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労働の解放をめざす労働者党機関紙
海つばめ』

◆隔週日曜日発行/A3版2ページ
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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介(『海つばめ』第1048号)


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
   「ゆとり」から「競争」
   そして「愛国教育」で
   いいのか
 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
  お申し込みは、全国社研社
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  メールでの申し込みも可能です。

まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1330号 2018年7月1日
【一面トップ】野党の今なすべきこと――森友・加計の真実はすでに明らか
【1面サブ】参院選を闘う10名の面々――比例区名簿1位は吉邨ふみおさん
【コラム】飛耳長目
【二面〈主張〉】2%物価上昇の神話――その終焉は安倍没落の時
【二面トップ】安倍の「骨太方針」の1つ――外国人労働者の新「活用」策
【二面サブ】ああ、年収1075万――高給か普通かの国会議論

※『海つばめ』PDF版見本

野党の今なすべきこと
森友・加計の真実はすでに明らか

 共産党の志位は22日、延長国会を前にして「最優先すべきは森友・加計の徹底究明」と語った。余りにばかげている。森友・加計についての真実は、多くの証拠もあってすでに明らかであって、今後出て来る証拠は基本的に〝質的な〟ものでなく、単に〝量的な〟補充といったものにすぎないだろう。これまで何度、これで安倍政権も終わりだという〝証拠〟が明らかになったことだろう、しかし安倍は権力を握っているのをいいことに、すべて「知らぬ存ぜぬ」で開き直り、切り抜けてきた。安倍をまともな人間の風上にも置けない、最低の卑しい人間、倫理感覚ゼロの悪人と罵ったところで無益であるのは、ヒトラーをそう罵ったからといって権力を放棄しなかったと同様である。安倍はヒトラーと同じ低劣な感覚を有し、どんな良き倫理観も欠如した人間であり、権力亡者であるからこそ安倍である。

国会内の追及では倒れない

 安倍は国会などで、「加計案件が昨年2月決定したとき、始めて加計のことを知った、だから私が加計案件に関与したとか、影響を与えたとかいったことはあり得ない」と強弁してきた。

 ところが、現在の愛媛県知事は、安倍のこうした証言を根底から覆す文書が、こともあろうに当事者の加計学園から提出されていることを明らかにした。その文書は明白に、昨年2月に加計学園に本決まりした2年も前の15年2月、安倍は加計学園の当事者と会って、加計学園問題について、それを応援するかの発言があったと記されていた。昨年の2月まで、加計学園の件についても、何も知らなかったという、安倍の余りに厚かましい虚偽が、嘘が暴露された瞬間である。

 すでに昨年5月、加計学園については、官邸のあからさまな圧力があったことが、文科省の文書の中でも明らかにされていた。そこには、萩生田らの安倍官邸の茶坊主らが、文科省の役人に加計学園案件は「総理のご意向だ」、「官邸の最高のレベルが言っている」と強力な圧力をかけた事実が記されていた。

 そのとき我々は、いくら厚顔無恥の安倍政権でもこれでは持たないだろうと考えたが、しかし残念ながら安倍政権はまともな政権ではなく、すでに半ばファッショ的な政権、いってみればすでに〝官邸〟独裁政権に転化していたのであり、そんな事実くらいではビクともしなかったのである。

 そして今また、すでに今から3年も前、まだ獣医学部の新設承認が海のものとも山のものとも分からなかった時期に、安倍がはっきりこの問題に介入し、加計学園のために便宜を図り、策動していたことが暴露されたのである。

 そして新しい危機に直面して、安倍らの取ったごまかしと辻褄合わせの策略は、加計学園の下っ端幹部に命じて、彼が3年前に安倍と加計理事長と会っていると県に報告したのは、「私が勝手にことを有利に運ぼうとして、県に安倍案件だとウソの報告してしまっただけで、事実ではありません、ごめんなさい」と、県と国会に、盗っ人猛々しく謝罪することであった。

 まるで事実は会っていたと白状したような茶番である。国民が納得するかどうかさえ、もはや安倍一派にとってはどうでもいいのである。国民のすべてが信じようが信じまいが、表面だけ、形式だけ辻褄を合わせておけば、責任も問われず、犯罪として告発されず、罰も受けないという開き直りである、というのは、官僚も権力も司法も議会もすべてが安倍の意のままだから、というわけである。まさにヒトラーの権力や、1945年までの天皇制軍部の専制政府の感覚である。

まず総選挙の敗北責任を語れ

 これほどに厚顔無恥な政権が存続していることの責任はあげて、勝つべき選挙で安倍に敗北した共産党を始めとする野党にある。

 14年の総選挙で安倍政権の存続を許した責任は仮に大目に見るとしても、昨年10月の総選挙で、またまた与党(自公)に3分の2もの議席を許して、〝官邸〟独裁政治を、つまり卑しい安倍一派の専制政治を許したのは、野党の責任以外の何ものでもない。

 当時、アベノミクスは行き詰まり、また森友・加計もあって、安倍政権は決定的に追い詰められ、まさに崖っぷちに立っていた。

 安倍は勝負を18年ではなく、その前年の17年に〝賭けた〟のであり、一種のバクチに打って出たのだが、勝算あってのことでなく、100議席減らす可能性、否、過半数を割ることさえありえる、しかし維新など心強い〝友党〟も在り、連立政権などで何とかしのげる、来年になってジリ貧で敗北し、政権を手放すよりましだと決心したのだろうが、何と棚ぼた式に圧勝し、4年もの権力維持が可能になったのである。

 それから現在までの半年間は、すでに国民全体が承知し、眼前に見ている通りである、つまり安倍の破廉恥で、最悪の腐敗政治と権力の私物化がわが物顔でまかり通るという現実である。

 昨年の秋、安倍が決定的に追い詰められていたのは、その直前に行われた都議会選挙で安倍自民党は小池新党に完敗し、わずか20数議席にまで追い込まれたことからも明らかで、そんな時期に総選挙をやったら自民党は大敗し、小池新党が政権を握るかも知れないと国民の多くは信じたのではなかったか。

 小池新党が、あるいは小池新党と野党の議席が与党(自公)や、与党と維新などの議席を上回ることが容易である情勢であったが、現実には、反安倍政権の戦線は簡単に瓦解し、分裂、解体し、結果として、安倍政権を利しただけであった。

 野党の中心の民進党は分裂し、右派=保守派(自民党や小池新党と政治的立場の根底を同じくする)は、権力の蜜の味をまた求めて小池新党に走り、かくして志位が共闘の相手として恋いこがれた民進党は分解して雲散霧消してしまった。

 志位が2年間追求してきた、野党共闘と国民連合政府という幻想が音を立てて崩れ、破綻した瞬間である。そんな「他人のふんどしで相撲を取ろう」といったような、品性が賤しく、日和見主義的な〝戦術〟が、広汎な労働者の支持と期待を集め得るはずもなく、挫折し、敗北したのは一つの必然であった。

 結論をいえば、17総選挙の安倍の圧勝には、戦犯がいた──悲劇や悲惨や無益な死そのものであった太平洋戦争が偶然に起こり、戦われたのでなく、国民を奴隷化した軍部、国家主義の右翼や天皇らの戦犯がいたのと同様に──のであり、それは前原や枝野であり、とりわけ共産党である。

 つまり共産党らにとって、いま最優先でなすべきことは、すでに国会内で森友・加計についての、マンネリ化した追及ではなく──そんなものは、安倍政権は今や開き直って、ただ聞き流すだけである──、総選挙でなぜ負けたかを反省し、検討し、その上に立って参院選において、いかにして安倍政権を追い詰め、打倒するか、できるかを真剣に考え、実践に移していくことだけである。

 それができないなら、野党もまた安倍に完敗するだけであると、我々は断言してはばからない。

   

【1面サブ】

参院選を闘う10名の面々
比例区名簿1位は吉邨ふみおさん

 私たちたち労働の解放をめざす労働者党(略称「労働者党」)は、昨年10月の総選挙において、神奈川11区で議員獲得を目指す闘いの第一歩を踏み出しました。そして今年の3月の大会で、さらにその闘いを発展させ、国会に労働者・働く者の立場と利益を代表し、そのために闘う労働者党の議員を送り込むことを確認、来年の参院選に「確認団体」として参加することを決定しました。

 「確認団体」とは、公職選挙法上、政党と認められ、参院選比例区から立候補できる政党で、現在国会議員のいない政党は、10人の候補者を擁立し、供託金数千万、最低でも3300万円も国家に事実上献上する決まりになっています。

 私たちたちは10人の候補者を比例区2名(選挙地盤は全国、吉邨さんと林さん)、選挙区8名(地盤は都道府県)と割り振り、まず最低、比例当選を勝ち取ることを決意しました、というのは比例区なら得票率2%、約100万票で議席が獲得できるからです。

 いま延長国会で、野党は安倍政権の腐敗と権力犯罪を暴露した森友・加計学園スキャンダルを中心に、安倍政権を懸命に暴露して闘っていますが、昨年の総選挙でなぜ惨敗したか、そして瀕死の安倍に完勝を許したかの厳しい反省もなく、森友・加計学園などいくら暴いても〝蛙のツラにションベン〟です。

 安倍の大勝を許した犯人は、志位や枝野や前原らであって、彼らが真剣に反省し、総括できないなら、何回選挙をやっても安倍政権を、自民党政権を一掃することはできないでしょう。

 野党総崩れの中で、労働者党が議席獲得をめざして闘う意義は計りしれません。

『海つばめ』は闘う労働者党の候補を10回にわたって紹介します。第1回は、比例区名簿第一位の吉邨さんで、2%を得た時国会へ殴り込みをかける我らの切り込み隊長です。

 吉邨さんは経歴からも明らかですが、長らく労働者として、また労働運動の活動家として生きてきた、信頼できる労働者の仲間であって、労働者代表の候補者として最も相応しい人です。

【吉邨ふみお 略歴】

 1953年、愛媛県松前町生まれ。愛媛大学工学部土木工学科卒業。地元建設会社就職、現場技術員。月200時間を超える残業を経験。81年、新居浜市の医療生協運営の診療所に事務として就職。86年、労組結成、執行委員長となる。

 88年、社労党から、市議補選に立候補。3771票獲得(市議三人を擁する共産党5686票)。

91年、社労党から、市議選に立候補。360票獲得、88年同様に供託金返還。05年、職場の労組再結成にかかわり、06年からは書記長。07年、労組は産別の自治労愛媛に加盟。自治労愛媛県本部書記次長、自治労四国地連公共民間評議会事務局長歴任。仲間や労組県中央の信認も厚い。


【飛耳長目】

★安倍は来年10月の消費増税によるマイナスの影響を緩和すべく、需要喚起のバラまき政策を行うという。何重にも支離滅裂である★一方で何兆円という増税をし、他方で増税が消費減退につながり、経済を冷やすからと、厳しい財政下、バラまきをして辻褄を合わせるというのだ。14年の8%への消費増税以降、安倍は増税が消費を後退させ、景気が悪化するのを恐れて、増税を2回も延期してきた。やっていることが全て、何の原則もなく場当たりである★14年の増税の時、物価が上昇、消費が沈滞して景気後退につながったというのだ。物価上昇は善だと強弁してきたのだから、ここでも安倍の理屈は支離滅裂だ★消費増税の前に駆け込み需要があり、その後にその反動があるのは当然であって、それを恐れてバラまきをするというなら、一体何のための増税か。企業は駆け込み需要で儲けたのであって、その反動は計算済み、覚悟の上ではないのか。消費増税で政府はほくほく、バラまきで企業もニコニコでは、余りに虫が良すぎる★そして政府は財政健全化のための「基礎的財政収支」の均衡という目標を、またまた5年も延期した。要するに安倍政権は財政再建などどうでもよく、政権の維持と延命がすべてだと宣言したも同然だ。これでは安倍政権の下、金融も財政も国民経済も、そして労働者の生活も将来の世代も、みな破綻、破滅しかねない。(鵬)

   

【主張】

2%物価上昇の神話
その終焉は安倍没落の時

 2%の物価上昇を2年間で実現してデフレを克服すると約束した、黒田日銀の〝異次元の〟金融緩和策ほどに、アベノミクスの空虚さ、その失敗と破綻を暴露しているものはない。

 黒田の空論の破綻は明らかである。大規模な金融緩和はこの5年余、一貫して継続されてきたというのに、2%の物価上昇はいまだ実現していない。黒田は6回もその実現を延期してきたが、今年の春にはその見通しさえ放棄してしまった。

 2%の神話の下、無政府的な金融緩和だけは遮二無二実行されてきたが、その結果、日銀の保有する国債はこの5年間で4倍、450兆円(発行残高の4割以上)にも膨れあがった。日銀は安倍政権が財政膨張でカネをバラまけるように、国債を買い漁ったということだが、これは事実上財政法で禁止の、国債の日銀直接引き受けという禁じ手である。

 ETF(上場投資信託)の日銀購入も民間企業の株購買を意味し、〝禁じ手〟のはずだが、日銀も株価対策に狂奔し、「株価形成を歪めてきた」。その結果12年末には1・4兆円の残高が、現在では25兆円にも急増した。

 日銀は4割の企業の株を10%以上所有する大株主で、イオンら5社の〝実質的な〟筆頭株主でさえある。まさに国家資本主義に接近しており、この傾向が続き、年々の購買金額も6兆円からさらに巨額になっていくなら、やがて日本企業の国有化が進み、〝社会主義〟か何かは知らないが、そんなものが完成しかねない(と、つい言ってみたくもなる)。

 カネ(代理貨幣の日銀券)をこんなに必死でバラまいているのに、どうしてたった2%の物価上昇が達成されないのかと、安倍一派やリフレ派は困惑するが、単にカネをばらまいても、そのカネが流通せずに日銀に還流したり、企業や家庭などに滞留するなら、インフレにならないのはある意味で当然である。

 カネをいくらでもバラまいても、日銀や政府ができることはそれまでであって、それ以上、〝市場経済〟を思うがままに操り、支配できるなら、それはもはや資本主義ではない。

 今では、黒田日銀やリフレ派は為すすべも、ご立派な観念も思い浮かばず、物価上昇が進まないのは、「労働生産性が上がらないから」とか、「電子商取引が拡大したため」だとか、グローバル経済が原因だとか、知ったかぶりの迷論を吐くだけである。賃上げが進まない〝経済体質〟になっているからだ、需要不足ではなく〝構造要因〟だとたわ言をつぶやく輩もいる。

 まさにブルジョアたちの〝経済学〟(つまり経済観念)の俗流化と頽廃と破綻は極限に来ている。

 いずれにせよ、2%の継続的な物価上昇こそがデフレの脱却とその指標であり、それが実現すれば経済成長も財政再建も労働者の生活向上もすべて揃って実現するといった神話の神通力は今や全く色褪せてしまった、にもかかわらず黒田日銀は日本経済をゆがめ、寄生化を加速させ、財政や金融や、経済さえも崩壊に導きかねない与太政策を止めることはもちろん縮小することさえできず、最近は、緩和を止めるとか口にしつつも、実際にはそれを「継続する」しかなく、そんな政策に固執するのである。

 そして政権の延命のために財政膨張政策を不可欠とする安倍も、黒田をまだ必要とし、腐れ縁で結ばれた2人は一蓮托生の道を歩むしかないのである。

 場当たりのアベノミクスと黒田の〝異次元の〟金融緩和が終わるときこそ、安倍政権の命脈の尽きるときだが、その日はますます近づきつつある。

   

安倍の「骨太方針」の1つ
外国人労働者の新「活用」策

 安倍政権は5月末、外国人労働者受け入れ策の新しい素案を発表した。その内容は、日本語熟達にかなり厳しい条件を課していた規制を緩め、外国人労働者の受け入れを容易にすること、また現在の研修生制度の延長に、最長5年の就労資格を新たに与えること──これによって、研修生は最長10年の長期滞在が可能になり、2025年には、50万の外国人の新しい労働者を確保する──等々である。技能実習生の滞在期間は昨年11月に3年から5年に延長されたばかりだというのに、今度はそれを2倍に伸ばすというのである。日本のブルジョアが、そして、安倍政権もどんなに「人手不足」に神経質になり、焦っているかを教えている。

 そんな場当たりの動機から導入される新しい制度は、外国人労働者への「門戸開放」を謳いながら、これまで日本のブルジョアが、したがってまた安倍政権が原則としてきた、国家主義的観点によって制約される、矮小で、ケチな、したがってまた外国人労働者にとって、より奴隷的で、搾取的なものである「移民政策」──研修員制度に象徴されるような、ゆがんだ「一時的移民受け入れ」政策──と基本的に同じであり、その限界を超えるものではない。

 そもそも日本の外国人技能実習生制度は、建前上はどんな意味でも労働者ではなく、また労働者としての「移民」でもなく、技能実習生、研修生としての受け入れであり、一定の期間が過ぎて「技能の習得」が終われば、3年、5年で故国に帰ることが義務づけられていた。

 そして仕事の内容は、当然に「人手不足」を補う単純労働であり、「技能実習」「技術習得」などは二の次、三の次でしかなかった。

 安倍は12年、再度政権を握ってからも、〝保守の〟民族主義者、国家主義者の本性から、「移民政策は取らない」と断言し、難民受け入れも原則的に拒否するなど、偏狭な民族〝純血〟主義に忠実であった。

 そんな政権が実行する外国人労働者の「受け入れ」が、ただ外国人労働者を、外国の若者を搾取するだけのものに、日本のブルジョアたちの最も卑しい要求に従属するだけのものに堕して行ったからといって、労働者が驚いたり、呆れたりすることは何もない。

 今回の外国人労働者受け入れの「容認」といっても、根本的にはこれまでの「受け入れ」の延長であり、質的な転化ではなく量的な拡大でしかない。

 研修生制度に不可避的にまとわりついていた、「国際貢献のため」という美名に隠れた、半奴隷的な搾取や人権無視──外国人労働者は研修生という口実のもと、低賃金できつい労働を強要され、仕事の選択や職場の移動は認められず、家族は呼び寄せることも許されず、また残業や賃金不払いや、「技能実習」違反は日常茶飯事に行われ、そのために職場から逃走する研修生は何と年々数千人にも上っている(昨年は6518人であった)──がまかり通ってきたが、今回の安倍政権の新しい「外国人労働者の受け入れ」もまた、安倍政権の屈折した、下卑た移民政策や「在留資格」制限の根底を変えるものではない。

 単純労働は入れないといった差別的偏見を押し通すために、研修生制度といった小手先細工で、事実上単純労働者を密輸入してきたゆがみが、外国人労働者を過度に苦しめてきたのである。

 安倍政権は主として建設、造船、宿泊、介護、農業の5つの業種で「新たな在留資格」を与えて、外国人労働者を「活用」するというのだが、しかしこの5つの業種をとっても、一つの「在留資格」で律することができるはずもなく、そんな複雑な問題を大急ぎであたふたとやって、ろくな結果に行きつかないことは見え見えである。

 実際、安倍政権のように、移民は入れない、長期的には個々の外国人労働者を活用しないというやり方で、つまりそんな短期移民を次々と大量に入れ替える、場当たりのやり方で、外国人労働者を「活用する」など至難の業であろう。

 農業の「人手不足」といい、介護のそれといい、また建設や造船や製造業のそれといい、千差万別であって、農業が「人手不足」で若者が寄りつかないなら、生産性が低く、国際競争力をなくした農業など外国人労働者をわざわざ「活用」してまでして存続させる必要があるのかが問われる。介護が日本人の手に余るから、50万人もの外国人が必要だという話はどこか不健全で、何か浅ましい。

 50万人という人数は、数十万といわれる「引きこもり」の人数に匹敵することも、外国人労働者の搾取労働に依存して、「人手不足」解決の議論が行われるのも奇妙な現実に思われる。170万ともいわれるニートや40歳以上を入れると70万ともいわれる引きこもりを作り出しながら、外国人労働者に頼るしかないというのもどこか転倒した、おかしな話ではないのか。

 資本の搾取社会を一掃するなら、そして生産的労働を根底に、社会の総労働を合理的に再編成するなら、日本の「人手不足」といった現実も、若い搾取材料を求めて止まない、資本の支配する社会が作り出した虚構であることが暴露されるのではないのか。

   

【二面 サブ】

ああ、年収1075万
高給か普通かの国会議論

 〝高プロ〟法に反対するために功を焦り、立憲民主党の石橋通宏は、19日の参院厚生労働委員会で、〝高プロ〟法を批判するために、何か理屈に合わない、途方もない主張を展開した。

 彼は〝高プロ〟の年収要件として想定されている1075万円は、労働者にとって、それほど高い年収ではなく、〝普通の〟労働者でもそれくらいの年収を手にする者がいくらでもいる、そんな年収の労働者に〝高プロ〟法を適用することは労働者の過半に適用するも同様だと主張し、「高所得の〝専門的な〟仕事に従事する人々のための、彼らの欲する賃金体系だ」という安倍の説明を批判した。

 もちろん〝高プロ〟法の1075万の年収の数字は、労働者全体の平均年収の3倍として持ち出された機械的な数字で、それくらいの年収の労働者は〝高プロ〟には普通だろうということであって、1075万円の高給取りが〝高プロ〟だということではない。

 高度の〝プロフェッショナルな〟仕事を担っている人々が、どれくらい〝高プロ〟法案を望んでいるかの詮索はさておくとして、そもそも1075万円は必ずしも労働者に取って高賃金とはいえないという、立民党の諸君の現実認識は途方もないものではないのか。

 彼らは強調する、358万円は労働者の平均年収とはいえない、そこには低賃金の非正規労働者の賃金が算入されているからである、彼らを除けば平均賃金はもっと高くなり、高くなった平均賃金の3倍は1075万でなく、例えば1500万である、それより上の年収を〝高プロ〟法案の適用範囲とせよ等々と。

 しかし年収1075万円も、20代、30代の正規の労働者にとっては立派に高給であり、まして非正規労働者には、そんな金額は彼らの年収の数倍にも達する、夢のような高給である。

 確かにブルジョアは労働者の間に〝身分的〟とさえいえる固定した、大きな差別を持ち込み、労働者全体の搾取強化を図っている、そして立憲民主党や共産党は、こうした差別や2極分化に反対するのではなく、むしろ2極分化の上に乗っかって、正規の労働者の平均賃金はもっと高い、彼らの立場に立って議論せよ、その利益を図れ、とブルジョアに要求するのである。

 労働者党は、労働者の全体のために、とりわけ一層抑圧され、搾取されている労働者のために闘うのであって、より上層の労働者、高級労働者のためをおもんばかり、もっぱら彼らのために闘うのではない。

 労働者の平均年収が358万と少ないというなら、それは確かに非正規労働者の大軍が──今や賃金労働者の40%近くにまで増えている──、平均年収を引き下げているからであって、労働者党の任務は、まず何よりも労働者内のこうした大きな差別、労働者内の「2極分化」とその進行に反対して闘うことであって、非正規労働者の低賃金が、労働者の平均年収を引き下げているからどうだ、こうだといった理屈を持ち出してブルジョアや安倍政権と闘おうとすべきではない。

 それなら年収1500万の労働者になら〝高プロ〟法案は適用し、実施していいというのか、〝高プロ〟法案はそんな問題なのか。

 商業新聞は大企業のブルジョアたちへのアンケートによれば、わずか7%の企業が〝高プロ〟制度の導入に積極的だという結果だったという。

 ブルジョアたちにとってさえ〝高プロ〟法は〝両刃の剣〟であって、本来は資本の忠実な助手や奉仕者や味方であるはずの高級労働者を酷使し、使い捨てのように扱い、離反させることは、彼らの〝効率性〟を求めて、それを失いかねないことをよく知っており、必ずしも〝高プロ〟法に大きな意義を認めていないのである、つまり〝高プロ〟法等々は一部の企業や高級労働者の要求ではあっても〝普通の〟、あるいは〝平均的な〟労働者にとっての一般的な要求ではないということが暴露されるのである。

 安倍政権下の役人が、たった3名の高級労働者に賛否を聞いて、〝高プロ〟法は労働者の要求だと安倍政権に報告したといった、そんな程度の話である。

 〝高プロ〟法については、1075万円が高給ではないというために、共働きの夫婦の年収を合算すれば、〝普通の〟労働者の中でも、今どき1075万の年収はざらだといった議論も行われたが、そんな理論まで持ち出されなくては闘えないような、立民党や共産党や組合主義者の〝高プロ〟法反対の闘いとは何なのか。

 彼らは一体どんな夫婦について語っているのか。両者が共に正規でも若い夫婦なら1千万越えは容易ではないだろうし、もし一方が非正規であれば、共働きでも年収1千万は困難だろう。まして2人が共に非正規なら、年収1075万といった高収入は夢物語である。

 立民党や共産党の年収1075万円についてのご高説やおしゃべりからは、彼らの政治が貧しい労働者のためのものでなく、まさに〝中産階級化〟している労働者を意識したものであることが〝透けて見えてくる〟のである。

   

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