たる闘いを信頼し、また我々自身も、自国のブルジョア階級の、つまり安倍政権の企む反動戦争や帝国主義戦争の企みや策動と一貫して闘い、それを一掃することを目ざすことによって、世界的な平和のために闘うのである、つまり労働者・働く者の国際主義の立場に忠実に立つことによって、また同時に自らの平和のためにも闘うのである。

 こうした立場は、100年ほど前の第二インターに結集した世界の──といっても、当時はヨーロッパの先進国の──社会主義者たちの、ごく普通の、常識的な立場であったが、当時そんな運動の影響が及ぶか及ばないかの、〝辺境の〟地にあった日本の幸徳秋水らの社会主義者たちは、日露戦争に対して断固反戦主義を貫き、同じ立場でツァーリズムの専制と帝国主義戦争に反対して闘っていた、レーニンらロシア社会主義者と連帯し、労働者・働く者の国際主義の輝かしい歴史の先端に立ったのだが、我々はそんなすぐれた先達たちの運動から学び、その伝統に立つのである。

   

【1面サブ】

参院選を闘う10名の面々⑤
愛知選挙区の古川ひとしさん

 乾坤一擲、現在の閉塞状況を打ち破ろう!

 もつれた束になった糸の絡みを断ち切る鉄槌を持つ男、我々を圧殺しつつある虚偽の政治的空洞に勇気を持って立ち向かう勇者、サイクロンのように行く手にあるものすべてをなぎ倒す勢いを持つ人物、そして今一人、巨人に立ち向かう。

 過去をすて勝利の領域への前進的跳躍を目指す者、それが愛知に燦然として輝く古川均さん。

 彼が一度口を開けば、汲めど尽きない泉の如く、扇動の嵐が吹きすさぶ。この扇動の波長に、生気を失った人々のまどろみを覚ます震駭的な打撃力が存在するなら、不毛な時代の中で虚飾を吹き飛ばす一陣の風を送り届けるであろう。

 時代がかった紹介はここまでにして、古川さんが名古屋に移住してきたころ印象に残っているのは、金がなくて事務所にあったコーヒーの粉をなめて空腹をしのいでいた事を今でも強烈に印象に残っています。あれから40年。愛知の先頭で闘い続けてきました。

 参院選を闘う事を素早く決断したことに驚きましたが、今ここで闘わなければいつ闘うのか! という叫びに勇気づけられました。

 病魔に襲われ降板した参院選から32年、再び参院選を闘う事になり、秘めたる決意は固そうです。(古川さんが赤面してしまう文章を書いたのは、名古屋で一緒に40年以上闘ってきたTさん)

【古川ひとし 略歴】

 1954年、北海道上川町に生まれる。

 68年テト攻勢、69年東大安田講堂の攻防戦に衝撃を受けて、69年旭川龍谷高校入学後デモ等に参加し、活動を開始する。新左翼運動が下火になる中で全国社研の「国際共産主義労働運動史」に旭川の書店で奇跡的に遭遇し、革命運動への参加を決意。卒業後、旭川、札幌で活動し、76年衆院選で名古屋に応援に入りその後、78年名古屋に移住。

 87年社労党から名古屋市議選に立候補。399票。

 旭川、札幌、名古屋で20近い会社を転職し、現在コンピューター関係の仕事に従事。

現在、党愛知支部支部長


【飛耳長目】

★核廃絶運動と関連して、巷に流布されている、一つの決まり文句がある。「唯一の(あるいは最初の)核被爆国」だから云々といった形で、リベラルや共産党らによって意味深長に、もったいぶって用いられている★しかし日本が「唯一の核被爆国」だから、核廃絶運動の先頭に立ったり、中心にならなくてはとかいった意味で用いられているなら、そんな理屈は軽率と空論の極みで、つまらないものだ。被爆国としてその残虐性や非人間性を良く知っているからだなどというのは、問題の本質からそれた屁理屈だ★日本への核兵器使用は、東アジアと太平洋領域の覇権をかけて闘われた、日米間の野蛮な帝国主義戦争の結果であって、最初に原爆が落とされたのが日本だったのは、たまたま米国が日本よりも──あるいはナチスのドイツよりも──早く核兵器開発に成功したからにすぎない。原爆が最初に日本に落とされたとか、だからどうだとか、反動戦争の全体から切り離してあれこれ論じても意味がない★帝国主義戦争や様々な武器の使用について超歴史的、超階級的に論じるような抽象的な議論は、安倍一派や天皇やリベラルの戦争論や平和論と似たようなものであって、何ごとも論じないのと同様で、反動戦争に責任を負うべき、金儲けしか考えないブルジョアや国家主義者・帝国主義者や軍部ファシストや天皇一家らを免罪にしてやるに等しい。(鵬)

   

【主張】

他山の石とすべき
続くギリシャの苦悩

 EUはギリシャに対する8年もの長きにわたる金融支援を終えることにした。

 過去の支援融資の償却期間を10年延長し、新しい金融融資は今後しないという。ギリシャは金融的に自立し、今後、自らの努力で国家財政と国民経済の再建をめざしていく。財政的にまだ健全化し得ないとしても、その赤字は自らの責任で国債を発行して〝金融市場〟からカネを調達し、解決していく。

 しかしだからといって、ギリシャ経済が今後本当の意味で自立し、経済の再建から成長に向かっていくことが自動的に保証されているということではない。

 IMF(国際通貨基金)は、ギリシャの将来は必ずしも楽観できず、債務返還を可能にするためには、さらなる債務軽減策が必要になるという見通しを語っている。

 今なお、国家の債務の重荷は小さいギリシャの経済にとっては非常に大きい。GDP(国内総生産)にたいする公的債務の比率は日本より低いが、それでも3回の支援で借りたカネを返せなくなる恐れがあるとして、EUからの屈辱的な監視も受けざるをえない。

 本来はポピュリストで、膨張政策の信奉者であるチプラス首相は、これまでやってきた重税や年金縮小──すでに数回も行われた──などのきつい緊縮政策をさらに継続すると宣言せざるを得ない。IMFは、ギリシャが事実上、EUの金融資本への債務奴隷の地位に再び転落する可能性を指摘している(今でさえ依然として半分そうなのだが)。

 安倍政権や共産党などは、なぜ緊縮政策にこだわるのだ、緩和膨張政策で乗り切ればいいのだと安直、軽率にいうだろうが、しかし財政膨張に向けて、国債発行をして借金をしようとしても、国債を引き受ける銀行も貨幣資本家もいないとするなら、ギリシャは破綻し、立ち往生するしかない。

 残る手段は政府が紙幣を発行する道だけだが──あるいは安倍政権がやっているように、〝異次元の〟金融緩和に走り、さらには事実上の「国債の日銀引き受け」を実現して、紙幣発行と同じことをすることもできるが──、しかしEUに留まる限り、そんなやり方は良かれ悪しかれ許容されていないのである。

 もちろんEUから離脱して、例えば現在のヴェネズエラのような道──〝天文学的な〟数字のインフレ経済──を選択することもできるが、それがギリシャ国民にとって最善の選択だと、ギリシャ国民自身にさえ思われなかったのである。

 ギリシャは「再び自分の足で立つ」と、チプラスは叫ぶが、しかし今でも失業率は20%、財政はやはり赤字であり、3度の借金の総額は日本円で37兆円になったが、ギリシャのような小国にとっては、これは巨大な負担である。国債の償却──借金の返済──のための借金、つまり国債の借り換えのための国債の発行も引き受けて手を見出すしかないが、それも簡単ではない。

 これが財政破綻から9年たったギリシャの現状である。オリンピック開催に浮かれ、信用や財政の緩和策、膨張策に溺れていた結果がこれである。

 つまりこれは安倍政権のような──そして共産党の推奨するような──やり方を続けていったら、財政や金融や、そしてまた経済全体や労働者・働く者の生活に何をもたらすかの、生きた証拠である。ギリシャの現実は決して他人事ではない、というのは日本の債務の重さはGDPの236%でギリシャの179%を越えていて、いくらかでも〝先進国〟といわれる中で最高だからである。

   

教え子たちが応援会に参集
がんばる参院選神奈川選挙区予定候補の圷さん

 台風が接近・通過しようとしているにもかかわらず、17名(男9、女8)が横須賀中央の居酒屋に参集してくれた。17名は、私が最初に赴任したM高校で初めてクラス担任(1年、2年と同じクラス)した生徒たちである。年齢は58歳、二十数年前に同窓会を開催して以来の再会であり、大いに盛り上がった。

 私の乾杯の音頭で始まり、暫らくして一人ずつ近況報告をすることになり、私はしんがりで、昨年の衆議院総選挙に出馬した経緯や来年の参議院選挙にも立候補することになるだろうと述べ、応援よろしく出来れば後援会を結成して選挙戦を共に闘ってくれるとありがたいなどとかなり長く話してしまった。

 選挙本(初版)を全員に配布したら皆快く受け取ってくれ、そのうちの5、6人は私のサインを要求してきたので、つたない字でそれに応じた。昨年の選挙に出馬したことをほとんどが知っていたが、そのうちのY・I君は私の演説を聞いてくれていたが、「内容がかたすぎる、連れ合いと一緒に投票に行き先生に投票したが、開票結果をみて、唖然とした、もっと得票できると思っていた」などと話してくれた。K・A君はメールで応援のメッセージを送くったと言ってくれた。「やっと信頼できる候補者があらわれた。・・・」は彼だったことが分かった。Y・Sさんは東京在住だが、「横須賀に引っ越してこようかな、そうすれば選挙戦も手伝える」と、うれしい言葉もいただいた。

 酒の席ということもあり、後援会の具体的な話にはすすめることができなかったが、参加者には住所と携帯番号などを私のノートに記してもらうことができた。

知り合いの〝おば様〟から嬉しい言葉

 神奈川で頑張っている圷予定候補から、教え子たちが設定してくれた集まりに出た後(上記の報告参照)、別の所で応援の声をかけられたと報告もありましたので、ついでに紹介します。

「昨年選挙のため10月から職に就いていなかったが、 8月8日より復帰、同じマンション(52所帯)の管理人に。そうしたら、今日8月14日(火)朝、ごみ出しにきた最上階(6階)に住む50歳前後のおば様から、笑顔で『おかえりなさい、あなたに入れたわよ。(党の)ホームページをみたら、結構いいこと言ってるなと思ったわ。ここのかなりの人が貴方に投票したのではないかしら。でもこの地区は小泉進次郎だからねー。』と声をかけてくれた。彼女の連れ合いは米軍基地に勤めるアメリカ人で、子どもは2人(男と女)、あいさつ程度だったので予想外(よく話をしていた3人ぐらいは投票してくれると分かっていたが)、お礼を言って、また出馬する旨を伝え初版の選挙本を渡した。やはりホームページも重要な役割を担っているのだと痛感した。」

 我々の選挙闘争については、圷さんも教え子の集まりに出て、「ようやく信頼できる候補者が現れた」といわれたそうですが、我々の闘いは、浸透し、知られた限りでは、我々の闘いに対する共感やシンパシィが生まれ、好感度が高かったことが伺われます。たった12日間しか選挙期間がなく、真剣な政治的闘いを行ったのが我々だけ、小泉も共産党の候補者もまじめな論戦や政策論争など全くやらず(我々の闘いも無視するだけ)、有権者も、それぞれの候補の主張や見解も、それらの違いや対立点も確認できないままに投票せざるを得なかった状況下で、我々の闘いがなかなか票に結びつかなかったのはやむを得ないことでした。しかし選挙後、街宣でかち合った、高齢の社民党活動家──年齢からして、旧社会党の労働者活動家であることは推測されます──が、「お宅たちが一番原則的に闘った」と評価してくれたように、同じ選挙区で、我々の闘いに関心を持って注意深く見守っていた人には、我々の闘いの意義が理解でき、感銘を受けたのではないでしょうか。何しろ、彼は自分の党よりも、我々の闘いを評価したのですから。

 今回は投票日までまだ1年近くあります。読者の方々も、我々と共に労働者・働く者の党に投票するように、1人でも多くの労働者・働く者に、若者や有権者や知り合いに呼びかけ、結集し、そんな人々をまさに〝鼠算的に〟──もちろん〝うさぎ算的〟でも一向に構いませんが──増殖させて、100万票、200万票を目ざして共に頑張りましょう。

   

【二面 サブ】

立民の化けの皮はがれる
民主党政権の農業政策に復帰

 立憲民主党は11月に、19参院選の農業政策をまとめるという。というのは、参院選勝利のためには農民票の帰趨が重大な影響を持ってくるからであり、また農家の支持を得なければ勝てないからだそうである。そして彼らは何と09年の総選挙のときに掲げて勝利した──と思い込んでいる──戸別所得補償を復活させると張り切っている。

 しかしその政策は「子育て支援」の政策と共に、09年の民主党の勝利を保証すると共に、民主党政権とその破綻をも暴露したものであって、そんなものを再び持ち出して安倍政権と対決できると考えること自体、立憲民主党の情けない本性を、まともに安倍政権と闘うことのできない半ブルジョア政党としての本性を暴露するのである。我々は09年の失敗を繰り返さないためにも、つまり間違ってもかつての民主党のコピー政党、後釜政党を支持することがあってはならないことを確認するために、今農家に対する戸別所得補償制度といったものがいかなるものであったかを明らかにしなくてはならない。当時の「子育て支援」法が中学生までの児童に、1人当たり月2万6千円、つまり年に31万余を支給する──予算にして6兆円──、途方もないバラまき政策であったと同様、農家への戸別所得補償法は、基本的に、農産物の価格が生産コストを下回った場合、国がその赤字を農家に補償するという制度だが、民主党が07年の参院選から主張し始め、09年で政権を握った後、10年から始めたものだが、矛盾が累積し、破綻しつつあった減反規制を緩めつつ、10アールあたり一律1万5千円を補償し、さらに販売価格が「基準」を下回った場合、その差額を補償するといったものに落ち着いた。

 当時野党に転落していた自民党が「バラまき政策だ」と攻撃し、12年に政権を奪取したあと補助金を半額にし、18年度には減反政策と同時に廃止した政策で、小規模農業の一時的延命とその矛盾、荒廃の深化以外にどんな意味も持ちえなかった政策である。

 立憲民主党は全国で「タウンミーティング」なるものを開き、農林漁協関係者から意見などを聞いたというが、そこでは、「戸別所得補償と助成金制度を組み合わせていくべきだ」とか、「国全体として小規模農家の存在価値を認めていくべきだ」といった発言があったと、彼らは得々と語っている。

 米の生産調整の廃止や、TPPによる農産物関税の引き下げの危機が迫り、小規模農家の不安が強まっている現在、そんな保護政策、農家支援政策こそ、農村県や地方で立憲民主党が得票を増やしていくために必要だというのである。 

 他方、子育て支援はまさに都市住民であった〝中産階級向けの〟政策であって、農家への戸別所得補償制度とは区別された。

 もっとも、こうした努力にふけってきたのは、自民党であり、またすでに完全にプチブル政党に堕落した共産の野合政治なのだが、今では立憲民主党もまた、「背に腹は変えられない」とばかりに、自民党や共産党のあとを懸命に、無節操に追うというわけである。

 そもそも立憲民主党は今年の6月、すでに国民民主党と共に戸別所得補償法案を共同提案している。つまりかつての民主党への〝先祖返り〟そのものである。

 こうしたことは、現在の立憲民主党とはいかなる党であり、また今後もいかなる党として、政治闘争の中で現れるかを示唆している。労働者・働く者は共産党や国民民主党と共に、立憲民主党にどんな幻想も期待も抱くことはできないのであり、むしろそんな党に反対して立たなくてはならないのである、再び三度、安倍自民党に敗北しないために、である。

 そもそも昨年総選挙の直前、前原は民進党の党首の地位を悪用して、民進党を丸ごと小池に売り渡そうとした。そしてそのとき、現在立憲民主党に結集していた、民進党のメンバーの多くはいそいそと、前原の策動に乗って小池新党に参加しようとしたのである。

 彼らが格好をつけて、小池新党から独立した、別個の党を組織したのは、小池が彼らの中心メンバーを〝排除の論理〟を持ち出して仲間はずれにした後のことであって、先のことではなかったことを労働者は忘れるべきでない。

   

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