『プロメテウス』第37号(2000年4月発行)
「日米安保50年」を特集


 今年は六〇年安保闘争、四十周年にあたる記念すべき年である。こうした年であることを考え、『プロメテウス』今号は「日米安保」を特集した。

 日米安保条約が締結されて以来、その評価やそれへの対応をめぐって“保守”と“革新”は対立し、争ってきた。“保守”自民党は日米安保条約を擁護してきたのに対して、“革新”社共はこれに反対し、その廃棄を訴えてきた。社共は、日米安保条約は日本をアメリカへ従属させるものであり、アメリカの軍事戦略に組み込まれ、戦争に巻き込まれると叫び、安保条約を廃棄して「独立・中立の平和な日本」を目指すと主張し、そのために闘うことが労働者の課題であるかに語ってきたのである。

 旧安保条約が日米の力関係を反映して不平等な条項を含んでいたとしても、それが基本的には主権国家同士の同盟であることを彼らは評価しようとしなかった。こうした“革新”社共の政治の反動性は、六〇年安保改定をめぐる闘いで暴露された。不平等を是正し、日米の“双務性”を謳った安保改定は、政治的、経済的力量を強化した日本独占資本が、日米関係をそれにふさわしいものに再編することを意味したからである。

 六〇年安保改定以降、沖縄返還、そしてさらには日米の軍事協力強化を謳ったガイドライン法と日米の同盟関係は変化してくるなかで、“革新”の政治はますます空疎なものになり、破綻した。

 日米安保条約とはなんであったのか。また安保条約をめぐる“革新”社共の政治闘争を総括することは極めて現在的な意義をもっている。

 林紘義氏の『日米安保条約と戦後の政治闘争』は、日米安保条約とはなんであったのか、そしてまたなんであるのかについて、戦後日本の資本主義の発展のなかでその政治的意味を明らかにしている。そして安保条約改定をめぐって闘われた六〇年の「安保闘争」が戦後の社共のプチブル的な政治闘争の典型であり、社共に反発した新左翼ブントの急進的な闘争もまたその限界内の闘いであり、社共の日和見主義を補完するものであったことを暴露している。

 田口騏一郎氏の『沖縄をめぐる二つの立場批判』では、軍事基地のない平和で豊かな沖縄をめざすとする沖縄独立論、軍事基地の必要性を謳うブルジョア派を批判している。

 特集のほかには、「できあいの国家機構を粉砕し」プロレタリアの革命的権力を樹立しなくてはならないというレーニンの国家論を批判し、ブルジョア国家を擁護し、議会をつうじた社会変革を唱える不破哲三の日和見主義、議会主義を暴露した平岡正行氏の論文、バブル化し、経済危機を深めているアメリカ資本主義を分析した横井邦彦氏の論文、「セイフティ・ネット」などといって、資本主義の矛盾を取りつくろおうとする金子勝の「セイフティ・ネット」論を批判した山田明人氏の論文、そして日本における国民教育の誕生から国家主義教育にいたるまでの教育の歴史を跡づけた圷孝行氏の論文を掲載している。

 いずれも興味深い論文である。多くの労働者、青年の皆さんが是非購読されることを訴える。

(G)