『プロメテウス』23号(1996年9月発行)
ブルジョア福祉の批判を特集
他に大塚久雄“方法論”批判など
今号の特集は「崩壊するブルジョア福祉」である。
現在、日本をはじめ世界の先進資本主義国では、財政赤字と累積債務が深刻な経済的、社会的問題となっている。各国政府は「財政再建」を謳い、財政削減にやっきとなっているが、その標的となっているのが社会保障費である。
アメリカでは、財政赤字解消の一手段としてクリントン政権は「福祉改革法」によって、福祉給付金の支給の見直しなど社会保障費削減に乗りだした。これは、戦後アメリカの社会保障制度の基礎を築いたルーズヴェルト政権以来の民主党の福祉政策の転換を意味している。欧州では九九年のEU「通貨統合」に向けて財政赤字の縮小が謳われ、社会保障の切り捨てが強行されている。ドイツのコール政権は、病欠時の賃金保障の引き下げ、女性の年金支給開始年齢の引き上げる一方、付加価値税率のアップ、公企体労働者の削減などを内容とする「財政調整法」を成立させた。膨大な社会保障の累積赤字を抱えるフランスでは、「社会負担返済税」の導入をはじめ、失業手当や家族手当に対する課税など増税を図る一方、公務員、公企体労働者削減を強行しようとし、労働者の反撃をかっていている。
一方、日本でも巨額の財政赤字に悩む大資本・政府は、消費税増税や年金・医療保険料の引き上げ、給付の縮小など増税や社会保障関係費へのしわ寄せという労働者大衆の負担転嫁によって財政困難を乗りきろうとしている。これは、ブルジョアジーが唱えてきた「福祉国家」の破綻を暴露している。
財政危機を口実とした資本の社会保障切り捨てに対して、共産党などは、“財政再建”を唱え、「社会保障は国家の責任、国家による福祉の充実を」と叫んでいるが、これは事実上、ブルジョア“福祉”への追随以外のなにものでもない。こうした中で、労働者はいかに闘っていくのかが問われている。
特集では、ブルジョア福祉制度の歴史(小島保雄・「『貧民の救済か』、ブルジョア社会の“救済”か」)、日本の年金制度(山田明人・「破綻するブルジョア福祉と年金制度」)、公的介護保険問題(亀崎勘治・「高齢化社会と公的介護保険」)、アメリカの医療制度(八鍬匠「アメリカの医療制度問題」)を論じている。ブルジョア福祉とはなにか、それはいかにして生まれ、どのような役割を果たしているのか、労働者の目指す“福祉”とは何かなど、特集はブルジョア福祉の本質、そして労働者の闘いの方向について明らかにしている。
「大塚久雄の“方法論”」(林紘義)は、今年の夏、亡くなった歴史学者、大塚久雄を論じている。その歴史学は、大塚“史学”といわれているが、彼は、マルクス主義の方法は客観主義的であり、歴史を形成してきた人間の意志の役割が評価されていないなどと批判して、ドイツのブルジョア社会学者マックス・ウェーバーに依拠してきた。こうした大塚“史学”に対して、ブルジョア世論は、マルクスの欠点を克服し、それを乗り越えた社会科学の“方法論”をうち立てたとほめそやしている。
“ヒューマニズム”の立場にたったと称する大塚の方法論の立場が、観念的で道徳主義的なものであることを暴露している。大塚は、商業・高利貸資本と、“正常な”利潤を基礎とする資本、すなわち“産業資本”とを機械的に対立させてきた。こうした立場から大塚は、明治維新以降の日本の資本主義を“前期的”資本の支配する資本主義、“正常”ではない資本主義と批判し、“半封建的資本主義”を打倒して、健全な資本主義、より良き、民主化された資本主義の実現を目指すという共産党のブルジョア改良主義的主張を側面から“補強”してきた。論文は健全な資本主義を美化する大塚の主張は、必要なのは日本の社会の、人々の意識の“近代化”であるといった自由主義者の立場に帰着すると、その形而上学で道徳主義的な歴史観の階級的本性を明らかにしている。
今年は、若くして亡くなった小説家、高橋和巳の没後二十五年にあたる。彼は、六〇年代、『悲の器』、『憂鬱なる党派』などの作品を発表し、当時の学生たちに支持された。「絶望し、破滅する知識人」(淡中剛郎)は、高橋の代表作を取り上げ論じている。高橋の作品は、戦争も貧困もない社会を希求し、その実現のために指導的役割を果たしたいと望みながらも、社会主義の可能性を確信すること出来ず、絶望と破滅に陥っていくプチブルインテリの無力さ、無責任さの表現となっていると、その特徴を指摘している。
研究ノート「価値表現の『回り道』についての一考察」(里見申一)では、「回り道」についての、かつての久留間鮫蔵と武田信照の論争をとりあげている。商品の価値の表現において、直接価値を表すことが出来ずになぜ「回り道」をとるのか、論文は久留間説を擁護しする立場から、その内容と意味を確認している。
この他、七月に行われた社労党の時局演説会から「企業の腐敗と現代資本主義」と「労働者の闘いとインターネット」との二つの報告の掲載している。
いずれも興味深いテーマであり、多くの働く皆さんが本誌を購読されるよう期待する。