ハイネ■「アッタ・トロル」
本質は革命詩人……マルクスらも高く評価
1983年5月8日「火花」第588号
マルクス・エンゲルスの母国だけあって、ドイツは哲学や経済学などの領域では多くのすぐれた理論家を輩出させたが、こと文学になると、レッシソグ、ゲーテ以降はそう多くは――とりわけ労働者文学・革命文学において――期待できない。そこで我々はハイネから始めることにしよう。
メンデルスゾーンの曲による「歌のつばさ」や、先週の「大鳴大放」で取り上げられていた「つぼみひらく」(詩題は井上正蔵訳『ハイネ詩集』白鳳社による)ような、甘い、ロマンティックな詩ばかりがハイネなのではない。
反対に、ハイネは何よりもまず、1830―40年代を代表するドイツきっての革命家――もちろん文学をもってする――であり、彼の恋愛詩もハプスブルグ家の支配と封建制に対する文学上の革命的闘いの一面なのである。そしてだからこそ、ハイネの詩は、シューベルトの民族主義的な歌曲(当時のドイツは小邦分立で、民族国家の形成が急務だった)と同じように、多くの労働者人民によって口ずさまれたのである。
ハイネは、フライリヒラートとともに、マルクス・エンゲルスらとパリで親交を結び(ハイネもドイツ官憲によって国外追放されていた)、エンゲルスは、ハイネの『ドイツ古典哲学の本質』を評してドイツの哲学的俗物たちの本質――ドイツ帝制のイチジクの葉!――を見抜いていたただ一人の人物と述べ(『フォイエルバッハ論』)、マルクスもハイネの詩句をいくつか引用している。
前置がいささか長くなったが、ハイネの真骨頂が発揮されている詩として、長篇叙事詩「アッタ・トロル」をあげよう(どの出版社のハイネ詩集も、青年期の恋愛詩が中心で、この詩の全文を見出すことはできなかった。右の詩集に抄訳があったのみである。読者諸氏で御存知の方はぜひ御一報を!※)。これは、アッタ・トロルという熊に託してドイツの封建制を暴露したハイネ最大の諷刺詩である。
妻を人間に奪われたアッタ・トロルはうなる
「人間はすべてこの世の
財宝を取りっこしている
それも、果てしないつかみ合いだ、
どいつもこいつも泥棒だ、
そうだ、全部のものの遺産が、
めいめいの掠奪物になっている、
そのくせ、所有権とか
私有財産とかぬかしてやがる!
私有財産! 所有権!
おお、盗む権利! 嘘つく権利!
こんなけしからんめちゃくちゃの悪企みは
人間でなけりゃ考え出せない」
アッタ・トロルは人間(貴族階級)の「紆計」に仆されるが、「バヴァリア王」は次のような碑文を書く。
「アッタ・、傾向的熊なり、
道徳的宗教的、妻に対して肉欲さかん、
時流の思想に誘惑されし
山出しのサンキュロット」
アッタ・トロルの立場はプルードン流の「私有財産は盗みである」というもので、訳者はこれを、1830年の革命での俗流急進主義者をも皮肉ったものと解説している。
最後に、有名な「シュレージエンの織工」から(1852年の蜂起を謳ったもの)。
「くらい眼に、涙もみせず機(はた)にすわって、歯をくいしばる
ドイツよ おまえの経帷子(きょうかたびら)を織ってやる
三重の呪いを織りこんで
織ってやる 織ってやる」
(Y)
※注:岩波文庫(火花593号)