我々の闘いの軌跡
   ----“左”右の日和見主義に反対して----

  新たなる労働者党建設のための苦闘の結晶!
 ”社共”にかわる新たな労働者の党派の登場は焦眉の課題となり、今や時代
の客観的要請となっている。本書は、新たな労働者の社会主義党派=マル労同
を準備する時期のマル労同・栗木伸一(林 紘義)の論文集である。 
 ”右”の日和見主義=社共と”左”の日和見主義=新左翼に対する徹底した
批判は彼らの反動性を暴露すると共に、自覚した労働者の進むべき道をはっき
りさし示している。


定 価 1600円
著 者 栗木 伸一(林 紘義)
発行所 全国社研社
発行元 ウニタ書舗

発 行 1979年6月15日


   マル労同建設のために
   ともに奮闘せし同志たち
   とりわけ故吉岡直人同志に捧ぐ

●目 次

 序 文
 
第一部 日本資本主義の発展と矛盾の成熟
  
  第一章  日本資本主義分析−−−戦後日本資本主義の発展
  第二章  日本資本主義の現段階と先進労働者の任務
  付 録  寡占体制の強化−−−それといかに闘うか

第二部 典型的な俗流経済学派=宇野学派との闘い

  第三章  ブルジョア俗流経済学としての宇野理論
  第四章  宇野学派の”方法論”批判
  第五章  急進派内部に現れた黒田・宇野理論の否定
        −−−連合ブント・榎原理論の批判

第三部 ”人間主義”と主体性論に反対して

  第六章  ”人間主義”と主体性論に反対して
  第七章  「プロレタリア的」マッハ主義の哲学(黒田哲学批判)
  付 録  「科学的共産主義研究」二七号の紹介

第四部 先進的労働者の闘いの道

  第八章  「六○年安保」と「七○年安保」
  第九章  大学闘争と沖縄返還問題
  第十章  スターリン主義者(共産党)の民主革命の幻想
  第十一章 新左翼の頽廃と新しいプロレタリア社会主義運動


***********************************

   序 文
 この評論集の論文はみな、十年ほど前すなわち我々が”社共”にかわる新しい労働者の社会主義政党=マルクス主義労働者同盟(マル労同)をつくり出すために努力していたころのものである。従って諸論文は、我々のこの闘いを忠実に反映しており、まさにこの闘いそのもの、”社共”及び新左翼に対する理論的実践的闘いの軌跡そのものである。
 我々はマルクス主義に立脚する新しいプロレタリア党を生み出すために、小ブルジョア的な二つの偏向、すなわち「”左”右の日和見主義」と闘わなくてはならなかった。右の日和見主義とはいうまでもなく”社共”であり、労働者の社会主義をめざす闘いを資本の支配の矮小な修正や”規制”へとすりかえ、資本の体制との妥協、協調へと行きつく現代の体制迎合者、追従者たちのことである。彼らの資本の体制への融合と追従ぶりは最近ますます制約のない、無
節操なものになっている。我々の批判は誰よりも、まず彼らにむけられている。
 しかし我々の闘いはそこにとどまることはできなかった。我々は同時に”左”の日和見主義者、すなわち浅薄にして軽佻なる新左翼の小ブルジョア急進主義者たちとの断固たる闘いもまた避けることはできなかったのである。この
時代は第二次急進主義運動がもえひろがった時代、まだ彼らの頽廃ぶりが内ゲバ殺人等々として全面的にはさらけ出されていない時代であった−−−しかしその後の事態の進行は、彼らは空虚であり頽廃する以外ないという我々の批判の正しさを完全に明らかにしてくれたのであった。今では、新左翼運動が失敗し挫折してしまったという事実は、いくらかでも健全な階級意識をもつ労働者には全く明らかであろう。
 ”左”右の日和見主義に対する思想闘争はこの著作をつらぬく根本テーマであり、基調音もしくは主旋律である。我々が戦後日本資本主義の急速な発展を強調し、その意義を確認するのも、いわずとしれた、共産党の”対米従属論”の俗論に反撃するためである。共産党のおろかな諸君は戦後一貫して言いつづけてきた−−日本は日米安保条約により米国の”半植民地”国の地位に陥り、経済的にも対米従属を強いられて来た、そしてこうした状況はますます強化されてさえいる、と。彼らはこうして、五一年の講和条約や六○年の安保条約改定や六○年代の"自由化"要求や七○年代の為替その他をめぐる米国の圧力等々を、対米従属のあらわれもしくはそれを強化するものと評価したのであった。何たる精神的痴呆症であり、現実から遊離した独断的観念論であったろうか!彼らは弁証法というものが一切分っていない。彼らも日本の資本主義の発展について述べるときがなかったわけではないが、そのときでも彼らは”対米従属下での”発展であるとつけ加えることを決して忘れなかったのである。そしてこのドグマは、日本の来るべき革命は日本の”完全な”独立と民主主義を実現する「民族民主革命」であるという、徹底的に小ブルジョア的で、徹底的にまちがっている”戦略”と結びつき、その中心的な環を占めていたのである。
 これに対し、我々は日本資本主義の発展−−”対米従属的”ならぬ、内的な−−と独占資本の支配を何にもまして確認する必要があった。戦後の日本資本主義の発展の本当の意味を明らかにすることは、共産党的なプチブル的ドグマに反対し、労働者の闘いの正しい方向と戦術を明らかにする上で、避けて通ることができない課題だったのである。
 他方新左翼との闘いも、実践的であるとともに、すぐれて思想的なものとならざるをえなかった。六○年安保闘争のころより、いわゆる”主体性”の哲学がもてはやされ、新左翼の急進主義者たちは自らの実践をそこに基礎づけたの
である。また、六○年代半ばには、彼らは不意に”人間主義”をもち上げはじめた。かくして”主体性論”も”人間主義”もみな、ブルジョア自由主義の反映であり、現代ブルジョアジーの思想(哲学)を越えるものではないこと−−このことを示すことが、我々のなすべき仕事となった。ブルジョア自由主義者、個人主義者の知識人がもてはやし、マルクス主義を批判するためにもち出した”主体性論”や”人間主義”にとびつき追従したという事実ほどに、新左翼運動の階級的性格と不毛性を示すものはないであろう。
 哲学でいえたことは経済学でもいえたのである。哲学で”主体性”哲学にとりつかれた彼らは、経済学ではこともあろうに、もっとも俗流的な宇野経済学に”ころりとまいってしまった”のである。何とたわいもなく、またあわれな新左翼の皮相なイデオローグたちよ!私は一九六○年前後、彼らが宇野弘蔵を「第二のマルクス」などと呼ぶのを、何回かきいたものである(かの有名なる水沢史郎など)。だが宇野経済学などは、リカードに対する反動としてのマルサスの経済学と本質的に同一の、徹底して俗流的なタワごとであり、科学的な内容などは何一つないおしゃべりの紙の一山であろう。それは、マルサスとちがって、独占資本主義の段階にあらわれたものである以上、一そう反動的で、無内容で、空論的、衒学的である。宇野理論の本当の秘密を知りたければ、マルサス及びマルサスから学んだという現代のブルジョア経済学のところへ行くのが一番手っとり早いであろう。
 もちろん、”主体性論”にしろ宇野経済学にしろ−−その本当の秘密はブルジョアジーの思想や理論のひきうつしである、というところにあるのだが−−、これらの論文ではその批判の礎石をおいたにすぎず、必ずしも全面的なものになっているわけではない。しかし、新左翼がよってたつイデオロギーの批判としてはさしあたり十分であり、基本的な役割を果たしている、と確信する。
 共産党批判はそのまま新左翼にあてはまり、また新左翼批判は共産党批判と重なりあう−−これは事の本性上当然のことである。彼らはともに小ブルジョアであるからだ。例えば、我々は十年前に新左翼の”主体性論”や”人間主
義”を明瞭に批判した、だが現在、ますます資本の陣営への屈伏と迎合をこととするようになった共産党は、このかつての新左翼的な(究極にはブルジョア的な)哲学を現在自らの公認の哲学としてもってまわっているのである。”主
体性”(新左翼)といおうが、”実践”(共産党)といおうが、それが無規定的である限り、一体どれほどのちがいがあるというのか?
 また社共と新左翼の政治が、その根底では同一であるということは、政治闘争のあらゆる局面ではっきりとあらわれた−−七○年安保、大学闘争、沖縄復帰、みのべ支持、”統一戦線”その他多くの問題において、表面的、”戦術
的”な騒々しい対立とけんかにもかかわらず、新左翼と”社共”は結局は同じ立場に立ったのである(我々はこのことをいくぶん皮肉をこめてスターリン主義とトロツキー主義の同一性と表現した)。この著書の第四部を見れば、この命題の正当性をたちどころに納得しうるであろう。
 もちろんこの著書の内容は、我々の闘いの全面をおおいつくすものではな
い。まず第一に、時期的に十年ほど前の我々の闘いを反映するだけで、それ以
前、それ以後のものは全然含まれていない。この時期をまず選んだのは、この
時期が、マル労同の結成へと直接につらなる重要な時期でありながら、当時の
論文等がほとんど入手不能になっているからであり、他方、これ以降の論文等
は、まだ在庫があるマル労同の理論誌「科学的共産主義」や政治新聞「火花」
で簡単に見ることができるからである。
 従ってこの著書は、七○年代に入って顕在化した現代資本主義の矛盾(イン
フレや不況や”通貨”危機等々)の分析をはじめ、戦後日本の労働運動の歴史
とその諸問題、トロツキー主義の批判や日本共産党の戦略、戦術の全面的な検
討とか、”革新”自治体の批判、さらにまた現代の”社会主義体制”論(ソ連
や中国の分析とくに中国論)、さらに選挙闘争への参加等々の多くのテーマを
入れる余裕はなかった。また残念ながら一九七○年から七三年までつづいたチ
リの”社共”連合政権の生きた教訓−−まさにそこでこそ”社共”の路線の決
定的な敗北が確認されたのだが−−も割愛せざるをえなかった。紙面的にも不
可能であるし、またこれらのテーマのいくつかは、マル労同の他の出版物で十
分論じられている(例えば、ソ連論は「現代社会主義体制論−−スターリン体
制から”自由化”へ」があり、”革新”自治体批判には「破産した”革新”幻
想−−美濃部都政八年の総括」がある等々)。これらはみな労働者にとって重
要な問題が論じられているので、是非、併読をお願いしたい。
 この著書では、共産党の戦略や戦術を、正面からとりあげてはおらず、第四
部のなかで、具体的な政治の検討のなかで、その日和見主義への批判が貫徹さ
れているにすぎない。それで、この点での我々の観点をここで簡単に明らかに
しておきたい。共産党の戦略、戦術に対する我々の全面的な、公式の評価は、
マル労同の綱領やいくつかの大会、中央委員会の決議、また全国社研の第二回
大会、三回大会の決議(これはパンフレット「新たなプロレタリアートの革命
的政治組織結成のために−−全国社研の綱領的立場を示す決議集」に掲載され
ている)の中で示されている。
 「日本の『当面する革命』が『直接資本主義の廃止をめざす社会主義革命で
はなく、民族の真の独立と徹底した民主主義的変革をめざす反帝反独占の民主
主義革命』であるという共産党の戦略及びそれに従属する戦術は単にまちがい
であるばかりでなく、もっとも荒唐無稽なたわごとである。
 (1) 日本資本主義の高度な発展段階からしても、プロレタリアートが労
働する人々の半ば以上をしめていることからしても、また日本ブルジョアジー
が基本的に政治的、経済的自立を獲得していることからしても、日本の『当面
する革命』は、プロレタリアートによる社会主義・共産主義革命以外ありえな
い。
 小商品的・小企業的生産が根強く残存していても、第一にそれはかなり急速
に分解と解体の過程にあり、第二にすでに日本の経済的社会的生活の主要な力
ではない。高度の発展をとげ世界的な技術と生産力を誇る大規模な資本主義的
生産と集中された工業生産こそ、日本社会の指導的要因である。そしてこの高
度の生産力のにない手こそ何百万、何千万のプロレタリアートであり、彼らの
労働なくしては社会は一日としてなりたたない。また、主要な階級対立は独占
資本とプロレタリアートのあいだで闘われており、あらゆる動揺、ジグザグ、
混乱、潜在的形態や公然たる闘争の形をとりつつ、日々発展している。これら
のすべての事実は、来るべき革命においてプロレタリアートこそが独占資本主
義打倒の闘いのヘゲモニーをにぎり、プロレタリア独裁を樹立し、プチブル
ジョア諸階層をひきつけて社会主義的生産へ進みうるし、進まなくてはならな
いことを物語っている」(前述パンフ、一九六七年の全国社研第二回大会決
議)。
 この決議は、同時に民主革命や民主連合政府や”統一戦線”戦術等に対する
原則的な評価−−プロレタリアートの立場からする−−を与えており、我々は
今にいたるまで一言一句それを修正する必要を感じていない。我々はまた他の
ところでも、共産党の「民族民主統一戦線」の戦術がどんなものとしてあらわ
れたかを、みのべ都政の八年間を総括した文章の中で、四年前、次のように述
べた。
 「われわれは一貫して”社共”のリベラル(自由主義派もしくはその知識人
−−引用者)との”統一戦線”戦術に反対してきた。”社共”統一戦線の本当
の内容は、”社共”のリベラル(つまりブルジョアジーの一部、一分派)との
統一戦線である、ということが地方政治でほどはっきりあらわれているところ
はない。
 問題は、労働者の階級闘争の観点からたてられなければならない。この観点
からみて、ブルジョア自由主義的知識人との同盟の政策はプラスであったのか
どうかである。もちろん、われわれはごく一時的な戦術として、この同盟政策
を問題にするのではない。この点では共産党も異議はないだろう、というのは
彼らは、統一戦線戦術が一時的な便法であるという批判にむきになって反論し
ているからである。
 労働者の徹底した階級闘争の立場、すなわち資本の支配を打倒して社会主義
を闘いとるという立場からみれば、『統一戦線』は労働者の偉大な事業を破滅
に導くだろう。それは、他ならぬ、この自由主義的知識人たち−−みのべ、黒
田、長洲、にな川等々−−の本質こそ、階級闘争を最後まで発展させるのでは
なく、”進歩的な”空文句のかげで、労働者の闘いを資本の支配と妥協させ、
なんとかおりあいをつけさせるところにあるからである。彼らは結局、自民党
となれあい、取引するであろうし、現にそうしている。かれらの貧弱な改良主
義こそ、口先はともかく実践的に彼らが独占資本=自民党となれあい、取引契
約を結んでいることでなくてなんであろうか?この連中を先頭にたてた運動
(統一戦線)が、社会主義革命に行きつくのではなくて、資本の支配とのみじ
めな妥協に終わることは、絶対的に確実である。彼らはただ改良、漸進的前
進、資本とのかけひきや取引によってのみ、資本と闘おうとしているが、しか
しこうした立場は、客観的には資本の打倒でなくせいぜい資本の権力のわずか
ばかりの修正、制限、規制等々に行きつくにすぎず、しかもこうした成果さ
え、一時的で、限定つきである。ブルジョア的リベラルとのブロックは、労働
者の社会主義的な階級闘争の否定であり、労働者の自主的な政策を犠牲にして
資本に奉仕することである。われわれは、この命題がみのべ都政の八年間(今
では、十二年間、というべきだろう−−引用者)の経験によっても、十二分に
確証されて来たと信じる」(「破産した”革新”幻想」序文)。
 我々の実践的、政治的立場の基礎がどこにあり、我々がなぜ共産党にかわる
新しい労働者の社会主義、共産主義の党を組織せざるをえなかったかは、これ
らの引用からも基本的に明らかであろう。この事業には何千万の労働者階級の
未来がかけられているのである。"社共"にまかせておく限り、労働者の本当の
未来の幸せも解放もありえないのだ。
 この著作集を出すにあたって、もとの文章をほとんど一字たりとも変える必
要を、私は認めなかった。そればかりではない、これらの論文は、戦後の日本
資本主義の歴史及び政治闘争、思想闘争の歴史の最も忠実にして深刻な反映、
その生きた一断面であり、この意味において自覚した労働者が何事かを学びう
る多くの内容が含まれていると確信する。序文の最後にあたり労働者の諸君
が、労働者自身の手によって、労働者の中へ広くこの書物をもちこまれんこと
を期待しかつお願いしたい。

          一九七九年五月十五日  著者しるす



   付 録  「科学的共産主義研究」二七号(黒田哲学批判特集)の紹介

    一
 十九世紀から二○世紀にかけて資本主義が自由競争の時代から独占の段階に
入るとともに、ブルジョアジーの思想や歴史科学における反動がはじまった。
 経済理論においては、一八七○年代に客観的な社会経済構成体の内的諸関係
や法則を求める理論から、主観の経済行為の動機−−「効用」とくに「限界効
用」という主観的評価−−を重視する理論への転換が開始された。このいわゆ
る「近代経済学」は、マルクス主義はいうまでもなく、スミス、リカードに代
表される古典派経済学の歴史的な意義や積極的内容さえも否定し、「需給説」
を主観主義的に基礎づけるというもっとも俗流主義的な方向を「発展」させ
た。「限界革命」すなわち「近代経済学」の誕生とは、経済学における客観的
方法から主観的方法への転換を意味していた。たとえば価格を説明するにあ
たって、それを労働量に、いな生産費にさえ還元する方法はしりぞけられ、価
格の形成の過程にいかに個人的な評価が作用するかが問題にされ、重視され
た。しかもこうした方法論は、「経験科学的」であり、「精緻な現実分析」で
あり「実証主義」的であると持ちあげられたのである!実際にはそれは科学的
でも実証主義的でもなくて、空論的で無意味な理論体系であった。こうした経
済学における反動は、ブルジョアジーが進歩的役割をはたしおえて、ますます
死滅すべき無用の階級に転化しつつある事実に照応していた。現在、新左翼に
大きな影響力を及ぼしている宇野経済学なるものが、そのマルクス主義的用語
法にもかかわらず、実際にはこの「近代経済学」と本質的に同じものであるこ
とは、少しでも宇野理論にふれた人々にとっては自明であろう。
 経済学における資本主義の独占段階への転化の反映は、効用学説としてすな
わちマルクス主義のみならず古典派経済学−−その科学的な進歩的側面はマル
クス主義のなかに止揚されている−−までも否定する真の俗流経済学としてあ
らわれたが、哲学では新カント派のマッハ主義としてあらわれた。「近代経済
学」、すなわち俗流経済学の完成が主観的心理主義的方法に依存したのは偶然
ではなかった。こうした主観主義的観念論こそ、まさに独占資本主義のイデオ
ロギーとなったし、ならざるをえなかったのである。
 「カントへ帰れ」という叫びはすでに一八六○年ごろにあげられた。カント
主義への復帰としてあらわれた「理想主義」の哲学は、マルクス主義の弁証法
的唯物論だけでなく、合理主義や「科学主義」をも否定し、結局倫理的なも
の、個人的な使命感、自分の内部の「真実」に重きをおく主観的観念論になら
ざるをえなかった。この観念論哲学は日本の思想界にも影響を与えた。直観や
直覚を出発点とし、方法ともする日本の観念論哲学(例えば西田哲学)は、この
意味で、世界観における世界的なブルジョア的反動の一貫となったのである。
 直観や主観がそれ自体独立させられ、無規定的な絶対的なものに高められる
とき、それは不可避的に非合理的な思想体系にならざるをえない。かくして主
観的観念論が独占資本主義の必然的な支配的な哲学となるのである。新カント
主義、マッハ主義、プラグマチズム、実存主義、「主体性」哲学−−これらは
すべてみな、現代ブルジョア社会の支配的哲学であるか、その影響のもとにあ
る哲学のあれこれの変種である。それらの内容は本質的に同じである、すなわ
ち主観的観念論であり、あるいはそこに行きつくのである。
 カントに帰れ、という叫びは偶然のものではない。ブルジョアジーは歴史の
客観的な合法則性を信じられなくなればなるほど、またその認識をおそれざる
をえなくなればなるほど、また彼らが弁証法的唯物論に反対してたとうとすれ
ばするほど、彼らの思想は主観主義的となるし、ならざるをえない。現代ブル
ジョア哲学は、歴史、社会の発展の合法則的認識の可能性を否定するために、
「神学の批判的根拠づけ」を事とする。。そしてそのためには、宗教と妥協
し、信仰の余地をのこすために、認識能力を制限すべく、カントの展開した認
識の形而上学が必要となるのである。
 新カント派の方法は歴史科学においてその豊かな土壌を見出した。彼らは、
歴史科学においてはそれが「人間」が関係する人間の歴史についての科学であ
るがゆえに、自然科学とはことなった方法が適用されるべきであり、社会や歴
史は、人間の主観によって左右される「意味」があるから、ここでは客観的方
法はしりぞけられるとされた。彼らは客観的方法をしりぞけ、何らかの価値観
や超越的な「道徳」や「道徳的な当為」から人間の歴史を説明する方法を対置
した。彼らが強調したものは、社会的歴史的関係から独立化された個人の内的
な道徳観、「理想」、「人格」であり、価値意識であり、結局は何らかの信
仰、何らかの神秘主義に帰着すべきものであった。この「価値の形而上学」
は、現在創価学会によってとり入れられ、利用されている。
 マッハ主義、すなわち「経験批判」論は新カント派復活の一つの論理的帰結
である。カント主義の復活とともにその矛盾も復活した。すなわちカントの
「物自体」の承認を徹底化させて唯物論の見地に立つか、それとも意識に与え
られたものだけが客観であり、意識の作用が客観を構成するという学説は「物
自体」と両立しえないものとして、「物自体」を放棄するかというジレンマが
生まれた。マッハ主義は後者の道をとった。すなわちそれは新カント主義から
新ヒューム主義(現象主義もしくは心理主義)への転換である。それは、意識
の外の実在的世界を否定して、「純粋経験」から、すなわちわれわれの意識内
容から出発する。この哲学は「物自体」とともに先験主義をも否定するが、し
かし実際には先験主義を克服することはできない。マッハは科学の課題を、体
験を感覚すなわち心理的要素から構成するところにみている。感覚は主観的体
験の総体を形成し、この主観的要素から客観的世界が構成されなければならな
い。
 マッハ主義は感覚に与えられたものをこえることができないとするために、
直接的感覚を客観的世界としなければならない。思惟する主観なくしては対象
がないのだから対象は主観と切りはなしえない。対象は主観において統一され
る。
 主観はそれに与えられたものをすべて一様に心理として認め、客観的世界と
同一視する、そしてこの与えられた心理的要素から真理が構成される。客観の
合法則的存在を否定し、また先験主義を否定するマッハ主義は、直接的な感覚
に与えられたものの真偽を判断し、客観的真理を確定するどんな手段もない、
いな、そもそもマッハ主義にとっては客観的真理は存在しない。そしてそれを
前提するマルクス主義は独断論である、と宣告される。マッハ主義者のいう
「科学」とは結局は雑多な主観のあれこれのよせあつめにしかならないであろ
う。それは個人の主観、「意見」等々をみな真理として認めざるをえず、結局
客観的な科学の追放にいきつくであろう。マッハ主義によれば概念−−この必
要なことは彼らも現象主義者も認めざるをえないのだが−−はわれわれの思惟
が表象に一致して構成するものであって、同一物に対して任意の多様な概念が
生み出され、そのどれもが正当な権利を主張しうる。概念は主観的要求によっ
て創造され、こうして現実に、その法則性や因果関係に一致する必要はない。
こうして彼は、主観によって創造される概念及び観念を対象的世界から切りは
なして独立世界に高め、観念論者の側に立っていることをはっきりと示すので
ある。

    二
 新カント派及びマッハ主義−−独占資本主義段階に特徴的にあらわれた二つ
のブルジョア観念論哲学の変種−−についてごく簡単に説明したのは、これら
の哲学が実質上黒田哲学の内容でもあるからである。
 実に黒田哲学もまたカント主義と同じく、認識の形而上学におち入り、認識
のア・プリオリの形式を構築するために、「上向下向の弁証法」「客観主義の
弁証法」について百万語をついやしている。彼にあっては弁証法は、単なる主
観の弁証法に一面化されている。その弁証法は客観的な現実が問題にならない
からこそ存在しうる形式的な弁証法、空虚な弁証法である。
 さらに黒田は認識の前提、出発点として「プロレタリアートの実践的立場」
「否定的直観」をもち出すことによって、マッハ主義的現象論へと転落してい
る。彼の哲学によればプロレタリアの直接的な意識にあらわれたものが真理で
あり、真理を構成する心理的要素である。彼は、資本主義の客観的現実をプロ
レタリアートの直観、その真理のなかにうつし入れる。プロレタリアートの意
識に自然発生的に与えられたものが、しかも内的な統一性も法則性も諸契機と
その関連も不明な雑多な多様性として与えられたものが、資本主義の真実であ
り、その認識である。こうして黒田の哲学は「プロレタリア的」マッハ主義と
カント的先験主義のごたまぜである。
 宇野「経済学」が現代ブルジョア俗流経済学とその「方法論」のひきうつし
であり、模倣であるのと同じく、黒田哲学は現代ブルジョア主観主義哲学の完
全な影響下にある。しかしこれは当然のことであって、何ら不思議な点はな
い。
 修正主義は、支配的ブルジョアジーの思想とマルクス主義を折衷し、妥協さ
せようとする試み、マルクス主義陣営に対する支配的ブルジョア思想の影響で
ある。修正主義は必然的に現代ブルジョア思想によるマルクス主義の改造の試
みとしてあらわれる、まさにそれゆえにそれは「修正主義」なのである。それ
は単なる「修正」一般ではなくて、ブルジョアジーの思想からするマルクス主
義の「修正」である。マルクス主義の修正主義としての宇野経済学や黒田哲学
が、現代ブルジョアジーの俗流経済学や主観主義的観念論と本質的に同じもの
であるという事実には、何らおどろくべきもの、意外なもの、奇妙なものはな
い。マルクス批判家として、彼らは不可避的にますますブルジョアジーの思想
に依存し、その論理をかり入れる意外には存在することはできない。
 個人主義的哲学も、それが中世の封建的絶対的政治経済体制や神学体系に対
するブルジョア的「個性」の闘いを表現する限り、歴史的には進歩的であっ
た。「人間主義」=ヒューマニズムも、それがフランス唯物論やフォイエル
バッハにおいて現れる限りでは、一そう進歩的な要素となった。これらの哲学
は何よりも唯物論であった。それが社会についての見方で観念論におちいった
としても、それは思わず知らずそうなったのであって、意図してそうなったの
ではない。それはブルジョア的な「人間主義」の限界を示しているが、しかし
歴史的には全くやむをえなかったのだ。
 ところが現代の独占資本主義の社会では、「人間主義」は黒田哲学にみられ
るように、主観的な非合理的な観念論としてあらわれる。それはすでに、ブル
ジョア的頽廃を反映する反動的哲学以外の何ものでもない。黒田の「人間主
義」はすでに十八世紀のフランス唯物論のような合理主義、唯物論、啓蒙主義
に立脚するのではなくして、むしろ反対にこうしたものを否定するところに成
立している。フランス唯物論者の「人間主義」は、人間をも客観的にとらえよ
うとしたが、しかしただ人間主義=自然主義の思想の必然的結果として、人間
を単に自然的産物としてとらえて社会的歴史的産物としてとらえられず、歴史
と社会についての見方で観念的とならざるをえなかった。これに反して黒田は
はじめから「人間」を主観の問題としてすなわち観念的に提起するのである。
黒田の「人間主義」は頽廃しており、反動的なものとなっている。

    三
 黒田哲学の「人間主義」は主観的観念論と固く結びついている。そして主観
的観念論こそ現代ブルジョア社会の哲学である。「科学的共産主義研究」二七
号は、反動的な修正主義哲学としての黒田哲学の批判特集である。革共同「中
核」派でさえ、黒田哲学の「反スターリン主義運動」の出発点における「功
績」を高く評価しているのだから、このわれわれの批判は大きな意義をもって
いるだろう。この批判により、新左翼運動なるものがその急進的ポーズにもか
かわらず、思想的に完全にブルジョア・イデオロギーに屈伏し、追従している
ことが明らかになる。
 しかも黒田哲学は「反スタ」の看板にもかかわらず、実際にはスターリン主
義と同じ主観主義的形而上学的性格をもっている。彼の「プロレタリア的」
マッハ主義は、スターリニズム共産党の「党派性」マッハ主義と本質的に同じ
ものである。
                                   
    一九七○・四・一九(「火花」八四号)

======================================================================
1979年6月10日「火花」第412号 書評

マルクス主義的批判の珠玉
 −−栗木伸一(林 紘義)評論集「我々の闘いの軌跡−−”左”右の日和見
主義に反対して」

    (一)
 本書は、マル労同栗木政治局員の六四、五年頃から七○年代初めの論文を集
めたものである。
 本書序文の冒頭で栗木同志は、次のように書いている。
 「この評論集の論文はみな、十年ほど前すなわち我々が”社共”にかわる新
しい労働者の社会主義政党=マルクス主義労働者同盟(マル労同)をつくり出
すために努力していたころのものである。従って諸論文は、我々のこの闘いを
忠実に反映しており、まさにこの闘いそのもの、”社共”及び新左翼に対する
理論的実践的闘いの軌跡そのものである」。
 六○年代後半から七○年代初めと言えば、戦後日本資本主義の世界に例を見
ない”高度成長”がようやく終焉に向かい、その矛盾を成熟させつつあった時
代であったこの時代に、”社共”の日和見主義の深化がすすむとともに、六○
年安保後、無為と沈滞に陥っていた新左翼諸勢力が七○年代に向けて第二次急
進主義運動を高揚させていた時代、そして「七○年安保闘争」の終焉とともに
その決定的破産をさらけ出した時代であった。
 栗木同志の先の言葉にもあるように、我々は、こうした時代に”社共”に代
わる新しいプロレタリア社会主義政党の結成をめざし営々たる努力を積み重ね
てきた。現在のマル労同の(注・そして社労党へと引き継がれた)”骨格”=
理論的思想的基礎はまさにこの時期に形づくられたのである。
 本書に集められた論文は、この時期の我々の闘いを、その時々において導い
てきた重要なものばかりであり、新たな労働者党の結成をめざすマルクス主義
的政治・思想闘争の最も忠実にして深刻な反映である。
 本書の論文は、いずれもガリ版刷りやタイプ刷りの「科学的共産主義研究」
(や一部は「火花」)に発表されたものだが、これらは既にずっと昔に在庫が
切れていて入手不可能になっていた。資本主義の矛盾の激化の中で、”社共”
も新左翼もともに無力化し、頽廃を深め、新たなプロレタリア社会主義政党の
成長が時代の客観的要請となっている時に、またマル労同の八○年代大攻勢を
一年後に控えたこの時期に、本書が発行されることの意義は極めて大きなもの
があろう。
 本書を通して、読者は”社共”の日和見主義の俗悪さ、汚らしさペテン師ぶ
りを、また新左翼の急進主義の無内容さ、空虚さ、”革命的”大言壮語の陰に
かくされたその日和見主義的本性を、はっきりと知ることができるだろう。そ
してまた、何故、全国社研=マル労同が結成されなければならなかったかを、
それがいかなる闘いを通じて形成されたかを知ることができるであろう。我々
は、本書がすべての火花読者に、すべての先進的労働者に読まれ、検討され、
討論され、さらに深く労働者の間に持ち込まれるよう、心から期待する。

    (二)
 本書は、全体が四部に分かれている。各部の表題は、次のとおりである。
   第一部 日本資本主義の発展と矛盾の成熟
   第二部 典型的な俗流経済学派=宇野学派との闘い
   第三部 ”人間主義”と主体性論に反対して
   第四部 先進的労働者の闘いの道
 見られるように、本書の論文は多岐にわたり、広範な分野にまたがってい
る。しかし、そこに貫かれている分析の視点、批判の立場は、首尾一貫してい
る。それは、本書の副題にもあるように、「”左”右の日和見主義反対」とい
うマルクス主義者の原則的立場であろう。”左”右の日和見主義−−即ち”社
共”と新左翼に対する原則的で一貫した批判は、単なる表面的、部分的な批判
にとどまることなく、その根底にまで掘り下げられ、核心をえぐり出し、過去
の国際共産主義運動の歴史の中に表れた日和見主義、急進主義との関連で、ま
た種々のブルジョア・小ブルジョア思想との関連で明瞭に位置づけられてい
る。十年も前に書かれた論文でありながら、今なお新鮮さを失わず、読者に強
い感銘を与える−−我々はそう信じて疑わない−−のも、そのためであろう。
 たとえば、第一部では、戦後の農地改革や財閥解体等の”民主化”がその後
の日本資本主義の発展にとってもった意義が、昭和三十年代の急速な技術革新
と設備投資競争を通じての生産力の高度の発展が、また四○年以降の過剰生産
の顕在化、インフレの進行、寡占体制の強化等が分析されている。だがこれら
は、平板な教科書的分析ではない。著者は、こうした分析を通じて、共産党
の”対米従属”論がどんなに一面的で、ドグマチックで、形而上的なものであ
るかを明らかにし、それが労働者の闘いを”民族独立”といったアナクロニズ
ムに、民族主義にそらすものであることを暴露し、現代日本における労働者階
級の課題がこの高度の生産力と社会化された生産を基礎にして、直接に社会主
義を実現すること−−社会主義革命以外にないことを論証している。七○年代
末の今日、日本資本主義が米国に次ぐ"経済大国"にのしあがり、世界中に商品
を輸出し、また資本輸出をおしすすめて明瞭に帝国主義的独占資本の国家に転
化している現実を見れば、こうした分析の正しさは、明らかであろう。"民族
独立"といったドグマが、独占資本と最後まで闘い抜くことのできない共産党
の小ブルジョア的日和見主義的臆病さを隠蔽するものにすぎないという著者の
指摘は、共産党が今日では独占資本の体制の"再建"をうたうところまで堕落し
ていることによって疑問の余地なく証明されている。
 また、第二部では、新左翼諸党派が、党派の別を越え、持ち上げ信奉してき
た宇野学派の理論が、マルサス−ベーム・パヴェルク流の俗流経済学であり、
ブルジョア経済学への迎合・屈伏であることが、主として価値論と方法論(宇
野の三段階論)を対象として、徹底的に暴露されている。宇野の”価値論”
は、実は”価値論なき価格論”であり、労働価値説の否定であり、需給説、効
用価値説等あらゆる俗流経済学の雑炊であるという著者の結論は全く正当であ
ろう。実際、宇野学派は、資本論のいたるところに”欠陥”を見い出し、資本
論を「書き直す」ことが自らの使命だなどと思い上がり、大学の中でマルクス
主義を修正することを飯の種にしている忌むべき社会の寄生虫である。
 著者は宇野派の理論の階級的基盤を次のように端的に言い表している。
 「宇野派の社会的内容はどこにあるか。それはマルクス主義の重圧と呪詛か
ら解放されようとするプチブル・インテリの涙ぐましい死にもの狂いの努力、
マルクス主義の権威とその堅固な科学性をほりくずし、傷つけようとするたえ
まない努力の反映である、というところにある。これこそが宇野派の社会的内
容である」。
 読者によっては(特に六○年代の急進主義運動を良く知らない若い読者に
とっては)、何故宇野派批判なのか、混ぜかくも執拗に宇野派を批判する必要
があるのか、合点がいかないかも知れない。だからすべての新左翼が宇野派を
−−時には「第二のマルクス」だとさえ言って−−ほめたたえ、ぞっこん”ま
いって”しまい、自らの理論的支柱の一つとしていたという事情を知るなら
ば、こうした原則的な批判の意義も理解できるであろう。まさに、こうした俗
流経済学を自らの基盤としていたところに新左翼の皮相さ、浅薄さ、無思想さ
が表れているのであり、それ故我々の批判は大きな実践的意義を持ってのであ
る。
 著者はまた、宇野派の内部から宇野派を批判して登場し、経済学の課題は、
資本主義の生成、発展を「ありのままに」「そのままうつし」「記述する」こ
とだとした鈴木・岩田学派の主張が、唯物論的装いをこらした、主観的観念
論、現象論であることを明らかにし、宇野派と鈴木・岩田派が一見激しく対立
しあっていながら、実は、現代ブルジョア哲学の二大潮流−−主観的観念論と
実証主義、経験主義−−の反映であり、非弁証法的・非唯物論的世界観へ迷い
込んでいることの「たての両面」にすぎないことを暴露している。根本的批判
とはまさにこのような批判を言うのであろう。

    (三)
 同様に徹底した、仮借なき批判が他の編でも貫かれている。
 たとえば、第三部では、六○年代の中頃、革共同がもてはやしていたラー
ヤ・ドゥナエフスカヤの”人間主義”を批判しているのだが、そこで著者は、
人間主義の起源をルネサンスの時代にまでさかのぼり、それが個人を無とした
中世の封建的支配に対する新興ブルジョアジーのアンチ・テーゼであるとして
その歴史的意義を評価しながら、同時にそれが”抽象的人間性”を擁護すると
ころにその限界を見出し、人間主義=ヒューマニズムの積極的内容はマルクス
主義のうちに止揚されていること、マルクス主義に人間主義を対置するのは、
現代のブルジョアジーの特徴であることを暴露して、次のように言っている。
 「科学的共産主義すなわちマルクス主義と、人間主義とは本質的にことなっ
たものである。前者はプロレタリアートの思想であるのに対し、一切の人間主
義はブルジョアジーもしくは小ブルジョアジーの思想である」。
 まさにこうした人間主義をかつぎまわっているところに新左翼の小ブルジョ
ア的、反プロレタリア的本性が現れているのだ。
 またこの第三部に収められているもう一つの論文黒田哲学批判も新左翼の哲
学的支柱であった黒田哲学の”主体性”論を「プロレタリア的」マッハ主義だ
と批判し、当時の急進派学生に大きな衝撃と影響を与えたものである。
 さらに第四部では、七○年安保・沖縄問題や大学闘争の批判を通じて共産党
と新左翼が、表面上は激しく対立しあい、ののしりあいながら、実際には同一
の基盤−−小ブルジョア日和見主義に立っていることが明らかにされている。
(それは、「安保破棄」=「安保粉砕」、”統一戦線”・革新自治体の擁護等
に端的に表れている)。
 以上簡単に本書の内容を紹介したが、ここですべてを紹介しきれるものでは
ないし、それが私の目的でもない。しかし以上の大雑把な紹介を通じても、本
書の批判の鋭さ、深刻さはうかがい知れたと思う。このように問題をとことん
まで掘り下げ、その根底に迫ろうとする著者の真摯な姿勢−−理論的な誠実さ
が貫かれているところに本書の特徴の一つがあるのだ。読者が本書から学び取
ることのできるものは限りなく深く大きい。(H.S)