『プロメテウス』第39号(2000年11月発行)
“裏返しの”天皇主義を批判
鳩山の憲法論、農業自由化問題も


 昨年の暮れ、与野党の賛成(共産、社民を除く)で国会に憲法調査会が設置されることが決まり、今年はじめから両院で憲法の成立過程の問題などの論議が始まっており、今後憲法第九条、天皇制なども順次議論されていくことになっている。五年後には結論を出すといわれ、憲法“改定”問題が政治的な焦点として浮上しつつある。

 これに関連して今号では主な論文として、林紘義氏の菅孝行、吉本隆明、神島二郎の天皇制論を論じた「“裏返しの天皇主義者たち」と、山田明人氏の「鳩山由紀夫の憲法改定論批判」を掲載している。

 まず、林氏の「裏返しの天皇主義者たち」は、我々がこれまで論じてこなかった菅孝行や吉本隆明らプチブルインテリたちの天皇制理論をテーマとしている。

 林氏は彼らは天皇制を現実的、歴史的な契機から理解しようとするのではなくて、宗教や民俗といった精神的な契機から評価していると、彼らの観念主義を暴露している。

 すなわち、戦後、“象徴”天皇制について、菅は、政治的に後退したかもしれないが、しかし、“象徴”として、抽象的で、非政治的なものになることによって、国民の無意識のうちに存在するものとなり、天皇制は「より高度な完成されたもの」、戦前の“絶対主義的”天皇制よりもさらに一層危険なものになったと主張している。

 また、天皇制の「支配構造」を「宗教的・イデオロギー的権力」に求める吉本は、“外来”の勢力が、日本の土俗的な民族の宗教を吸収、継承することによって、宗教的、文化的権威を獲得し、支配してきたという。

 さらに神島は、天皇は暴力的にではなくただ道徳的な権威や文化的な要素とかによって、精神的に国民を支配し、服従させてきたと主張している。

 こうして彼らは天皇制を精神的、心理的なものとして神秘化し、国民の心理の奥底にまで浸透した不合理的なものを暴き、それからの解放を求める思想闘争を叫んでいる。

 だが、天皇制を現実的、歴史的な契機と切り離して、神秘化し、精神的、心理的な感情に基づくものであるかのようにいうことは、天皇制を美化し、絶対化する反動的な議論である。彼らの天皇制論は、結局は日本国民の感情とか心理に根ざしたものといった反動派と同様な結論に行き着く。林氏は、彼らの天皇制論は天皇制に対する精神的な屈服、奴隷化であることを明らかにし、彼らを「“裏返し”の天皇主義者」として痛烈に告発している。

 山田氏の「鳩山由紀夫の憲法改定論批判」は、鳩山が、自由党・小沢の「憲法改定試案」を批判する形で、憲法第九条問題、基本的人権と公共の福祉、首相公選制、天皇制問題、国会改革などについて明らかにした見解を取り上げている。

 ここで鳩山は、自衛隊を自衛権の行使とそのための戦力であり、正式な軍隊として認めるべきであると主張している。また“国際平和活動”に関して小沢が国連中心でやっていくというのに対して、鳩山は国連は各国の利害が対立しあっている場であって、何でも国連に協力というのではなく、自国の国益に沿った形で行うべきだと批判している。さらに、基本的人権の擁護を謳いつつも、“公共の利益”(国家の利益)が優先すると憲法に明記すべきとか、天皇にシンパシーを感じる、“象徴天皇制”には反対しないといってそれを容認している。国会改革についても現在の不平等選挙制度の改革に関しては一言も触れず、参議院を政党色を出さないで、地域の声を反映させるように変えると述べている。

 山田氏は、民主党鳩山の憲法改定論は反動的であり、自民党のそれと基本的に変らないものであることを暴露している。

 このほかにも現在の重要な問題が論じられている。坂井康夫氏の「WTO体制下の農業問題」では、自由化体制のもとでの各国の農業事情と国際的な熾烈な利害の対立を論じているが、日本の共産党やエコロジストの食糧の確保のために自給率を高めよという“食糧安保”論について民族主義派、国家主義者を後押しする反動的役割を果たしていると批判している。

 林紘義氏の現代の“グローバル資本主義”を論じた「ドル支配体制と資本の“グローバリズム”」、ハイエク批判した平岡正行氏の「現代資本主義のイデオロギー・新自由主義」はいずれも、今年の夏に行われた社労党の労働者学校のレジュメであるが、現代の資本主義、新自由主義の思想を解明する上で大いに意義がある。その他、文芸時評として長沢健次郎氏の「現代のオブローモフたち」では、黒井千次の小説『羽根と翼』が描いた世界を論じている。

 いずれも労働者にとって重要でかつ興味深い論文である。多くの労働者が是非購読されるよう期待する。