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労働の解放をめざす労働者党機関紙
『海つばめ』

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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介(『海つばめ』第1048号)


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
   「ゆとり」から「競争」
   そして「愛国教育」で
   いいのか
 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
  お申し込みは、全国社研社
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まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1305号 2017年7月9日
【一面トップ】都議会は保守∴齔Fに――決定的に敗北した民・共
【1面サブ】お知らせ
【コラム】飛耳長目
【二面〈主張〉】「説明責任」の問題ではない――今こそ安倍打倒を勝ち取るべき時
【二面トップ】いつも泥鰌がいるとは限らず――また「経済最優先」で政治危機脱出?
【二面サブ】【読者からのメール】「ある自動車産業労働者の死」について

※『海つばめ』PDF版見本

都議会は保守∴齔Fに
決定的に敗北した民・共

 都議選は自民党の大敗と、にわか仕立ての都民ファースト(小池新党、以下「都民フ」と略称で表示)の圧勝として終わった。そして安倍政権の「終わりの始まり」の時代がようやく開始されたというのに、民・共は安倍自民党の大敗の中で、ほとんど支持を伸ばすことができず、むしろ実際的には敗北し、再び三度、労働者、勤労者の政党としてすでに完全に未来を失っていることを暴露したのであった。

小池の役割とその反動性

 都民フは126の議席のうちの55を事実上獲得し、23の公明党など与党≠加えれば、圧倒的な多数派として突如として現れ、「我が世の春」を謳歌してきた安倍政権終焉の号砲を鳴らす役割を担った(都民フの勝利の持つ積極的な意義は、ただそれだけである)。

民進党は7議席さえ維持できず、5議席をとるのに汲々として、都の政治闘争の中で存在感を完全に失ってしまった。19議席を得た共産党は、小池の反動性について一言も語らず、小池都政に是々非々で対応すると、事実上、小池に対する幻想と期待を隠そうともしなかった。

 そして、唯一野党に転じた自民党も議席こそ、23に縮小したとはいえ、オリンピックでも都政の諸問題の大方でも、また国政における憲法改定や外交・防衛政策でも、勝利した小池と政治的根底や見解や利害を共にするのだから、労働者、勤労者から見れば、都政もまた反動派の大勝利に終わり、これまでと同様に、保守派、反動派の議会独占が続くというしかない。

 築地から豊洲への移転問題では、自民党と小池は鋭く¢ホ立したかにみえるが、そんなものは本質的な問題ではなく、今後この問題でも、都民フと自民党の立場は実際的にますます一致し、融合していくだろう。

自・公の都政から都民フ・公の都政に代わったということは、一つのブルジョア的、反動的都政から、もう一つのブルジョア的、反動的都政に転換したということであり――何しろ、小池は自民党政権で堂々と防衛大臣を務められた御仁であり、安倍政権の憲法改定策動に賛成する女丈夫である――、それ以上では全くない。

 小池のデマゴギー政治は、「都民ファースト」を臆面なく掲げて圧勝したことに典型的に現れているが、これは丁度トランプが「米国ファースト」を絶叫してデマゴギーを振りまきつつ、大統領に成り上がったと同様に恥知らずなことであった。

 この点でも小池は典型的な安倍一派と同様な政治家の一人であり、都政における1強体制を、安倍一派や橋下一派と同様なやり方で悪用しかねない、否、必ずそうするであろう。所詮は「同じ穴の狢(むじな)」のような連中である。小池が安倍政権を正面切って批判しないのは、橋下一派がそうしないし、できないのと同様である。

 安倍らはもちろん都民フが大勝しないのを前提にしてのことだが、「都民フは保守。議席を増やすなら別にいい」と評価し、仮に自民がいくらか負けても小池は味方だから大げさに考える必要はないと太っ腹に構えていた。小池もまた選挙中、近い将来のことを考え、安倍の急所に対する批判はほとんど差し控えていた。

 彼女の国政復帰や総理大臣への強い願望は公然の秘密である。 

 小池は公明党の支持に助けられ、また余りにひどい安倍政権と安倍自民党の頽廃やおごりがいくらでも出てきたことに助けられ、たまたま圧勝したが、しかしまたそれだけ、小池幻想が急速に冷却するのもまた一つの必然である。

 都民が――そのブルジョア的、プチブル的部分さえ――小池の「東京大改革」を本気で受け取り、支持したといったことはほとんどないし、あり得ない。そもそも小池の「東京大改革」は内容のない大風呂敷で、具体的なものは何もないのである。せいぜいオリンピック事業や景気を煽り、カネをバラまく程度だが、そんなものは大層なカネをかけて、後にお荷物になりかねない無駄遣いかもしれないのである。それに6000億円のオリンピック費用さえまだ目途がついていない。

 都議選直前には、豊洲移転問題で袋小路に追い詰められ、「何も決められない都知事」と、自民党の強烈な批判にさらされていたのである。結局、豊洲へ移転するかしないかでにっちもさっちも行かなくなった小池は、移転派と残留派の立場を足して二で割るような場当たりで無原則な解決≠ノよって困難を先送りするしかなかった。

 小池が大勝したのは労働者、勤労者から支持され、信用されたからではない。安倍政権に対する強烈な反感や憎しみが、民・共に行かなくて、たまたま小池を押し上げただけである。

公明党の自民党への危険な離縁状と民・共の没落

 公明党は都民フが台頭するとたちまち豹変し、自民党との腐れ縁を断って――公明党は都の段階だけの話であって、国政には関係ない、国政ではこれまで通り、自民党と固い連携を保っていくと断言しているが――、小池の都民フと提携して小池の大勝の手助けをし、また自らは23名の全員当選を勝ち取った。

 公明党と自民党の関係は微妙な£i階にさしかかり、都議選で現れた両党間の亀裂が広がるのか、単なる一エピソードとして終わるかは、今後の全国的な政治闘争に小さくない影響を及ぼしてくるだろう。公明党との感情的すれ違いが国政の場でも尾を引き、あるいは悪化するなら、そして都民フが国政にでも進出して来るなら、公明党と自民党との関係は複雑で、微妙な≠烽フとなりかねず、自民党の没落に拍車をかけるかもしれない。

 公明党が候補者全員の当選という、超′実の選挙戦術で押し通すのは、この党が徹頭徹尾セクト政党であって、偏頗な宗教組織(創価学会)の枠を越える、真の大衆政党=A国民政党として登場し、成長できない、この党の制約性を教えるのであり、また全員当選の戦術はこの党の強さをではなく弱さを、政治や政策の内容によって広汎な国民の部分を結集して行き得る大衆的$ュ党としてではなく単なるセクトとしてしか闘えない、狭隘な限界を暴露しているのである。

 だからこの党はただ他の階級政党の、あるいはむしろ支配政党のこばん鮫党派として、付録の党派としてのみ、その存在意義を示すことができるのであって、独立した、主体的な政治勢力として登場することは決してできないのである。

 他方、民・共は、小池新党に名をなさしめたことで何の反省も、まともな総括もできず、またそんな情況にどんな深刻な危機意識も抱いていないかである。そればかりか、民主党はたった5議席しか獲得できなかったのに「健闘」したかの安堵のため息をもらし、共産党は2議席を増やしただけで「大きな勝利だ」と浮かれる有様である。実際には、民・共は致命的とも言える敗北を被ったのであり、民・共の「統一戦線」などといったものは事実上白昼夢であり、白昼夢に終わるしかないことを明らかにしたのである。

 4年前の都議選では、民主党は落ちぶれたとはいえまだ15人の当選を勝ち取っており、共産党17議席で2党で32議席を得ていたが、しかし今回は、民進党5議席と共産党19議席で24議席、8つも減らしている。つまり民・共にとってひどく有利な選挙だったというのに致命的な後退だったのである。

 共産党は2議席増やして19になり、「大きな勝利だ」と浮かれているが、たった2議席増でしかないことをむしろ反省すべきであろう。選挙前と比べても、共産党は2議席増やしたが、民進党は7から5へと2議席に減らしている、つまり民・共で見れば、ようやく24という現状(総議席のわずか19%)を辛うじて守ったにすぎない。

 これを「大きな勝利」と浮かれる共産党は、何のためにそんな事実と違う大本営発表≠フようなことをするのか、しなくてはならないのか。現実と事実を直視しない――できない――点で、観念論者そのものである。

 そもそも築地残留こそ正義であり、都民の利益である、日本の食文化を守れといった、偏狭で、一面的なプチブル的、反動的な観念が、都の労働者、勤労者の全体からそっぽを向かれたことだけは確かである。

 共産党もまた公明党と同様なセクト政党、観念政党として、ドグマに引き付けられる狭い層にのみ立脚し、広汎な労働者、勤労者の全体に呼びかけ、訴え、支持を広げていく階級的な政党ではなく、すでに狭隘な地盤にのみ訴え、広がりを持ちえない政党でしかないことが暴露されたのである。

 結局、民・共が「受け皿」になり得なかったのは、国家主義やデマゴギー的政治経済政策や腐敗の安倍政権と真剣に、断固として闘うこともできず、また闘ってこなかったからに過ぎない。

民・共の裏切りを弾劾する

 民・共が、「共謀罪」法の成立が策され、加計学園など安倍政権の頽廃、腐敗が暴露されて、安倍政権打倒の闘いを広め、深めていくべき時、つまり安倍政権と断固対決すべき重要な時期に、天皇の生前退位問題で「国民的連合」を演出し、安倍に追随、迎合して安倍を助けたことは決定的な裏切りとして告発され、糺弾されなくてはならない。

 安倍政権の腐敗が暴露され、アベノミクスが国民経済破壊の政治であることが明らかになりつつあるときに、そして安倍政権の一掃こそが労働者、勤労者の緊急の課題となりつつあるときに、安倍政権との闘いを強化し、追い詰めるべき重要な時に、安倍政権と馴れ合い、休戦協定≠持ちかけ、安倍政権と一緒になって「国民的連合」など演出するなどは、安倍政権の延命に手を貸す裏切り以外の何ものでもなかった。

 もともと原則的なものは何も持たなかった民進党は、今回の都議選挙でまさに解党的な危機に追い込まれていることがはっきりした。

 15名いた都議の過半は都民フに流れ――もともと原則的、思想的一致もないのだから、時々の政治的流動のままに流されて右に左に、西に東にと移ろうのは避けられない連中である――、7名の勢力さえも維持できなかったのだから、この党の解党、分解、消滅は時間の問題にさえ見える。

 そして蓮舫執行部は共産党との連合に民進党の今後を賭けるのだが、そんな「他人のふんどし」に自らの運命を賭けるような党に、どんな未来もないし、あり得ないのは余りに明らかであろう。

 そしてそんな滅びつつある民進党との連携や共闘を重視し、「野党共闘を強める」としか言えない志位共産党もまた、民進党と共に没落と消滅の運命をたどるのもまた必然である。

   

【お知らせ】


 今号から『海つばめ』一面左上の三つのスローガンのうちの最後のものを、「選挙・議会闘争に参加し、労働者党の議員を勝ち取ろう!」から「100万票を獲得し、労働者の代表を国会へ!」に変更しました。これは今春の大会で、5年後には国会議員を何としても生み出すという方針を採択したのを受けてのものです。少数派の労働者党が国会に進出する最短の可能性は、参院比例区で100万票(得票数の約2%)を得ることです。残念ながら我々は2年後にそれを実現する力量がなく、衆院選(ホップ)、参院選(ステップ)を闘いつつ力をつけ、5年後のジャンプの闘いでこれを必ず実現し、広範な政治闘争の突破口を切り開らこうということです。共に5年後の勝利のために闘いましょう。

 またHPのURL等が変わりました(題字右側参照)


【飛耳長目】

★国民の半分が労働者であるにもかかわらず、「労働者の発言力が弱い」、それは労働組合組織率が17%であるからだ、故に、職場に非正規も含めた全体の労働者の選挙によって「労働者代表制」を作って会社と協議し、労使協定を結ぶ等々すれば、労働者全体の意思が会社の経営や労務政策に反映され、労働者の地位や労働条件が改善されるといった構想が提案されている。提案しているのは運輸労組中央書記長小幡明である(朝日新聞7月6日)★しかしこうした構想の致命的な欠点は、一体誰がそんな組織を提起し、作るのかということである。結局は会社か、会社と労働者が協議してか★そもそも「労働者の発言力が弱い」のは、労働組合が労働者のための組合になっていないからであり、また労働者の政党が事実上存在していないからであって、そのことを抜きにして「労働者の力を強くする」ことを考えても無意味だ★この社会では資本の力が強く、労働者の力が弱いのは当然だが、だからこそ、労働者はその弱さを団結して闘うことで補い、資本の圧政と搾取に抵抗し、労働条件の改善等々を勝ち取ってきた★小幡の提案は労働者の自主的で、創造的活動として提起されていないばかりか、迂遠であって、「百年河清を待つ」の類の話である。心ある労働者は今直ちに自らの組合を、自らの政党を組織し、自らの生活と未来のために闘うべきときだ。(鵬))

   

【主張】

「説明責任」の問題ではない
今こそ安倍打倒を勝ち取るべき時

 安倍は都議選に惨敗し、しおらしく自民党に対する「厳しい叱咤と深刻に受け止め、深刻に反省したい」として、これまで拒否してきた国会閉鎖中の証人招致をやるという。リベラルや民・共は大喜びだが、今この時期、前川の国会招致をして、何が出てくるのか。

 民・共は、安倍政権や官僚らに「説明責任」を果たさせる、真実を明らかにすると騒ぎたてている。

 リベラルマスコミも、「首相の『反省』は本物か」と問い、「反省が言葉だけなら、民意はさらに離れるだろう」ともったいぶって安倍を諭し、また「調べない。説明しない。押し切る。政権はそうした体質を改めるべきだ」(朝日新聞7月3日、5日)とも主張する。

 安倍が実際に何一つ「反省」していないことは、虚偽発言を繰り返した、おなじみの財務官僚佐川を、国税局のトップに昇進させた事実からも明らかである。

 民・共もマスコミインテリらも、問題はすでに「反省」でも、「説明責任を果たす」ことでもないことを自覚しない。

 しかも安倍が体よく外遊≠オているときに、何のための参考人招致か。なぜ証人が前川であって、萩生田や松野文科相でないのか、安倍や菅でないのか。

 森友学園のときならまだしも、そもそも加計学園では基本的で、重要な「事実」や、それを明らかにした文書や「証拠」はすでに出揃っているのであって、前川の証言もいくらでもなされてきており、改めて聞くことはほとんどない。

 必要なことは、安倍と安倍政権の腐敗や虚偽や厚顔無恥や犯罪――単に道徳的な意味だけでなく、実際に法律に違反するような犯罪――を徹底的に明らかにし、安倍政権を退陣に追い込んでいくことだけである。

 そもそも民・共は最初から闘うやり方を間違えたのだ、チャンスがあれば、本気になって安倍政権の打倒を目指して闘う意思も決意も何もなかったのである。

 民・共はすでに文科相の隠されていた文書の存在を前川が証言したときから、そしてさらにないとされた文書が実際に出てきたときから、闘争がすでに客観的に、安倍政権を打倒する闘いに転化したことを決して理解しなかった。

 安倍らが、そんな文書は存在しないと強弁した時、民・共は「もしあったらどうする、責任を取って退陣するか」となぜ鋭く問い詰めなかったのか。

 あるいは文書の存在が明らかになって、菅がそれは「怪文書であって」、信用できないと断言したとき、もしその文書が本物であって「怪文書」でなかったら、菅は責任を取るのかと、どうして断固として対決しなかったのか、そして安倍一派の退路を断ち、決定的に追い詰めなかったのか。

 安倍らに「説明責任」を求めても無駄である、というのは真実を語るという「説明責任」を果たしたら、彼らは首相などやっていられないほどの悪事をいくらでもしているからである。そんな悪党たちに「説明責任」を要求するなど、リベラルや民・共は何というとんまな連中か。安倍らには権力の陰に隠れ、権力を悪用して事実と真実を隠す以外の選択肢はないのである。

安倍らにはすでに最後の最後まで、知らぬ存ぜぬで白を切り続けるしか道はないのである。

 安倍らに「説明責任を果たせ」など要求することは、ことここに至っては、ただ安倍政権の延命策動に手を貸す茶番であり、田舎芝居でしかない。

 すでに政治闘争の現段階は、安倍政権の腐敗と犯罪を告発し、安倍政権の打倒の旗を高く掲げ、妥協なき闘いを続けるときである。

   

いつも泥鰌がいるとは限らず
また「経済最優先」で政治危機脱出?

 都議選で自らの悪政故に大敗した安倍は、「反省」をくちにしながら実際には何一つ「反省」することなく、これまで通りのやり方で支持率を回復させようとばかり、再び「経済優先」の路線に戻り、「人づくり革命」によって再度の「政権浮揚を目指す」と言い始めた。この新しい看板は都議選の大敗北の直前に持ち出されたのだったが、都議選の惨敗は、安倍に、ますます「経済最優先」を採用するしかないことを余儀なくさせた結果、安倍にとっては重要な課題となったのである。

 しかし果たして安倍の「人づくり革命」は、安倍の支持率のめざましい回復につながり、安倍政権の延命を可能にするような大層な革命≠ナあろうか。

 安倍は先月6日、「閣議決定」した「骨太方針」で、改めて「新・3本の矢」を推進し、「成長と分配の好循環を作り出す」と、相も変わらず新奇らしく見せかけた、いくつかの看板政策を強調した。

 こうした策動も1回や2回ならともかく、何回も繰り返されるとさすがに国民も食傷気味で、しかも内容もこれまで成果さえはっきりしないようなものばかりであり、今回はとりわけアベノミクスのはったりと口先だけと空虚さを際だたせただけであった。

 「少子高齢化による労働力の減少は革新のチャンス。『人材革命への投資による生産性向上』を取り組みの中心とする」として、そのための三本の矢を上げているが、その第1は、「成長と分配の好循環拡大」であり、第2は、「経済・財政の一体化改革」、第3は、「30年予算編成の考え方」である。

 第2は、まず「経済成長」政策で景気が回復し、GDPが600兆円にもなれば、税収も増えて財政再建につながるといった、実際には逆にバラまきによる財政崩壊を単に促進するだけのような政策を行うということであり、第3は、財政再建達成の目標としてあげた、プライマリーバランスの回復が不可能になったので、他の指標――安倍が急速に膨れあがると勝手に妄想するGDPとの比――に置き換えることによって自らの破綻をごまかそうという、おきまりのペテンである。

 ここでは、安倍がとりわけ重視し、新しい「経済最優先」路線の中心に位置づけている、第1の矢の中の「人材投資」を取り上げる。

 安倍は都議選投票日の直前にも、幼児教育の早期無償化を謳い、また「家庭の経済事情にかかわらず、高等教育を全ての子どもに開かれたものにする」と強調した。

 こうした政策がなぜ、いかにして「成長と分配の好循環拡大」につながるのか。安倍政権がここで強調するのは「人材投資」といったことで、それは成長力を高めるとともに、格差是正にもつながるというのである。

 安倍はこれまで、支持率が下がるとしばしば、法人減税などの「成長政策」や「一億総活躍社会の実現」といった、曖昧で、怪しげな「経済政策」を持ちだして支持率回復につなげてきたという成功体験幻想があるらしく、今回も「人材投資」もしくは「人づくり革命」などを持ちだし、強調することで失った信頼や支持率を挽回できると思い込んでいるのである。

 「幼児教育」がいかにして、いかなる「循環」によって「経済成長」に資するのかの因果関係を安倍は説明しないし、詭弁や論理的すり替えなどによる以外に決して説明できないのである。

 そもそも「幼児教育」の概念自身が曖昧であって簡単に規定され得ないのに、そんなものによって、どんな「経済成長」が達成されるのか、どんな「経済成長」のことか、何十年先の話か。

 「幼児教育」のためのカネは個々の家庭にバラまかれるのだそうだが(小泉らは就学前の子どもに、1人当たり月2万5000円支給すると言っている。かつて民主党政権は、中学生までの子どもに、「子育て支援」として月2万6000円バラまくとしていたが、そのバージョンというわけだろうか)、そんなカネは数兆円にも達するという。一体そんなバラまきのためのカネを、この財政危機の時代に、どこから簡単にひねり出してこられるというのか。

 自民党の安易な連中は、「教育国債」を発行すればいい(国の借金をさらに増やせ)といい、小泉進次郎といったお坊ちゃん政治家は、「保険方式」といったつまらない思いつきを持ち出すのだが、結局は現在の、そして未来の労働者、勤労者に、新しい、余計な負担を押し付けようという話にすぎない。

 小泉の思いつきについていえば、労働者の保険料を1%(労使折半の見せ掛けのもとで)増やせば、労せずして2兆円ほどのカネが集まる、それを「幼児教育」の原資とせよというのだが、そんな頭の中だけでひねり出された観念論の政策が実際に行われることは決してないし、行われてもかつての民主政権の失敗の二の舞を演じるだけであろう。

 なぜ税金でなくて国民保険料の引き上げか。それの方が労働者、勤労者からカネを集めやすいといった安直な発想から提起されたとするなら、小泉らの階級的本性を暴露して余りある。保険料は消費税よりも、さらに逆進性が高いという事実を小泉は知っているのか。

 貧しい家庭の子供たちを支援するためだというなら、そしてそのためのカネがあるとするなら、そんな貴重なカネを、かつて民主政権がやったように、「子育て支援」だと称して無差別にバラまいていいわけがない。

 我々は09年の時にも、民主党政権のそんな卑しい政治を批判して、もっと別な形でカネを使うべきだと強調したが(『まさに《民主党らしさ》そのものであった――鳩山政権の九ヵ月』39頁、49頁、59頁以下などを参照されたい)、今や小泉や安倍政権は、民主党のお粗末な政策の猿まねをするしか芸がないかに見える。

 そもそもそんなバラまき政策が「経済成長」につながるという発想こそ卑しく、許しがたいものはない、というのは、それは単にカネをばらまく連中が有権者の支持を買うためにのみ採用され、意義を持つようなものにすぎないからであって、「成長政策」とはまるで別のものだからである。

 労働者、勤労者から集めた税金や保険料を国家が支出して「需要拡大」があったというなら、そんな回り道をしなくても、単純に労働者、勤労者が自ら支出を増やしても同じということになるだけだからである。

 そしてまた、安倍政権は「高等教育」の負担軽減とか、無償化とか謳っている(今回の「骨太方針」には、ここではさすがに無償化は言えなかったが)。

 しかし普通教育、義務教育はともかく、「高等教育」といったものは、実際的に極めて階級的なものである。理科系はまあまあとしても、文化系の大学教育は徹底的に階級的であるか、さもなければ空虚で、無意味なものでしかなく、そこで青年が真剣に学ぶようなものは何もないといって決して言いすぎではない。それは労働者、勤労者の子供たちをむしろ堕落させ、あるいはブルジョア階級に取り入れ、資本の支配と体制を補強する機関として機能しているといえるのである。

 だから階級意識ある労働者、勤労者はそんなものにほとんど幻想を持たないのであって、むしろ義務教育、国民教育の一層の充実と無償化の徹底をこそ要求するのである。

 労働者はこけおどしのような「人材投資」や「人づくり革命」に幻惑させられることなく、今こそ、安倍政権をさらに追撃し、追い詰め、粉砕して行かなくてはならない。

   

【読者からのメール】

「ある自動車産業労働者の死」について


 初めまして。S・Tと言います。

 私はX県の郵便局労働者です。

 友人の紹介で『海つばめ』の購読を始めました。

 天皇制廃止や資本主義体制の根源的批判、リベラル派批判などマスコミが取り上げない問題を書いています。刺激されます。

 さて、最新号の第1304号2面に「ある自動車産業労働者の死」という記事が掲載されているのを読みました。

 その記事を何回も繰り返し読みました。怒りと悲しみが腹の底からわいてくるのを感じました。トヨタやホンダなどの巨大自動車資本の利益追求と、それと結託した経産省、厚労省官僚の不作為によりアスベスト汚染によって、労働者が家族を残して、苦しみ抜いた末に死んだことに対してです。

 そして、今、ご存じの通り、有名歌舞伎役者の妻で元アナウンサーの小林麻央が乳がんで死んだことに対して、マスコミが異常な「一億総追悼」報道をしていることにも怒りを感じています。

 本来は、アスベスト汚染によって殺されたこの労働者の死を大きく取り上げるべきなのに、セレブの小林麻央の死が重要だとマスコミは言わんばかりです。セレブの死はプロレタリアよりも尊い、という日本の状況は異常です。

 『海つばめ』がこの記事を掲載しなかったら、私はこの自動車産業労働者の理不尽な死を知ることはありませんでした。感謝します。


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