国際共産主義労働運動史
   ---- その苦悩と闘いの歴史 ----



  編 著 全国社会科学研究会編集委員会

  発行所 全国社会科学研究会

  発売元 ウニタ書舗



 1971年12月15日 第1版発行

【目  次】

まえがき

第一編  社会民主主義とえせ共産主義(スターリニズム共産党)の裏切りの歴史

  「科学的共産主義研究」十七号 序文

  第一章  ヨーロッパの労働運動と経済主義・組合主義

  第二章  ドイツ社会民主主義運動の挫折 ---- スパルタクス団の敗北まで ----

     一 ドイツ労働運動の形成
     二 エルフェルト綱領と修正主義の台頭
     三 第二インタナショナルの崩壊とドイツ社会民主党
     四 ドイツ一八年の革命とスパルタクスの叛乱

  第三章  ドイツ共産党とその誤りの歴史

     一 カップ一揆(一九二○年)
     二 三月行動(一九二一年)
     三 二三年の「革命」
     四 ドイツ経済の復興と没落
     五 社会民主主義の破産
     六 社会ファシズム論

  第四章  オーストリアの労働運動 一九一八年〜三四年

  第五章  フランス労働者階級の敗北 一九三四年〜四四年

     序

     一 労働者階級の勢力増大
     二 コミンテルン第七回大会
     三 人民戦線
     四 ミュンヘン会談と独ソ不可侵条約
     五 第二次大戦と抵抗運動

  第六章 イタリアの労働運動 一九二○年〜四五年

     一 一九二○年の工場占拠
     二 社会党の党内闘争と共産党の成立
     三 ファシズムと共産党
     四 パルチザンと共産党

第二編  国際プロレタリア革命の教訓

  「科学的共産主義研究」十八号 序文

  第一章  ロシア革命運動史 ---- 統一戦線戦術の問題を中心として ----

     一 共産党の統一戦線戦術
     二 ロシアの階級関係と左翼諸潮流
     三 一九○五年の革命と「反帝政統一戦線」
     四 反動期の統一戦線
     五 一九一七年の統一戦線
     六 総括

  第二章  スペイン革命と人民戦線

     一 スペインの社会経済
     二 人民戦線政府の成立
     三 フランコの反革命と「二重権力」
     四 共産党と人民戦線戦術

  第三章  英国労働党政権とその裏切り ----第二次大戦前まで ----

     一 大戦前の労働運動
     二 第一次大戦以後の労働運動
     三 第二次労働党政府と世界恐慌
     四 結論

  第四章  第一次大戦五のアメリカ労働運動

     一 第一次世界大戦がアメリカに与えた経済的政治的影響(一九一八年〜二三年)
     二 アメリカ資本主義の相対的安定期(一九二四年〜二九年)
     三 世界恐慌の時期(一九二九年〜三二年)
     四 ニューディールの時代(一九三三年〜三六)
     五 アメリカ労働組合組織の沿革 ---- CIOの出現と消滅 ----
     六 総括

第三編  「民主連合」政権の幻想とその限界

  第一章  一九四八年の諸革命と第二インタナショナル

     一 一八四八年のフランスの階級闘争
     二 一八四八年のドイツの革命と反革命
     三 フランスのミルラン主義
     四 イギリスのマグドナルド政権
     五 ベルンシュタイン主義と民主連合政権

  第二章  第三インタナショナルの「統一戦線」批判

     一 コミンテルンによる「統一戦線戦術」の採用
     二 中国革命とスターリン

  第三章  「人民戦線」の教訓

     一 スペインにおける人民戦線
     二 フランス労働者階級の歴史的経験
     三 フランスの一九四四年民族民主統一戦線
     四 イタリア統一戦線政府

第四編  ヴェトナム革命運動の歴史と内実

  「科学的共産主義研究」第十九号序文

  第一章  ヴェトナムの社会経済体制

     一 フランス支配下のヴェトナム経済
     二 ゴ政権下における南ヴェトナムの経済

  第二章  ヴェトナム共産党の歴史とその欠陥

     一 ヴェトナム共産党の成立とヴェトナム社会革命の課題
     二 コミンテルン第七回大会と「インドシナ反帝民主戦線」の成立
     三 第二次大戦と八月蜂起の勝利
     四 フランスの再侵略と「全人民の徹底抗戦」
     五 「抗仏戦争」とジュネーブ協定による「勝利」

  第三章  ヴェトナム南部の「民族解放」運動

     一 ゴ政権とアメリカ帝国主義
     二 ヴェトナム南部解放民族戦線
     三 解放運動の発展と現状
     四 民族革命運動における共産主義者の任務

  第四章  ヴェトナム革命運動と日本の「左翼」

     一 反戦運動の小ブル的性格
     二 国際主義とは何か

  あとがき


<あとがき>

 本書は、全国社研社の理論機関誌、「科学的共産主義研究」の十七号、十八号、十九号及び二十一号を復刻・再版したものである。本書の第一編は「科共研」の十七号(一九六六年十月五日発行)、第二編は十八号(同年十二月三十日発行)、第三編は二十一号(六七年七月十三日発行)、第四編は十九号(同年五月十九日発行)にあたる(第三編、第四編が発行順と入れ代わっているのは、内容の関連上であって、他意はない)。

 「科共研」のこれら諸号は、いずれも発行以来数年を経ており、タイプ印刷で発行部数も当時は少なかったため、既にずっと以前に在庫が切れているが、他方、ここ一〜二年急速に我々の存在が全国的に知られるようになるにつれ、その復刊を望む声が編集委員会に多数寄せられていた。これが、我々が本書を発行するにいたった直接の動機である。

 だがもちろん、発行の動機は、単にそこにつきるわけではない。日本における真にプロレタリア的な革命運動の発展を真剣に望む者にとって、共産主義・労働運動の国際的経験から徹底的に学ぶことは、何にもまして必要なことである。とりわけ、社共の日和見主義者たちや新左翼ののプチブル革命主義者たちが階級闘争の表面を跋扈し、他方プロレタリアートの先進的部分がその背後で呻吟している今日、このことの意義は大いに強調されなければならない。

 レーニンは、『何をなすべきか』のなかで次のように述べている。

 「社会民主主義運動(=共産主義運動・・・・・引用者)は、その本質そのものからして国際的である。これは、われわれが民族排外主義(今日では共産党がその担い手の一人となっている・・・・・引用者)とたたかわなければならないことを意味するだけではない。これは、若い国にいまはじまりつつある運動は、他の国々の経験を摂取してはじめて成功できるということをも、意味する。しかし、このように摂取するためには、たんにこの経験に通じていたり、たんに最近の諸決議を書きうつすだけではたりない。そのためには、この経験を批判的に取りあつかい、それを自主的に検討する能力が必要である。だれでも、こんにちの労働運動がどんなに巨大な成長をとげ、多くの枝にわかれているかをおもいうかべるなら、どれだけの理論的勢力と政治的(同時にまた革命的)経験とのたくわえがこの任務の遂行に必要であるかを、理解するであろう」(全集第五巻、三八九〜三九○頁、強調は引用者)。

 本書の諸論文の試みたことこそ、まさに一八四八年のドイツ、フランス以来百年余に及び国際階級闘争の経験を「批判的に取りあつかい、それを自主的に検討する」ことであった。

 レーニンの当時から、国際プロレタリアートの階級勢力は疑いもなく、巨大に増大したが、他方、日和見主義者、すなわち労働運動におけるブルジョア思想の伝達者達もまた「巨大な成長」をとげ、今日の階級闘争は、一層複雑な様相を呈している。現代の日本においては、これら日和見主義者達は、社共(及び構改派等の諸分派)あるいは新左翼として存在している。社会党はプチブル平和主義的、民主主義的知識人と組合主義者の寄合い世帯でしかなく、どんな意味でも、プロレタリアートの自主的な階級闘争を指導する能力をもたない徹底した日和見主義者の集団である。スターリニスト共産党は、社民の補完物から最近はさらにその日和見主義的変質を強めて、直接にブルジョア政治の補完者となりつつある(自由主義的知識人との「統一戦線」や沖縄返還に際しての「民族的屈辱」等の排外主義的主張をみよ!)。他方、十年以上、「社共をのりこえる」、「反帝反スタ」等の無内容なスローガンを掲げてきた新左翼諸派は、「安保・沖縄闘争」で、プチブル平和主義運動の最左翼としての本質を露呈し、一度もプロレタリアートの先進的部分に根をおろすこともできないまま、解体と腐敗の一途をたどっている。彼らは、プチブル革命主義者の単なるセクトにすぎず、階級闘争の表面をただよう根無し草でしかない。

 読者は、本書を通じて、これら現代日本の日和見主義者達の思想と実践の原型を、ほぼ完全な同一性をもって国際階級闘争の歴史に見いだすことができるであろう(たとえば、社共は、ルイ・ブラン主義者、ミルラン主義者、ベルンシュタイン主義者、メンシェヴィキのなかに、新左翼は、ローザ派、スペインのアナーキストらのなかに、そして協会派は、カウツキー派のなかに)。日本の労働者階級の革命闘争は、これらの諸経験から批判的に汲みつくすことによってのみ、「はじめて成功できる」であろう。

 我々の批判の焦点は、主として、スターリニスト共産党の統一戦線戦術にむけられている。このプチブル改良主義・ブルジョア自由主義への妥協と追従の戦術こそは、一切のプロレタリア革命を流産させてきた最たるものである。ドイツにおいてしかり、またヴェトナムにおいてしかりであった(読者は、これら諸国における彼らの裏切りと犯罪の歴史を、戦りつと怒りをもたずして読むことはできないであろう)。日本におけるプロレタリアート階級闘争が共産党の指導にゆだねられるならば、必ずやこれら諸国におけると同じ敗北と屈辱の歴史をたどるであろうことは、我々は今から断言しうる。これら国際プロレタリアートの血をもってあがなわれた経験の教えるものは、真にプロレタリア的な指導部分、すなわちプロレタリア革命政党がなければ、労働者階級の闘争は敗北の道を歩まざるをえないということであろう。先進的労働者・知識人は、これらの諸経験から徹底的に学びとり、我が日本の革命運動のなかで、これら日和見主義者達を実践的に粉砕してゆかなければならない。そのように読まれてこそ、本書の真の意義が発揮されるであろう。

 なお、本書は、全国社研会員の共同執筆によるものであり、各章の執筆者名は以下のとおりである。

第一編

  第一章・・・・・・・・・・栗木伸一
  第二章・・・・・・・・・・橋本 勉
  第三章・・・・・・・・・・高橋 明
  第四章・・・・・・・・・・江上 一
  第五章・・・・・・・・・・槇田杏一
  第六章・・・・・・・・・・橋本進一

第二編

  第一章・・・・・・・・・・栗木伸一
  第二章・・・・・・・・・・谷 進
  第三章・・・・・・・・・・小橋 宏
  第四章・・・・・・・・・・東郷盛太郎

第三編

  第一章第一節・・・・小椋 強
  同 第二節・・・・上田一夫
  同 第三節・・・・佐久間猛
  同 第四節・・・・桜井 馨
  同 第五節・・・・山本 晃

  第二章第一節・・・・津谷弘志
  同 第二節・・・・竹浪武雄

  第三章第一節・・・・原 ちよ
  同 第二節・・・・沢見照夫
  同 第三節・・・・高橋 明
  同 第四節・・・・橋本進一

第四編

  第一章・・・・・・・・・・小椋 強
  第二章・・・・・・・・・・椎名広志
  第三章・・・・・・・・・・千田 裕
  第四章・・・・・・・・・・桜井 馨
 編集にあたっては、文章表現上の部分的修正を除き、内容には変更を加えていない。また、地名、人名、組織名等は気づいた限り、統一に努めたが、なお、見落としもあると思われるので、機会があれば、より完全を期したい。

 最後に、はじめて全国社研の出版物を手にされたかたのために、全国社研の歴史について簡単にふれよう。

 全国社研は、六○年の第一次ブントの崩壊と分派闘争のなかで生まれた一分派、共産主義者同盟「共産主義の旗派」にその源流を持ち、以来十年以上、日本における革命的政治組織の結成とプロレタリア革命運動の発展のために闘ってきたマルクス主義的サークルである。我々が、サークルの形態から出発したのは、もちろん、サークルに安住せんがためではなく、我々の主体的力量(思想的・組織的)からして、それが避けて通ることのできない一経過点であったからであり、われわれの目標は、あくまでも全国的な政治組織の結成と大衆的プロレタリア革命運動の推進にあった。我々の存在は、第二次急進主義運動の華やかなりしほんの二〜三年前までは、ほとんど注目されず、「名誉ある孤立」をたもたざるをえなかった。だが、この「孤立」は、我々が新左翼的な偏狭なセクト主義(それは彼らの日和見主義というメダルの裏面である)に固執していたためではなく、社共の日和見主義に反対することはもとより、急進主義の流行の空文句に断固として反対し、マルクス主義と階級闘争の原則を一貫して擁護してきたためであった。したがって、急進主義の破産と腐敗がますます度しがたくなり、社共のブルジョア的変質が進むにつれ、全国の真にプロレタリア的な先進部分が、我々のもとに結集しはじめたのは当然であった(全国社研の歴史についての詳細は、パンフ「新たなプロレタリアートの革命的政治組織結成のために!」を参照されたい)。

 我々は、今年十一月三日には、二百数十名の規模で政治集会を成功させ、また今秋の「沖縄闘争」では首都圏を中心に全国でのべ数十万枚のビラを入れ、大衆的宣伝を行いうるまでに成長した。もちろん、より大規模で広汎な宣伝・先導のためには、サークルではなくて政治組織が必要である。だが、我々は、プロレタリアートの革命的政治組織の結成という当面の課題にむかって着実な成長をとげつつある。最近の特徴は、単に学生・インテリだけでなく、労働者の先進的部分の結集がはじまりつつあることである。七二年夏にむけて、全国的政治組織を結成するという我々の課題は全く可能なものとなりつつある。

 本書の発行が、そのためのさらに大きな契機となることを念願してやまない。


一九七一年十二月三日 編集担当者