マルクス主義同志会トップヘージE-メール

論文集目次に戻る

インフレとは何か
田口氏の問題意識に疑問――田口・林論争に寄せて
(平岡正行)


 インフレをめぐる、田口、林両氏の論争について考えてみたい。田口氏は、『海つばめ』1002号において、「インフレは金本位制のもとでも起こりうる」とし、林氏もそれを肯定しているかのように述べている。そして、マルクスもまたこうした主張をしているかに述べている。はたしてこれは正しいであろうか。これが私の疑問の出発点であった。以下、論争をもとにインフレについて考えてみたい。

◆田口氏の議論の出発点

 田口氏は次のように言う。

「林氏は、インフレは金本位制が廃止されている時代に特有なものであるという。もちろんそのように言うことはできるだろう。流通手段が自立化し、貨幣との関連を断ち切られているような時代にあっては流通手段の“減価”は容易となるからである。しかし、林氏もことわっているように、インフレは金本位制のもとでも起こりうる。事実、マルクスはインフレという言葉を使用してはいないにしても、アメリカの南北戦争時代のグリーン・バックスの発行によるインフレ現象について述べている。また一九二〇年代のドイツの有名なインフレもそうであった。もともと私の問題意識は『インフレとはなにか』について原理的に明らかにするということにあった。副題に『マルクスから学ぶ』としたのはこうした意図を含んだものであった」(『海つばめ』1002号)

 この一文に田口氏のインフレ問題を論じる出発点があるように思われるし、同時に、ここに誤りがあるのではないか、というのが私の意見である。

 田口氏は、「インフレは金本位制が廃止されている時代に特有なもの」ということについて、「もちろんそのように言うことはできるだろう」と肯定するかのように述べているが、しかし、実際にはそれに反対している。というのは、そのすぐ後に展開されている文章を見れば明らかである。

 つまり、「インフレとはなにか」という原理的なものを明らかにするには、インフレは金本位制が廃止されている時代に特有なものではなく、「金本位制のもとでも起こりうる」ものなのだから、むしろそこでの関係を明らかにしなければ、「原理的に明らかに」したことにはならない、というのが田口氏の問題意識であるように思われる。

 しかし、金本位制のもとでのインフレを検討することが、インフレについて原理的に明らかにするものなのであろうか。それに、そもそも金本位制のもとでインフレは起こりうるのだろうか。もし、起こらないとすれば、田口氏の検討は的外れの検討ということになる。私は、田口氏がインフレの原理的なものをこうした検討の仕方に求めたから、インフレは貨幣の価値尺度機能の問題だという“迷路”に迷い込んだのではないかと考える。

 事実、田口氏は先の引用に続いて次のように述べている。

 「金本位制のもとでのインフレ現象とは、流通手段の代表する金量の減少による価格の騰貴である。……インフレとはなにかを明らかにするためには、貨幣の価値尺度機能、価格の度量標準とはなにかについて述べなくてはならない。こうしたことが明らかになってはじめてインフレとはなにかについて明らかにすることができる」

 つまり、金本位制のもとでのインフレの関係を明らかにすることが、インフレとはなにかについて原理的に明らかにすることになり、その結果から、インフレとは貨幣の価値尺度機能、価格の度量標準の問題だというのである。

◆金本位制のもとでのインフレ?

 では、金本位制のもとでのインフレという問題について考えてみよう。

 田口氏は、林氏もまた、インフレは金本位制のもとでも起こりうると言っているかに述べているが、林氏の「海つばめ」1001号の主張は次のようなものである。「(インフレは)金本位制の廃絶を必ずしも必要としないが――というのは、金本位制が一時的に停止されていた時代にもあり得たから――、しかし現代のように金本位制が廃絶されている時代に特有なものであり、現代の『管理通貨制度』のもとにおいて一般的に発展するのである」

 つまり、林氏が「金本位制の廃絶は必ずしも必要としない」としているのは、金本位制が廃絶されないまでも、その機能が一時的に停止された時代にはインフレがあり得たということであり、金本位制が機能しているもとでインフレが起こるといったこととは別のことを述べていると、私には思われる。金本位制が機能した状況のもとでもインフレは起こるという田口氏の強い観念が、林氏の見解をゆがめてしまっているのではないか。

 そしてまた田口氏は、金本位制のもとでもインフレが起こることの証明として二つの歴史的事例を示している。しかし、この二つの例も、金本位制が機能しているとは言えない、つまり金本位制ではない状況のもとでのインフレなのである。

 最初は、田口氏が、マルクスもまた金本位制のもとでのインフレを認めていたかに述べ、引き合いに出している「アメリカの南北戦争時代のグリーン・バックスの発行によるインフレ現象」である。

 グリーンバックスとは南北戦争中の一八六二年二月制定の法貨法にもとづいて発行された裏面が緑色の合衆国紙幣のことで、戦費調達のためのものであった。この紙幣は、三次にわたる法貨法のもとで最大発行額四億五千万ドルに達し、インフレの原因となったのである。

 しかしこれが金本位制のもとでの事かというと、事情は異なる。

 米国の中央銀行としては、一七九一年の第一次と、一八一六年の第二次合衆国銀行が存在したが、一八三六年に消滅してしまい、一九一三年に連邦準備制度ができるまで不在であった。したがって、連邦政府はこの不在の間、紙幣を発行せず、グリーンバックスはあくまで例外であった。一般に流通していたのは州が認可した州法銀行券で、一八六三年の全国銀行法の成立以降は、国法銀行(五万ドル以上の資本を持つ銀行が認められた)の発行する国法銀行券(全国どこでも通用する統一的な紙幣)に代わっていった。

 グリーンバックス紙幣が発行されたのはこうした時代のことであり、「第3次法貨法の規定によりその国債への転換が拒否され、グリーンバックス紙幣は不換紙幣化したが、正貨兌換再開=通貨の収縮を支持する東部の銀行家・商人・綿工業者などと、通貨の膨張を要求するペンシルヴェニアの鉄鋼業者を中心とする下から展開しつつあった産業資本家や西部・南部の農民とのあいだの激しい抗争をへて、一八七五年に制定された正貨兌換再開法によって一八七九年一月一日より金との一対一での兌換が実現するという大変特異な収束の経過をたどることとなった」(大月『経済学辞典』)といわれるように、不換紙幣化していたからこそインフレを招いたのであり、金本位制のもとでのインフレとは言えないのである。ちなみに、一八七九年からの金との兌換によって米国は実質的な金本位制に入ったと言われ、正式に金本位制を採用するのは一九〇〇年になってからのことである。

 次に、第二の例である「一九二〇年代のドイツの有名なインフレ」について見てみよう。

 ドイツは一八七一年に成立し、二年後の一八七三年七月九日に金本位制採用を公布している。しかしここでもまた戦費調達のために、一九一四年八月四日、戦時金融立法によって銀行券の兌換義務はなくなり、金本位制から一時離れることになったのである。

 「『ライヒス・バンク(ドイツの中央銀行―平岡)は、もし三ヵ月より遅くない満期であるとするならば、国庫証券を割り引く権限を与えられ、そしてこれらの国庫証券を同行の法定準備の一部として使用することを公認された。これらの証書は、国庫のサインだけをもつものであったが、こうした同行の準備金に関して商業手形と同等にされた。この条項は、戦時中のライヒス・バンクの割引政策における基礎的な変化を特徴づけている。そして、発券に対するその効果は、強調しすぎることはありえない。』『銀行法の新しい改正は、国庫以外の他の保証人の追加的な裏書を廃止した。だからライヒスは、自己宛を意味するところの国庫宛に証書を振り出すことができ、ついでこの証券を同行で割り引くことができた。』ここにみるように、ライヒス・バンクの割引する銀行適格手形が、国庫手形からさらに短期の国庫証券(単名手形)に拡大されて、それが発券準備金に組み入れられたことは(金兌換停止)、中央銀行の発券・短期信用原則にたいする根本的な変化を示す」(生川栄治『ドイツ金融史論』・有斐閣)といった状況のもとで、大量の不換銀行券が発行され、インフレを引き起こしたのであって、これもまた、金本位制のもとでのインフレとは言えないのである。

 そもそも、金という価値を持った貨幣だけが流通する社会においては、流通必要金量を超えて貨幣が流通するわけではない。それは田口氏も認めるところである。それがなぜ、金本位制のもと、つまり金との兌換を義務づけられた紙幣や銀行券が流通するとインフレになると言えるのか。金との兌換という制限によって、それらが必要流通金量を超えようとしても制約を受けることになるのではないのか。もし、金本位制のもとでも恣意的に紙幣量をコントロールできるというのなら、いくらでもその量を自由に操って経済をうまく運営できるとする貨幣数量説論者の立場に限りなく近づくことになるのではないか。これが田口氏の見解に対する私の疑問である。

◆田口氏の見解の誤り

 京都で、インフレについての田口・林論争を検討したときに、田口氏の見解は正しくないが、林氏の批判(「海つばめ」1001号)も「貨幣が実際上存在しない社会において、貨幣の価値尺度機能や『価格の度量標準』機能を問題とすること自体、奇妙に見える」と言うのは言い過ぎだ、貨幣の価値尺度機能や価格の度量標準機能は現代ではないと言えるのか、といった意見が出され、議論となった。他の会員からも同様の質問も出ているようなので、これについての私の考えを述べながら、さらに田口氏の見解を検討していこう。

 「貨幣の価値尺度機能」という場合の「貨幣」は労働生産物たる商品である。そうであるからこそ、他の諸商品に等置されることができ、価値尺度として機能するのである。逆にいえば、価値尺度機能はある商品(例えば「金」)を貨幣たらしめる機能であって、諸商品の価値表現に材料を提供する機能である。

 一方、商品の価値を貨幣として機能している商品であらわしたものが価格であるが、価値尺度たる商品が金であるとすると、諸商品の価値の大きさは金の分量で表現されることになり、種々の分量を比較するためには一定の度量単位を、例えば「純金の量目二分(七百五十ミリグラム)をもって価格の単位と為しこれを円と称す」という具合に定め、この純金七百五十ミリグラムという度量単位を十進一位を持って分割・統合した度量標準が定められた。つまり「価格の度量標準」機能とは、金属貨幣で測られた同じ名称の大きさとして諸商品が互いに関係しあうことである。

 今日においては、金貨幣はおろか兌換銀行券すら実際には問題にならないような(つまり機能していない)時代である。しかし私は、「貨幣の価値尺度機能」や「価格の度量標準」機能そのものがなくなったとは考えてはいない。商品の価値の大きさは社会的必要労働時間によって決まるが、商品は他の商品との交換によってしかその価値を表現することはできず、したがって、商品社会においては諸商品の価値を表現するために、ある商品を貨幣というものにして価値尺度機能を果たすしかないからである。

 ただし、価格の度量標準について言えば、紙幣化した不換銀行券が流通している現在においては、円が金何グラムを表しているかは固定的ではない。この限りでは価格の度量標準そのものがなくなったかである。しかし、諸商品が金貨幣で測られた同じ名称の大きさとして互いに関係しあうという、その機能については依然として維持されていると考える。

 しかしながら、「貨幣の価値尺度機能」や「価格の度量標準」機能そのものはなくなっていないとはいっても、金貨幣が現実に流通しているわけではなく、紙幣化した不換銀行券だけが流通している時代であり、「貨幣の価値尺度機能」や「価格の度量標準」機能も現実の経済過程の問題というよりも、その機能を前提として成り立っている社会における概念の問題といえるのではないだろうか。

 したがってこの抽象的な概念をもとに、インフレといった現代社会における現実的な問題を解明しようとしても問題の所在が明らかにならず、余計に混乱することになっているのではないだろうか。

 マルクスは紙幣流通の法則について、その流通量が流通必要金量以内であれば一般的な貨幣流通の法則と同じであるが、紙幣は金貨幣のような制限を持たずに、流通必要金量以上に流通に投げ込まれるから、そこでは紙幣流通の特殊な法則があらわれ物価が騰貴することについて述べている。これがインフレの概念を示していることは田口氏も言うとおりであるが、しかし、マルクスの時代には、まだ金本位制が基本的には貫かれており、こうした特殊法則は一時的にその制約を停止したときの問題でしかなかった。ところが今や、金本位制からははるかに離れ、紙幣化する不換銀行券が流通するという、まさにマルクスが紙幣流通の特殊法則について述べたような状況が常態化しているのである。とするなら、インフレはこうした「特殊法則」が常態化している状況の問題として解明されなければならないのではないのか。

 私はインフレ問題を検討する中で、田口氏の見解に近い見解に出くわした。それは、「新しいインフレーションが古典的インフレーションにどれほど似ていないものであろうとも、それが物価の名目的騰貴の一種であるかぎり、その本質は、つねに、貨幣の価格標準の視角から解明されなければならないであろう」という岡橋保(『現代インフレーション論批判』日本評論社)の見解である。

 岡橋は「インフレーションの本質は価格標準の切り下げにもとづく物価の名目的騰貴」という立場をとるのであるが、これを強調するあまり、次のような誤った方向に進んでいる。

 彼は「インフレーションの現象形態は、金貨流通のばあいと、紙幣の専一的流通、あるいはこんにちのように兌換の停止された銀行券の専一的流通のもとにおけるばあいとでは、いちじるしく相違している」と一見その違いを強調しているように思えるのであるが、しかし、それは現象形態が相違しているということを述べているのであって、本質においてはなんら変わらないという立場をとっている。つまり、「商品の展開された一般的価値形態=貨幣形態が確立しておりさえすれば、単純商品流通の段階であれ、自由資本主義あるいは国家独占資本主義の段階であれ、価格標準の切り下げによる物価の名目的騰貴はかならずおこる」「インフレーションの本質であるところの価格標準の切り下げにもとづく物価の名目的騰貴そのことには、なんらのかわりもないからである」(前掲書、50〜51頁)というのである。

 金本位制の時代も紙幣の時代も、そして不換銀行券の場合も、すべて、インフレの本質は価格標準の切り下げによる物価上昇だから同じであり、それぞれその現象形態が違うだけだというのである。はたして田口氏の見解はこうした岡橋の見解に迷い込みはしないであろうか(田口氏が金本位制のもとでのインフレにその原理をもとめたことは偶然であったのか)。

 岡橋の場合は「紙幣の過剰発行にもとづく価格標準の事実上の切り下げからおこる物価の名目的騰貴を、特に紙幣インフレーションあるいはインフレーションと呼んで、次に述べる価格標準の法律的切り下げによる物価の名目的騰貴を、平価の切り下げと名づけ、紙幣インフレーションと平価の切り下げとを区別し、両者のあいだになんらか本質的な区別でもあるかのように強調する論者もあるが、それはまちがっている」(同50頁)とさえ言い切るのである。

 田口氏はインフレの場合は「事実上の」という言葉をつけて、同じ価格の度量標準の切り下げによる物価上昇であっても、インフレと法的な切り下げとを区別していると林氏に反論したのであるが、インフレの本質を「価格の度量標準の切り下げによる物価上昇」とすれば、岡橋の方がある意味徹底しているのである。そしてわれわれは、岡橋のような誤った見解に迷い込まないためにも、インフレの本質をこうした点に求めることはまちがっていると考えるのである。

 岡橋は、「(われわれは)口では価格標準視角を云々しながらも、結果的には、これを放棄してしまった人たちを問題にする。これらの人たちは、インフレーション騰貴の名目性を価格標準の切り下げ、あるいはそれと同じ事態のなかに求めながらも、インフレーションと為替相場や金の市場価格との関係の一面だけしか見ようとしなかったり、あるいはそれを無視ないしは否定する。このような理論的偏向は、兌換停止下の銀行券を不換紙幣と同一視するその本質観のうちに、すでに、予見されたのであるが、さらに、兌換停止下の銀行券流通における貨幣流通の諸法則の支配を拒否することによって決定的なものとなった。こうして、こんにちの多彩なインフレーション論の氾濫が生じたのであるが、この理論的偏向は、じつは、価格標準の事実上の切り下げと法律上の切り下げ(平価切下げ)との区別のなかに起因している。しかもそれは、ヨリ根本的には、マルクスや、ことに、エンゲルスの銀貨幣の事例における誤りに発しているようにみえる」とさえ断言している。

 田口氏はこうした岡崎の見解にどう反論するのであろうか。

 (二〇〇六・一・九)

『海つばめ』第1008号(2006年1月15日)


ページTOP