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労働の解放をめざす労働者党機関紙
海つばめ』

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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介(『海つばめ』第1048号)


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
   「ゆとり」から「競争」
   そして「愛国教育」で
   いいのか
 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
  お申し込みは、全国社研社
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  メールでの申し込みも可能です。

まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1340号 2018年11月25日
【一面トップ】野党野合派の再結集――安倍政権と闘う意思もなく
【1面サブ】全国で前進する選挙闘争①長野――数万、十数万の得票をめざして
【コラム】飛耳長目
【二面〈主張〉】安倍は「米国のいいなり」か――安倍政権の階級的性格
【二面トップ】二島返還論は安倍のご都合主義――同じ観念論に立つ自民と共産
【案内】党ブログに「価値移転」論批判掲載

※『海つばめ』PDF版見本

野党野合派の再結集
安倍政権と闘う意思もなく

 赤旗は、国会内で18日、来年の参院選で、「安倍内閣を打倒する」ための闘いを構築するための「意見交換会」が持たれ、「市民連合」と、5野党──立憲民主、国民民主(この党も「馬車に乗り遅れることはできない」と、こうした会合に初参加したと、赤旗は嬉しそうに書いている)、共産、社民、自由、それに無所属の会も加わった──が集まって、「市民連合」が〝仲を取り持つ〟という形で、5野党・1会派の大同団結がなったかの報道を行っている。

 かくして来年の参院選の重大な政治闘争の大枠がはっきりしてきた。

 我々はこうした情勢を踏まえて、我々労働者党の闘いの性格と戦術と展望について、さらにはっきりした観念を持つ必要があると考える。

 諸政党の闘いをさしあたり除外して考えれば、19参院選はブルジョア階級と労働者・働く人々の勢力との重大な一大決戦で、その闘いがいかなる形で闘われ、いかなる結果で終るかは、今後の日本の──否、いくらか大げさにいうなら世界の――労働者・働く人々の未来に、その運命に大きな影響を持ってくるだろう。

 また、現実的な諸政党による政治闘争の観点にそって論じるなら、頽廃し、急速に腐朽化し、没落に向かって転落しかねない日本のブルジョアと安倍政権は、参院選で昨年の総選挙にも優るとも劣らない大勝もしくは快勝によって支配体制を立て直し、反動的専制体制を強化して、来るべき激動に備えようとするだろうし、するしかない。

 そしてそれに立ち向かう第一の勢力が、いま野党連合として、公然と姿を現わしたというわけである。

 彼らは再び大同団結して現れた、というのは、昨年の総選挙の時には、かつての民進党右派の前原一派等々は、保守の小池新党に走り、野党共闘の大同団結を掘り崩し、解体し、安倍一派の圧勝に道を開いたのであった。

 この完敗の重大な経験を、共産党の側と、前原一派つまり現在の国民民主党の側の双方からの、真剣で、深刻な総括もなされないままに、市民派と5野党はまた同じ形の野党共闘――まさに野合だ――で闘い、安倍政権に勝つなどとなぜ簡単にいえるのか、そんな無責任なことがあっていいのか。

 ただこのことだけでも、新装の野党共闘は、古びてガタガタの野党共闘、登場した瞬間から壊れて瓦解してしまいそうな、骨董品的な野党共闘であって、そんなもので安倍政権打倒が可能だなどと、国民の誰1人として信じないだろう。

 志位はこの3年、野党共闘なくして安倍政権の打倒無しとわめいてきたが、実際には志位の路線によって安倍政権は微動だにしなかったばかりか、むしろ志位らが先頭に立って大騒ぎした野党共闘路線によって、それに助けられて昨年の総選挙では、野党共闘勢力に感謝感激の楽勝をさせてもらったのである。

 志位は〝本物の〟野党共闘はいまだ生まれていない、だから安倍政権が勝ち誇っているのだ、とでも弁解、強弁し、今なお野党共闘路線の正しさと有効性を説くつもりか、そんなごまかしや弁解が通用すると思っているのか。

 確かに16参院選でも、17総選挙でも野党共闘は失敗したが、問題は失敗が偶然で、今度やったらうまく行き、成功するといった、そんなまともな〝戦術〟であり、政治路線かどうかということである。

 我々はすでに16参院選の時に、志位路線を批判し、民進党などを信用して野党共闘などやれば、何らかの〝決定的な〟瞬間に裏切られる可能性がある、何故なら民進党はその中に保守的、ブルジョア的政治家を過半数含んでいるような半ブルジョア政党であるからと警告してきた。

 そして我々の批判の正しさは、17総選挙において劇的に事実によって正しさが証明され、前原一派が民進党を割って小池新党に逃走することによって、野党共闘は崩壊し、結果として安倍一派の大勝と安倍政権の温存、延命を許したのではなかったか。

 志位は民進党の代表に就任した前原が裏切ったのが悪いと自らの責任を否定する弁解に終始したが、前原らの政治の階級的性格を正しく、客観的に評価して、闘いの戦術を考えなかった志位の方が、労働者・働く人々にとってははるかに悪いのであって、そういう総括も反省もないままに、またまた敗北の野党共闘路線を持ち出し、浮かれている市民派や野党5党には、労働者・働く人々はもはやどんなわずかな信頼も期待も寄せることはできない。

 今や労働者・働く人々の立場に一貫して立ち、その生活改善や地位向上のために、そしてその未来のために闘うのは、我が労働者党のみであること、我が労働者党は何百万、何千万の労働者・働く人々の闘いを代表し、労働者・働く人々の全体と共に、何十万、何百万の労働者・働く人々の支持を集めてブルジョア政党や安倍政権と毅然として闘っていくのであり、行かなくてはならないのである。

 我々は、野党共闘が結局はキツネとタヌキのだまし合いの野党野合に帰着すること、そんなものに期待する者はもはやどこにもいないこと、野党共闘に期待していくなら労働者・働く人々自身が資本の支配の下で破滅しかないことを明らかにし、労働者・働く者に、安倍政権を打倒するためには野党共闘派と直ちに、きっぱりと決別し、我々の旗の下に結集し、共に闘いぬこうと呼びかける。

 安倍政権を粉砕するには、野党共闘派を一掃しなくてはならないし、また彼らを一掃するに比例して、労働者・働く人々の安倍政権との闘いは──したがってまた、我が労働者党の闘いも──発展し、深化するのである。

 我々は、労働者・働く者の唯一の政党であると公然と宣言し、まさにそうしたものとして、堂々と参院選に参加する。

 腐ってしまった野党共闘勢力が安倍政権と闘うことができないからこそ、ほとんどゼロかマイナスのような存在──ゼロやマイナスがいくら集まっても、ゼロかマイナスにしかならないのは、誰でも知っている計算問題である──に堕して行くからこそ、我が党の存在意義があるのであって、我々の責務は、労働者・働く人々の全体の利益と未来のために、一貫して、原則的に闘っていくことであり、我々の闘いを労働者・働く人々の全体の闘いにますます転化していくことである。

   

【1面サブ】

全国で前進する選挙闘争①長野


数万、十数万の得票をめざして

 斉藤予定候補を推し立てて闘っている長野支部は、11月21日長野県庁で記者会見を行った。午後1時半からの記者会見には、朝日、読売、毎日、中日、信濃毎日、共同通信、市民タイムスなどローカル紙2社、そのほかNHK、信越放送、テレビ信州、長野放送など県内の主要メディアが勢揃い、20人を超える記者が詰めかけ、大きな関心を呼んだ。

 記者会見では、支部長の鈴木さんが「全国社研」の時代から労働者党結成に至る我々の闘いの歴史を紹介、来年参院選に確認団体として参加すると力強く語った。次いで斉藤さんが予定候補として挨拶、「安倍政権の反動的な政治がまかり通り、労働者が非正規・長時間・低賃金労働で酷使され、過労死や自殺者が増えていることに憤っていること。安倍はやれ『働き方改革』だ、やれ『全世代型社会保障』だと口先だけのリップサービスを振りまきながら、資本の利益を押し出し、ばらまき政策で国民を欺き、戦前のような時代錯誤の体制にもっていこうとしている。労働者・働く者の根本的利益を代表し、政治的結集の軸となるべく自民党政権と闘っていく」と立候補の決意を述べた。

 記者との質疑ではいろいろ出されたが、主な質問としてまず、労働者の声を代弁して闘うというが、どういう問題を取り上げ、どのように訴えていくのか、という質問が出された。

 これに対しては、「当面、労働者の政治的結集を図っていくことが大事。斉藤はLCC長野や反貧困ネットワークとつながりがあり、一緒に活動もしてきた。また教え子たちの中には非正規で低賃金・長時間労働に悩む若者は多い、さしあたりはそういう労働者や活動家たちの声をくみ上げ、支持を広げていく。過労死の家族会とも接触を図る」と答えた。

 次いで野党共闘はダメだというがその理由はという質問については、「野党が勝手に〝統一候補〟を決めて有権者に押し付けるのは、有権者の選択権を奪うもので僭越ではないか、どの候補者が本当に支持に値するかを決めるのは有権者自身であり、各党が競え合えばよいではないか、『別個に進んで一緒に撃て』で行くべきと考えている。野党共闘で国会議員になっても、自民党と変わらないような政治なら何の意味もない」と答えた。

 そのほか、「憲法無条件擁護ではないのか」という質問には「そこが他の野党と違うところ。憲法は権力者を縛るものだと多くの野党は言っているが、実際には資本主義体制の構造であり、労働者を搾取するこの体制を打ち破っていく政党は、憲法を一字一句も変えないとは言えない。憲法を変えるというなら、差別の象徴ともいうべき『天皇制』条項を廃絶すべき」と擁護論を批判した。

 なぜ長野県から候補者を出したのかという質問がでた。これに対して「全国で百万票以上をとって国会議員を誕生させる方針であるが、同時に、地元で活動してきた有力な候補がいるかどうかも重要な基準、斉藤は地元出身で教員として教え子も多い、また比例区の林候補も長野県出身などで『比例区は林へ、選挙区は斉藤へ』とタイアップして闘う」と答えた。

 さらに得票目標はという質問には、「有権者の1%獲得が目標だが、長野県は有利な要素があるのだから、1%といわず2%も3%も、あるいは数万、十数万票をとり、旋風を巻き起こし、次の選挙での飛躍につなげたい」と抱負を語った。

 記者会見では、ミニ政党だからと軽視したり、冷やかしたりする雰囲気はなかった。会見の様子は当日の午後6時からのSBC(信越放送)ニュースで斉藤さんの映像入りで放映され、翌22日の信濃毎日、市民タイムスに記事が出た。

 長野支部は「賽は投げられた」、最早後には引けないとして支部の意気はあがっている。12月9日には松本市で「応援する会」の発会式、街宣を計画、過労死家族会との接触を図っていく計画である。


【飛耳長目】

★安倍政権は何に血迷ったか、消費増税を口実に新手のバラまき政策に走り始めた★世界的な景気後退の不気味な雰囲気がただよう中、消費増税不況でもやってきたら来年参院選の敗北は不可避と怯え、消費増税後の需要の落ち込みに備えると自動車購買や住宅建設需要が継続するように目白押しの減税政策や特典政策を売り出し、1兆円もの補正予算を決定し、さらにはポイント還元とか、無原則な消費増税対策を次々と並べている★そして今また2%といってきたポイント還元を今度は5%に引き上げると言い出した。しかしカードで決裁をするのは主として金持ち連中だが、そうした金持ち連中にとっては、2%の消費増税も何と3%の減税になる★何のことはない、不公平増税の典型である消費税は今や労働者には増税、豊かな連中には減税ということに帰着した。他方では安倍政権は5%のポイント還元は中小商店で買い物した場合だけに適用するという、つまり中小商店の票ほしさのための政策でもある。貧しい人々にも軽減減税というありがたいご配慮もある★要するに安倍政治で確かなことはただ一つ、すべての階級の人々のためのバラマキ政策を実行し──そんなことは事実上不可能だから、ただ盛大に口約束だけはやり──後はどうなるか、全面的な混乱や破綻がやってくるかもしれないが、自分にはもう関係ないと無責任を決め込むことだけだ。(鵬)

   

【主張】

安倍は「米国のいいなり」か
安倍政権の階級的性格

 赤旗によると、志位は18日、三重県の共産党の演説会で、「大破綻に陥っている安倍政治の大本にある『アメリカ言いなり』『財界中心』の政治に切りかえよ」と訴えたという。

 つまり日本の政治経済財政の困難や「大破綻」の原因はアメリカにこそあり、そんなアメリカに追随するからであるというのである。

 志位の意見では、アベノミクスはトランプの政策の猿まねであり、トランプの「言いなり」つまり押しつけだということになるが、そんなことは事実ではない。

 例えばアベノミクスの中核をなすゼロ金利政策も金融の量的緩和政策も、最初に日本が20世紀末の金融恐慌の中でアメリカやヨーロッパに先行して派手に始めたことだし、財政膨張にいたっては日本の専売特許の感さえあった。

 欧米がそんな無節操で、野蛮で、非文明的な政策を本格的に始め、深入りしたのは。日本から遅れてリーマンショックの後のであって先ではなかった。

 そもそも安倍政権自体、トランプに先立つこと数年も早く成立していのであって、安倍の移民政策や外国人労働者への数々の悪行がトランプのせいであるはずもない。

 むしろトランプこそ安倍の「言いなり」で悪行を始めたといった方が、はるかに正しいのである。

 今やWTOの自由貿易主義の理想が敗北し、麻痺し、自国ファースト主義の騒々しい時代に転化したが、先進国の中で、保護主義──とりわけ農業の保護主義──に最後まで固執し、抵抗して、WTOの機能麻痺と、世界経済の分裂と自国第一主義の時代を切り開くのに、一役買ったのは日本ではなかったか。

 安倍は「聖域無き自由貿易」を唱えるTPPには自らの農業保護主義ゆえに最初はひどく消極的であって、後に渋々参加したが、しかしそれは「聖域無き自由貿易」の原則を骨抜きにしてからのことであった。

 そんな保護主義の実行者の安倍がいまはなぜか自由貿易主義のチャンピオンのように振る舞っているが、保護主義や自国ファーストのトランプの先行者もまた安倍であって、そのことは、トランプ自身はよく知っていたのである。

 トランプは今や自国ファーストや排外主義や冷酷な難民排除のイデオロギーを振りまき、世界中の卑しい民族主義者や排外主義者の先頭に立っているが、しかし難民や外国人労働者に対する冷酷で、非人間的な立場や姿勢は日本政府や安倍政権が群を抜いていたのであって──今もそうである――、ようやく外国がそこに追いついて来たとさえいえるのである。

 安倍一派や安倍の歴史修正主義と醜悪な民族主義が欧米の猿まねとか、その「言いなり」とか言えるものでないのは誰でも承認し得るのである。

 安倍政権はトランプに先んじて、アベノミクスや円安策動や保護主義や自国ファーストや難民排除をやってきたのだが、それらをなぜ「アメリカの言いなり」というのか、いえるのか。

 安倍がトランプの「言いなりにならないなら」、安倍が労働者・働く人々のために、いい政治でもやるといいたいのか。

 安倍政権もまたトランプを中心とする、現在の反動化と自国ファーストと帝国主義的世界の一環を占めているのは確かだが、それは安倍政権の本質から来ているのであって、アメリカの「言いなり」にならなくなれば消えてなくなるといったものではない。

 そんなことを叫びながら、志位は本当に安倍政権という、堕落したブルジョア反動政権と闘って行けるのか。


二島返還論は安倍のご都合主義
同じ観念論に立つ自民と共産

 安倍はプーチンとの会談でこれまで固執してきた、北方四島の一括返還という自民党の方針を大きく転換し、これまでは退けてきた二島先行返還方針に舵を切った。

自民党の観念と安倍政権の転換

 これまで正統的と見なされてきた自民党の伝統的な四島返還論は、北方四島こそ「日本固有の領土」だと観念するが、それは、一方では、彼らが、明治維新期の1855年の幕府が結んだ、日魯通好条約で四島が日本の領土として確定されたと考えるからである。

 しかし他方では、自民党は日本が敗戦の結果、やむを得ず受諾して降伏したポツダム宣言には真っ向から逆らえず、またポツダム宣言を錦の御旗として千島列島の占拠を正当化するソ連やロシアに対抗できないからこそ、1855年の日ロ通好条約に逃げ込み、依拠するのだが、しかしそれもまた、歴史的に規定された〝相対的な〟意義しか持たない条約であることは、歴史的に規定された、他の諸々の条約もそうであるのと同様である、つまりそのあとの1875年の樺太・千島交換条約や、1945年のポツダム宣言や1951年のサス平和条約や1956年の日ソ共同宣言さえも歴史的なものであり、日ソのその時々の国際的地位や国家的実力や相互関係の反映であるのと同様である。

 安倍政権は――歴代の自民党政府は――少なくともこれまでは、対ロシア領土問題では、1855年の幕府の結んだ、「日魯通好条約」――この当時は、現在の北方四島は日本の領有とされたが、いわゆる北千島や樺太が日ロのどちらかに属するかということは問題にもならなかった――はもちろん、明治政府の実現した1875年の「樺太・千島交換条約」の立場に依拠し、それを根拠に、プーチンと戦後の領土問題を争ってきたのでないし、また今回安倍とプーチン間で合意した1956年の「日ソ共同宣言」――2島返還を先行させ、平和条約を結ぶ――を出発点とするというものでもなかった。

 歴代の戦後日本政府が対ソ、対ロの領土問題解決の原則としたのは、1951年のサンフランシスコ平和条約の、「日本は千島列島の全体の領有を放棄する」という原則を受け入れた上で――日本は敗戦国として、対ソでは〝屈辱的〟ともいえる、ポツダム宣言を受け入れたが、他に選択はなかった――、ただし北方四島は千島列島に属しない、だから「放棄」しない、ポツダム宣言を仮に受諾しても、北方四島は別であり、不当にソ連が占拠したもので、北方四島は無条件で返還されるべきという〝苦しい〟理屈を用いて、ソ連やロシアと延々と続く領土問題を争ってきたのである。

 安倍政権が二島先行路線に転じたのは、ただ参院選を前にして、外交でも得点しておく必要を感じたからであり、純粋にご都合主義からであって、プーチンに足下を見られるだけであって、ろくな成果を上げることはできないだろう。

共産党は自民党といかに闘って来たか

 もちろん敗戦国の日本が、四島返還の主張を持ちだしたのは、幕府が1855年にロシアと結んだ、四島は日本の領土とするという条約を踏まえてのことであって、共産党のように、1975年の「交換条約」を踏まえてのことではない。共産党なら、北方四島だけでなく、北千島も含めた、千島列島全体の返還を要求すべきだとわめいて、もっとも硬直的な民族主義者さえ超えて、強硬な領土回復主義派として登場し、反動派や安倍政権に懸命に応援エールを送っている。

 共産党が日ロ領土問題で〝絶対的な〟真理もしくは前提とするドグマは、日ロ間の領土問題は、1875年の「樺太・千島交換条約」によって最終的かつ明確に決まっていることであるという独善である。いったんこのドグマが承認されるなら、あとは共産党にとっての問題は、すべての国家や国家の政治家や外交官などがこの真理を尊重し、それに沿って仲良く話し合いを行い、問題を合理的に――何が合理的か、そうでないかは分かろうと分かるまいかにおかまいなく――解決するかに強調している。

 共産党は自民党や安倍政権を、優越感からくる満足感に浸りながら次のように批判し、批判したつもりになっている。

 「志位氏は、60年以上にわたり日ロ領土問題が前進しなかったのは、『国後島、択捉島は千島にあらず、だから返還せよ』という日本政府の主張が『歴史的事実に照らしても、国際法的にも通用しない主張だったことにある』と指摘し、このことを正面から認め、領土交渉の方針の抜本的再検討をすべきだ」(赤旗18・11・16)云々。

 大変ご立派な知恵と見識である。志位のこうした立派な主張から批判を始めるとしよう。

 共産党は1875年の「千島・樺太交換条約」で、合法的に、そして話し合いや交渉で領土とかを確定したから、これこそが永遠不変の国境の確定であり、日ロ間の領土問題の究極の解決であると妄信し、1945年のロシアによる千島列島全体の占領が不当であり、千島列島の全体――つまり占守島(しゅむしゅ島)までの〝北千島〟を含めた、全体の返還をこそ要求して、ロシアや国際世論に訴え、妥協しないで最後まで闘わなくてはならないとわめくのである。

 そうすることによってのみ、日ロ間の領土問題は迅速かつ確実に解決される、というのは、それこそが永遠の正義の原則に基づく解決だからである。

 そしてこうした解決は、力や武力などによるのではなく、対話や交渉によるものであり、相互の納得づくのものだから、完璧なやり方であると自身満々にわめくのだが、そんなものは、共産党の主張のあまりの愚劣さと観念性を暴露しているだけである。

 そしてこんな外交政策はいざ実行しようとしても最初の一歩で破綻し、世界の笑いものにしかならないのは余りに明かであろう。

 共産党が持ち上げる1875年の千島列島と樺太との交換条約も、当時の――19世紀後半の――日ソの国家的実力と、「力による解決」そのものであって、お互いに理性的立場に立った賢明な話し合いの結果とか、永遠の真理に基づく解決とかいったものでは全くない。

共産党の歴史的観念論を一掃せよ

 そもそも民族国家の領域とか、国境とか領海とかいったものの確定についての「永遠の真理」といったものは何なのか。共産党はいつから民族国家――それはまた、ブルジョアの階級支配と歴史的、現実的に一致していた――を永遠化するようになったのか。

 要するに、共産党は民族国家、国民国家の形成とは歴史的なものであって永遠不変の歴史的正義の実現とか、ヘーゲル的観念による何らかの観念的、道徳的理想の実現といったものでもなく、商品生産と資本主義の発展と結びついた、歴史的形成物であって、資本主義の世界的止揚とともに存在する必要がなくなる――人類は一切の国家とか国境といった、わずらわしい、災いのもととも永遠にオサラバする――ということさえ知らないのである。口先だけはもっともらしい共産主義者、一皮むけばつまらないブルジョア的俗物(というよりケチで、卑しいプチブル)が顔を覗かせる。

 1875年に話し合いによる樺太・千島交換条約で決まった領土だけが唯一の正しい領土決定であり、永遠不変の真理であると思い込み、そんなドグマを引っ提げて、国際的外交の分野において、何かまともで、いくらかでも賢い発言ができるかに思い込んで介入し、そんな真理の前に、さすが頑固で偏屈のプーチンさえも脱帽し、北方四島だけでなく、千島列島全体も日本に「返還される」だろうというのだが、ただ現実政治や外交と何ら関係ないところで、独りよがりのざれ言をほざいているだけの、どうでもいい政治潮流にすぎない――というのは、2島返還さえ困難な日ロの外交関係の中で、千島列島の全体がやり方次第で「返還される」といった、非現実的夢想を口にしているだけだから――が、しかし客観的には、ブルジョアやプチブルの民族主義的激情を挑発し、煽り立てる以外のどんな役割も果たさないのである。

 志位らは忘れているのだが、1855年や1875年や、さらには戦後の1951年や1956年や、2018年の合意さえもすべて、日ロの力関係の反映であって、ブルジョア諸国間の、しかも帝国主義諸国間の関係や、現在のブルジョア的世界秩序の中では、そうなるしかないのである。

 共産党が錦の御旗として掲げる、1875年の力による解決ではなく、合意と相互納得による領土の確定、したがって共産党にいわせれば、唯一の合法的で、理性的な国境の確定にである樺太・千島交換条約による領土決定もまた、国力と力による領土の分割であって、たまたま存在した力の均衡が、樺太はロシア、千島は日本という領土分割を可能にしたにすぎず、ほんの些細な力と歴史的条件の相違があれば、樺太も千島も共にロシアの領有に、あるいはその反対に日本の領有に帰したかもしれないのだが、それは例えば、江戸時代にはむしろ日本の影響力の強かった樺太は、幕末の頃になると力関係が逆転し、ロシアの方が〝近代化〟され、国家的にも強大になって、1855年には日本は北方四島にしか領土と認められなかったのである。

 そしてさらに明治維新後、富国強兵の〝近代化〟のピッチを速めた日本が1905年には日露戦争に勝利して、樺太の南半分をロシアからもぎ取った等々。

 すべての〝近代の〟歴史的経験が教えるように、 国境や領土・領海等々の観念はただ資本主義と国民国家や帝国主義の発展と結びついてのみ生れ、はびこっているのであって、社会主義が世界的な規模で勝ち取られると共に消滅し、一掃されるのは歴史の必然性である。

   

【案内】

党ブログに「価値移転」論批判掲載

 資本論を学習する中で激しい議論となって来た「価値移転」論について、労働者党ブログに林氏の論文が掲載されています。

 問題の本質的な点について論じ、「不毛な論争に終止符を打つべき」と提起し、「価値移転」論がマルクス主義の価値概念と根底から矛盾していると語っています。ご一読を!

   

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