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物価上昇の兆しは明白
奇妙な批判に反論する――対前年比の概念の意味するもの


 『海つばめ』一〇一二号の一面論文で、一月の消費者物価(「生鮮品を除く総合」の消費者物価指数)の上昇率が〇・五%に跳ねあがったが、これは年率になおすと六%にもなり、労働者に生活に深刻な影響をおよぼしかねないこと、しかしブルジョア勢力はむしろこうした物価上昇を喜び迎えており、許すことはできないと主張したことにたいして、物価上昇は実際には生じていない、言われている上昇率は対前年比のものであって、実際の物価は上昇していない、という“お叱り”をうけている。執筆者は「マスコミに踊らされている」という厳しい非難もあった。しかし我々は、一月の対前年の物価上昇率が〇・五%に急上昇した意味は重大であって、物価上昇は実際に生じていない、「マスコミに踊らされている」等々の評価は正しくないと考える。

◆実質的な物価上昇は明白

 一つお断りをしておかなくてはならないことは、『海つばめ』一〇一二号で、二月の物価上昇と書いたのは誤りであって、実際には一月であり、ここにお詫びし訂正させていただく。

 さて、批判者の諸君は、一月の物価上昇といっても、それは対前年比のものであって、実際の物価は必ずしも上昇していないと主張するのである。つまり、対前年比でなく、対前月比の数字をみれば、昨年の十月以降の数字は、△〇・一、▲〇・二、△〇・一、▲〇・四と、むしろ低落ぎみである、というのである(△は増、▲は減、%は省略)。

 他方、我々が取り上げた対前年比の数字は、同じ四ヵ月の間に、〇、△〇・一、△〇・一、そして一月には△〇・五に急上昇したのである。参考までに言えば、それ以前の八ヵ月の対前年比の数字は、すべて▲〇・四と〇の間にあり、時がさかのぼるほど、▲の数字が大きくなる、つまり物価低落傾向が徐々に緩和されてきたことを教えている(表1参照)。

 対前月比の方は、同じ時期に、〇と〇・二の間を「行ったり来たり」という感じで変動しており、特に目立った特徴的変化を示していない、つまり「横ばい」といった状態であろうか。

 さて、こうした数字をいかに読み取り、理解すべきであろうか、それが問題である。

 我々はそのために一つの例を考えることにしよう。

 消費者物価指数を、卵一パックで代表させ、その卵の価格が、二〇〇円で推移してきたが、昨年の一二月には二〇一円に上昇し(つまり〇・五%の上昇)、さらに今年の一月に二〇〇円に下落した、としよう(対前月比〇・五%の下落で、これだけだと、一見して一一月以前の水準に戻ったように見えるだけである)。

 しかし対前年比で見ると、一二月は物価上昇がなく、他方一月は〇・五%の物価上昇として現われ得るのである、というのは、例年の(あるいは、一昨年から昨年にかけての)卵の物価変動は、一二月に二〇一円となり、一月には反動もあって、一九九円に下落するからである(〇・五%の物価上昇として現われる得るというのは、昨年の一月の卵の値段は一九九円であったのだが、今年は二〇〇円になったからである。表二を参照)。

 卵のこうした物価変動は十分にあり得ることであって――卵は一二月には、クリスマスや正月があるために値上がりし、一月には低落する傾向があるのはよく知られている――、だからこそ、対前月比だけでなく、むしろ対前年比の物価の方が重視されるのであり、またされてきたのである。それはマスコミのごまかし、といったこととはかなり違ったことであろう。

 対前年比の物価が一月に一挙に〇・五%跳ね上がったというのは、こういう意味である。つまり、対前月比で見れば、物価は下落しているが、しかし実際にはそれは〇・五%の上昇なのであり、この意味は決して軽視してはならない、ということである。我々が労働者に重大な警告を発したゆえんである。

 物価上昇のすう勢が明瞭に現われないのは、〇・五%という、まだ低い数字だからであり、だからこそ、我々は年率(六%)にそれをなおして、断固たる警告を発したのである。もちろん、こうした物価上昇が継続するかどうかはまだはっきりは言えないものの、八年ぶりに、大幅な物価上昇の傾向が現われたこと――まだ、現われただけの段階だが――を重視したのである。それまでは対前年比〇・五%等々の下落傾向が続いており、昨年の初めにはまだ〇・四%の低落という数字だったのである。

 対前月比では物価上昇の傾向が見えないのは、上昇のすう勢が始まったばかりで、まだ対前年比〇・五%という小さい数字(我々の卵の例では、たったの一円)にとどまっているからである。

 〇・五%ではなく、五%(つまり、一〇円の値上がり)という数字をもってくるなら、変化はより明白に現われるだろう。卵の一月の物価は、二〇〇円ではなく、二〇九円となり、対前月比でも大幅に上昇する。ここでは、すでに対前年比と、対前月比のすれ違い、アンバランスといったことはなくなっている。

 マスコミは、物価が対前年比〇・五%上昇し、騰貴傾向に転じたことについて、次のように報道していた。

「総務省が〔三月〕三日発表した一月の消費者物価指数(生鮮食料品を除く)は前年同月比〇・五%上昇し、消費税引き上げの影響があった九八年三月の一・八%以来、七年八ヵ月ぶりの高い伸びになった」
「一月の消費者物価指数は、灯油やガソリンなど石油関連製品の上昇幅が大きかった。食料とエネルギーを除いた指数の前年同月比上昇率は〇・一%で一二月と同水準だった」(朝日新聞三月三日)
「一月の消費者物価指数は、原油高の影響で灯油(三一・三%上昇)、レギュラーガソリン(九・四%上昇)など石油関連製品が高い伸びを示した。ただ今回は石油関連製品だけでなく、ハンドバックなど身の回り品(三・〇%)、衣料(一・三%)、電気代(一・二%)など、様々な商品・サービスに上昇傾向が広がった。
 特に固定電話料金は一年前に実施された値下げの影響で前月はマイナス五・一%だったが、一月は〇・〇%になるなど、これまでの物価下落要因が解消されつつある」(毎日新聞三月四日)

 さて、その後に発表された二月の物価上昇のすう勢を見ると、対前年同月比で一月と同様の〇・五%の上昇となっており、一月の物価上昇は反転しないで“定着”し、固定しつつあることを教えている(我々の卵の例でいえば、その値段が二〇〇円から二〇一円に上昇し、例年と同じ水準にとどまらなかったということ)。

 昨年二月のこの数字が▲〇・四であったこととも考慮に入れると、物価上昇の傾向はいっそう顕著であり(つまりこの間――二年間――に一%ほどの物価上昇があったということだ)、「マスコミに踊らされている」といった安易な問題ではない、ということが了解されるであろう。

 一体、「マスコミに踊らされている」とはどういうことか、ブルジョア・マスコミがことさら物価上昇を言いはやして騒いでいるが、労働者は“冷静に”ふるまうべきだ、そんなことは大した問題ではない、とでも言えというのであろうか。しかし物価上昇の明瞭な兆しが現われているときに、その意味を明らかにし、労働者階級に警告を発することは重要なことであり、意義のあることである。それは労働者組織の任務でさえある。「マスコミに踊らされている」といった批判は、あまりに奇妙なものであろう。

◆動き始めた「カネのダブつく」経済

 日銀が二〇〇一年の三月以来継続してきた――拡大してきた――、「金融の量的緩和」の政策の解除を決めたのも、消費者物価上昇(対前年比)が昨年の暮れからプラスに転じ、今年に入ってそのピッチを速め始めたことが重要な一つの契機になっている。

 実際、政府と日銀は、この数年間、“金融政策”として、金利による“調整”ではなく、直接的な“通貨量”による統制・管理に足を踏み入れたのである。

 こうしたことは、「通貨を管理する」現代資本主義にとっても、“異常な”やり方であった、つまりこれまで大っぴらには行われて来なかったことであった。戦前、戦中には、国債の日銀引き受けという「通貨供給」の方法もあったが、しかし戦後はそれはご法度とされたのであった。

 しかし金融の量的緩和の政策とは、「金利政策による誘導」はもちろん国債の日銀引き受けにも増して、露骨な「通貨管理」政策であり、まさに現代資本主義の反動的で、頽廃した本性(無責任体制)を暴露するものであった。

 要するに、それは「通貨」を流通に恣意的に、大量に投げ込むことによって、物価上昇を図るものであり、それを通じていわば“人為的に”金融危機や不況や事業の停滞を一掃しようというものであった。

 こうした政策は、ブルジョア国家がすでに、借金をやみくもに(全く無責任に、後先も考えずに)増大させ、財政的手段によって経済の繁栄や発展を演出するやり方が不可能になった結果でもあり――というのは、国は借金のために、事実上、破産状態に陥ってしまったから――、国と政府にとって極めて“安上がりに”カネを経済と流通に投げ込む方法として、新しく採用されたのであった。

 しかし、小泉内閣のこうした露骨で安易な政策にもかかわらず、この数年間、物価はなおも低落し続け、“景気回復”も必ずしもはかばかしいものではなかった。

 実際、二〇〇三年頃からは物価も低落傾向に“歯止め”がかかったが、しかし、それはただ前年比の物価低落の数字が小さくなるという程度のものであって、物価上昇というにはほど遠いものであった。

 だが、昨年の一〇月に何とか〇%にまでこぎつけ、そしてまた一一、一二月とようやくプラスに転じ、そして今年の一月、二月と物価上昇率が〇・五%になったのであるが、これは何と八年ぶりのことなのである。

 ブルジョアたちが、これを「景気回復」の確かな指標として大喜びしたのは当然であった。彼らにとっては、不況とは物価下落のことであり、他方、経済状態の改善と経済的繁栄の象徴こそ物価上昇だったからである。

 彼らが大いにはしゃいで、「もう金融の量的緩和の政策も役目を終わった」と言い始めたとしても、何ら驚くには当たらない。そして彼らは実際に、今年の三月、金融の量的緩和の政策に終止符をうつことを決意したのである。

 この数年間の「金融の量的緩和」の政策は、また同時に、事実上の国債の日銀引受政策でもあった、というのは、日銀は量的緩和政策の名で、銀行が保有する国債をどんどん「買い上げた」からである。

 政府が銀行に国債を大量に買わせ(つまり政府借金を拡大し)、その銀行保有の国債を今度は日銀が買い漁ったとするなら、これは日銀が直接に政府発行の国債を引き受けることと、実際どれだけ違うというのであろうか。

 国は国家機関から借金をしたのである、つまりこれは国家が通貨を、事実上の紙幣を自ら発行したことと(あるいは通貨を“悪鋳”したことと)、同じことであった。

 こうしたことが数年も続いたのだから、インフレの火種は経済の中に深く埋め込まれたといって決して言いすぎではない。もちろん、こうした火種は継続し、拡大してきた赤字財政政策の中でも十分に存在していたのだが、金融の量的緩和はいわばそれに最後の仕上げをほどこしたといえよう。

 この数年間、ブルジョアたちが期待した物価上昇は生じなかったが、しかし昨年来、株価は急激な上昇を見せ、また地価も長い低落から騰貴に転じている、そして今年に入って消費者物価も一挙に跳ね上がったのである。

 ブルジョアたちの、あるいは小泉内閣の長い間の努力もようやく実り始めたのであろうか。株などでは、一部、バブルということさえ言われ始め、ライブドアなどはまさにその象徴であった。

 もちろん、こうした動きがどこに行き着くのか、株や土地や一般物価の動きがさらに急速に上昇していくのか、といったことは簡単に断言することはできない。

 しかし財政が完全に破綻するほどの国家金融・通貨の膨張があり、それに「金融の量的緩和」という露骨な政策が加わってきた、という事実を否定することはできないし、またこの事実を軽視するのは正しくないであろう。

 ある意味で、インフレの火種は広く、深く経済と流通の中にばらまかれ、植え込まれてきたのである。まさに、現代資本主義は、こうしたことなくしては一日と言えども存続することはできなかったのである。

 金利が〇といった水準におさえ込まれてきたのは、まさに資本主義的信用関係からすれば“異常な”状態であった。それは信用関係にとって“不正常”であり、金融市場を麻痺させるに十分であった。

 こうしたことは、確かに市場関係によって規定されていたが――つまり、カネ余りで、銀行などに貸付け資本がダブついているのに、企業などはカネを借りる必要がほとんどなかった――、他方では、国が「通貨」をいくらでも経済と流通に投げ込んだということによって、さらに助長されたのである。

 国家にとっては、金利〇%は望ましいものであった、というのは、それは景気を刺激するだけではなく、さらに国が大量の国債を発行していくための重要な条件をなしていたからである。借金づけの国家は、金利が上昇していくなら、たちまち動きがとれなくなるのである。年々百数十兆円もの国債を発行するなら、金利一%の上昇はそれだけで年々一兆五千億円もの財政負担の増加になる。

 しかし今、こうした頽廃した諸関係、もたれあいの関係に風穴があこうとしているのである。ダブついたカネは、自らを“実現”しようとするなら、その“価値”を下げるしかない、つまりインフレである。インフレ傾向が現われるなら、金利〇といったことも通用しなくなるだろうが――あるいは、金利上昇はまたインフレ傾向を助長するが――、そうなれば、企業も国家もまた新しい、重大な局面に直面する。

 石油や石油関連商品の値上がりが急だが、これはもちろん、単に石油需要が増大し、供給が制限されているからということではない。金利上昇にともない、債券市場から遊離した“投機資金”などが急激に流入しているからである、つまり世界的な“カネ余り”の一結果でもある。

「FRB議長交代後も、利上げ打ち止め感はハッキリ出ず、米国債市場では売りが優勢になった。三月末から四月にかけて米国債の利回りは短期金利引き上げに押される形で上昇(国債価格は下落)し、同時期に原油や金の先物市場は上昇の勢いを再び強めた。米国債買いの相場を張っていた投機筋が投売りを迫られ、その資金が商品相場にシフトしているようだ。金融市場から眺めると、買い材料云々とは違う原油相場高騰のもの一つの構図が見えて来る」(日本経済新聞、四月一六日)

 カネをダブつかせることで、安易なもたれあいの中に安住していた、経済諸関係が――そしてまた必然的に、政治的な諸関係も――「動き始めた」ということは重大であり、それがどこに行き着くかは、労働者にとっても決してどうでもいい問題ではないのだ。

『海つばめ』第1015号(2006年4月23日)


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