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労働の解放をめざす労働者党機関紙
『海つばめ』

◆隔週日曜日発行/A3版2ページ
一部50円(税込み54円)

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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介(『海つばめ』第1048号)


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
   「ゆとり」から「競争」
   そして「愛国教育」で
   いいのか
 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
  お申し込みは、全国社研社
  または各支部・会員まで。
  メールでの申し込みも可能です。

まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1307号 2017年8月6日
【一面トップ】始まる新労働者党の闘い――衆院選に神奈川11区参加決定
【1面サブ】「プロメテウス58号」発刊さる――労働者党結成大会議事録を特集
【コラム】飛耳長目
【二面〈主張〉】爆弾抱える安倍改造内閣――野田聖子は総裁選に立候補公言
【二面トップ】安倍政権と文民統制――文民統制を掲げて闘えるのか

※『海つばめ』PDF版見本

始まる新労働者党の闘い
衆院選に神奈川11区参加決定

 我ら新労働者党の代表委員会は、7月28日(土)、結党大会の国政選挙参加の方針を具体化すべく、ホップの闘い(遅くとも来年中に行われる次回衆院選の小選挙区での闘い)についての――したがってまたステップの闘い(再来年の夏に行われる、次回参院選選挙区の闘い)についての――決定を行った。この方針は、今年の秋に予定される第2回党大会で、より具体的な闘いの見通しや計画や、開始される実際的な闘いとして検討され、確認あるいは決定され、明らかにされ、全面的な活動として展開されることになる。

 ホップの闘いとは、次回の総選挙への参加であり、我々は、その闘いの場として、神奈川県11区(横須賀市、三浦市)を決定した。

候補者としては、生まれも育ちも横須賀であり、また数十年間もの間、地元で高校教師として生きて来た、60代の我が党の代表委員の一人を予定しているが、それは我が党の第二回党大会において、我々の闘いの具体的で、全面的な計画と展望を明らかにするときに、同時に正式に発表されるはずである。

 そしてまた、今春の結成大会においてすでにホップ、ステップの闘いは連続し、連動して闘うことが確認されているので、ホップの闘いに次ぐ、19年夏の参院選においても、神奈川選挙区(神奈川全県を選挙区とする闘い、定員4名の闘い)から同じ候補者が立候補して闘うことになる。

 そして、こうしたホップ、ステップの闘いは、5年後の22年のジャンプの闘い――政党要件を備えて闘う、参院選における全国的な闘い、労働者の代表を必ず国会に送り込むべき闘い――の成功に止揚≠ウれ、つながっていくべきものである。

 もちろん、新しい労働者党の代議士を生み出す5年後の闘いは、我々労働者党の議員の出現がどんなに遅くても5年後であるという意味であって、それ以前に、その課題が果たされても――例えば、次回の衆院選において勝利しても、あるいは2年後の参院選において、我々の候補者が神奈川選挙区の定員4名の中に食い込み、当選しても、――何ら困ったこと、まずいことがないのは当然のことである。

 衆院選小選挙区における闘いは、289の小選挙区のなかのたった一つでの闘いであり、そこで仮に勝利しても、あるいは自民党候補を追い詰めたとしても、選挙の大勢にほとんど影響を及ぼさないことは明らかである、しかし我々はこの闘いを象徴的なものとして、あるいは全国の政治闘争を代表するものとしてとらえ、自民党政権の、とりわけ安倍政権の打倒を先頭に立ち、さらには民進党や共産党の日和見主義や堕落や裏切りを告発して闘い抜くのみである。

 289分の1の小選挙区の闘いであろうと、全国単一の選挙区(比例区)の闘いであろうと、闘いの政治的な内容や意義は同じであり、問われるのは自民党の政治であり、自民党政権(現在なら、安倍政権)の政治や政策との闘いである。我々と、自民党及び共産党の――もしくは民進党、あるいは野党共同の=\―ガチンコ勝負であり、諸階級、諸階層、諸政党等々を代表する諸候補者相互の断固たる、階級的、政治的闘いである。闘いが単純で、明瞭な形で突き出される限り、小選挙区の闘いこそ、より大きいメリットがあるとさえいえる。

 神奈川11区の自民党の候補者は今をときめく=A自民党の若きプリンス、典型的な政治的エリートであり、まさにある意味で自民党を代表し、象徴する小泉進次郎(36才)であり、まさに我々にとって、相手にとって不足無しである。その意味で、闘いは我々と自民党との正面切っての対決となるし、ならざるを得ない。

 もちろん、民・共や彼らの統一候補も参加してくるだろうし、その意味では、自民党と真に闘い得る党派はどの党派かも問われるのである。

 小選挙区制には、全国単一の比例区選挙と同様に、政党間の政治闘争、党派党争がもっとも明瞭で、純粋な形で闘い抜かれ得るという、決定的に重要な契機があり、我々が自民党や民・共と正面から、正々堂々と闘い、彼らを圧倒し得るという最高のメリットがある。

 この選挙区の過去3回の情況を見れば、いずれも小泉が勝利しているが、前々回の民主党が政権を勝ち取った年(2009年)の総選挙では小泉は比較的苦戦し、得票率は57・1%(民主36・6%、共産4・8%)だったが、次の12年の選挙では小泉、79・9%、民主10・9%、共産7・7%と、民・共を決定的に圧倒したし、また前回の14年には、共産党とのガチンコ対決になったが、得票率で83・3%と共産党の瀬戸(62才、15・7%)と軽く一蹴している。

 次回に小泉に刃向かうのが、民・共の統一候補か、民進か、あるいは共産の候補かは分からないが、いずれにせよ、我々はただ原則的な闘いを貫徹するだけである。

 我々は、小泉の偽りの農協改革や保険方式による幼児教育無償化という愚昧政策やその背後にある階級的な立場やイデオロギーや卑しいポピュリズム――軽薄で、矛盾だらけの人気取り政治――を徹底して告発し、批判する中で、自民党の政治を暴露し、闘い抜き、小泉を圧倒し、彼が「自分の選挙区は安泰だ、全国の自民党候補の応援に駆けめぐろう」などと楽観主義に溺れるのを許さない、彼をして狼狽し、戦慄せしめるような、厳しくかつ深刻な批判を集中し、貫徹するだろう。

 もし小泉と共産候補との三つどもえの闘いになるなら、我々は大資本や金持ちやエリート階層の代表者としての自民党と小泉進次郎――親爺譲りの、そして安倍仕込みのポピュリストである、インチキ政治家――に反対し、また同時に、スターリン主義のセクト党派、ドグマ党派の共産党とその候補を暴露し、30万の有権者に届く広汎で、徹底した宣伝を展開して、妥協なき闘いを最後まで、断固として闘い抜くのみである。

 民・共が統一候補を擁してくるなら、それもまた我々にとって闘いを深め、発展させ、小泉とともに共産党をも批判し尽くす、一つの契機になるだけで、恐れるもの、後退するようなものは何もない。堕落し、破綻し、解体していくお粗末な民進党に、労働者、勤労者の生活や未来や希望を託するような共産党もまた、民進党と同様に、民進党の後を追って、さらに堕落し、破綻し、解体していくのも一つの必然である。

 我々は自慢ではないが失うべきものは何もない%}派である、つまりその点では最強の党派である、全国で25くらいの支部と、シンパなども含めて2、300程度の勢力しか有しない、誇り高き極小の<~ニ政党である。サークルと同様に、全ての活動を自らの自由意思と負担で担っているような党派である。

 我々はさしあたり、次回の衆院選においては、全国の289分の1という小さい地域――小泉進次郎の神奈川11区――に、我々のエネルギーを集中し、注ぎ込んで、そこで大きな成果を上げ、全国の労働者、勤労者に我々の実力を明らかにし、我々のみが安倍政権に象徴されるように腐敗を深め、ますます経済無策を暴露する自民党や、共産党、民進党などのセクト党派、ブルジョア的に堕落していく諸党派と闘い得る、唯一の労働者、勤労者の党派であることを鮮明にアッピールし、労働者、勤労者の多くの闘う意思と意欲とエネルギーを結集して壮大な闘いの道を切り開いて行くし、行かなくてならないと固く決意している。

 安倍改造内閣と政権の中で、小泉進一郎は党執行部の一角に入り、筆頭副幹事長に起用された。「党務全般を取り仕切る幹事長室で、『将来の首相候補』を育てる考え」で、「選挙対策に生かす思惑もある」という。

 党の若き「ホープ」、「イメージアップ」ボーイ、安倍内閣に取り込まれた小泉と対決し、彼を追い詰め、圧倒する我々の闘いの意義はますます大きく決定的である。小泉を粉砕する闘いは、安倍とその政権を追い詰め、粉砕する闘いの重要な一環として、その意義の大きさが確認されうるであろう。

 全国の心ある、そして闘う意思のある、全ての労働者諸君、活動家の諸君、若者の諸君、今こそ、新しい労働者、勤労者の党と、その闘いの旗の下に結集せよ。

   

【1面サブ】


「プロメテウス58号」発刊さる
労働者党結成大会議事録を特集


今号は、「労働の解放をめざす労働者党」(略称労働者党)結成大会の議事録を特集しています。4月に3日間にわたって開かれた大会は、綱領、規約を決定し、労働者派議員の誕生を目指して、国政選挙を闘う方針を決議しました。本号では、これらの諸課題を巡っての大会の議論をそのまま掲載しています。

 また、プロメ今号には、綱領のキーワードを理解するための、重要な五つの小論文――社会主義における分配法則、形骸化する民主主義、天皇制等々――も特別に掲載されています。

 大会では、現代の資本主義の諸特徴、社会主義での分配法則、そして「社会主義の勝利と共に、あるいは社会主義をめざす戦いの過程で勝ち取るべき」具体的要求などについて真剣で活発な議論が行われました。

 また大会は、ホップ、ステップ、ジャンプの国政選挙の闘いを通じて、5年後には労働者派議員誕生を勝ち取る方針を決定しました。

 この方針を巡っては、激しい議論が行われましたが、議論を通じて、労働者派議員を勝ち取ることが決して空想的ではなく、可能であること、そして労働者・勤労者にとってなぜこの闘いが必要であり必然であるか、その意義をわかっていただけると思います。

 是非一人でも多くの労働者、勤労者、若者の皆さんが購読され、我が党に結集し、共に闘われるよう心より訴えます。

 定価800円(+送料)  申し込み先 全国社研社


【飛耳長目】

★民進党の崩壊を先取りするかに、稲田の防衛相辞任と時を同じくして、蓮舫が突然党代表を辞任した。蓮舫の挫折は彼女自身の挫折であるとともに、民進党がどんな未来も持ちえない党であることを最終的に明らかにした★09年、政権を奪取した民主党は直後に派手な国家財政の無駄を摘発し、国家財政の中に存在する膨大な無駄な予算を摘発する「仕分け」の大々的なキャンペーンを展開し、そのスターとして蓮舫はさっそうと登場、「仕分けの女王」として一世を風靡した。スパコン予算に食ってかかり、「世界一でなくてはダメなんですか」と何回も絶叫した彼女の奮闘ぶりは国民の目に焼き付いた★そして昨年、その表面だけの人気を背景に、落ち目の民進党の勢力挽回の切り札として、民進党のトップに立ったが、こと志と違い都議選で惨敗するなど、結局「孤立無援の中で」代表の地位を退くしかなかった★野田を幹事長に据えたり、共産党との野党共闘に賭けたり、その不明瞭な政治的立場や思想性の欠如や、二重国籍問題で「多様性を認めるべき」といった信念≠貫くこともできず、国家主義派の攻撃に屈した等々は、彼女の限界と階級的立場を暴露している★歯切れ良く敵≠批判し、攻撃するが、言葉に溺れ、内容は薄く、本質は突かず、結局はブルジョアエリートの市民主義者≠フ本性や甘さが命取りになったというべきか。(鵬)

   

【主張】

爆弾抱える安倍改造内閣
野田聖子は総裁選に立候補公言

 第三次の安倍改造内閣が発足したが、来年9月の自民党総裁選までの1年余り、レームダックのよちよち歩きのまま、安倍自民党は、長い、機能不全の、無為の時期を過ごし、恥と混乱の一時代を残すだけである。

 今さらながら「反省」を口にし、「初心に返る」、「至らない点があった」、「お詫び申し上げる」などと殊勝な言葉を並べてもすでに遅く、安倍の空疎な言葉をまともに受け取る国民はもはやいない。

 野田聖子や河野太郎ではサプライズ人事≠ノ役不足で、堅実な℃d事内閣と言っても、新鮮みも清新さもなく、とうてい支持率の回復を望めそうにない。

 憲法改定など棚上げし、アベノミクスや「働き方改革」に賭けようと、「雇用を増やし、賃金や物価を上げ、デフレ脱却や経済再建を果たす」とまたまた呼号するが、4年半たつのに達成され得なかったことが、力を失った安倍政権のもとでどうして可能なのか。

 正規と非正規をなくす、同一労働同一賃金だと依然として叫んで、労働者の気を引こうとしているが、もはや労働者はそんな口先だけの空約束は聞き飽きた。

 アベノミクスも金融緩和もすでに色褪せ、威勢のいい言葉や強気の精神主義や空約束や張ったりや、カネのバラまきによる経済再生といった、まやかしの経済政策≠燻切れである。

 残るのは対外危機を叫ぶ安保防衛$ュ策だが、今やそんなやり方の神通力も失われている。

 アベノミクスの核心は2%のインフレによって、デフレ脱却や経済成長や働く者の生活改善をもたらすといった理屈だったが、しかし安倍政権はそんなインフレの意義や正当性を明らかにすることもできず、いたずらに時間を空費し、経済的困難や停滞や腐朽化や財政再建ならぬ財政崩壊を、もはや後戻りされ得ないところにまで深化させ、悪化させただけだった。

 野田は閣僚に決まった後、公然と来年の総裁選に安倍に対抗して立候補することを宣言した。事実上、安倍政権打倒の宣言であって、安倍は野田を取り込んだと皮算用したかもしれないが、実際には獅子身中の虫を抱え込んだのである。

 安倍政権はまさに累卵の危うきにあると結論するしかない。今や彼の影響力もまた地に落ちたのである。

 安倍一派で固めるのではなく、閣内に安倍批判分子を取り込むことで、安倍政権は強化され、安定するのでなく、ますます弱体化し、分裂や闘争の舞台と化すのである。

 安倍はそんな自覚もないまま、またまた「経済第一」を持ち出し、アベノミクスを吹かそう≠ニいうのだから、的外れでナンセンスであって、彼の失敗は不可避である。

 安倍は「私にとって、耳の痛いことをいってくれる」人であると、野田を持ち上げるが、そんな耳に痛い「声」なら山ほどあったのに、今まで全く「聞く耳を持って」こなかっただけである。今さら言っても、誰一人信用させることも、納得させることもできない。

 安倍一強の崩壊は、安倍政権崩壊への第一歩である。

 そして、避けられない安倍政権の敗退と解体は同時に自民党支配の終焉であり、それに代わる政治勢力が存在しないとするなら、訪れるのは政治的無政府の時代、混沌と混乱の時代であり、もし労働者、勤労者の政党が台頭し、闘いによって普遍的な混沌と腐敗、頽廃の社会からの真実の出口を指し示すことできないなら、その行く先はファシズムの勝利であり、ファシズムによるブルジョア社会の止揚、偽りの、間違った℃~揚であろう。

   

安倍政権と文民統制
文民統制を掲げて闘えるのか

 軍隊(自衛隊)を持ち上げ、散々に美化し、たたえてきた安倍一派とその政権が、口先とは裏腹に、こともあろうに、その国家防衛の中心であり、精華でもある自衛隊を辱め、軽視して、自分たちの政権の維持や保身ばかりに走っていることが暴露され、自衛隊の中で、政治や政府に対する、安倍一派や安倍政権に対する反発や嫌悪や怒りさえもが醸成され、成長し、広がっている。

 南スーダン派遣における、現地自衛隊からの日報問題で、その隠蔽が行われ、自衛隊が責任を問われ、制服組(自衛隊員、軍人組)や背広組(文官組、防衛庁官僚)の幹部が辞めさせられたり、辞めざるを得なくされたからである。

 稲田は、安倍政権のもとで文民統制は行われていないという批判に対して、文民統制は立派に行われている、「私の指示で、自衛隊に対する、特別防衛監査が行われているから」であると反論している。

 語るに落ちたとは、このことである。彼女の見解によれば、文民統制とは安倍政権による、防衛相稲田による制服組に対するあれこれの「指示」の問題であり、それに制服組が従うかどうかという問題に矮小化されている。 

 もちろん防衛相の稲田も引責辞任したが、しかし彼女が自分の罪――彼女もまた南スーダンでは安倍政権や稲田の言う、単なる「武力衝突」ならぬ、「戦闘」が行われたという、現地からの日報が来ているという事実を知らされていたにもかかわらず、その真実を否定し、「知らず、存ぜず」の厚顔無恥の、無責任な立場を貫き、ごまかした事実――を認めたからではない、単に彼女が大臣のママでいれば、安倍政権の支持率が急速に低下するという思惑から出発した、安倍一派と稲田の保身のためであったにすぎない。

 安倍一派の政府や政治が、国家の暴力装置を握り、軍事力を担う自衛隊(軍隊)の反発と憎しみを買ったというなら、そして両者の対立や疎遠が深まり、拡大していくとするなら、それは今後、日本の国家≠ノいかなる影響を及ぼし、日本の国家をいかなる国家に転化していくのであろうか。それが問題である。1945年までの天皇制軍部独裁のファシズム国家にか、それとも、それとは別の形を取ったファシズム国家にであろうか、そしてどちらの国家に進化≠オていくとしても、それらはそれぞれどんな形を取り、どんな過程をたどって進化≠オていくのだろうか。 

 今回問題になったのは、南スーダンの現地からの日報が隠蔽された責任がいかなる国家機関に、あるいは責任ある地位の誰にあるかが問われ、何か「喧嘩両成敗」のような形で幕が引かれたのだが、もちろん究極の責任が安倍政権にあり、稲田にあったことは余りに明白であった。

 制服組とりわけ陸上自衛隊の制服組も官僚も、日報隠しに狂奔したのは明らかだったが、それは安倍政権自体が、南スーダンのありのままの、厳しい′サ実を知らせてきた、昨年7月の日報の公表を嫌い、隠匿しようとしたからであって、制服組も安倍政権の立場を忖度≠オたのだが、それは隠蔽が彼らの立場からしても利益であったからであり、あるいはそれを公表したら、安倍政権を窮地に追い込むことは明らかで、事実上の倒閣策動ととられかねなかったからである。

 事実としても、安倍政権は、そもそも統合幕僚監部の背広組幹部の口を借りて、陸自の日報データの扱いに関して、非公表を指示していたのである。

 そしてまた、稲田に対して、統合幕僚監部は自らの元にデータを保管しているという報告を稲田に上げていたし、また岡田陸上幕僚長もまた稲田に保管を報告していたのである。稲田は、後者については、頑強に、「報告は受けていない」と最後まで言い張っていたが、しかし彼女は明白に「受けていない」と言うのでなく、「受けた記憶はない」と言っているに過ぎない、つまり彼女の記憶の問題にすり替えて、受けていたという事実を、こんな言い方でごまかしているだけである。

 そしてあらゆる状況証拠が、稲田は、陸自に日報データが存在していることを、すでに2月から、あるいはそれ以前にさえ知っていたことを暴露している。陸自における存在は「(正式の)報告は受けていない」と言い張ることはできても、統合幕僚監部における存在は、報告があったことを認めているのだから、いずれにしても、稲田が知らなかったなどと言うのは虚偽でしかない。

 そもそも正式の報告は受けていないかに言うのだが、2月の13、15日の陸自幹部との会議に出ていたのだから、そこで日報データの保持が問題になったとするなら、出席していた稲田が、その事実を少なくとも聞いたり、自ら確認しなかったことはあり得ない。

 彼女がその場で明確に反論したり、拒否せずに沈黙を守ったとするなら、それは陸自の「公表しない」という結論に反対ではなかったということ、少なくとも黙認したということであって――普通は、そう理解される――、公式な報告を受けなかったとか、正式に認めたことはなかったかにいう稲田の証言は、事実を覆い隠すための形式論理、口先だけの虚偽発言――安倍一派の汚い常套手段――でしかない。

 もちろん、日本の軍隊の――世界の軍隊の――隠蔽体質≠ネるものはありふれた現実であって、それは国家という権力組織の本性でもある。

 そもそも、古今東西、隠蔽体質≠ニ無縁であった軍隊は、労働者、勤労者の軍隊を除いてほとんど存在した試しはないのであって、1945年までの天皇制軍部もまた、ミッドウェーの敗戦を勝利と言い換えたのに始まり、後退を転戦と、不利を有利と、そして敗戦の展望を勝利の展望と偽りながら、国民に何十万、何百万の余計な、無駄無意味な死を強要したのであって(太平洋戦争における戦死者の数は、戦争末期のわずか2、3ヶ月に集中していたが、この期間、支配階級や軍部は天皇制=国体の護持のために、自らの権力を維持し、延命させるために、敗戦を認めず、国民に隠しつつ、いたずらにゴタゴタと逡巡を繰り返し、時間を浪費していた時期でもあった)、現在の自衛隊つまり日本の軍隊もまた同様である。

 しかし問題は単に陸自や制服組にあるのでなく、稲田や防衛庁や安倍政権自体にあるのであって、安倍政権は陸自や制服組の“隠蔽体質≠ニ闘うのではなく、それを容認したのみならず、共有したのであって、稲田が何と強弁しようが、文民統制≠ネどどこにもなかったし、安倍政権にあってはありようがなかったのである。

 というのは、軍国主義にかぶれ、それを売り物にする安倍政権にとっては、軍隊の論理や体質(隠蔽体質、虚言体質、ごまかし体質等々)は安倍政権の論理でもあり、むしろ本性であって、教科書問題≠ノしろ、歴史問題≠ノしろ、アベノミクス≠ノしろ、森友学園・加計学園問題にしろ、PKO派遣つまり自衛隊の日報問題にせよ、何にしろ、彼らには、真実が明らかになっては困ることで、世の中は満ち満ちているからである。

 そんな連中による、文民統制≠ェ、「私の指示で、自衛隊に対する、特別防衛監査が行われている」といった、稲田の認識に矮小化され、歪められ、形骸化されるのはけだし一つの必然であった。

 稲田の指示による「特別防衛監査」が文民統制≠ネどと無関係であったばかりではなく、日報公開問題の真実を明らかにするようなまともなものとは少しもならず、制服組と背広組を「喧嘩両成敗」とばかり形だけ罰し≠ネがら、結局は何と、稲田と安倍の責任を覆い隠し、彼らの保身や安倍政権の延命のためのごまかしに帰着したのも当然のことであった。

 日報問題では、自由主義マスコミや民・共やインテリらによって、文民統制≠ェ損なわれ、失われる危険性≠竍戦前回帰≠ェやかましく言われたが茶番であって、そもそも安倍政権のもとで文民統制≠ネどありえるはずもなく、そんなことを問題にすること自体がナンセンスであることが彼らには分かっていないのである。

 彼らはかつての15年戦争等々は文民統制≠ェ失われたことが原因であるかに騒ぎ立て、まるで文民統制≠ェ存在し、保持されていれば天皇制軍隊のファシズムや15年戦争の惨禍や悲劇も無かったかに歴史の総括をするのだが、しかし今回の自衛隊日報の隠蔽や安倍政権の対応を見ても分かるように、問題は単に文民統制≠ェ重要視され、貫徹したかしなかったとかの問題ではない。

 安倍や稲田が軍国主義の信念≠フある戦士であり、闘士であるとするなら――どんな信念≠竍確信≠ナあるかは、今回も暴露されたし、今後もますます暴露されていくだろうが――、軍隊に対する文民統制≠ェ、リベラルや市民派や民・共の期待するようなものとして存在しない――し得ない――のは余りに明らかである。

 安倍一派自身が隠れた≠烽オくは偽装した″痩ニ主義、軍国主義のチャンピオンとして権力を握ったとするなら、つまり、彼らがアベノミクス≠ネるまやかしの経済再生・デフレ脱却政策を売り物にして、そんな安物で労働者、勤労者をたぶらかしつつ政権を手に入れたとするなら、そして彼らの本性が、歴史修正主義者≠竚R国主義者であったとするなら、彼らがいかにして、リベラルや民・共が期待するような文民統制≠行うというのか。そんなものはないものねだり≠フたぐいでしかない。

 自民党の議員たちの中には、むしろ「日報を公開すべきではなかった」、そもそもそこに誤りがあった、安倍は甘過ぎ、中途半端だという声が充満している。自衛隊には、そんな断固たる文民統制≠アそ行うべきだったというわけである。

むしろ安倍一派や彼らの政権は、自衛隊の中に、世論の中に、軍国主義にかぶれて行く、戦前の軍部のような傾向を助長し、あおりたてるような、危険な&カ民統制をこそ本性としているのである。

 そんな政権を前にして、一体文民統制≠強調し、叫ぶことにどんな意味があるのか。安倍政権の露骨な軍国主義的文民統制≠支持し、後援するとでもいうのか。

 かくて労働者、勤労者にとっては、問題は単に文民統制≠ノあるのでなく、安倍政権の打倒であり、軍国主義勢力の一掃であることが明らかになるのである。

   

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