労働の解放をめざす労働者党


始まる新労働者党の闘い
――衆院選に神奈川11区参加決定

 我ら新労働者党の代表委員会は、7月28日(土)、結党大会の国政選挙参加の方針を具体化すべく、ホップの闘い(遅くとも来年中に行われる次回衆院選の小選挙区での闘い)についての――したがってまたステップの闘い(再来年の夏に行われる、次回参院選選挙区の闘い)についての――決定を行った。この方針は、今年の秋に予定される第2回党大会で、より具体的な闘いの見通しや計画や、開始される実際的な闘いとして検討され、確認あるいは決定され、明らかにされ、全面的な活動として展開されることになる。
    (『海つばめ』1307号から  続きはこちらから


5年後の勝利のために
――近くホップ、ステップの構想明らかに


 『海つばめ』前号でも簡単に報告しましたように、我々労働者党は今春の結党大会(マルクス主義同志会14回大会)において、労働者の政治闘争の決定的な発展、深化を勝ち取っていくために、国政選挙に参加し、労働者の代表を続々と国会に送り込む方針を確認、その突破口として、5年後の参院選で我々の国会議員を勝ち取ることを決定し、さらにホップ、ステップ、ジャンプの具体的な闘いの展望のもと、闘いを開始しようとしています。今回、我々のこうした展望について明らかにしておきたいと思います。

不公正選挙制に抗して

少数派の労働者が議席を獲得する最短の距離は、参院選比例区で2%の得票を勝ち取ることで、それは現在の平均的な有効投票数を5000万として約100万になります。我々は第一次の国政・地方選挙参加の時代――1974〜91年――の得票率や得票数なども明らかにしつつ、我々の勝利の展望や、現在の民主主義的≠ニいわれ、たたえられている議会制度、選挙制度がいかに非民主主義的――むしろ反民主主義的――、差別的な陰険で、卑しい制度であるかを暴露し、同時に我々がそんな不平等、不公正の制度を断固として乗り越えて行かなくてはならない決意や闘いの展望について語らなくてはなりません。
 我々は2%、100万の得票による今後の議席獲得について語りますが、もちろんそんな背景には、現行の選挙制度の不正義、不公正で、徹頭徹尾、反民主主義的な現実があるのであって、例えば我々が1986年の参院選比例区で獲得した、0・26%、14・6万票でさえ、もし徹底して民主的な選挙制度であれば、すでにその段階で我々は国会に議席を獲得することができ、現在まで一貫して国政のレベルで闘いを継続してこられたのです。
もちろんそうなれば、我々はすでに10名、20名の――数十名の規模さえもの――議員団を形成することさえいくらでも可能だったのです(我々の第一次選挙参加のいくらかでもまとまった報告は、『海つばめ』1274号参照)。
 例えば、衆院選(小選挙区制+比例区)で見ても、当初は、全体で500議席(475)、小選挙区300(295)、比例区200(180)でした(カッコ内現在)。
 比例区で当選を目指すとすれば、単純に180分の1の得票率(0・56%)があれば、議席は1ということになります。
 基本的に政党を基盤とした選挙であって個人選挙ではありませんが、ある政党の得票率がおおよそ0・56%あれば、その政党から1名の当選者が生まれます。当初は0・5%でよかったのですが、小選挙区はたった5名減だったのに、自民党や民主党などの大政党が自分たちの利益のために比例区から20名もの議員削減をしたので――本当なら、逆にすべきところ――、少数党はさらに不利な立場に追い込まれました。
 我々がかつて社会主義労働者党として闘った1986年の参院選では、0・26%、14・6万票を得ていますから、その2倍強で当選者を生み出すことができたということです。つまり30年、40年前でも、我々が衆議院議員を容易に持つことができたということです。
 しかしもちろん、ことはそんなに簡単ではありませんでした。というのは、衆院選の比例区は参院選と違って全国単一の比例区でなく、全国で11ものブロックに故意に、いやらしく分割されてしまったからです。そのために少数党は比例区でも0・56%の得票率ではなく、10%等々の得票率がなければ議員を持てないということで、こうした細分された比例区選挙は例えば社民党などの少数党に壊滅的な打撃を与え、少なくとも数名の議員を衆議院で獲得できたのに0とか、よくて1名の議員しか当選しないし、できないという結果になりました。
比例区を細分化するまともな理由は何もありません、むしろ比例区の特色を生かすなら、全国単一で行うことこそ道理に合っていたのですが、自民党や社会党、新進党といった下等な政党はただ自らの利益と少数党排除の、横暴で悪しき意図しか持ち合わせていなかったのです。
 また、衆院選全体を小選挙区と、歪んだ比例区を組み合わせた愚劣な制度でなく、単純に全国単一の比例区選挙でやったらどうでしょうか。480の衆議院議員を全て全国単一の比例区選挙で選ぶわけです。
 そうすれば、得票率で0・21%、票数で10万余を全国で獲得した政党は、少なくとも1名の議席を国会に占めることができるということで、我々はすでに1986年に参院選比例区で0・26%、14・6万票を獲得したのですから、堂々と議会進出を勝ち取っていたということになります。0・4%、21万票くらいなら衆院で2名です。そして他の労働者派議員など5名でグループを国会内で組織すれば、一人あたり最低5、6千万の政党助成金さえ受け取ることができたのです。
 しかし衆院選では小選挙区は一人当選ですから無理としても、比例区も11に細分されていて10%くらいが必要で難しいということになれば、我々は最初の突破口としては、参院選比例区を目指すしかありません。

 邪悪な供託金制

 もちろん都道府県単位の選挙区選挙もありますが、東京で6議席、神奈川、大阪等々は4議席でこの壁もかなり高く、一番クリア可能なのは、比例区で2%、100万票ということになります。
 しかし参院選比例区も、得票とは別の新しい障害がちゃんと用意されており、我々の第一次の挑戦を挫折させたのも、この障壁、バリアーでした。
 比例区の闘いは政党主体の闘いであり、そこに参加できるのは選挙法上の政党条件を備えた政党だけという勝手な規制が強要され――「規制緩和」の大流行の当今だというのに――、国会議員など有しない、初参加のわれわれのような政党には10名の候補者を揃えなくてはならないという条件が押し付けられたのです。
しかも候補者一人につき、比例区なら600万、選挙区なら300万の供託金を準備しなくてはならないといった途方もないおまけまでつくのです。一人の候補者であろうと、政党の候補者として闘うなら、それでどんな問題があるのでしょう。少数党を排除するという、大政党、支配政党の邪悪な意図と利己主義以外、何もないのは明らかです。
仮に比例区に一人、選挙区に9人、計10名で条件を満たしたとしても、供託金だけで最低3300万もの無駄金――というのは、我々の供託金は国政選挙では全て没収され、国に強制的に収奪された形にされたからです――を準備しなくてはならず、我々のような小さな政党は、そんな選挙を度々やるだけで簡単に行き詰まるしかないような、労働者党いじめ、少数政党排除のえげつない障碍が置かれたのです。
 我々は1986年の後、バブルの最高潮の時代の参院選、社会党が没落寸前の時代、最後の¥u間的輝きを見せたような参院選に満を持して参加したのですが、社会党の土井委員長が消費税に反対して、「やるっきゃしかない」と絶叫して票をかっさらう中で、前回以上の成果を上げることができず惨敗、以後、矢尽き、刀折れて¢I挙闘争から脱落するしかありませんでした。

厚い壁をぶち破ろう

 にもかかわらず、我々は今や二番目の挑戦に立ち上がることを決定し、5年後の参院選で最低1名の議員を生み出すことを決意し、この5年間を明確な展望と万端の準備のもと、全力を上げて闘い抜くことを決定しました。
 そしてこの2年間、必ず行われる衆院選と参院選に参加し、自民党と対決し、圧倒し、共産党など野党の堕落と日和見主義を暴露して闘い抜き、次々回の参院選、つまり5年後の参院選には比例区から最低1名の労働者の代表を国会に送り込もうということを大会で決議しました。
 大会は、ホップの闘いとして、来年の暮れまでに必ず行われる衆院選には1つの小選挙区から、そして再来年の夏に、これも必ず行われる参院選にも、ステップの闘いとして、小選挙区と同じ都道府県単位の選挙区から立候補して大きな成果を上げて、5年後の参院選(仕上げとしての大跳躍の闘い、ジャンプの闘い)に向けて前進し、道を切り開こうという展望を大会で明らかにしました。
 衆院選小選挙区の闘いは、280の小選挙区中のたった一つの闘いですが、我々はそこで自民党の候補と決定的に対決して圧倒し、セクト政党共産党など歯牙にもかけない果敢な闘争を展開し、さらには5年後の参院選では全国の労働者、勤労者に労働者党としての強烈で、深刻なアッピールを発して支持を呼びかけ、労働者、勤労者の集中した、大きな支持を勝ち取っていくつもりです。
 我々は遅くとも8月の末までに、早ければ8月の始めに、来年末までに必ず行われる衆院選の小選挙区の闘いの舞台――例えば、東京の第何区で立候補する等々――と、予定候補者の名前を明らかにし、直ちに体制を整え、本格的な準備と具体的な闘いを開始する予定です。
 その折には、我々がどの小選挙区で、いかなる闘いを貫徹するのか、そしてそれを全国的で、極めて重要な意味を持つ、新しい労働者の政治闘争として、いかにして重要な意味と意義を持つものに高めていくのかを明らかにしたいと思います。
そしてその小選挙区の候補者は再来年の夏に、小選挙区と同じ都道府県で、参院選選挙区の候補者としても連続して%ャうことになります。
 乞う、ご期待!            (「海つばめ」1306号より)


 ホップ(衆院選)、ステップ(19年参議院選)、ジャンプ(22年参議院選)
 5年後には労働者派の国会議員を勝ち取ろう!


 労働の解放をめざす労働者党は、今年4月に結成大会を開きました。綱領・規約を勝ち取るとともに、国政選挙に再挑戦すること、次の衆院選、19年の参議院選でホップ・ステップ、そしてジャンプとして22年の参議院選挙では国会議員を勝ち取ることを決意しました。
 そしてそのための準備を大会を契機に早急に進めています。
 以下は、大会を受けて最初に発行された「海つばめ」(1299号)の記事からの引用です。

 大会は労働者党の再建と共に、国政選挙・議会闘争への復帰も決議し、5年後、つまり今後2回目の参院選において比例区で闘い、最低1名の労働者議員をかちとり、我々の議会闘争の突破口を切り開くという、具体的で、鮮明な目標と課題を明らかにし、そのためにこの5年間を闘うことを決議しました。
 「復帰」という言葉を使うのは、我々はかつて「社会主義労働者党」(社労党)等として、十数年間、国政選挙を中心に選挙・議会闘争に挑戦し、闘い抜いた歴史と伝統を持っているからです。
 「労働の解放をめざす労働者党」は「社労党」の延長であり、復帰であると共に、それとは区別される政党、一そう階級的であり、一そう根源的な形で闘う政党、甘さを残していた社労党を越える政党であり、またそうして行かなくてはならないと決意しています。
 我々は今後の5年間の我々の闘い、つまり労働者党の代議士を誕生させ、自民党や公明党、民進党、共産党などの腐敗した資本の政党やプチブル党による議会独占に風穴を開け、突破口を切り開く闘いの5年間の展望を、三段跳びの「ホップ、ステップ、ジャンプ」という言葉とイメージで表現し、議論しました。
 ジャンプが最終的に跳躍のカギを握ることは確かですが、2年後の参院選を含めてのホップ、ステップの闘い――衆院選の小選挙区の闘いと、参院選の選挙区の闘い――も重要であり、それを闘い抜き、大きな成果を勝ち取り、我々の闘いが労働者、勤労者の大きな支持を得るものであることを証明し、実証しなくてはなりません。ホップ、ステップなくして、成功するジャンプもないし、あり得ません。
 だから我々は2年間のホップ、ステップの闘いを成功裡に闘い抜く展望やイメージを明らかにし、そのために準備を直ちに始めることを大会で確認しました。
 言うまでもなく、ホップの闘いとは次の衆院選への参加であり(当然、小選挙区制ということになります、政党要件を満たしていないから比例区参加はないからです)、ステップの闘いとは次の参院選への参加です、つまり2年後の参院選に参加するということです。
 後者の場合も当然、都道府県を選挙単位とする選挙区選挙です、というのは、ここでも政党要件を満たすことができず、当選を現実的に目指せる、比例区選挙からは排除されているからです。
 ただし今年中に衆院選が行われる場合は、それをパスすることもあり得る――というのは、それまでの準備は今の段階では、実際的に困難ですから――、ということも確認されました。
 衆院選も参院選も、小数派政党、労働者政党にとっては、ひどい差別的で、不公正な制約(小選挙区制、供託金制度、政党要件、政党助成金制度等々)がはびこり、そんな反民主的でインチキな、名ばかりの民主$ァ度のもとでは、公正で、正義の精神に合致した形での闘いは最初から存在していないのです、我々はスタートで大きなハンディキャップ――かつての我々の挑戦を挫折させたような――を背負いながら闘いを開始する以外ないのです。……
 我々は、ホップ、ステップの闘いを1選挙区ずつ、連続的に%ャうことも決定しました。つまりある都道府県の小選挙区で闘ったら、次の参院選の選挙区でも、同じ都道府県で闘うということです。
 そして5年後の参院選のジャンプでは、比例区選挙に確認団体として参加し、全国的な闘いとして、また労働者党の議員を勝ち取る闘いを貫徹するという展望を持つのです。それが我々の戦術≠ニいえば戦術≠ナす。
 ホップ、ステップの段階で、3〜5%の得票率は不可能、代表委員会は空想的な数字を揚げていると言う批判も大会で出されましたが、決してそんなことはありません。
 小選挙区制の票は比べる基準がありませんが、――というのは、かつて我々が国政選挙に参加した時には、衆院選は小選挙区制でなく中選挙区制でしたから――、しかし中選挙区制でも1%を越えるような票を獲得した例はいくらでもありますし、参院選の選挙区――これは現在とほぼ同じです――で、例えば現在の4人の代表委員はたまたま全員、これに立候補していますが、少ない方からいって、神奈川で0・8%、愛知で0・99%、千葉で1・4%、埼玉で2%でした。つまり3%から5%は十分に可能だと思います。
 参院選では、我々にとっての最後の参院選参加であった1989年の全国区得票率は、0・25%、当選がほぼ1%、100万票が最低必要でしたから、当選にはあと4倍得票すればよかったわけです。
 このときは、社会党の委員長のおたかさん(土井たか子)が「やるっきゃない!」と叫んで、社会党の最後のあだ花のような大勝を博した参院選でした。
 数年のちには、そんな社会党も労働者、勤労者を裏切って自民党と組んだ末、解体し、なくなってしまったのですから、もう1、2回頑張ってやれたら、1%の壁を突破でき、我々の国会議員を持てたかもしれず、惜しいことをしました。
 供託金の収奪により、カネの面で限界に来ていましたから、我々は闘いをやめざるを得ませんでしたが、その後、解体した社会党の票は行き場を失い、左派系の無党派層が一気に増えました。
 我々は選挙資金としては、ホップの段階とステップの段階までの資金は、忌々しい供託金として、300万円ずつ二つで、600万円、各選挙区の選挙を闘い抜く費用として最低数百万円ずつで1000万円、合計2000万円にも達するカネを準備しなくてはなりません。
 新しい我々の党は、代表委員会を中心に可能なあらゆる手段を追求し、資金を準備し、こうした面でも闘いを貫徹することも確認し、決意しました。党内外のカンパやクラウド・ファンディング等々、可能な、ありとあらゆる道を追求します。
 「長者の万灯より貧者の一灯」という言葉もありますが、インターネットのクラウド・ファンディングなどを利用したカネの準備は、我々のような貧乏党にとってはうってつけであり、重視していくつもりです。労働者、勤労者の一人一人のカンパであっても、そんな心のこもった、労働者党への真実の支援は重要であり、また労働者、勤労者の数は圧倒的に多いのですから、そんな人たちからのカンパを重視していくべきは当然のことです。
 読者の皆さんのご支援もまた、切にお願いします。
 幸いなことに、新しい党の一般財政は、今会計報告では10年、20年ぶりに黒字に転換し、この面での負担はなくなり、余剰のカネを選挙にすべて活用できる状態は作りました。
 しかし代表委員も含めての党員の活動は、ごく基礎的な活動費を除いては、基本的にすべて無給のボランティア的活動に依存するという、マルクス主義同志会の状況を継続するしかありません。党といっても、名ばかりの極小<~ニ政党の困難な状況は続くということです。
 しかし我々の闘う意思は旺盛で、当面2年間のホップ、ステップの段階の闘いを勝ち抜くための準備は、選挙区の決定や、候補者問題の解決も踏まえて、早急に開始する予定です。……
少なくとも2年後までの、ホップ、ステップの段階までは、たかが2つの選挙区の闘い(衆院選の1小選挙区、参院選の1選挙区)ですが、我々は、それらをまさに全国的な闘いとして、また労働者党の議員を生み出す闘いの出発点として、さらには全国の労働者、勤労者の注目する、労働者党の果敢な闘いの象徴として、とことん闘い抜くつもりです。

 皆さんの大きなご支援を呼び掛けます。