31.プレハーノフ 『マルクス主義の根本問題』
――修正主義に反対して――唯物論的世界観を擁護――
周知の様に、プレハーノフは、ロシアにおける最初のマルクス主義的団体=「労働解放団」の創設者であり、ロシアにおけるマルクス主義の普及、マルクス主義党派の結成のために闘った、その功績の故に、「ロシアマルクス主義の父」と呼ばれる。しかも、その理論家、革命家としての権威は、単にロシアだけのものでなく、エンゲルス亡き後の第二インターナショナルでカウツキーと並ぶ双璧の位置を占めていた。勿論、他面では、1903年以来日和見主義的潮流であるメンシェヴィキの一員であり、第一次大戦では、民族主義の虜となり、社会排外主義に転落する反動的な役割を果たしたことも我々は忘れることはできない。しかし、レーニンは、プレハーノフのこのような反動的な役割を考慮に入れたうえで、なおかつ、「プレハーノフの哲学にかんする著作のすべてを研究――まさに研究――することなしには、自覚ある真の共産主義者となることはできない。なぜなら、これは、すべての国際的マルクス主義文献のうちで最良のものであるからである」と、その徹底的な研究を勧めている。プレハーノフの著作は、哲学、歴史、芸術等々多方面にわたっており、戦前から日本でも広く読まれている。我々もまたプレハーノフから多くのものを学ぶことが出来るし、また学ばねばならない。
「マルクス主義は全一的な世界観である。それは、かんたんにいうと、現代唯物論であり、すでに古代ギリシャでデモクリトスが、また一部分はデモクリトスに先行するイオニアの思想家達が基礎をおいた世界観が現在到達した最高の発展段階である」。
本書は、この様な書きだしで始まっている。本書は、正に、当時のベルンシュタインらに代表される修正主義派のマルクス主義への攻撃に対して、「全一的な世界観」としてのマルクス主義を擁護する目的で書かれたのである。
現在でも、国際共産主義運動内の日和見主義派、修正主義派は「実践的唯物論」あるいは、「弁証法的――史的唯物論」という名称の下に、マルクス主義哲学の改作を大々的にやっているが、当時、ベルンシュタインらは、マルクス、エンゲルスにはまとまった哲学的著作が無いからそれを補完する必要があるなどといって、マルクス主義にブルジョア的な観念論=カント主義の哲学を継ぎ木しようとしたのである。レーニンは、「国際的な社会民主主義(共産主義――引用者)のなかで、それに対して首尾一貫した弁証法的唯物論の見地から批判を加えた唯一のマルクス主義者はプレハーノフであった」と述べているが、プレハーノフがこの本で俎上にのせているのも正に、マルクス主義の中に「古い反動的な哲学的ガラクタをもちこもうとする」修正主義派の主張である。
プレハーノフは、修正主義派の、マルクス主義には哲学がないという主張に対して、哲学の根本問題は唯物論か観念論かの問題であり、この点で、マルクス主義は二千年の伝統をもつ唯物論の基礎の上にうちたてられた「全一的な世界観」であることを強調している。とりわけ、マルクス、エンゲルスの理論はヘーゲルの観念論を批判したフォイエルバッハの唯物論を基礎にうち立てられたことを強調して次の様に、唯物論の核心を展開している。
「思考は存在の原因ではなく、その結果である。より厳密にいうと、その特質である。フォイエルバッハのいうように、『結果であり特質』である。私はけっして客観に対立する主観として感覚し思考するのではない。むしろ、主観――客観として現実的、物資的本質として感覚し思考する」。
プレハーノフは、マルクス主義は、物質、自然を第一次的、根源的なものとみなし、思考も物質としての脳髄の作用とみなす、「思考と存在の同一性」の立場に立脚しており、マルクス、エンゲルスは、フォイエルバッハの哲学の「観照的」な一面性をのりこえ、こうした立場を人間の「実践的活動」の領域にまで拡張したと述べ、「社会的緒関係の発展の現実的原因」をはじめて明らかにした史的唯物論の立場を全面的に擁護している。
このようなプレハーノフの観念論批判の忠義は極めて大きいものがあり、同時期に出版された、レーニンの『唯物論と経験批判論」にも大きな影響を与えていると思われる。しかし、後にレーニンは、「哲学ノート」の中で、次の様にプノレハーノフを批評しているが、こうした欠陥は本書の中にも散見されるものであり、我々がプレハーノフを読む場合に注意すべきことであろう。
「プレハーノフはカント主義(および不可知論一般)の議論を単にその入口で拒否するばかりで、それを深め、普遍化し、拡げ、ありとあらゆる概念の移行とを示すことによって(ヘーゲルがカントを訂正したように)この議論を訂正してはいない。そのかぎりでは、彼はカント主義(および不可知論一般)を、弁証法的唯物論の見地からというよりもむしろ卑俗な唯物論の見地から批判しているものである。マルクス主義者たちは(二○世紀の初めに)カント主義者たちおよびヒューム主義者たちを、ヘーゲル流にというよりもむしろフォイエルバッハ流に批判した」。
プレハーノフは、フォイエルバッハの唯物論の意義を強調する余り、その非弁証法的な性格を過小評価し、マルクス、エンゲルスとの違いを単に、「観照的」か「実践的」かに矮小化するきらいがある。だから、観念論の誤りに対して、唯物論の原則を対配しはするが、何故に思惟を根源的なものとみなし、あるいは認識を主観の「構成」とみなす観念論の「倒錯」が生じるのかという点については何一つ触れようとしないのである。
この様なプレハーノフの、機械的、非弁証法的な見地は、彼が史的唯物論を論じるところでもいくつかあらわれている。たとえば、歴史の発展の究極の動因を論ずる場合に、それを「生産力と生産関係の矛盾」にではなく「生産力の発展」に一面化するきらいがあり、それがまた「人類の歴史的発展におよぼす地理的条件」の過大評価となってあらわれている。このような欠陥の中に彼の政治上の日和見主義との結びつきを見いだすことは易しい。
(福村出版)
32.プレハーノフ 『芸術と社会生活』
――現代ブルジョア芸術への批判
現代の芸術、文学の重要な特徴は、内容の希薄さを技巧、形式の精緻化でとりつくろう形式主義であり、また、合理的な埋解を拒絶する神秘主義、感覚主義等々である。現代の芸術は、一面でますます軽薄で皮相なものとなると同時に、他方では、難解で抽象的なものとなって、勤労大衆からますます疎遠な存在になりつつある。そして、こうした傾向は、現代の芸術家の基本的な立脚点――芸術はそれ自体で独自の価値をもっており芸術の目的は芸術以外にないという芸術至上主義に結びついている。
十九世紀末以後、資本主義が世紀末的退廃を迎える中で、この様な芸術至上主義、神秘主義、形式主義等々が支配的傾向となってきたが、ロシアでも、1905年革命の挫折後の沈滞と反動の時期に、それが政治上の日和見主義、哲学上の創神主義やマッハ主義と結びついて、マルクス主義の陣営の中にまで浸透してきた。プレハーノフのこの著作は、こうした傾向に反対し、「芸術家および芸術的創造につよい感心をもつ人びとのあいだに、芸純のための芸術への傾向が発生し、それが強められてゆくための社会的条件のうち、もっとも重要なものは何であるか」を明らかにしようとしたものである。
プレハーノフのこの著作を貫く基本的な観点は、芸術は、科学と同様に合理的なものであり、「芸術は人類意識の発達、社会制度の改善をたすけるものでなければならない」という、チェルヌイシェフスキー、ペリンスキー、ドブロリューボフらロシアの革命的民主主義者の立場を継承するものであり、それを唯物史観としっかりと結びつけようとするものである。
芸術を単に「感情」を表現する手段と考える非合理主義的な傾向に対して、プレハーノフは、次の様に批判している。
「芸術が人々の感情のみを表現するということもやはり正しくない。そうではなく、芸術は人々の感情をも、思考をも表現するが、しかし抽象的にではなく、生きた形象によって表現するのである。芸術のもっとも重要な特質はこの点にある」。「芸術は人と人との間の精神的結合の手段の一つである。そして一つの芸術的作品によって表現される感情が高ければ高いほど、他の諸条件がひとしければ、そうした手段としての役割をより十分にはたすことが出来る」。
プレハーノフは、この様な観点から、極端な個人主義、自我主義、神秘主義と結びついた芸術至上主義の発生の基盤を次の様に位置づけている。「芸術家および芸術的創造につよい関心をもつ人びとの、芸術のための芸術への傾向は彼らを取りまく社会的環境と彼らとのあいだの絶望的不調和の地盤の上に発生する」。すなわち、現代のブルジョアインテリゲンツィアは、かつての封建制と闘った上昇期のブルジョアジーと違って現代ブルジョア社会の腐敗と倦怠と風俗には憤怒をいだくが、かといって現代社会を合目的に認識して、この社会を変革してゆこうとする立場には立つことが出来ない。彼らは唯一の現実は「自我」であると考え、この「自我」とそれをとりまく外界のあいだには、客観的で「理性的」な、法則的連関が存在することが許せないのであり、この様な極端な主観主義やニヒリズムこそが、神秘主義の心埋的基盤をなすのである。そして、このことが、「社会生活のなかに起こりつつあるものにたいしてまったく盲目にし、まったく無内容な個人的経験や病的なまでに幻想的な虚無を無益にさわぎたてることしかできなくしてしまう」のである。そして、芸術のための芸術は「普遍的販売の時代」には、芸術もまた販売品となるのであり、「金銭のための芸術」に移っていかざるをえないのである。
プレハーノフは、この様に、現代のブルジョア芸術の一般的傾向を特徴づけた上で、「多少とも注目すべき芸術的才能をもっているすべての人は、現代の偉大な解放思想につらぬかれることによって、いちじるしくその力を増大させるであろう」と、プロレタリアートの解放運動、マルクス主義と芸術との結びつきこそが、芸術の一般的退廃を打ち破るであろうことを結論づけている。
だが、この著作も、他のプレハーノフの著作同様、いくつかの欠陥を免れていない。
その第一は、プレハーノフが芸術を、単に、感情および思想の表現とみなし、また「人と人とのあいだの交流手段」とのみ規定して、意識から独立な客観的な世界、人間社会の反映とみなす反映論の見地が甚だ弱いことである。この点では、文学、芸術を主観、自我の表現とみなすブルジョア的観念論に屈服しているとすらいえるのである。
従ってまた、いかにブルジョア文学を止揚するかという点についても、「虚偽の思想に対して、「正しい思想」、「プロレタリアートの立場」を対置しうるだけで、カント主義の哲学に対してそうだったのと同じ様に、それを「入口で拒否する」ばかりで、それを内在的に批判し、克服してゆく姿勢が見られないのである。
プレハーノフの哲学が、口先きでの非難と裏腹に、スターリニストによって、その機械的な側面が卑俗化されていった様に、プレハーノフの芸術論の、このような主観的傾向も「党派性」のやみくもな強調に見られるようにまたスターリニストによって取り入れられ拡大されていったのである。
(岩波文庫)
33.プレハーノフ 『史的一元論、歴史における個人の役割』
――主観主義に反対し科学的歴史観を擁護
前世紀に社会主義の運動が地上に誕生してから今日にいたるまで、あらゆる日和見主義的潮流(急進主義も含めた)の見解は、社会に対する観念的な、あるいは形而上学的な理解と結びついている。
日和見主義者達は戦争や軍国主義や労働者の貧困や小ブルジョアの没落等々の資本主義社会の害悪を非難し告発しその克服を訴える。しかし、彼らは、「平和」や「民主主義」等々の「理想」からそうした害悪を非難しはするが、それらの害悪の根源を資本主義社会の内在的矛盾と結びつけて、社会の歴史的な必然性の中でとらえようとしないのである。だから、彼らの結論は、労働者の革命的大衆行動による資本主義の打倒ではなくて、「安保破棄」、大企業優先の「経済政策」の是正等々の月並みな改良主義か、他方では一揆主義やテロルの賛美等々となって現れざるをえないのである。
十九世紀末から今世紀初めのロシアでは、こうした「史的観念論」は、資本主義の歴史的必然性を否定し、中世的な共同体や小規模生産を美化するナロードニキ主義(人民主義)として現れたが、彼らは実践的には、一方では現存の体制を基礎とした国家の手による改良的施策を要求し、他方では労働者大衆の革命的行動の意義を理解できずに、少数の個人のテロリズムにその活路を見出したのである。
プレハーノフの、この二つの著作は、直接には、このナロードニキ主義を批判することを目的としたものであるが、プレハーノフは該博な知識を駆使して西欧の哲学、歴史学、経済学等々を総括して、社会に対する科学的な認識の方法を明らかにしており、弁証法的唯物論、史的唯物論のすぐれた入門書になっている。
「実際には、『主観的』な思想家たちの特徴は、『当為の世界、真なるものと公正なるものの世界』が、彼らの考えでは、歴史の客観的な行程となんの関係もないということである。すなわち、ここに『当為』があれば、そこに『現実的なもの』がある。そして、この二つの領域は、完全な深淵によって、二元論者の考えでは、物質世界を精神的世界から区分している深淵によって――相互にわけられている。十九世紀の社会科学の課題は、とりわけ、底なしのようにみえるこの深淵に橋をかけることであった」。
『史的一元論』では、人間の歴史を決定づける要因を、一方では「環境」に、他方では「教育」、「意見」に見て深刻なジレンマに陥りながら、「永遠の人間の本性」「理性」を唾棄すべき「現実」に対置し、理想の社会の実現めざそうとした十八世紀の唯物論者や十九世紀の空想的社会主義者の「二元論」、史的観念論に対して、社会を首尾一貫して唯物論的に把握する「史的一元論」としての、弁証法的唯物論、史的唯物論の意義とその核心が明らかにされている。すなわち、マルクス主義は「諸現象をまさにその発展において、したがってその相互連関において研究する」ヘーゲルの弁証法に立脚することによって、「理想」や「当為」を社会の現実の外にではなく、現実の社会の歴史的な発展、歴史的な必然性の中に、その実現の条件を見出したことの意義が全面的に明らかにされている。
次に、では、この歴史的必然性と人間の自由、一般的な歴史的な運動の中での個人の役割はいかなるものであるのか? これが、『歴史における個人の役割』のテーマである。プレハーノフは、歴史上の変革に大きな役割を果した、ロベスピエール、ダントン、ナポレオン等々の「英雄」の行動をとりあげ、彼らは何ゆえに歴史の上で偉大な役割を発揮しえたのかを明らかにしている。
「……個人は、その性格のある特徴のために、社会の運命に影響をあたえることができることになる。ある場合には、この影響は、ひじょうに大きいことさえあるが、そのような影響をあたえる可能性そのものも、その範囲も、社会組織によって、社会勢力の相互関係によって規定される。個人の性格が社会の発展の「要因」であるのは、社会関係がそうさせる場所だけに、時間だけに、範囲だけにかぎられる」「有力な個人は、その知力と性格の特徴によって事件の個性的な面とそれとの特殊な結果を変えることができる。だがそれらの個人その他のいくつかの力によって規定される全般的方向変えることはできない」。
「偉大な人間が偉大なのは、彼の個人的特質が偉大な歴史上の事件にたいして個性的な様相をあたえるからではなくて、彼がその時代の大きな社会的要求――一般的原因や特殊な原因の影響をうけておこった要求――に、彼をもっともよく役立たしめることかできる特質をもっているからである。偉大な人間が創始者であるのは、他の人びとよりもよく先を見通し、また他の人びとよりも強くそれをのぞむからに他ならない」。
「自由とは意識された必然」以外の何物でもなく、すぐれた個人が社会の進出に果す役割は、社会関係を正しく認識し、社会の発展を正しく見通す能力、大衆を組織する力をもっているかぎりにおいてなのである。この様に述べて、社会の科学的認識に立脚する科学的社会主義の意義を擁護している。
最後に、プレハーノフの弁証法理解について、レーニンが『哲学ノート』の中で、「一つのものの矛盾した二つの部分を認識すること」――「弁証法の核心」――に十分注意がはらわれていないと述べていることを、プレハーノフを学ぶ際の注意としてつけ加えておきたい。プレハーノフは、『史的一元論』の中で、「だれかが、弁証法的過程の本資を洞察しようとのぞんで、一定のそれぞれの発展過程で並存する諸現象の対立性にかんする学説を検証することから出発するならば、彼は適当でない目的から問題に接近することになるであろう」と言って、「発展」の見地の強調に比して、「矛盾・対立」の側面を不当に軽視しているのである。
(岩波文庫)