『プロメテウス』54号(2010年10月発行)
特集・菅民主党のイデオロギーと“体質”


『プロメテウス』54号発刊
民主党政権批判第二弾
菅の思想的支柱・神野直彦の理論他

 『プロメテウス』54号が発行された。特集は、「菅民主党のイデオロギーと“体質”」である。

 菅政権が誕生したのは、今年の6月。すぐ、参議院選挙があったが、菅は突如として消費税増税を掲げ、国民から厳しい不信任を突きつけられた。代表選では、「反小沢」を掲げ、マスコミや世論の支持を背景に辛くも勝利した。そして臨時国会では、消費税は引っ込めて第1に雇用、第2に雇用、第3に雇用と、菅は雇用対策を前面に押し出しているが、それで経済も財政も社会保障もうまくいくなどというのは、全くの空文句に過ぎない。
 
  今号ではこうした菅民主党の主張を直接に取り上げるのではなく、それを支える神野直彦を取り上げている。彼は山口二郎や小野善康らと共に民主党のイデオローグであり、その重鎮の一人といわれている(政府税調の委員でもある)。
 
  冒頭の「神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは『曲学阿世』の徒」は、神野直彦の社会観、歴史観、経済システム論、賃金労働者の概念、国家論、知識社会論などを具体的に分析・批判している。内容は多岐にわたっているが、この神野理論なるものが市民運動出身の菅直人の政策の根底とも基盤ともなっているからである。
 
  例えば、菅は参議院選挙で消費税増税を掲げたが、神野もそうした政策を基本的に擁護している。
 
  神野はケインズ主義的な大きな政府の擁護者であり、スウェーデンの福祉国家を理想としている。彼は財政について、「所得再配分」の機能を持つ「社会システム」であり、「社会の構成員による愛情の経済」であると説く。そして日本の「国民負担率」は40%程度で、EUより低い、スウェーデンの75%に比べればはるかに低い、スウェーデンのような「大きい政府」をめざすべきと主張している。
 
  こうした主張の行き着く先は、「国民負担率」の上昇など恐れてはならないということであり、税金を引き上げるべきだ、それこそが日本の将来を切り開く、ということであるが、これは菅が参議院選挙でやろうとしたことでもある。
 
  また、菅は雇用対策の重要性を叫び、医療や介護など第3次産業での雇用創出によって経済も財政も社会保障も強くすることが出来るかの空約束を口にしているが、こうした主張にお墨付きを与えているのも“神野理論”である。
 
  神野は産業資本や生産的労働の意義を無視し、工業社会の次には「知識産業」社会が到来するというブルジョア的俗論を展開し、サービス労働の意義を説いているが、そうした主張が菅の「雇用が第一」という政策と結びついていることは、見やすいことであろう。
 
  著者の“神野理論”批判は、多岐にわたっており、いわゆるブルジョア社会学への全面的な批判にもなっていて、興味深いものである。最後の「知識産業」社会論のところで、次のように“神野理論”をまとめているが、“神野理論”の特徴がよく出ているので紹介しておきたい。
 
  「『知識産業』のみを特別視し、国家の繁栄をそこに基礎づけようとした結果、神野の意識には、産業労働者、生産的労働者がすでに完璧に脱落してしまい、事実上存在していないのである。教育も福祉も、ただそうした“知識労働”の担い手のためにこそ意義を獲得するのである。生産のない(生産的労働と労働者の脱落した)生活や消費(その担い手としての“国民”や“市民”)、物質的基盤が“止揚”されてしまった社会、収入のない国の膨張していく支出(宙に浮いた『財政』)、といったものの弁護と正当化が神野“理論”のすべてである」
 
  次の論文「原則なきよせ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”」は、民主党の金権体質や労組依存体質などを明らかにしている。
 
  民主党は、権力を獲得するために小沢一郎や松下政経塾出身の保守派から、菅直人のような市民運動出身、旧社会党出身などを寄せ集めた野合政党である。論文は、こうした政党の内実を――自民党顔負けの相変わらずの利益誘導政治がくり広げられていること(日本医師会、トラック協会などとの癒着、さらには公共事業の箇所付けを利用した癒着等々)、連合との癒着(組合や企業から人やカネの支援を受け、国会では出身企業の便宜を図る堕落議員達)等々――を具体的に暴露している。
 
  二つの論文は、民主党のようなブルジョア的半ブルジョア的政党に労働者はどんな期待も幻想も抱くことは出来ないこと、労働者は民主・自民の二“大愚”政党と断固として闘っていかなければならないことを明らかにしている。
 
  最後は、フランスの文化人類学者として知られるレヴィ・ストロースの「文化相対主義」を批判した「反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判」である。

 レヴィ・ストロースは、フーコーやアルチュセールなどとともに60年代から80年代にかけて流行した構造主義の学者の一人である(昨年死亡)。彼のブルジョア文明“批判”は、多くのプチブルインテリに影響を与えたと言われている。本論文では、「レヴィ・ストロースの講義録」を取り上げ、第一講:西洋文明至上主義の終焉――人類学の役割、第2講:現代の三つの問題――性・開発・神話的思考、第3講:文化の多様性の認識――日本から学ぶもの、について批判的に検討している。

 いずれも読み応えのある論文である。青年、労働者の皆さんの購読を呼びかける。
(800円)(Y)
(『海つばめ』1132号(2010年10月17日)掲載)