■革命家と芸術家の交流
……カメーネフ編『レーニンのゴオリキーへの手紙』……
本書は偉大な革命家が同時代に生きた偉大な芸術家に宛てた手紙の記録である。本書の編者カーメネフは言う。「(レーニン)はアー・エム・ゴオリキーを、新しい革命ロシヤの偉大な芸術家としてだけ評価したのではない。ゴオリキーのなかに彼は、共同の事業に対する一人の強い同盟者、別の武器で戦うのではあるが、同じ敵に対し同じ目的を持つ一人の戦友を見たのである」
だが同時にレーニンはこの戦友が目標を見誤ったり、武器が誤った方向に向けられた時には、仮借なく批判し、警告し、自らの誤りを認めて撤回するよう断固としてゴーリキーに要求するのである。こうしたレーニンの態度は、この革命家の全生涯を通じている一貫したものであり、当時すでに名を知られていたゴーリキーに対してもそれはまったく同様であった。
それはたとえば共産党がプチブル知識人や芸術家に媚を売り、彼らの関心を引こうというのとはまったく逆なのである。それゆえプチブルはレーニンを嫌悪し恐れる。だが、レーニンのそうした断固とした厳しい(だが同時に率直で同志的な愛情に満ちた)態度こそ、社会主義運動を正しく導くうえで必要不可欠のものであると労働者階級は理解する。だからこそ労働者階級はレーニンを最も信頼に足る偉大な革命家と評価し、そしてレーニンに同志的な愛情を覚えるのである。
カーメネフは「彼(レーニン)の手紙の著しい特徴の一つは、そのイデオロギーの上の仮借なさである」、レーニンは「科学的社会主義の分野での、すこしの『日和見主義』をも我慢しなかった」と述べているが、もちろんゴーリキーに対してもそうである。
一九〇五年の革命後、ロシアでは反動が吹き荒れたが、ボリシェビキ内部でもボグダーノフのマッハ主義やルナチャルスキーの創神論等に代表される思想的な混乱や後退が現れてくる。ゴーリキーはそうした思想に共感、接近し、レーニンにそれらとの妥協を訴える。
レーニンはバザーロフ、ボグダーノフらの思想を全部まとめて「一緒に悪魔に喰われろ!」と述べた後、ゴーリキーに言う。「いや、ひどすぎます! むろん私達は単純なマルクス主義者です、哲学はよく読んでいません、しかし何で我々をこれほど侮辱して、こんなものをマルクス主義の哲学だといってお膳に盛らねばならぬのでしょう! こんなことを説教する機関やグループに参加同意の旨を表明するくらいなら、むしろ私は八つ裂きにされたい」(一九〇八年二月二十五日付)
そしてレーニンは機関紙『プロレタリア』に寄せたゴーリキーの論文がボグダーノフらの思想に接近していることを指摘し、文芸批評、時事評論、芸術的創作等において書いてほしいと頼み、論文は書き直してもらわなければならないと要請する。
だが、なおもボグダーノフらのマッハ主義との妥協を説くゴーリキーに対し、レーニンは厳しく批判する。「マッハ主義者と私との喧嘩のことを書いた手紙を受け取りました。あなたの気持ちはよく分かります、また十分尊重します、……しかし私はかたくかたく信じます。あなたが間違っているのです。いやしくも党の人間たるものが、一旦ある学説の二重三重の誤謬と害毒とを確信した場合には、率先してこれと戦うのが彼の義務だということをあなたは理解しなければならぬし、またむろん理解するでしょう。……一体ここで、愛するアー・エム、どんな『妥協』が問題になるのでしょう? 私はあなたに言いますが、そんな話は始めるのさえ馬鹿らしい。闘争は絶対に避けがたいのです」(一九〇八年三月二十四日)
別の手紙では次のように言う。「『大きな問題』を真面目に取り扱うことの決してない、人の後ろにかくれて足踏みし、外交し、折衷論で以てその日暮らしをしているブルジョア、自由主義者、社会革命党員、彼らは口を揃えて、社会民主主義者(社会主義者のこと)の間には論争と軋轢とがあるとのべつ叫んでいます。社会民主主義者と彼らすべての違いは、社会民主主義者の二・三のグループ内部の闘争が深い明らかな思想的根拠から出ているのに反して、彼らのところでは対立が表面なめらかであり、しかし内面的にはうつろで、ちっぽけで、上すべりだという点にあるのです。私は社会民主党内諸潮流の深刻な闘争と社会革命党一派の着かざった空虚・貧弱とを、決して、またどんな値段ででも取り換えはしません」(一九一二年八月一日)
レーニンの「イデオロギー的厳しさは、戦うプロレタリアートの真に革命的なイデオロギーの成り立ちのための不可欠の救済的条件であった」(カーメネフ)。そのためには深刻な党内闘争を恐れて、曖昧にすることなど問題になりえなかったのだ。
その後もゴーリキーが「創神論」に接近した時、レーニンは厳しく批判している。だが厳しく批判した後、健康を害していたゴーリキーに対し体を気遣い、養生を願うレーニンは実に信頼と愛情にあふれている。
本書はしばらく絶版になっていたが、最近岩波文庫から復刻された。戦前の訳で読みづらいかもしれないが、全集とは違い手軽な文庫本なので多くの労働者に読んでほしいものである。革命家レーニンの人柄や芸術家に対する態度などを学ぶには恰好の一冊である。(八鍬)
「海つばめ」第580号(1996年5月12日)