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学者たちによる『資本論』歪曲を暴く

●インテリたちを監視せよ
はびこる『資本論』のえせ解釈――エンゲルス修正問題を好機として

●伊藤武、宮川彰の空虚浅薄な“マルクス主義”
中世の“スコラ学”と同等のレベル――マルクスの“方法”や理論内容と無縁


インテリたちを監視せよ
はびこる『資本論』のえせ解釈
――エンゲルス修正問題を好機として

 林 紘義

 新しいマルクス・エンゲルス全集(“新メガ”と俗称される)の刊行が続いている。新メガはソ連共産党が全盛の時代に出した、古い全集に継ぐものだが、その装いも内容も大きく変わっている。この新メガは大きく四つに分けられているが、我々が最も関心を抱くのが、二番目の部分、つまり「『資本論』とその準備労作」の部分である。これはマルクス、エンゲルスが生前に刊行した『資本論』のすべての版――いくつかのドイツ語版はもちろんのこと、マルクスがかなり手をいれたフランス語版や、英語版――を含むだけではなく、『資本論』に関係する、マルクスの一切の原稿(草稿)を含むものである。我々は今まで目に触れることのなかった、マルクスの“元の”原稿が読めるようになることを歓迎するが、しかし問題は、そのことと関連して、マルクス主義の新しい歪曲や修正、曲解が幅をきかしてきたことである。我々はここでそのうちの二、三を取り上げてみたい。かつてスターリン主義批判が華やかなりし頃、それを悪用して、マルクス主義修正の様々な試みが活発になったが(その一環が、いわゆる“新左翼”系インテリなどによる修正、曲解であった。黒田“哲学”等々、また宇野“経済学”に対する急進派学生の心酔も、同様の時代傾向の現われであった)、また同じようなことが起こってきているのである(今度は、共産党系学者が中心であるが)。我々は断固として警戒心を強め、こうしたプチブル・インテリたちの策動を監視し、粉砕して行かなくてはならないのである。

◆『資本論』関連部分の刊行段階

 まず、マルクス主義に対する新規の曲解を摘発する前に、マルクス・エンゲルスの新しい全集、つまり新メガ刊行の事業がどんな形で、どこまで進んでいるかの一部を、『季刊・経済理論』四十二巻四号によって明らかにしておこう。

 新メガの出版計画は、二十世紀末のソ連邦の(及び東欧諸国とりわけドイツの共産党権力の)崩壊で重大な危機に直面したが、ソ連やドイツ、そして日本の学者たちの努力により、何とか継続することができ、現在にいたっている。

 もちろん、これらの全集は日本語版ではまだ一部しか刊行されていないのだが、それでもその意義は決して小さくないであろう。

 この『資本論』関連の部分がどれくらい進んでいるのかと言えば(原文で)、予定された全体の十五巻のうち、残る部分は十一巻と十三巻及び四巻の一部となり、これらもすべて来年までに発行されるという。昨年には、日本の学者たちが担当した十二巻が出版されている(これは「『資本論』第二部のためのエンゲルスの編集原稿」の部分だそうである)。

 参考までに言っておけば、日本の学者たちは二部の十五巻のうちの三つの巻と、さらに四部の三つの巻を担当することになっているそうである。彼らはブルジョア大学の中で、せっせとこの“仕事”に励んでいる。

 我々が『資本論』の部分に大きな関心を抱くのは、これまでいわば“決定版”と信じてきた『資本論』が、我々が思っていた以上にエンゲルスの手が入っており、しかもその手の入れ方が必ずしも妥当なものであったとは思われなくなってきたからであり、したがってまたマルクスの元の文章、つまり「草稿」の文章や理論がどうであったかが非常に重大な問題になってきたからである。

 実際、マルクスの元の文章が明らかになるだけで、これまで長々とマルクス主義者の中で議論されてきた、大きな理論問題がたちまち“解決”されてしまった、ということもないことではないのである。

 昨年発行された十二巻は、大村泉を代表とする「仙台グループ」(東北大学を中心とする学者グループ)が担当したのだが、この十二巻の意義について、大村は次のように語っている。

「ここで問題にしている本巻は、マルクスの『資本論』の成立過程に関心を持つ知識人に〔なぜ知識人なのか、こんなところに大村らの階級的本性が暴露されている〕、とりわけ、エンゲルスが現存するマルクスの遺稿から、どのようにして『資本論』の第二、第三部を編集することができたのか、この様式を隅々まで研究する意欲があるような知識人〔一体、これはどんな“知識人”か、何を目的とする“知識人”か〕――マルクス・エンゲルス研究者〔なぜ“研究者”であって、実践者でないのか、マルクス主義は究極的には資本主義を変革する革命的な実践と結びついてこそ、マルクス主義ではないのか〕――に向けられたものである。こうした研究者のために、この十二巻は全一連の必要不可欠な諸資料を、しかも初めて、かつ完璧に提供する」(同二一頁)。

 もちろん、エンゲルスの『資本論』編集についての全てを知るには、十二巻だけでは決定的に不十分であり、他の巻によって補完され、あるいは他の巻との共働によってのみ、この課題は果たされる。さらに必要な巻は、十一巻であり(これは大谷禎之介らの責任によって来年刊行される予定であり、『資本論』二部のマルクスの草稿――二稿及び五〜八稿などを扱っている)、また四巻三分冊である(これもまた来年出版され、『資本論』二部の三稿、四稿や、『資本論』三部の二〜三稿などを扱っている)。これらが全て出そろえば、エンゲルスがマルクスの原稿から、いかにして『資本論』の二部(二巻)、三部を編集し、作り上げたかの全体が明らかになる。

 もちろん、このためには十三巻として、〇七年に刊行予定の『資本論』二部のエンゲルス版も必要だが、これは現行『資本論』ということで、ほぼいいのだろう。

◆大村泉のマルクス曲解

 我々は、新メガ刊行によって、マルクスの本当の文章が明らかになることを大いに歓迎するのだが、他方では、エンゲルスがマルクスの文章に介入し、多くの部分でそれをさまざまに改悪したことから、それをいわば“悪用”して、マルクス主義に反対したり、マルクス主義を修正したり、骨抜きにする傾向――共産党系の学者の中でも目立っている――に、大いに警戒するように呼び掛けなくてはならない。

 新メガ刊行に努力している大村もまたエンゲルス修正を利用して、今回、マルクスの意図を歪めるような主張をやっているが、我々はそれを見逃すことはできないのである、というのは、こうしたマルクス主義の曲解は放置しておけば、ドグマをでっちあげるとかして、マルクス主義の決定的な修正にまで及ぶかもしれないからである。まず、彼の主張を紹介しよう。彼はエンゲルスの文章とマルクスの文章を比べ、エンゲルスを非難して、次のように強調している。

「両者〔マルクスとエンゲルス〕の相違、したがって編集原稿(エンゲルスの原稿)当該個所のマルクスの草稿からの乖離はどこにあるのか。マルクス草稿は、貨幣資本と商品資本の概念を生産資本の概念と区別して説明しているのに、編集原稿は一括して説明している。マルクスは『ここ、つまり『資本論』第二部では、貨幣資本及び商品資本は独自の資本種類ではないこと』を強調する。これは、マルクスが後に『独自の資本種類』としての貨幣資本及び商品資本を展開しようとしての強調であることは明白である。実際にもマルクスは第三部で『商品資本の商品取扱資本及び貨幣資本への、ないしは商人資本への転化』を展開している」(同二八頁)。

 これだけでは何のことか分からないので、議論されている、『資本論』の第二巻第一章の文章を紹介しよう。問題になっているのは、資本の循環過程にとる三つの資本形態、すなわち貨幣資本、商品資本、生産資本に関することである。

「それゆえ、ここに言う貨幣資本、商品資本、生産資本は、独立の資本種類、すなわち、それらの機能が、やはり独立の相互に分離された諸事業部門の内容をなすような、独立の諸資本種類を意味するものではない。これらの資本は、ここではただ産業資本の特殊な機能形態を表わすにすぎず、産業資本は、これらの三つの機能のすべてをつぎつぎに採っていくのである」(岩波文庫四分冊七九頁)。

 大村は、エンゲルスが貨幣資本、商品資本、生産資本をエンゲルスが一つにまとめているといって非難するのだが――前の二つ(貨幣資本、商品資本)と、生産資本は区別されなくてはならない、というのは、前者は産業資本と区別される「独立の資本種類」であり、またそうなるが、後者はそうならないからである云々――、しかし大村のこうした形でのエンゲルス批判はナンセンスであろう。

 実際にマルクスがここで「強調」していることは、三つの資本形態が、いずれも産業資本のそれぞれの契機であり、機能形態であるということ、そして三つの資本形態の違いは、前の二つが流通過程に属する形態であるのに対し、生産資本は資本の生産過程における形態であるという点にあるにすぎない、ということであって、大村の言うことは単なる思い違いでしかないのである。

 事実、マルクスはその少し前で、産業資本の「総運動」は、「一つの総過程の同数の局面または段階をなす一連の諸変態を通過する一つの価値として現われる。これらの段階のうち二つは流通部門に、一つは生産過程に属する」(岩波文庫七八頁)と言って、こうした形で区別をしているにすぎないのである。引用の直前の文章もまた、次のようなものであって、大村が言いはやしているような内容は全く含まれていない。

「資本価値が、その流通段階の内部で採る二つの形態は、貨幣資本と商品資本との形態である。生産段階に属するその形態は、生産資本の形態である。その総循環は経過中にこれらの形態を採っては棄て、各形態に対応する機能を行う資本は、産業資本である――ここで産業と言うのは、それがすべての資本主義的に経営される生産部門を包括するという意味においてである」。

 見られるように、マルクスの区別は、前二者が「流通段階」において採る形態であるのに対し、後者(生産資本)は生産段階の資本形態であるというところにあるにすぎない。ここで、貨幣資本と商品資本が「独立した」資本形態であり(将来、そうなる?)、生産資本はそうでない、といったようなことは一切問題にもなっていないのである。

 しかし、大村は次のような奇妙な理屈を持ち出すのである。

「さらに草稿でマルクスは、生産資本には類似の自立化は生じないこと、生産資本はあくまで産業資本の機能形態に留まることを強調している。なぜであろうか。
 例えば、商品資本の機能が商品取り扱い資本として自立化すると、確かに、産業資本の生産資本機能の成果、すなわち剰余価値を含むすべての商品=商品資本が、ただちに最終消費者に売却され、貨幣に実現されることはなくなる。しかしこの場合にも、商品資本の実現、商品の販売がなくなるわけではない。生産物=商品は、最終消費者ではなく、商業資本家に売却されて貨幣に姿態を変じ、再びこの貨幣が生産資本に転化し、生産が続行されるのである。
 したがって商品資本の自立化の商品取り扱い資本への転化=近代的な商業資本の成立そのものは、生産資本の機能の独自の資本種類への転化に随伴するものではない。商業資本の自立化によって生じる本質的な変化は、総産業資本によって生産された総剰余価値=総平均利潤が、産業利潤と商業利潤とに分割され、二つの資本種類間に配分されるようになることである。だから、この場合にも、産業資本の循環=変態変換運動は、依然としてその本源的形態を維持する。
 この点を考慮すると、エンゲルスの商品資本、貨幣資本、生産資本という産業資本の三つの機能諸形態を一括するマルクス草稿の要約は、前二者と後者との機能的な差異を曖昧にし、生産資本の関する限り、自立的な資本種類に転化することなく、産業資本の一機能形態に留まらざるをえないというマルクスの見地を後景に押しやるものである」(同二九頁)。

 こうした議論は全く見当はずれのものであって、なぜ大村が懸命になってこんなことを主張するのかは、我々の理解を超えるのである。

 そもそも、大村は、マルクスが「独立した」と書いている単語(selbststandig)を、勝手に「独自の」に直している。しかし「独立した資本種類」という観念と、「独自の資本種類」という観念は決して同じではない。マルクスは、貨幣資本、商品資本、生産資本の三つの資本形態について、産業資本の循環において生じる「機能形態」にすぎず、決してそれ自体、自立した資本ではないということを言わんがために、これらは「独立した資本種類ではない」という表現を用いているのであって、これを「独自の資本種類ではない」としたのでは、すでに意味が“微妙に”(というのは、控えめにいうにすぎないのだが)異なってくるのである。

 もし「独立した資本種類」という表現を勝手に「独自の資本種類」などと訳せば、三つの資本形態について、産業資本とは区別された、独立した資本形態として現われるか、現われないかといったことも問題になるかもしれないが、しかし「資本の流通過程」を論じている第二巻においては、そんなことは全くどうでもいいことなのである。大村は、マルクスが貨幣資本と商品資本については「独自の資本形態ではない」と強調しているが、生産資本については違うと思っているようだが、しかしマルクスはここでは、生産資本もまた、貨幣資本、商品資本と同様に「独自の資本形態ではない」と強調しているのであって(「独自の」ということについて言えば、の話だが)、その点では、どんな差異も主張してはいないのである。

 貨幣資本・商品資本と、生産資本の区別は、そんなところにあるのではなく、単純に、両二者が流通過程に属し、後者が生産過程に属するということであり、したがって総生産物の、つまり総商品資本の循環が問題になる時には、生産資本――つまり労働の搾取過程、剰余価値の生産過程――は後景にしりぞく、ということである。

 エンゲルスが省略したという(後述)、マルクスの「われわれは社会的再生産過程を、年生産物の――年々の商品生産物の、すなわち年々の商品資本の――運動の観点の下で、したがって流通形態(W'―G'―W―P―W')を考察する」という文章で、なぜ「流通形態(W'―G'―W―P―W')」の真中の「W―P」(生産過程)のところに《'》が付いていないのかを、しっかり反省すべきなのである。ここでは、W'―……―W'が本質的契機なのであって、なぜ最初のW'がWになり、さらにまたW'に戻るのか(労働者の搾取等々)、といったことは問題にされていないのである。

 大村の言っていることは支離滅裂である、というのは、貨幣資本、商品資本が「独自の資本形態ではない」と強調しているのは、将来、これらの資本が現実に「独立した資本」として登場する(あるいは、そうしたものとして論じる)伏線であるかに主張するのだが、もしそうであったとするなら、マルクスはむしろ、これらの資本は「独自の資本形態」であることを強調し、反対に生産資本についてこそ「独自の資本形態ではない」と主張しただろうからである。マルクスがそうしていたのなら、大村の見解にもいくらか説得力があるだろうが、実際には、マルクスは三つの資本形態ともに「独立した(大村の訳によれば、「独自の」)資本形態ではない」と言っているのだから、大村の珍説には重みがないだけでなく、どんな救済もないのである。

◆エンゲルス修正がまずい場合

 しかし大村は、かつて次のような重要な証言をしてもいるのである。

「『資本論』第二巻第七章には第三篇の研究の対象と課題が問題になるとき決まって引用される文言があります。その文言とは商品資本の循環範式W'―W'は、『個別諸資本の運動が社会的総資本の運動との連関において把握される第三篇にとって重要である』というものです〔第二篇第七章、岩波文庫第四冊二二七頁〕。この部分は第四稿から採られています。問題はこの文言のキーワード、『個別諸資本の運動』という述語が、マルクス草稿では『資本の運動』であり、『社会的総資本の運動』という述語が『社会的総生産物の運動』であったということ、言葉を換えれば、第四稿時点のマルクスは、第三章(篇)の力点を、個別諸資本の運動と社会的資本の運動との絡み合いを一般的に明らかにすることに求めていたのではなく、資本の運動を『社会的総生産物の運動』すなわち、社会的総商品資本の販売=実現との関連で解明すること、後に第二稿の第三章の課題に具体化されるそれにある、としていたのです。エンゲルスは第八稿の論述をほとんど何らかの形で『編集原稿』に、したがって現行の『資本論』第二巻の刊本に取り込んでいます。しかし第三篇全体の課題設定にかかわる次の文章を省略していたのです。すなわち『われわれは社会的再生産過程を、年生産物の――年々の商品生産物の、すなわち年々の商品資本の――運動の観点の下で、したがって流通形態(W'―G'―W―P―W')を考察する』という文言です」(『経済』〇四年十二月号)。

 大村は、またエンゲルスが第三篇のテーマを「社会的総資本の流通」としたことは正当であったかと疑っている。

 大村の暴露は重要である(「社会的総商品資本の販売=実現との関連で解明すること」などという、いかにも共産党系の学者らしい、つまり“過少消費説論者”らしい俗悪な問題意識は無視するとして)、というのは、エンゲルスのこうした書き替えを“悪用”して、伊藤武とか宮川彰といった連中が、ありとあらゆるたわけた“理論”をでっちあげてきたからである(我々はそれを『海つばめ』前号でも明らかにしたのだが)。

 『資本論』第二巻第三篇が、社会的総資本と「個別諸資本」の絡み合いといったことを課題にするものではないこと、そもそも第三篇では、「個別諸資本」は「個別諸資本」として全く問題にされていないことは一見して明らかであろう。だから、それがマルクスの文章であり、観念だというと、マルクス自身が矛盾してしまうことになるのであり、したがってこの文章は全く“謎”であり、多くのマルクス主義者を悩ましてきた命題でもあった。だが、それがエンゲルスの修正した文言であって、マルクスの観念ではなかったということになるなら、疑問は一切氷解するのである。

 さて、我々はエンゲルス修正をめぐる、学者たちの対応を見てきたが、それは基本的に二つに分かれるように思われる。

 一つは、とりたてて問題があるとは思われないエンゲルス修正をあれこれ“こねまわし”、曲解することによって、結局はマルクス批判につなげていこうとする試みであり(最初に紹介した大村泉の例)、もう一つは、大いに問題のあるエンゲルス修正を利用してドグマを“でっち上げ”、急速にマルクス批判家に転落していく例である(伊藤や宮川の例)。

 もちろん、この両者ともに有害であって、近い将来マルクス主義の理論的発展に害悪を流すのであり、労働者は断固として監視と批判を強めて行く必要があるだろう。

 とりわけ、『資本論』の二巻、三巻には、我々が予想もしていなかったほどにエンゲルスの手が多く入っており、しかもその介入やマルクス修正が必ずしも適切でも正当でもないものも少なからずあることが明らかになってきた現在、インテリ陣営における、こうした混乱や動揺やチンプンカンは不可避であり、避けることができないのである。

 我々は今、エンゲルスの修正を経ないマルクスの文章によって、マルクス主義の根底を再確認するとともに、エンゲルス修正のあれこれについて、何が正当であり、何が不当であるかを正しく見抜くことが要求されているのである。

『海つばめ』第1012号(2006年3月12日)


伊藤武、宮川彰の空虚浅薄な
“マルクス主義”

中世の“スコラ学”と同等のレベル
――マルクスの“方法”や理論内容と無縁

 林 紘義

 『資本論』のエンゲルス編集の仕方の具体的な内容が明らかになるにつれて――そして、エンゲルスのやり方にも、あれこれの欠陥や“行き過ぎ”や不当なやり方や“間違い”があったことも暴露されてくるにつれて――、マルクスの理論やその発展に対しても、様々な見解が提出され、あれこれのもっともらしい見解も振りまかれるようになっている。例えば、伊藤武や宮川彰は、『資本論』第二巻について――エンゲルスはこの巻を、マルクスによってそれぞれ違った時期に書かれた二つの草稿、つまり第二稿(一八六〇年代)と第八稿(一八八〇年前後の、マルクスの最晩年の時代)を利用して“組み立てた”のだが――、マルクスの第一稿や第二稿は未熟で間違ったものであり、第八稿においてマルクス自身によって否定され、自己批判されたものである、と盛んに言いはやしている。もし第一稿や第二稿が“間違って”おり、第八稿こそが“正しい”とするなら、エンゲルスの『資本論』編集自体も途方もない“間違い”ということになり、現行『資本論』は全く無価値であるばかりか、有害なものである、ということにもなりかねない、というのは、それは全く間違っており、マルクス自身が自己批判した理論(つまり第二稿のことである)も利用し、それを繰り込んで“構成された”ものだからである(第二稿は、『資本論』第二巻において、量的に、二分の一までは行かないが、しかし三分の一以上の比率を占めているように思われる)。

◆伊藤、宮川は何を主張するのか

 しかし、伊藤等が何と言おうと、マルクスが第一稿や第二稿を自己批判した、という事実はどこにも存在していないのであって、それは伊藤等の単なる憶測であり、もっと言うなら、単なるデマゴギーの一種にすぎない。エンゲルスは第二巻の序文で、マルクスは第八稿で「より高い観点」に立ったといったようなことを書いているが、それさえもエンゲルスが勝手にそう思っただけであって、マルクス自身が“証言”していることではない。

 さて、伊藤や宮川は、一体マルクスはどんな理論内容において、第一稿や第二稿を「自己批判」したというのであろうか、そして「正しい」観点とはどんなものだというのであろうか。

 しかしそれが極めて分かりにくいのであり、彼らの理屈自体が錯綜しているのである。それは丁度、かつて宇野学派のマルクス批判がそうであったのと同様であり、自らドグマをおっ立て――その根底にあるのは、伊藤や宮川、そして宇野学派のインテリたちのブルジョア俗流意識である――、そのドグマを、マルクスや他の人々が信奉していないという、つまらない形式的な批判を越えないのである。

 彼らの言いはやすところによれば、マルクスは第一、二稿では(以後、第二稿において代表させる)、「資本循環論」を完成させておらず、その立場から、社会総資本の再生産と流通を論じていない、A・スミスの立場――可変資本を収入に「還元する」立場、あるいは「転換」させる立場――を克服していないのである。

 彼らの言いたいことを把握するために、まず彼らの主張を羅列的に紹介してみよう(伊藤は『マルクス再生産論研究――均衡論批判』、宮川は『再生産論の基礎構造』より)。

 彼らは強調する――マルクスは「社会的総生産物の運動」において、「貨幣」を流通手段としてのみ、ただ「媒介的」な機能においてのみ扱っていて、「資本」(貨幣資本)として扱っていない、また、労働者の労賃は単に「収入範疇」としてのみとらえられていて、その「独自の運動」が追求されていない(したがって「可変資本と労賃の関係」も明らかにされていない)、再生産論の課題は「資本と収入の転態の絡み合いを分析することである」、第八稿の新しいマルクスの観点とは、「資本家にとっての可変資本としての貨幣と、労働者にとっての労働力の代価としての収入としての貨幣を明確に区別して、相互転換を媒介する貨幣流通を分析すること」であった、『資本論』第二巻第三篇(つまり「再生産論」)の課題は、「社会的総資本の流通は一般的流通として現われるが〔何のこっちゃ〕、この一般的流通を個別諸資本〔どうして、ここに個別諸資本がでてくるのか〕の循環の絡み合い、それに結び付いた収入の絡み合いの総体として分析する」ことである、第二稿では、拡大再生産論でも「購買と販売との一致が前提され、したがって資本制生産に独自な再生産の起動力としての貨幣資本の役割〔ハッハ!〕は無視され、超歴史的な理論」となっている、「マルクスの意図の中には、拡大再生産表式の逐年的展開、過不足のない均衡的展開などは含まれていない」、「貨幣は資本の貨幣形態あるいは収入の貨幣形態という具体的に規定性のもとで流通することが見逃され、単なる流通手段に還元される、これは本来的に古典派」の理論である、「賃金はいったい収入からやってくるのか、資本からやってくるのか」(収入からやってくるしかない)、「再生産論を資本循環論で基礎づけよ」、スミスのドグマとは「可変資本の賃金収入への置き換えもしくは範疇転化」であり、それはマルクスの第二稿までの立場である(だから第八稿以前のマルクスは、「資本家の資本は労賃に転化する」などと言うのだ)、「資本循環=再生産に対する収入運動の位置付け」の確定が必要である、重要なことは、「貨幣流通のイニシアチブによる取引媒介〔?!〕にある。ことに可変資本と、それは別途表示を与えられた賃金とが、貨幣流通によって連結されたことである」、「社会の収入の補填が、資本補填を条件づける」、「収入が資本の再生産過程の契機としてかかわりあうことができるのは、消費手段及び労働力商品の売買取引の過程である」、「資本の循環=再生産過程にとって本質的に重要なことは、貨幣形態の循環G―W―G'の進行である」、「貨幣流通の掣肘からの資本運動の脱皮・解放」こそ必要、「『自由な』労働者による資本運動から相対的に独立した収入運動を理論化」せよ(可変資本と、それとの「絡み合い」を分析するのが、再生産論の課題だ)、「労働者に固有な近代的『賃金収入』についての把握」を重視せよ、再生産論の意義は「資本と、収入=個人的消費との運動上の地位と相互関連の把握に求めなくてはならない」、等々。(〔 〕中は林)

 以上、伊藤と宮川の理屈の中から、特徴的なものを拾いだしただけであるが、おぼろげながら、彼らが何を言わんしているかが浮かび上がってくるだろう。

 まず彼らがマルクスを非難するのは、マルクスが貨幣を「資本」として、つまり「貨幣資本」として評価せず、単なる「流通手段」として、「媒介的機能」においてのみ評価している、という点である。つまり、第二稿では最初、再生産論を「貨幣抜きで」論じ、その後で、こんどは貨幣を「入れて」論じているが、こうした“分離方式”は本質的に間違ったものだ、というのである(だからこそ、マルクスは第八稿では最初から貨幣を「入れて」理論を展開している、つまり第二稿までの立場を「自己批判」し、止揚している)。

 また彼らは、マルクスが労賃を「収入」としてのみとらえていて、その「独自の運動」を明らかにしていないと批判する。「収入運動」は、資本の運動から独立しているのであって、その運動が明らかにされ、その上で、「資本の運動」との関連、結び付きが論じられるべきである。そしてこの二つの独自の運動を連結し、結び付けるものこそが、「貨幣」である(貨幣は「取引媒介」をなす)。

 要するに、彼らは「収入」という範疇が、「資本」という範疇に対立的に措定され、この両者の「絡み合い」が明らかにされなくてはならないのであり、それこそが、『資本論』第二巻第三篇(“再生産論”)の課題である(“均衡論”などではない)。そしてここでは貨幣資本が決定的に役割を果たす、というのは、ここで両者を結び付ける貨幣は、単なる貨幣ではなく貨幣資本であるのは自明だからである。

 さらに彼らは、どんな根拠もなく、マルクスは第二稿までは、アダム・スミスのドグマのレベルにいた、などと途方もないマルクス攻撃をやっている。

◆「賃金は収入から出て来た」?

 しかし「収入」は「資本」と対立する、独自の範疇であり、資本とは別個の独立した「運動」を展開する、というのは本当であろうか。

 しかしこんな理屈は、少なくとも「再生産論」を論じるかぎりでは、根本から間違っている。第二巻第三篇においては、「収入」は決して「資本」と対立する範疇ではないからである。

 ここで問題になっているのは、社会の総生産物の転換、補填であり、出発点は社会の総商品資本である。これは、社会全体の資本家的生産の結果として存在するのであって、この総商品資本においては、不変資本、可変資本、剰余価値はみなすべて、総生産物の一部として実際に存在しているのである、つまり労働者の「収入」をなす生活手段もまたすでに、現物形態で、総商品資本の一部をなしているのである。

 したがってこの限り、ここでは「収入」は「資本」と対立する範疇ではなく、可変資本として、その現物形態(生活手段)として、総商品資本の一部であり、“内在的”である。それが労働力に転化されなくてはならないということは、「収入」がすでに可変資本(生活手段)として、総商品資本の一部として存在していることを否定するものでは決してない。

 労働者の側から見れば、資本のもとにある可変資本(生活手段)は、自分の労働の成果の一部であり、自らの生産したもの以外ではない、そしてそれは、“商品”として資本との間で売買された“労働力”の対価として、その領有は労働者の権利である。それは「収入」として、労働者の手に移るのであり、移されなくはならないのである。ここでの「貨幣」の媒介は、本質的なものではなく、単に形式的なものにすぎない。

 伊藤らは、ここで貨幣資本(可変資本)の「運動」を持ち出すが、全くナンセンスであろう。貨幣資本の「運動」もしくは「循環」は、ここでの理論課題では全くなく、すでに先行して、論じつくされているのであって、その論理をここで繰り返さなくてはならない、などということは全くないのである。そんなことをまじめに主張する人がいるなら、彼は、マルクスの“方法”や理論展開について、何ごとも知っていないのであり、マルクスが個々の個所で提起し、解決している理論課題について、極度の鈍感さと無理解をさらけ出しているにすぎない。

 そもそも、収入こそ“労働力商品”の出発点だ、「賃金は収入から出て来た」のだといった理論自体、荒唐無稽な、途方もないものであろう。ここでは「収入」といったものがアプリオリの絶対概念に祭り上げられているが、しかし労働者の「収入」は決して無規定ではなく、“労働力商品”の対価として、一つの「価値」として客観的に規定されているのである。それが資本から「独立」したものである、などというのは幻想である、というのは、労働力を“商品”として資本に売るということは、労働者が資本に従属し、資本に剰余価値を収奪されるという関係を含んでいるのであって、資本に対する一種の奴隷関係そのものの表現だからである。

 ところが伊藤らは、この関係を何か「近代的な労働者」としての、資本から独立した「運動」であるかに描きたいのであり、また描くのであるが、まさにこれこそ、労働者の「収入」つまり賃金に対する(“賃金制度”に対する度はずれの美化であり、幻影であるにすぎない。彼らは賃金労働者は奴隷や農奴より益しだと言い得るだけであり、“近代的な”賃金労働者の地位を賛美し、擁護し、結局は絶対化するのであり、かくしてそのいやらしいブルジョア根性をさらけ出すのである。

 彼らは盛んに、貨幣資本(可変資本)を持ち出すのだが、しかしここでの基本的課題は、社会的総生産物の転換であり、補填であって、“主役”を演じるのは、資本の生産過程の結果としての総商品資本であって、「貨幣資本」ではない。ここでは「可変資本」はまず生活資料であり、そうでなくてはならないのである。確かに、第T部門の資本家にとっては、可変資本部分は生産手段として存在しており、直接には生活手段ではないが、にもかかわらず、可変資本部分をなす生産手段は生活手段に、つまり労働力に転換され、置き換えられなくてはならないのである。ここで、資本家の貨幣資本は確かにこの転換を媒介する役割を果たすが、しかし貨幣資本がそうするのは、資本としての機能においてではなく、貨幣資本もまた貨幣であり、その貨幣としての機能によるのである。

 伊藤等は、貨幣資本もまた貨幣形態で存在するものであるということ、そしてそれが単純に商品の売買に支出されるなら(もちろん、“労働力商品”も場合も同じであるが)、その貨幣資本は単に貨幣として働いているに過ぎないということを、決して理解しないのであり、理解できないのである。彼らは、いわゆる“銀行学派”などと同様に、資本主義的な経済諸範疇を概念的に区別することができない。彼らは、貨幣資本(可変資本)はまさに「資本」として機能し、循環する、それしかないと叫ぶのだが、しかし理論問題においても「場所がらをわきまえる」ことが必要だということを知らないのである。貨幣資本の貨幣資本としての循環は、全く別個の理論課題として、マルクスにおいては、別の個所で(現行『資本論』で言えば、第二巻第一篇一〜四章)、すでに先行して“解決”されている――余すところなく、展開され、分析されている――ことを見ないのである、あるいは見るかもしれないが、その意義を理解せず、見当違いのところに、その論理を当てはめようと大騒ぎするのである。彼は「貨幣資本の循環」の論理を知りたいのなら、『資本論』のこの個所にこそ行くべきなのであって、場違いのところでそれについて騒ぎ立てるべきではないのである。

 また彼らは、マルクスが第一、二稿では、アダム・スミスと同様であるなどとマルクスをデマゴギー的に批判するが、もちろんそんなことは一切ないのであって、実際には、彼らがマルクスの理論を理解していないだけにすぎないのである。

◆無意味な「資本と収入の絡み合い」論

 彼らが盛んにわめいている「資本と収入の絡み合い」、あるいは「社会の収入の補填が資本の補填を条件づける」という“理論”の具体的な内容として、宮川の次のような理屈を辛うじて見つけることができた。これは極めて特徴的な主張であろう。

「賃金収入は、資本の直接に内的に分割される構成部分である可変資本では、むろんない。すなわち、生産的消費を自己目的とする自己増殖主体たる『資本』運動G―W…P…W'―G'としてでなく、それからは元来切り離されるべき、相対的に独立した対立規定である労働力商品の循環として、つまり、生活手段の個人的消費を目的とした『単純な流通』運動(A)―G―Wとして、規定される。
 そうして、社会的再生産過程においては、その収入が、直接にはまず、それが支出対象となる消費手段生産部門を条件づけ、そして部門間取引を介して、結局生産手段生産部門を条件づけ、こうして社会的総資本の循環=再生産を制約するということが示される。ここに『資本』運動の『収入』運動に対する主導性、牽引性、しかしまた究極的な被制約性と、他方、『収入』運動の『資本』運動にたいする受動性、依存性、しかしまた、相対的に独立な独自の立場からの資本制約性というそれぞれの地位が確定される。これによって、近代的賃金労働者の労働力商品循環=賃金収入運動は、そのものとしてはじめて社会的総資本の再生産過程での合理的な位置付けをえ、組み込まれうることになった」(『再生産論の基礎構造』三一九〜二〇頁)。

 資本の支配のもとで、“労働力商品”の「運動」が、つまり賃金労働者としての労働者の存在や働きが「合理的な位置付けをあたえられ、組み込まれる」とは一体どういう意味であろうか。こんな文章を見るだけで、宮川らのブルジョア根性を労働者は確認することができる。労働者の地位は、資本のもとで、どんな「合理的な」位置付けも与えられないのであって、だからこそ、労働者は賃金労働者としての地位を脱ぎ捨てる以外に、究極的に解放されることは決してないのである。

 宮川は、資本から独立した労働者の「収入の運動」といったものを想定し、これと資本の運動との「絡み合い」といったことを重視するが、しかし労働者の地位そのものが、またその「収入」そのものが資本の支配と搾取によって規定されているというのに、一体どんなその「独立した」運動があるというのであろうか。そして、労働者の「収入」運動が、究極的に「資本」の運動を制約し、規定するというに及んでは、全くのばか話としか言いようがないのである。これはまさに、あの“共産党的”たわ言の一つであろう、つまり労働者の賃金闘争によって、需要拡大をもたらす闘いによって、恐慌もない、矛盾もない資本主義が実現されるというあの“経済主義的”日和見主義的たわ言の、理論的反映であろう。

 労働者の立場から出発するなら、その「賃金運動」は“独自の”過程をたどるように見える。つまり、労働者は自らの労働力を資本家に売って、賃金を、つまり収入を獲得するのであり、それを消費することでまた労働力を再生産し、かくしてそれを繰り返すのである。労働者は労働者として永遠であり、永遠に資本のもとでこうした“循環運動”を繰り返すのである。宮川等が「独自の運動」というところの、「(A)―G―W」である。

 しかし宮川等は、こうした「運動」がまさに資本によって規定され、その労働の搾取の一環、一契機としてのみ存在しえるものであること、したがって「労働力商品の独自の運動」といったものは一つの幻想に過ぎないことを知らないのである(宮川等は、マルクスが「貨幣資本の循環」において、このことをしっかり明らかにし、説明していることを知るべきであろう。そこではマルクスは宮川等と全く違った観点から――つまり擁護論的観点からではなく、徹底した批判的観点から――、貨幣資本と“労働力商品”との「絡み合い」を明らかにしている)。彼らが「労働力商品の運動」といったものにこだわるのは、資本のもとにおける労働者の地位に過大な幻想を抱き、それを賛嘆しているからである。こうした連中は基本的にみな「ブルジョア」であって、だからこそ彼らはマルクス主義を決して理解しないのであり、できないのである。そればかりか、マルクス主義を批判し、攻撃して――客観的にはそれ以外ではない――止まないのである。

 宮川が、マルクスの「A・スミス的理論」として非難するのは、第二稿にある、以下のような文章である。

「可変資本価値が労働力価値にひとしく直接に生活手段の形態で前貸しされるという前提のもとでは、可変資本は、…資本家が…生活手段で生きている労働力を買い入れたあとには、たんに労働者の収入としてあらわれる」。

 しかし、こうしたマルクスの文章はそっくり、第八稿においても存在しているのである。この問題については、後に語ろう。

◆再生産論は「貨幣還流」の理論とも主張

 他方、伊藤の方の特徴的な理屈は次のようなものである。

「商品資本の循環形態を基準とする再生産分析は、社会的総生産物が流通に投じられる一般的流通を諸資本の循環の絡み合い、諸資本の循環と収入の流通の絡み合いとして分析するものであり、この絡み合いを通じて商品資本のその生産諸要素、再生産の再開可能な生産資本への再転化を分析するものであり、したがって生産過程で消費された不変資本の現物形態での補填、及び可変資本部分の貨幣形態への転化を分析するものであって、そのための諸条件を分析するものである」(『マルクス再生産論研究――均衡論批判』一四三頁)。
「単純再生産において明らかにされるべきことは、商品資本の生産資本への転化すなわち資本の現物補填と、可変資本の貨幣形態への転化・貨幣還流の問題である。この転換において、商品資本の不変資本価値はW―G―Wの転換をとげ、可変資本の価値はW―Gという転換をおこなわなければならない」(同二一四頁)。

 こうした理屈もまた驚くべきものであり、伊藤等が“経済学”の根底を理解していないことを暴露している。

 まず、「社会的総生産物が流通に投じられる一般的流通」といった観念は我々の理解を超越している。ここで言われる「一般的流通」とは何のことであろうか。社会的総生産物の流通とは別個に存在する「一般的流通」といったものを、我々は決して想定することはできないであろう。それは宙に浮いた、全くの観念的な産物でしかない。そしてまた、この「一般的流通」と、諸(個別)資本との「絡み合い」として分析するとは一体どういうことであろうか。そんなことができるはずもないのである、というのは、個別諸資本は無数にあるのであって、「社会的総生産物」の流通を、個別諸資本の「絡み合い」として、どんな形で、いかにして「分析」できるというのか。伊藤等が空虚な言葉をもてあそんでいるだけだ、ということは全く明らかである。

 そして最後に来るのが、問題は「生産過程で消費された不変資本の現物形態での補填、及び可変資本部分の貨幣形態への転化」だと言うのだから、余りにばからしくて、我々にはもはや言うべき言葉さえないほどである。不変資本の補填が問題になるにしても、どうして「生産過程で消費された」などということが、ここで持ち出されるのか。そして、可変資本(この場合は、生産物形態における可変資本、つまり生活手段である)の補填が、なぜ労働力による補填でなく、貨幣資本による補填なのか。貨幣資本などが可変資本として補填されたところで、どうして生産資本として機能することができるのか。伊藤は、資本の生産過程に労働力が包摂され、その労働力が搾取されることがなくても、資本は資本として現実的だとでも考えているのだろうか。貨幣資本としての可変資本でもって、どんな生産過程が可能なのか、伊藤は「生産資本」の概念さえ知らないとしか思われない。学者(とりわけ、ブルジョア的、プチブル的な)というのは、一般にかくも無知で、愚かな人種なのである。

◆マルクスの第八稿の文章

 我々は、この“複雑な”問題に接近するために、『資本論』の文章に頼ることにしよう。以下の引用は、伊藤等が、マルクスの“正しい”立場を代表するという第八稿からエンゲルスが取ってきたものであるから、それを取り上げることについて、伊藤等に異存はあるまい。さて、マルクスは今議論になっている問題について、次のように論じている。

「可変資本は、資本家の手中では資本として機能し、賃金労働者の手中では、収入として機能する。
 可変資本は、最初まず貨幣資本として資本家の手中に存在する。それが貨幣資本として機能するのは、資本家が、それをもって労働力を買うことによってである。それが資本家の手中に貨幣形態で留まるかぎり、それは、貨幣形態で存在する一定の価値以外の何ものでもなく、したがって、一つの不変資本であって、可変量ではない。それはただ潜勢的にのみ――まさにその労働力への転化能力によってのみ、可変資本である。それが初めて現実の可変資本となるのは、その貨幣形態を脱してからであり、それが労働力に換えられて、この労働力が資本主義的過程で、生産資本の構成部分として機能するに至ってからのことである。
 初めに資本家のために可変資本の貨幣形態として機能した貨幣は、いまや労働者の手中では、彼が生活手段に転化する彼の労働賃金の貨幣形態として、すなわち、彼がその労働力のたえず繰り返される販売によって得る収入の貨幣形態として機能する。
 われわれは、買い手の貨幣が、ここでは資本家のそれが、彼の手から売り手の手に、ここでは労働力の売り手である労働者の手に、移る、という簡単な事実を、ここに見るにすぎない。可変資本が、資本家にとって資本として、労働者にとっては収入として、二重に機能するのではなく、同じ貨幣が、初めに資本家の手中では、彼の可変資本の貨幣形態として、したがって潜勢的可変資本として存在し、資本家がそれを労働力に転化するや否や、労働者の手中で、売られた労働力のたいする等価として役立つのである。しかし、同じ貨幣が、売り手の手中では、買い手の手中にあるとは異なる用途に役立つということは、すべての商品売買に具わる現象である」(『資本論』第二巻第二〇章、岩波文庫五分冊一四五〜六頁)。

 これはマルクスの第八稿からの文章であるから、伊藤等も、ここに書いてあることを「間違っている」と言って否定できないはずである、しかしマルクスはここでも明白に、「可変資本は、資本家の手中では資本としての機能し、賃金労働者の手中では、収入として機能する」と、伊藤等にとって極めて都合の悪い文章を書いている。彼らは、こうした観念はアダム・スミスの観念であって、マルクスは第一、二稿ではまだ保持していたが、第八稿では破棄し、古い立場を自己批判したと強調してきたのである。

 伊藤等は、このマルクスの文章は、マルクスの観念ではなく、マルクスが否定しようというアダム・スミスの観念をここで繰り返しているにすぎない、問題として設定しているにすぎない、と言うしかないのである。

 しかしはたしてそうであろうか。貨幣としての貨幣資本が、「資本家の手中では資本としての機能し、賃金労働者の手中では、収入として機能する」ということは極めて単純な事実であって(マルクスも「簡単な事実を、ここに見るにすぎない」と言っている)、これは別にアダム・スミスの幻想等々にかかわりのないことである。問題は、伊藤等が、貨幣形態としての可変資本を見ることができず、貨幣としての可変資本も、資本としての可変資本も全く区別ができない、というところにあるにすぎない。

 確かに資本としての可変資本そのものは、いかなる場合においても資本家のもとに留まるのであって、それが労働者の手元に移って行くことは決してない。そんなことをマルクスが知らなかった(一八六〇年代においては)などと言うのは、むしろ伊藤等がマルクスとその理論的立場について、何ごとも理解していないことを教えるにすぎない。

 可変資本が資本として、資本家の手元に留まるというのは、こういうことである。社会的総資本の再生産と循環、つまり社会的総生産物の転換、補填という観点からすれば、可変資本はまず生活手段(あるいは生産手段)として資本家の手元にあり、それは労働力に置き変わるのであるが、それは可変資本が労働者の手元に移ったということを少しも意味しない。移ったのは、貨幣形態としての可変資本であって、それは労働力と交換されたのであり、だからこそ当然に労働者の方にわたり、収入を形成することになったのである。それは収入として、生活手段の「買い戻し」のために支出され、そのことによって労働力の再生産を可能にするのである。可変資本であった貨幣は、労働者の収入源泉に転化したのだが、それは資本家のものであった可変資本そのものが労働者のものに転換した、ということとは全く別である。商品資本としては、生活手段として存在した可変資本は、労働力に転化したにすぎず、単に形態変化しただけであり、依然として資本家の手中で可変資本(その一形態)として存在し続けていることには変わりないのである。

 しかし、こうした形態変化によって初めて、可変資本を生産資本として機能せしめることが可能になり、ここに剰余価値の生産が実現するのである。実にこの可変資本の形態転化を社会的過程として明らかにすることこそ、“再生産論”の基本的な意義であり、内容なのだが、この肝心要のことが、伊藤、宮川等の俗学者には全く理解できないのである。彼らが、何かとんでもない“誤解”から出発しているとしか考えられないのである。

 マルクス自身、はっきりと「初めに資本家のために可変資本の貨幣形態として機能した貨幣は、いまや労働者の手中では、彼が生活手段に転化する彼の労働賃金の貨幣形態として、すなわち、彼がその労働力のたえず繰り返される販売によって得る収入の貨幣形態として機能する」と書いて、資本家の手元で資本として機能し、労働者の手に移って「収入」として機能するのは、可変資本そのものではなく、「貨幣形態」におけるそれにすぎない、ということを明らかにしているのである。しかし、これはある意味で(過程を「媒介する」貨幣形態として見れば)、資本家の手元で資本として機能した可変資本が、労働者の手元では収入として機能するということでもある。

 だからマルクスは、この引用の直前でも、こうした観念は「部分的には正しいが、一般的に提起されるなら、全く間違ったものになる(年々再生産にともなって行われる全取引過程の完全な誤解を含み、したがって、部分的には、正しいことの事実的基礎に関する誤解を含む)」とも言って注意をうながしているのである。

 「部分的に正しい」とは、つまり、可変資本を貨幣形態において見るなら正しいということであるが、しかし文字通り「資本が収入に転化する、還元される」などと信じるなら、それは確かにアダム・スミス的な間違いだ、というのである。

 伊藤等が、マルクスの「間違い」などと叫び立てているのは、要するに、マルクスが「資本」としての可変資本と、「貨幣形態」としての可変資本を区別して論じていることを、彼らが少しも理解しようとしないところに、理解できないところに、根本的問題があるのである。マルクスがおかしいのではなく、伊藤等がばかげているのであり、我々の理解を超えた、奇妙なドグマに固執していることが問題なのである。

◆さらにマルクスの第一稿の概念

 伊藤や宮川は、マルクスが第一、二稿の段階(一八六〇年代)においては、まだアダム・スミス的な“間違った”観念――可変資本を収入と同一視するという――にあった、と非難してやまない。例えば、マルクスが「収入という言葉には、可変資本を補填するという意味が含まれている、というのは、可変資本は、それが資本家の手中にあるあいだだけ資本なのであって、それが労働者の手に移れば、収入となるのだからである」(『資本の流通過程(『資本論』第二巻第一稿)』、二二〇頁)と書いたことを、スミスと一緒の観念だと言うのである。そこで、我々はマルクスの第一稿の概念を、つまりその文章を具体的に検討してみることにしよう。我々はこれまでも引用してきた、すでに有名になった(?)二つの文章を引くとしよう。最初のものは、以下のようなものである。

「まず第一に、労働者について言えば……確かに彼らは購買〔生活手段を資本家から買うこと〕によって……資本家に、彼らの労賃が前貸しされたさいの貨幣を返すのであり、したがって彼らは、自分たちの貨幣所得の支出によって、可変資本の貨幣形態を補填する。しかし彼らは、この資本そのものを補填するのではない。彼らは、いまでは資本家A〔生活手段生産部門の資本家、『資本論』で言えば第U部門の資本家〕の手から移って最終的に彼らのものになっている一〇〇ポンド分の商品価値を消費するのである。つまり彼らが資本家に返すものは、生産物にたいする彼らの最終的な分け前として資本家が彼らに渡したものではなくて、彼らが彼らの分け前を商品市場から引き出す、そのための単なる手段として資本家が彼らに渡したもの〔つまり貨幣、“正確”に言うなら、「可変資本の貨幣形態」〕でしかない。
 だから彼らは、彼らの収入の支出によって……同時に可変資本の貨幣形態を補填するのであり、そのかぎりで、彼らによる収入の支出は同時に、彼らの貨幣所得の(すなわち、彼らの所得の貨幣形態の)貨幣資本――労賃はこのかたちで前貸しされる――への再転化として、言いかえれば、可変資本の貨幣形態の回復として現われるのである。しかしすでに述べたように、このことは形態だけにかかわることである。同一の貨幣が、交互に、労賃の貨幣形態及び可変資本の貨幣形態として存在する。現実の可変資本は消尽されてしまうのであり、それを補填するのは、資本家と労働者とのあいだのこうした交換ではなくて、それの新たな再生産なのである」(同二〇七〜八頁、〔 〕内は林)。

 ここでマルクスが述べている観念は、先に引用した、第八稿の観念と同じものであるのは自明であり、なぜ伊藤らが、両者の間に「本質的な違い」を見つけることができるのかを疑うのである。

 労働者は貨幣(資本家から「前貸しされた」賃金としての)で資本家から生活手段を買うのだが、それはすでに労働者が新たに生産した生産物の一部でしかない(もう一つの一部は、資本家の消費に帰する)。ここでは労働者の賃金は労働者の収入として現われるが、しかしそれは本質的なことでなく、ただ労働者と資本家の関係が貨幣によって媒介されることからくる「形態だけにかかわる」問題にすぎない。問題の本質は、労働者が生産した生活手段を労働者は手にするのだが、それはただ資本家に再び労働力を売ることによってである。そして資本家にとっては、この過程は、同時に、可変資本の形態転化として、つまり生活手段として存在した可変資本が、労働力に転化する過程でもある。ここの過程の本質は、資本家にとっては、生活手段として存在していた可変資本が、労働力に転化することであり、このことによって、資本家は生産過程において価値増殖する前提を整え、準備することができるのである。しかしそうした生産過程にかかわることは、ここでは問題になっていないのである。ここでの理論課題ではないからである。生活手段は労働者に消費されてしまうのであり、資本家にとっては、それは労働力に置き換えられ、労働力として補填されたのである。現実の可変資本の再生産つまり生活手段の再生産は、資本家と労働者のこうした交換とはかかわりのない問題、生産過程に属する、別個の課題なのである。

 ここでも重要な点は、貨幣形態における可変資本の「補填」(還流)と、商品資本としての可変資本つまり生活手段の補填とは、全く別個の問題だということである。資本家にとって、労働者に支払われた(マルクスは「前貸しされた」と言う)貨幣形態の可変資本は、労働者が生活手段を資本家から購買することによって「補填」される(返ってくる)が、しかしこれは、社会的生産物の相互転換と補填という問題にとっては、二義的なことなのである。ここでの問題の本質は、生活手段として存在した可変資本が、労働力という形態(これもまた「可変資本」であり、その転化形態であるが)に転換され、補填されることである。貨幣資本の「補填」(還流)ということに目を奪われるなら、こうした根本問題が見えなくなるのである(まさに伊藤等のように)。

 さて、もう一つのマルクスの文章は次のようなものである。

「他方、可変資本について言えば、それは貨幣の形態で労働者に前貸しされるのであって、労働者は、これと引き換えに彼の労働〔力〕を引き渡すが、その受け取った貨幣で、彼は自分の生活手段を買う。……それゆえ、全可変資本が実際には収入として支出されるのであって、資本家にとってはそれは労働(力)に転化するが、労働者にとっては、それは収入に転化する。
 つまり、貨幣形態によって行われる媒介を度外視すれば、可変資本は実際には、生活手段の形態で存在し、この生活手段が労働者階級の収入をなすのである。……したがってここでは、可変資本そのものは、すなわち、労賃・それゆえまた労働者にとっての収入・に転化するのではなく、資本家にとっての労働、つまり労働=必要労働+剰余労働に転化するかぎりでの可変資本は、さしあたりわれわれの考察の外に置かれるのである」(同二〇二頁)。

 マルクスがここで強調していることは、貨幣形態としての貨幣資本だけを見るなら、それは当初は資本家にとっての可変資本としてあり、ついで労働者にとっての収入に転化するのであり、同じ貨幣が一方では資本として、他方では収入として機能するが、しかし問題の本質は、資本家の手元にあった生活手段が労働者の収入に転化したということでしかないということ、そして、資本家の手元に還流した貨幣資本は「貨幣形態」において(決して、「資本」としてではなく)、媒介的な働きをしただけであって、この過程の本質には何の関係ないということ、さらには、可変資本が真の可変資本として機能する(自己増殖する価値に転化し、そうしたものとして存在する)ことは、ここでは問題になっていないこと、等々である。生活手段が労働力に「転換する」ことが問題なのであって、その労働力(可変資本)が生産過程で剰余価値を生み、「増殖」することは、また別個の理論課題なのである(ここでは、そんなことは一切問題になっていないのであるが、伊藤等は、この最低の前提さえも理解しない、あるいは無視するのである)。

 重要なことは、まず、ここここで問題になっている可変資本とは、「生活手段」=商品形態における可変資本であって、決して「貨幣資本」ではないということであり、さらに、ここで貨幣資本としての可変資本が問題になるにしても、それは貨幣形態としての側面においてにすぎないのだが、俗流学者やブルジョア的“現実”にとらわれる“実務家”らにとっては、このことが決して理解できないのである。彼らは、貨幣資本もまた、ここでは単に「貨幣形態」としてのみ問題になるということを決して承認しないのだが、それは彼らにとって、この両者の区別ほど困難なことはないからである(かつての銀行学派がそうであったように)。彼らは常に、貨幣資本が流通過程で(この場合では、資本家と労働者との「交換」において)「貨幣形態」でのみ機能している事実を見ないのであり、「資本だから資本である」というドグマにしがみつき、こうした偏狭な観念から出発して一つのドグマを“でっちあげ”、そのドグマによってマルクスであろうと『資本論』であろうと、何でも批判し、槍玉にあげ得ると思い上がるのである(いったんドグマを獲得すれば、この世界に恐れるべきものがあるだろうか、否定し、止揚できないものが何かあるであろうか)。

 彼らは、一八六〇年代には、マルクスはマルクスではなかった、つまりマルクス主義の根底を理解していなかった(ただ、最晩年の一八八〇年頃になって、マルクスはようやく真のマルクス主義者になった)とか盛んに言いはやすが、もちろん、そんなことがあるはずもないのであって、これは結局はマルクスとマルクス主義に対するいやらしい中傷に、攻撃に転化していくのであり、またすでに彼らは、揚げ足取り的なマルクス攻撃屋としての汚い本性を十分に暴露しつつある(かつて、宇野学派がそうであったように)。

 伊藤等の“理論”は、フランシス・ベーコンが、ただ「言葉」以外の何ものでもなく、実際の内容は何もない(狭い「僧房」内のたわ言だ!)と評した、あの中世の「スコラ学」の議論のようなものである。労働者は真のマルクス主義を獲得するために、こうした「スコラ学」の一切を断固として廃棄し、一掃しなくてはならないのである。こうした空虚な「スコラ学」は、現実のブルジョア社会の実践的克服を考えず、階級的革命的実践から逃走した、卑怯なえせインテリたち――彼らは“マルクス主義学者”をいまだに装っているのだが――においてのみ、必然なのである。

『海つばめ』第1011号(2006年2月26日)


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