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労働の解放をめざす労働者党機関紙
海つばめ』

◆隔週日曜日発行/A3版2ページ
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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介(『海つばめ』第1048号)


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
   「ゆとり」から「競争」
   そして「愛国教育」で
   いいのか
 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
  お申し込みは、全国社研社
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  メールでの申し込みも可能です。

まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1325号 2018年4月22日
【一面トップ】安倍の得たものは僅小――トランプの意思まかり通る
【1面サブ】北朝鮮の経済自由化――金正恩の外交防衛路線転換と内的に関連?
【コラム】飛耳長目
【二面〈主張〉】野党共闘は敗北の路線――野党は自ら主体的に闘え
【二面トップ】覆水盆に返らず――民主党=民進党という再結集幻想
【二面サブ】なぜ総辞職要求か――総選挙恐れる共産党

【1323号の訂正】
 2面、2段、2パラ全体を以下のように訂正させていただきます。
「これはつまり、人間の社会的労働は、したがってまた人間相互の社会的関係は、権利・義務といった関係で表されますが、これははっきり一言でいうなら、歴史的生産関係の法的表現であるということです。
※『海つばめ』PDF版見本

安倍の得たものは僅小
トランプの意思まかり通る

 トランプと安倍の首脳会談が終わった。それぞれ政権の維持延命を意識した会談だったが、多くを得たのはトランプであり、少なく得たのは安倍であったのは確かである。安倍はらち問題での解決の突破口をトランプの金正恩への説得に賭けたのだが、そこではあるいは前進が見られるかも知れない。しかしその他のより重要な問題で、安倍の得るところはほとんどなかったが、それは自ら相当の自国第一主義者でありながら、トランプもまた安倍にもまさって自国第一主義者であることを、そのことの意味を理解しなかった〝甘さ〟のしからしむるところであった。

安倍の〝対決路線〟宙に浮く

 トランプの〝宥和路線〟は安倍にとって青天の霹靂にも似たもので、安倍の想定していたものではなく、いわば安倍の〝頭越しに〟なされたものであった。安倍の信念に拠れば、トランプの北朝鮮への路線転換は北朝鮮の術策に乗るもので、核兵器の廃棄に至るのではなく、結局はその反対に、核兵器保有国へと確実に移行するものであった。これまでの〝宥和政策〟は、その期間を通じて、北朝鮮が確実に核開発を進め、れっきとした核保有国に前進してくるのを助けただけであって、今回だけが例外であるという保障はどこにもないし、あり得ないというのが安倍一派の本心であったろう。

 しかし安倍には、トランプ外交を支持する以外のどんな道もなかったのである。今さらながら、トランプに強硬な圧力をかけ続け、妥協は早すぎると説いたところで、トランプの不興を買うだけであることは見え見えであった。

 安倍は辛うじて、らち問題で、金正恩に強く出るように、トランプに約束させることで引き下がる他はなかったのである。

 仮に北朝鮮がトランプに核兵器廃棄を約束したとしても、トランプ政権に2期がないとすれば、北朝鮮にそんな約束を空手形にする可能性もまた生じるのであって、2年、3年後に何が起こるかは誰も知らないのである。

 だからこそトランプは2020年までに北朝鮮の徹底的な非核実現を北朝鮮に迫ろうというのだが、〝複雑怪奇な〟国際情勢の中で、はたしてすべてトランプの思惑通りに行くかどうか。それが問題だ。

経済ではトランプの勝ち

 他方、対米貿易戦争で安倍の得たものは、安倍政権にとってプラスといえるものはほとんどなかった。

 アメリカのTPP復帰はあり得ないとトランプは明言し、2国間協議──トランプのごり押しがまかり通りかねない──に入る路線を事実上受け入れざるを得なかったが、それを回避することが安倍政権の悲願でもあったのだ。

 しかしそんな安倍政権のかすかな願いもトランプには通じなかったし、〝緊密な〟個人的友情とか、日米の〝特別な〟同盟関係などという感情論など、冷酷なデーラー(やり手の商売人)としてのトランプにはどうでもいいものであった。

 安倍が〝親密な〟関係を持ち出せば持ち出すほど、トランプに、「そうだとするなら、なおさら俺のために配慮してくれ」といわれるのが落ちである。アルミニウムや鉄鋼で、日本への輸入制限を解いてくれと頼めば、除外するからFTA(2国間協議)をやろうと言われかねないのである。

 〝保護主義者〟としてのトランプは安倍に対しては、徹底した〝自由貿易主義者〟として登場し、自動車輸入に対する障碍の撤廃を要求し、また特に農産物の関税をなくすことを要求した。アメリカが抜けた後、日本がリードしてきた11ヶ国の縮小TPPが誕生すると、アメリカの農産物はオーストラリアやニュージーランドに対してひどく不利になるため、トランプはアメリカの農民の支持を得るために、何が何でも、手早く日本から2ヶ国間協議に入るという〝いい返事〟を手にする必要があるのである。

 安倍は本心では、トランプにTPPに復帰するのを期待しながらも、口先では、農業分野での関税引き下げはTPPの水準でしかやらないと伝えざるをえないのだが、そういえばいうほど、自ら米国との2国間協議に引き込まれて行かざるを得ない。まさにいつまでたっても、農業の保護主義から脱却できない安倍のジレンマである。

 トランプの〝黄門様の印籠〟──その前では、誰でもひれ伏すしかないもの──は、7兆円の対米貿易赤字であり、その解消である。彼はこうした赤字分だけ、アメリカの労働者や農民が日本によって収奪され、追い詰められ、困窮したのだ、といった理屈を持ち出し、アメリカの労働者や農民のために闘っているかに見せかけ、選挙で支持をかき集めたいのだが、しかし第一に、一国だけ取り出して、貿易収支を論じ、赤字だから貿易黒字国から収奪されているといった論理は、論理でさえない。等価の交換だとするなら、アメリカは日本の農産物や自動車に対価を、つまりお金を払っているのであって、ただそのことを見るだけでも収奪でも何でもない。

 そしてアメリカは、貿易黒字になっている国もまた多々あるのであって、通常の貿易関係では、そうした国々との貿易収支は全体としてみれば、あるいはいくらかでも長期的には均衡するのである、つまりトランプの論理に基づいても、貿易関係では国家間における収奪、被収奪など持ち出すのは愚の骨頂である。

しかしアメリカの貿易収支は全体として、あるいは歴史的に赤字基調であり、またそれが可能であるとするなら、つまりアメリカが買うばかりで売らなくてすんだとするなら、それは〝ドル支配〟のため、その特権ゆえであって、ドル支配の時代が終わると共に、そんな特権もまたなくなるのである。

安倍はどうする?

 自国第一主義の国家同士が対決するなら、より強大な国家の方の自国第一主義がまかり通るのは、ただ力のみが究極的に通用する、資本主義のもとでの諸国間の関係であるのは誰でも知っていることである。

 安倍政権はアメリカと利害が一致しない問題では、どんなに足掻(あが)いても、トランプに従うしかないのであり、日本の自国第一主義をもちだしても通用しないし、またアメリカとの「強固な同盟関係」を誇っても、トランプによって冷たく扱われるだけである。トランプは生粋の〝ブルジョア〟として、たちまちそんな一文にもならない〝友情関係〟など平気で犠牲にするのであり、できるのである。

 トランプも安倍も、口では自由貿易主義を大声で謳うが、それに徹底することは決してできないのであり、お互いに保護主義に転落しつつ争っている。トランプの保護主義も安倍の保護主義も、アメリカのためにも日本のためにもならないのに、である。

 現代の世界のブルジョアたちは保護主義や自国第一主義や排外主義に走るのであり、そうすることによって、自らの支配をも弱め、解体するし、せざるを得ないのである。

 日本の対米輸出の金額は昨年、対中国の輸出以下に転落した。以前、09年度から11年度までの3年間、一時期上回っていたがそれはリーマンショック後の一時期のものとして説明されたが、今度はより根本的な、米中の経済関係の変化──中国の経済力が全体として米国を越えつつある──を反映している。

 そうした中で、安倍政権は日米同盟が、安倍の信じるほどに強固でも永続的でもないことを悟ったし、悟らざるを得なかったのである。

 〝対米従属〟でやっていけばすべてがうまく行き、日本の〝豊かさ〟も〝平和〟も〝安泰〟も保障されるといった、単純な時代は過ぎ去りつつある。

   

【1面サブ】

北朝鮮の経済自由化
金正恩の外交防衛路線転換と内的に関連?

 余り注目されていないが、金正恩が5年前に打ち出した、「並進路線」という政策がある。 「並進」とは、一方で核兵器開発を進め、その所有国家に成り上がり、他方では、経済の〝自由化〟を進めて〝経済大国〟にもなるという、いわば二股政策である。

 どんな若いブルジョア国家も一方で〝殖産興業〟をめざし、他方、軍事国家としても強大化することを追求するのである。日本の明治維新政府も、北朝鮮の模範ともするソ連のスターリンや中国の鄧小平もみな、まさにその道を歩んできたのだから、金正恩国家も同じ道を歩もうとしたからといって別に驚くことはない。

 北朝鮮の経済情勢についての報道は多くはないが、最近の朝日に、次のような報道が載っている。

「金正恩氏は、それまで取り締まり対象だった『総合市場』を認め、市場経済の方向にかじを切った。国が決めた仕事と給料を受け取るだけだった市民に『自分で仕事が選べる』『働けば稼げる』という希望を与えた。市場は全国に440ヵ所まで広がっている。公務員と軍人だけしか存在しなかった北朝鮮に、新たに『商人』が生まれた」

「北朝鮮では経済活動に携わる人は約1100万人いると見られ、うち1割を商人が占めるという」

「月収100万ウォン(実勢で約1万3千円)以上の富裕世帯は、金正日時代はごくわずかだったが、今では4分の1近くまで増えた。だが、所得の全くない世帯も4分の1を占めている」

 これがどれだけ北朝鮮の経済を正確に表現しているかは分からないが、その趨勢を推測することはできる。 いったん始まった経済自由化がどんなに急ピッチで進むかは中国の例からもいえるが、こうした流れは金正恩政権の最近の路線転換といくらかでも関係しているのであろうか。

 いずれにせよ、北朝鮮の〝経済自由化〟は、金正恩の思惑や主観的な願望がどうあれ、金王朝解と、北朝鮮の民主化と、統一朝鮮国家の出発点になり得るだろう。


【飛耳長目】

★静岡市の大相撲巡業で、今年から「ちびっこ相撲」で、女子小学生を土俵に上げるなという方針が相撲協会から出され、実行された。戦後、ずっと女子も土俵に上がっていたのに、だ★「けがをするのを配慮した」などと、見え透いた虚偽発言をするが、女性を〝けがれ〟(不浄)の象徴とする、時代錯誤の〝差別意識〟そのものである。安倍政権がのさばるにつれて、こうした醜悪な反動が幅を利かすのである。池之坊という元華族の悪党に代表される、相撲界の抜きがたい体質である★マスコミやリベラルは差別だ、日本の評判を落とし「国益を損なう」、憲法違反だと騒ぐが、しかし彼らは全く同じものが天皇制として美化され、憲法で正当化され、牢固として存在していることに知らぬ顔だ★天皇制が国家の神的存在、「伝統」の象徴として、従ってまた国家存在の柱石として持ち上げられ、存続するなら、〝国技〟としての相撲が「神事」として差別的に運営されて何が悪いということになる。天皇制が男女差別やありとあらゆる差別の元凶であり、〝象徴〟であり、〝神域〟なら、相撲界もまた差別的偏見の〝神域〟となるのも一つの必然だ★リベラルや野党よ、おかしいではないか、角界を非難しつつ、天皇制を美化する諸君は矛盾そのものだ。憲法絶対化を止め、天皇制廃止を要求するか、さもなければ一切の差別を容認するか、どちらかにせよ。(鵬)

   

【主張】

野党共闘は敗北の路線
野党は自ら主体的に闘え

 自民に勝つには野党共闘しかないと、共産の志位らは、16参院選でも17総選挙でも言いはやした。

 自民は巨大与党であり、野党は一つの束になって闘う以外ない、という理屈だが、しかし本当だろうか。

 我々はすでに16参院選のとき、一人区で民主の右派議員を支持し、議員として国会に送り込んでもろくなことはない、大事なときに裏切られるだけだと、共産に警告を発した。

 そして17総選挙では、志位の〝戦術〟の破産は完璧に暴露された。

 情勢は野党に決定的に有利であり、国民の過半は安倍政権の退陣を要求し、期待していた。

 しかし実際には、野党に絶好のチャンスの中で、野党は大敗した。

 もちろん理由は多々あるが、そのうちでも最も重大なものは、野党共闘──共産、民進(そして市民派)の共闘――が脆くも崩れ、安倍自民に対決し、闘う政治勢力が解体したからである。

 まず民進内の半ブルジョア派の前原一派が裏切り──と志位は叫んだ──、小池新党に走り、民進は分解し、消滅した。小池新党はたちまち腰砕けになり、安倍政権との対決を事実上回避した。結果は、民進の解体と野党共闘の崩壊であり、安倍政権は危機から抜け出すことができた。

 つまりこれは、野党共闘にかけた志位路線の破綻以外の何ものでもない。

 前原が裏切ったからといった言い訳は通用しない。前原が半ブルジョア的政治家であることは、仮に野党に属していても、その常日頃の言動を見れば完全に分かっていたはずである。

 そんな連中と〝共闘〟を組めば、重大な瞬間に、どんな破滅的な結果につながるかということは余りに明らかであった。そんなことが分からなかったとするなら、志位は暗愚で、最低の政治家である。

 そもそも野党共闘でないと勝てないという観念自体間違っており、事実とも一致しない。

 09年の総選挙において、民主党は事実上1党だけで3分の2の議席を獲得し、政権を握った。30余の一人区においても圧勝した。

 また1993年の野党連合の細川政権も、反自民、非共産の8党の連立政権ではあったが、各政党がそれぞれ独立に闘い、結果として多数派になって成立した政権であって、野党共闘がなければ勝つことも、政府を組織することもできないという志位の勝手な理屈を事実でもって否定している。

 実際には、こうした例は〝近代の〟世界の歴史の中でいくらでもあるのであって、無知の志位が知らないだけである。

 こうした歴史的事実が最近だけでもいくつもあるのに、志位はなぜ、野党共闘でなくては勝てないなどとでたらめをいうのか。

 野党が何か〝正式な〟共闘を組まなければ与党に勝てないといったことはないし、あり得ない。各党がそれぞれ、自らの政治路線や政策を掲げ、自らの綱領や思想に忠実に、自ら最大限の力を出して闘い、そして国民の支持を競い、政府自民党を少数派に追い込むべきであり、その方がはるかに勝利への近道である。

 野党共闘という美名の、事実上の野党野合など、全体としての野党の力を殺ぎ、与党を利する以外の何の意味も持たない。

 「別個に進んで一緒に撃て」という、労働者党の戦術を教える古典的なスローガンは、今も真実であり、立派に生きている。

 我々は来るべき参院選に向けて、共産の有害な戦術とその反動性を暴露し、労働者に闘いの本当の道を明らかにして行くだろう。

   

覆水盆に返らず
民主党=民進党という再結集幻想

 3月下旬、民進党の代表大塚耕平は、希望の党代表玉木雄一郎に、再度、両党の合流を呼びかけた。再度というのは、すでに1月、一度呼びかけたが、そのときはいわば時期尚早というところか、お流れになっている。しかし両党は再び今月中旬、新党の綱領や基本政策に大体合意し、連休前後に新党結成に踏み切るという。桜の咲く頃、新党を立ち上げるという見通しだったが、両党も意思の一致を勝ち取るのにモタモタしたが、ようやく安倍政権が解体の危機にあるとき、一ときも早く「受け皿となる政党」を作らなくてはならないと腹を固めたというわけだ。

 しかし一体今どき何のための民進党もしくは民主党の再建か、そんなものへの逆戻りか。そんなものにどんな意義があるというのか。 現在、希望の党は衆院を中心に54名(うち参院は3名)、民進党は56名(うち参院42名)、立憲民主党は62名(うち参院6名)である。単純に希望の党と民進党が合流すれば100名を越え、野党第1党の地位は立憲民主党から新生民主党に移ることになるが、しかしことはそれほど簡単ではない。

 希望の党からも民進党からも、立憲民主党に何名かが移る意思を表明しているし、どちらにも属さない議員や、分党をするという極反動派の連中もいる。そんな連中がどの程度であるかによって、野党第1党が決まるかもしれないが、しかしそれは、そもそも希望の党と民進党の合流がまた1月のときと同じような挫折に終わらないとしてのことである。

 新党──少しも新しい内容は無いのだが──は「中道民主政党」を標榜するが、具体的には「立憲主義を守り、未来志向の憲法を構想する」とか、外交防衛政策では安倍政権が成立させた安全保障法制は否定せず、「違憲と指摘される部分は削除する」といった、中途半端で、曖昧なことをいうだけである。とするなら、結局実践的には、いくらでも安倍自民党に追随し、屈服していくだけであろう。

 両党の議員の大部分は昨年の総選挙の直前まではみな民進党員であった。しかし小池の希望の党に移った連中は衆院選で惨敗したが、それでも数十名の議席を獲得した、つまり現在の希望の党の党員のほとんどが衆議院議員であり、他方、大塚が率いる民進党は、選挙の洗礼を受けておらず、4分の3の42名が参議院議員である。

 つまり衆議院の旧民進党は選挙の洗礼を受け、立憲民主党と希望の党に別れたといえるのだか、参議院の民進党はこの洗礼を受けておらず、そのために形として民進党の原型のまま、固有の利益を守るために〝団結〟を保持してきたというわけである。

 したがってまた野党再編の主導権を発揮し、そのために力を発揮するのが自分たちの責務であるかに考えるのだが、途方もないナンセンスであり、勘違いである。むしろ彼らは参院選での洗礼を受けなくてはならないのである、そしてもしそんな洗礼を受けるなら、統一の核となるどころか、分裂と分解の道をたどるしかないのである。

 だから問題の本質は、旧民主党=民進党がその内在してきた矛盾を顕わにして、2つの潮流に分解したということであり、その傾向は今後も貫かれるのであって、旧民進党=民主党路線による再統一や〝大同団結〟など幻想にすぎない。

 旧民進党も新しく生まれるという民主党も、連合が肩入れし、後援しているように、ブルジョア的労働運動を基盤にし、それと結びつくのに対し──その意味では一昔前の社会党プラス民社党的な性格を有する──、立憲民主党は今や〝市民主義的な〟政党、そしてその限り〝親〟共産党的政党として登場しようとしているかに見える。

 というのは、共産党は労働者の政党としての面影さえ残っておらず、今やすっかり転落し、市民主義派への追随屈従に、その延命をかけなくてはならないほどに零落してしまったからである。

 合同のやり方は、希望の党が民進党に合流し、党名は昔なつかしい「民主党」という名前にするというのだから、この連中の考えることは、我々の理解のらち外にある。民主党という党名のもと、旧民進党の再現か、大同団結かは知らないが、そんな類のものを夢見る大塚は、ご丁寧にも、立憲民主党の枝野に、新民主党の党首になり、中心になってほしいと頼み込んだという。

 もちろん大塚や玉木の夢想が実現する展望はほとんどない。今年の桜はあっというまに散ったが、新民主党の策動は仮に咲いたとしても、あだ花以外の運命が待っているとは思われない。

 現に、枝野はけんもほろろに、「政界再編や、党が党と一緒になるような合従連衡をする積もりはない」とそっぽを向いたままである。枝野は今、独立性、自主性を犠牲にしたら立憲民主党の存在意義がなくなることを自覚している。

 しかし枝野は市民主義勢力に媚を売り、共産党や自由党と事実上連合するような路線を選ぶのだが、そんなものもまた、陽炎(かげろう)のように頼りなく、はかないものである。

 大塚や玉木の幻想は始まる前から破綻している、というのは、すでに旧民主党にしろ、旧民進党にしろ、そんなものを信頼するような労働者、勤労者は1人もいないからである、また立憲民主党を引きつけることもできないからである。

 現存の参院民進党は旧民進党のような勢力としての再結集に向かう運動の核になるのではなく、むしろ衆院選を契機に分裂した立憲民主党と、民進党の勢力に分化する方向に進むし、そうなるしかないだろう。

 共産党の志位はさっそく、「野党共闘の一丁目一番地は憲法違反の安保法制の撤回だ」と息巻くが、なぜそんなものが野党共闘の共通の前提なのか、そうでなくてはならないのか──例えば憲法改悪反対等々ではいけないのか──について何一つ、合理的なことを語ることができないのである。

 志位は新民主党を拒否することはもちろん、ゆめゆめ疎かに扱うこともできない、というのは、そんな野党も結集するというのが志位の路線の本質だったからであり、だからこそ志位は旧民進党と〝丸ごと〟連合すると主張し、野党共闘を謳ったのである。立憲民主党と組んだのは、〝丸ごと〟民進党との連合路線が破綻した後であって先ではなく、単なる便宜的逃避もしくは緊急避難でしかなかったのである。志位はそんなこともすでに都合よく忘れている。

 新民進党が結成されて、志位が彼らを含めて〝野党共闘〟路線を推進するかどうかは知らないが、推進しなければ、そもそも志位の国民連合政府の勝利はあり得ず──というのは、議員数が揃わないだろうから、志位の野党共闘の観念に一致しないから──、他方、推進すれば、志位は自己矛盾し、破綻するしかない。

 いずれにしても、実行される以前から、志位の野党共闘路線はすでに破産しているのである。

   

【二面 サブ】

なぜ総辞職要求か
総選挙恐れる共産党

 いま共産党は安倍政権に総辞職を要求している。

 しかしなぜ解散・総選挙でないのか。

 安倍政権を倒すには、総選挙で安倍自民党を粉砕し、少数派に追い込むしかないはずである。

 総辞職では、自民党の政権たらい回しになるのであって、石破や岸田とか、ひょっとして野田や小泉らが出しゃばって出てくるだけである。

実は共産は総選挙恐怖病に取りつかれ、安倍政権が一か八かの解散に打って出るのを恐れている。

 我々と違って、カネがないからではない。他の野党と同様、昨年秋の総選挙の二の舞になることが怖いのである。安倍政権の支持率が下がろうと、彼らが国会でどんなに派手に安倍や官僚を責め立てようと、共産党も含めて野党の支持率は一向に上がってこない。

 また選挙をやって、さらに票を減らすかもしれないと心配するとは、また何という自信喪失であり、日和見であることか。

 要するに、共産党をはじめ野党には、安倍政権を決定的に追い詰め、それに取って代わる意思も自信も準備も、政府を握って実行すべき戦略的な政策も、何もないということである、つまり野党はみなまともな政党の体をなしていないのだ。

 最近の共産党は市民派の陰に隠れて国会デモくらいは組織するが、かつての「歌と踊りの」学生デモに終始した1950年代の共産党に〝先祖返り〟しているだけである。

 外交政策ではTPPや日米経済交渉の反対を叫んで農業保護をトランプと張り合い、天皇の〝代替わりの〟儀式も民主的な形でやれ、「憲法に沿った儀式はどうあるべきか」を国会ですべての党で議論し、「国民的合意を形成せよ」と主張する等々、まるでピント外れの卑俗矮小な〝政治〟に明け暮れている。

 今や共産党も立憲民主党も、生まれるかどうかもわからない新生民主党も、安倍自民党をいくらかでも実際的に追い詰め、一掃することが出来ないことを暴露している。

 まさに、安倍自民党政権の打倒を目ざす労働者党の新しい闘いこそが開始されなくてはならない時である。

   

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