失敗に終わった米朝首脳会談
東アジアの平和とか、核廃絶とか、経済繁栄とかの幻想をあおったのは誰か
2019年3月3日
米朝首脳会談は、事実上当初の予想に反して――まだ両首脳の思惑からもそれて――仮にそれが一時的で、当面のものではあれ〝物別れ〟の結果に終わりました。また、彼らは今後懸命に、この失敗を修復するために仕切り直し、新しい策動を始めるしかないかですが、両者が今回の失敗から大きな打撃を受けたことは確かです。
トランプは、首脳会談の成功によって自らの外交の成果を誇り――平和と南北融和と核廃絶に貢献する、ノーベル賞にまで値するような成果だと自慢し――来年の大統領再選に向けての闘いを有利にしようと企みましたが、お気の毒なことにそんな思惑はもろくも崩れ、また金の方も、経済制裁の重圧から解放され、それをテコに経済開放と発展という輝かしい展望で北朝鮮の国民の支持を固め、自らの専制政府を永続化させるという当面の戦略――幻想――の出鼻をくじかれました。
彼らは二人とも、今回の失敗を修復すべく、新しい策動を開始し、続けるしかありませんが、それぞれが自国ファーストを掲げ、固執する独裁者でしかない以上、彼らの進む道もまた簡単なものではないのです。自国ファーストに固執しつつ、〝正しいディール〟など持ち出しても、結局は自己矛盾に陥るだけです(厳しい日米経済交渉が始まろうとしている時、安倍はこれをもって他山の石とすべきです)。
トランプに対する、アメリカの労働者・働く者の反発や怒りはますます大きく、金の専制的な王朝に対する北朝鮮の労働者・働く者の憤懣や憤激も沸騰点に達しようとしていて、いつ爆発してもおかしくはありません。中国やベトナムから学んだ金の経済自由化政策も、金王朝の解体と崩壊の一契機、出発点となり、それに拍車をかけ、導きかねないともいえるのです。
共産党やリベラルは、昨年の6月に頂点に達した南北融和や北の核兵器廃絶の幻想や、まるで世界の平和と核廃絶の夜明けが訪れるかの騒々しい幻想に酔いしれ、そんな空想を振りまきましたが、そんな幻想は、今回の米朝首脳会談の頓挫からもばかげたものであることが完璧に明らかになってしまいました。我々は昨年の6月の茶番の時にも、そんな幻想とナンセンスと無益さを断固して暴露しましたが、今回の茶番からも我々の批判や状況分析の確かさは再度ほとんど完ぺきといっていいほどに証明されました(海つばめ1328号、29号をぜひとも参照、再検討を呼びかけます。我々は当時の我々の発言を誇りこそすれ、それを一行一句修正する必要を感じないほどです)。
「しかし我々は、米朝首脳会談による東アジアの平和とか、核廃絶とか、経済繁栄さえもプチブル的、自由主義的な幻想でしかないことを確認しなくてはならない」(28号)
「会談の二つの課題、北の核兵器の『完全に廃絶』と、金が持ち出した『体制保障』(今回は『経済制裁の解除』)という課題についていえば、いずれも言葉としては合意されたかだが、具体的で、疑いもなく実行に移され得るという実際的で、確かな保証は何もないし、確認されてもいない」(29号)
我々は「核廃絶」ということを言うなら、米ロや中国の核大国の「核」こそ、北の核よりもはるかに〝危険〟であつて、まず一掃されるべきであり、更にイスラエルやインドやパキスタンの核保有を認めつつ、北朝鮮にのみ核廃棄を求めるのはナンセンスであると論じましたが、その議論の正当性は、最近突発した印パの武力衝突や、中東の2つの勢力による対立の激化からも証明されつつあります。
また緊張緩和(南北融和と接近)について論じるなら、まず金王朝を一掃する「体制変革」――民主革命――がカギを握ると論じましたが、もしそれが勝ち取られるなら、その変革が中国の共産党(国家資本主義の官僚的支配階級)の専制体制を揺るがし、解体する突破口にさえなり得るでしょう。
問題の本質を洞察しつつ、さらに深く、原則的に現実について評価し、考え、我々の実践をそうした強固な基礎の上に位置づけ、発展させるように絶えず心がけ、実行していくことが必要です。それこそが労働者・働く者の闘いの根底であり、原則であることを確認すべきです。
(林紘義)
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鳩山民主党政権の犯罪的裏切りを想起せよ
普天間基地の白紙撤回は実現可能だった
2019年2月27日
2月24日の沖縄県民の投開票の結果により、県民の意思が余りに明瞭に示された。また、辺野古軍港の地盤軟弱のため、ほとんど建設の見込みがなくなって、安倍政権と米軍の方針は不可能という現実が明らかになった。にもかかわらず、安倍は「猪年だから」とばかりに破綻に向かって猪突猛進を続けようとしている。
それは安倍の勝手としても、普天間基地を廃絶して一掃するという困難な課題に改めて直面して、この課題を果たすための絶好の機会に遭遇しつつ、その期待を見事に裏切った、2009年に成立した民主党政権の犯罪的な役割を想起し、当時の我々の主張に目を通して見た(『まさに「民主党らしさ」そのものだった――鳩山政権の90日』林紘義著、213頁~237頁参照)。
当時成立したばかりの鳩山政権は、選挙前に明らかにした〝沖縄ビジョン〟の中などで、普天間基地は県外か国外に移転する方針を謳い、また鳩山自身も選挙中、普天間は「県外に移転する」と発言した。
しかし政権を握るや否や、鳩山はたちまち動揺して迷走し、結局はその方針を断固実行に移す代わりに、あれこれの詭弁を弄しつつ放棄してしまった。
とにもかくにも県外もしくは国外に普天間基地を移すという政権、アメリカとその政財軍の複合体勢力と対決し、諸列強の対立や勢力争いを暴露し、その矛盾や弱みを突きつつ実現を勝ち取るという政権が生まれたのであり、まさに沖縄の悲願が実現する絶好の機会が訪れたのである。当時の我々の論文を読み返してみたが、その現実的で、客観的な条件が十分にあったことを我々は明らかにし、それを追求すべきことを主張している。
同様に、現在においても激しく、急速に流動する国際情勢やバランス・オブ・パウワーの中で、その普天間基地もその存在の必要性や必然性を10年前よりさらに喪失しており、安倍政権の決意次第で普天間基地を国外に移転させ得る可能性と現実性は十二分にあるのである(今安倍政権はテコでも既定の方針を変えないというのだが)。
例えばアメリカは、中国に対する核戦略として原子力潜水艦による巡航ミサイル攻撃態勢を確立することによって対抗し、軍事的優勢を維持しようとするなら、普天間軍港などの軍事的意義はますます後退していく。かつて、第二次大戦時には、すでに「大艦巨砲主義」や航空母艦等が中心の軍国主義の戦略が時代遅れになり、そんな時代錯誤の日本が太平洋戦争で完敗したのは必然であった。そんなアメリカがかつての日本のように、時代錯誤の爆撃機(飛行機中心の戦闘やそのための飛行場)に固執することはあり得ないという判断に立っても必ずしも間違いではない(例えば原子力潜水艦と巡航型ミサイルに重点を置く戦略構想に重点を置く方向に移っていくなら、沖縄のみならずグァム等々の地上の基地の意義と重要性は相対的に後退していく等々)。とするなら、普天間基地を撤去させ得るという展望さえもって対米外交を強く推し進めることもあり得ない選択ではない。
いずれにせよ、09年に成立した鳩山民主党政権の果たした役割は犯罪的であり、その結果として、民主党(現在の立憲民主党や国民民主党)や共産党などの野党への支持はゼロに近づき、さらには、戦後最悪ともいえる安倍の腐敗そのもの、反動そのものの政権が半永続的に続くという現実を、もたらしている。
今回の沖縄県民投票でも、辺野古移転反対が圧倒的に勝利したが、他方、それを推進した野党への支持は高くないというチグハグな現実となった(支持する政党はないという無党派層の83%が反対に投票したが、その反対運動においては、「辺野古県民投票の会」などの若者の〝無党派〟層の若者の活動が大きな意味と重要性をもった等々)のも当然であった。 (林紘義)
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韓国国会議長発言で排外感情を煽る
相互不信や憎しみ合いを扇動する安倍
2019年2月15日
日韓の間で慰安婦問題(昭和の戦争中、日本の天皇制軍部のファシズム国家、帝国主義国家が、当時日本の植民地であった朝鮮の若い女性を大量に戦地に動員し、日本軍人の性奴隷の地位に追いやった戦時犯罪の一つ)や、朝鮮の若い労働者をやはり戦時動員し、日本に強制的に〝徴用〟し、ひどい半奴隷的な地位や労働条件でこき使った戦争犯罪等々で日韓の関係が〝冷え切っている〟時に――責任と罪は挙げて安倍政権にある――、韓国の文喜相(ムンヒサン)国会議長が、突然「戦犯の昭和天皇の息子である天皇が元慰安婦の手を取って、直接謝罪すれば悪化する日韓関係はたちまち解決する」等々と発言したことに対し、安倍はいきり立って、「驚いた、はなはだしく不適切だ。日本中が怒っている」などと腹を立てたふりをして、排外感情を煽り立て、これ幸いとばかりに卑しい民族主義的感情を扇動して、低下する支持率の回復に躍起となっている。どこまでも下劣で、戦後最低の、卑しい首相――その点で、祖父の岸信介を越える、戦後最悪の政治家であることだけは確か――であることか。
安倍は「多くの国民が驚き、怒りを感じただろう」などというが、そんなことは全くない。むしろ「多くの国民」は相手が安倍政権である限り、文発言はある意味で韓国の「多くの国民」のありのままの感情を述べたものと受け取ったことであろう。ただ安倍政権や安部一派らの反動たちだけが「多くの韓国民」のことやその心や感情を知らないだけである、知ろうとする心も想像力も持ち合わせていない野蛮人であるだけである。
実際現天皇が事実上、東京裁判で死刑になった7名の戦犯以上の戦犯の筆頭であった昭和天皇――にも関わらず、マッカーサーに命を救われたことをいいことに、戦犯としての自らの責任をずっと知らないふりを装いつつ、日本国民や侵略したアジア諸国民に対する一言の反省も謝罪もなく恥ずべき、長い余生を送った――の息子であることは事実ではないのか。
そもそも文喜相の発言は朝鮮国民にとって普通の感覚であって、日本はすでに何回となく謝罪した、経済的に補償もしたといっても無駄である、その謝罪や補償が心からのものでいないということが見え見えだからである。他方で1945年までの日本がやったことが正当であり、正しかったと思いこんでいる安倍政権や反動派の連中は、日本の韓国への植民化などなかった、合意の上での合併だなどと本気でいいはやし、したがってまた韓国民の奴隷化は虚偽だ、むしろ韓国の〝近代化〟や〝経済成長〟のためのものであったなどといいはやし、慰安婦問題や韓国民の戦争や戦争体制への強制的な動員など何もなかった、自発的なものか、単なる契約の問題でしかなかった等々と叫びたてているからである。
とするなら、今もって日本は心から反省していない、謝ってもいない、傲慢だ、失礼だ、卑しく卑怯だ、誠意がないと信じているからといって、彼らを誰が責められようか。
すべては安倍政権が、安部一派や国家主義の悪党たちが悪いのである。
また文在寅政権は1965年の日韓協定や前政権(〝保守派〟の腐敗政権、パククネ政権)の決めたこと、確認したことでも守るべきだ、政権が変わったら、国家の決めたことがコロコロ変わるようでは困る、国家のいったん決めたことは守るべきだというが、そんなものは、安倍政権自身がすでに1995年の村山政権の首相談話や慰安婦問題に対する河野発言など全く意に介さないで慰安婦問題に対処しているのだから、何の権威も重さも持ちえない、勝手な理屈でしかない。
日韓併合から100年目の節目に民主党菅直人政権の閣議決定は、併合は朝鮮の人々の意に反して行われたと明確に判断し、明言したが、安倍政権も反動派も、自分たちに都合の悪い、この類の歴代の閣議決定などすべて無視して、武力を背景とした強制併合の〝合法性〟や正当性を言いはやしているではないのか。
徴用工問題でも韓国の法廷、まして文政権の肝いりの法廷の決定でナンセンスというが、元中国の徴用工問題――例えば秋田県の花岡鉱山など――では、国が関与して、青少年や労働者を強制的に連行して、劣悪な労働条件で働かせ、多数の中国の労働者の命を奪ったことを日本の裁判所が認めた判決もあって、戦争中、朝鮮や中国などの植民地や占領地域の若者や労働者や女性に対する強制連行や徴用がいくらでもあったことを、日本の司法さえも認めざるを得ないのである。
そんな歴史的な、客観的な事実さえも認めない、下劣で,卑劣な安倍政権よ、自国ファーストの民族派よ、小心のエゴイストたちよ、ブルジョアたちよ、労働者・働く者は諸君に反対し、対立や相互不信や憎しみ合いに代わって、労働者・働く者は万国の労働者・働く者の連帯と相互信頼と友愛と協調という国際主義の旗を高く掲げる。(林紘義)
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新年のご挨拶
19参院選で「台風の目」となる政治闘争を闘います
2019年1月3日
我が労働者党は今年の参院選で、我々の憲法改定案を安倍政権の改定案の対案として提起し、堂々とその正否を問うつもりです
全国の労働者・働く者の皆さん
我が労働者党は一昨年春の大会で、サークルを止揚して再び労働者党を再建し、国政選挙にも復帰することも決定し、さしあたり、神奈川11区から圷(あくつ)候補を立てて、小泉進次郎と対決し、断固闘いました。
そして今私たちは、今年の参院選を安倍政権を追い詰め、打倒していく対決の場であり、また絶好のチャンスととらえ、安倍政権に正面からの闘いを挑むことにしました。
安部の憲法改定にいどむ野望とは、一言で言って、戦前回帰の天皇軍国主義国家の再建で、そのためには彼は専制国家を望まなくてはならないのです。
彼の憲法改定案は妥協の産物であって、平和主義と軍国主義を足して二で割ったような、不真面目で、ナンセンナなものですが、その意図は明らかです。
要するに彼は日本の戦後国家の根底を否定し、それを何かおぞましい国家に置き換えようとしているのです。
今こそ労働者・働く者の総反撃が必要であり、組織されなくはなりません。
しかし野党勢力は成功したこともなく、今後も成功しそうもない〝野党共闘〟遊びにふけっているだけで、真剣に闘おうとしていません。ただ様々な欠陥がいくらでもある歴史的な憲法を絶対化する幼稚な観念論にとらわれ、結果として、ますます安倍政権を助けています。
今の憲法の欠陥が何かといえば、そもそも国民主権の憲法だといいながら、実際の法文では天皇制から始まっており、戦前と同様な天皇主権の形になっており、そんな形式に実際的な内容を与え、戦前の国家に近づけ、敗戦後の民主国家を骨抜きにし、変質しようとするかの策動が安倍政権のもとで執拗に行われています。
我々は敗戦後の国家を変質しようとする策動に反対し、敗戦後の国家の理想の姿に戻すために、憲法を改革するための、憲法改定が必要だと考え、1月の大会で、我々の憲法改定案を決議し、参院選をたたかい抜く決意です。
元旦のテレビを見ていたら、NHKは神話に基づく日本の国造りの話を長々とやっていました。まさに露骨な〝皇国史観の〟復活です。商業新聞もNHKと張り合い、競うかに、天皇制を持ち上げ、正当化する記事ばかり。そして30年間の現天皇を讃嘆し、ほめ称える記事で埋め尽くされている有様です。
振り返れば、1945年の敗戦後のころは、社会科の教科書などは天皇制ファシズムの虚偽の歴史観を否定し、科学的な実際の歴史について正しく語り始めていました。思えば日本の社会は、それからはるかに遠いとこにまで退廃し、後退してきたものです。この先にあるのは、再び日本的ファシズム国家の再現ということなのでしょうか。安倍政権が続くなら、そして〝安部的なモノ〟が日本を覆いつくしていくなら、日本がそんな国になるのは必至であり、一つの必然性的です。
私たちはすでに参院選に当たり、憲法改定問題が重要な一つの焦点も争点ともなることを確認し前提して、安倍政権のナンセンスで、憲法とその存在意義を否定するような、いい加減で、ナンセンスで、無責任な改正案にたいして、そんな不真面目な憲法改定案をたちまち無にしてしまうような、堂々たる重要な憲法改正案を提起して、参院選で国民の賛否を問うつもりあり、すでにその改正案も起草されています。
それは安倍政権の憲法改正案の下品で、でたらめな本性を告発し、暴露するとともに、単に憲法改定に「反対のための反対」に終始する野党や市民派やリベラリズムの無内容で空虚で、偽善的な政治を否定し、止揚するものとなるし、またそうでなくてはならないのです。
我々は新年に当たり、わが労働者党こそが今年の参院選の台風の目であり、政治闘争もそれを中心に動くであろうこと約束して、わが党の年頭のアッピールに替えます。(林)
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消費増税を口実に新手のバラ撒き政策
貧しい人々、労働者には増税、金持ちには減税に帰着
2018年11月28日
安倍政権は何に血迷ったか、消費増税を口実に新手のバラまき政策に走り始めた。
世界的な景気後退の不気味な雰囲気がただよう中、消費増税不況でもやってきたら来年参院選の敗北は不可避と怯え、消費増税後の需要の落ち込みに備えると自動車購買や住宅建設需要が継続するように目白押しの減税政策や特典政策を売り出し、1兆円もの補正予算を決定し、さらにはポイント還元とか、無原則な消費増税対策を次々と並べている。
そして今また2%といってきたポイント還元を今度は5%に引き上げると言い出した。しかしクレジットカードで決裁をするのは主として金持ち連中だが──無職、フリーター、収入の不安定な労働者がこの類のカードを持つのは簡単ではない──、そうした金持ち連中にとっては、2%の消費増税も何と3%の減税になる。
何のことはない、不公平増税の典型である消費税は今や貧しい人々、労働者には増税、豊かな連中には減税ということに帰着した。
他方では安倍政権は5%のポイント還元は中小商店で買い物した場合だけに適用するという、つまり中小商店の票ほしさのための政策でもある。貧しい人々にも軽減減税というありがたいご配慮もある。
要するに安倍政治で確かなことはただ一つ、すべての階級の人々のためのバラまき政策を実行し──そんなことは事実上不可能だから、ただ盛大に口約束だけはやり──後はどうなるか、全面的な混乱や破綻がやってくるかもしれないが、自分にはもう関係ないと無責任を決め込むことだけだ。(林)
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安倍政権の「歴史修正主義」を先に正すべき
慰安婦問題や徴用工問題が繰り返される根本問題は何か
2018年11月6日
韓国の最高裁が、日本の大企業の元徴用工への賠償を命じた判決について、安倍政権は猛り立って、「不当だ」とか「あり得ない」とか「良識を疑う」とか、「毅然として対処して行く」とか、最大限の罵詈雑言を振りまいています。
その意図は明白です。自らの反動的な支持層に訴え、ブルジョアやプチブル層内にはびこる国家主義的、排外主義的風潮を煽り立てて、不人気で破産しつつある自らの腐敗政治から目をそらさせようということです。
1965年の、わずか5億ドルばかりでうまうまと〝解決させた〟日韓請求権協定で済んでいることだ、韓国の言動はそれに反する「不正、不当なもの」と言いたいのでしょうが、しかし仮に政治的にそれで済むとしても30年にもわたる朝鮮の植民地化つまり朝鮮国民の奴隷化という歴史自体を否定することは決してできません。
日本のブルジョアや安倍政権たちが、過去の歴史のこうした真実と事実を否定して、朝鮮国民を侮辱し、辱め、破廉恥に、傲慢に振る舞っていることこそが「不正」であり、不正義であって、それこそが、いまなお慰安婦問題や徴用工問題が繰り返して問題にされ続けている根本的理由であり、原因です。国民の怒りや不信や反発をなくし、慰安婦問題や徴用工問題を本当に〝解決〟したいと思い、そうするには、まず安倍政権自体が、自らの「歴史修正主義」といった非道徳で、不誠実な立場を捨てることから始めなければなりません。
徴用工問題でも、「不当」で、根底的に間違っており、破廉恥なのは韓国の最高裁でも韓国国民でもなく、安倍政権自身であることが確認されなくてはなりません。(林)
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とびきりの悪政
安倍消費増税の茶番 2018年10月30日
安倍は改造内閣発足の会見で、全世代型社会保障を昨年の総選挙と同じく再び持ち出し、少子高齢化は「国難」と断じ、消費増税の使い道を本来の社会保障の充実ではなく、「子育て世代への支援拡大」つまり幼児教育無償化に振り向けるなどと語った。また何としても憲法改定に突撃する決意も吐露した。
安倍は来年、二度にわたってデフレ脱却のために自ら延期してきた2%の消費増税を、今度は何が何でもやるという。しかしせっかくのデフレ脱却の試みの「腰折れ」を恐れて腰が坐っていない。相変わらず「いうに易く行うに難し」(口先だけで期待は持たせるが、結局は何もしないし、できない)という安倍の政治そのものである。
2%の消費増税は4・4兆円の国民からの新たな国による国民収奪だが、増税批判や、増税後の自動車や住宅などの買い控えや、選挙での敗北を恐れて、増税後の軽減税率とかをやるというので、実際の増収はわずかに2兆ほど。しかも増税後の〝買い控え〟による需要縮小に対処しなくてはと、自動車資本や建設資本のために至れり尽くせりの優遇措置や事実上の補助金を山積みするというので、2兆円の増収などたちまちなくなり、むしろ足がでるような有様。しかも安倍は消費増税のうちの1・7兆円をすでに昨年の総選挙以来、幼児教育無償化のために転用すると宣言している。それだけではなく、消費増税によるマイナス効果を打ち消す必要があると、第一次の補正予算1兆円のバラまきも決定したが、その財源の中の7千億円は国債発行(国の借金)で埋めるという。
何のことはない、安倍政権のバラまき政策、政権延命策動のための消費増税ということである。労働者・働く人々の利益に反し、財政再建にも社会保障の充実にも経済成長にさえも逆行するような今回の消費増税策動は、安倍の悪政の中でも、とびきりの悪政という他ない。(林)
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民主党政権の担い手の一人、仙石由人の死に想う
安倍政権の前触れとなった壮大なバラまき政治に終始
2018年10月29日
09年から3年に及んだ民主党政権の担い手の一人、仙石由人が72才で亡くなった。
学生時代、全共闘の一員として〝活躍〟した経歴は、「自衛隊は暴力装置である」といった発言に面目躍如だが、それはプチブル的、日和見的政治家としての仙石の本性とは何の関係もない。
小沢とは肌が合わずしばしば対立したが、しかし「脱官僚」の観念と偽りの「政治主導」の路線では歩調を合わせ、一致していた。また原発事故の当時、官房副長官として枝野を支えたが、後にはインフラ輸出の美名に隠れて、原子力発電の輸出に力を入れるなど無原則ぶりも発揮した。その意味では仙石や民主の政治は、直接に安倍政権の先触れであり、そこにつながった、多くの内容や契機がある。
民主は最初から「子育て支援」という名の壮大なバラまき政治と共に出発したが、そんなポピュリズム政治は安倍政権下で、一層野卑で、粗野な形で完全に開花した。官僚主義批判と政治指導のイデオロギーは今、安倍の専制政治、〝安倍一極〟政治として現実的である。
民主の最後の首相の野田が自公と結託して、自らかつては反対していた5%の消費増税を強行したのは、まさに民主政権の本性──歴史的には自民党政治の代理であり、また安倍政権の先行政権であり、その出現を準備した──を自ら暴露したものであったが、それは仙石個人の政治的経歴においても明らかである。
(注)民主党政権時代のポピュリズム政治を明らかにした打ってつけの著作があるので以下に紹介する、是非読んで頂きたい。
『まさに「民主党らしさ」そのものだった――鳩山政権の九カ月』林 紘義 著(発行=ういんぐ、発売=星雲社、2010年発行)
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安倍は少子高齢化が「国難」だと悪口雑言
太平洋戦争中の「産めよ、増やせよ」と同じ発想法
2018年10月6日
安倍は改造内閣発足の会見で、全世代型社会保障を昨年の総選挙と同じく再び持ち出し、少子高齢化は「国難」と断じ、消費増税の使い道を本来の社会保障の充実ではなく、「子育て世代への支援拡大」つまり幼児教育無償化に振り向けるなどと語った。また何としても憲法改定に突撃する決意も吐露した。
改造内閣の政治と政策の根底を明らかにしたつもりだろうが、そんな政治が安倍政権の弔鐘とならない保証は何もない。
少子高齢化が「国難」だなどというのは、高齢者や子どもを生み育てる夫婦にとって、意味不明で失礼な暴言の類ではないのか。まるで太平洋戦争中の「産めよ、増やせよ」と同様の発想法であって、全世代型社会保障のナンセンスと相まって、少子高齢化の時代の困難にまともに、真剣に対応しようという姿勢は皆無である。
一体安倍政権は何のために、「産めよ、増やせよ」を言うのか。天皇制軍部は戦争のためにそんなスローガンを掲げたが、ただ若者を何百万も戦争に駆り立てて殺しただけであった。
安倍は国家のためだというのか、社会保障のためだというのか、資本のための労働力確保のためか。いずれにせよ、卑しくも、歪んだ動機しか無いのではないか。人口の多い国がすばらしく、労働者、勤労者が幸福であるなどということはあり得ない、人口の多寡は国家、国民の幸せとは別のことだし、そうでなくてはならない。(鵬)
安倍自民をまねた国民民主のバラマキ路線
共産党やリベラルマスコミは野党共闘しかないと泣き言
2018年9月7日
国民民主党の大会が終わり、新代表に選ばれた玉木は、すべての国民に月10万とか15万の給付を行うベーシックインカムとか、第三子から1千万円ものカネをバラまくという「コドモミクス」など途方もない政策を掲げながら、他方ではブルジョア協調路線──安倍政権との妥協、協力路線──を深めることを明らかにした。
もちろん、こうした無節操な政治は玉木や前原らの本性であり、民進党や民主党の時代にはいくらか曖昧にされ、隠されていたのだが、いまや〝左派〟だった連中(現在、立憲民主党に結集している、無節操な連中)と別れ、公然と一つの政党として独立したのだから、誰にはばかる必要があるのかというわけである。
玉木らの協調路線は、「対決より解決」だとか、〝対案〟路線だとか謳い、来年の消費増税そのものには賛成だと共産党との違いをアッピールし、会議延長に反対して野党が審議拒否をしたときにはさっさと審議に復帰し、カジノ法案には形だけは反対したが、政府に注文をつけるだけで満足して事実上容認、あるいは働き方法の付帯決議をめぐっては立憲民主党を仲間はずれにまでして安倍政権への忠勤ぶりを見せつける等々、直近の議会闘争の中ですでに存分に発揮されていた。支持率1%は当然の結果で、党内からさえ「絶滅危惧種」の政党だと自嘲の声がもれて来た。
さて、志位は自民党と協調するために、共産党などとは違うと〝独自性〟を誇示するよう国民民主党まで含め、仲間に計算して野党共闘をまだ謳い、固執するのか。頼みの立憲民主党さえ、少しも乗り気でなく、志位のいうような「本物の」野党共闘にそっぽを向き、共産党が立憲民主党を応援したいならどうぞとうそぶき、2人区以上は断固独立の政党として闘うと叫んでいるときに、共産党と市民派とリベラルマスコミ(朝日や毎日ら)だけが、「巨大与党を従えた安倍1強政治に対峙する」ためには野党共闘しか、力のない野党が連致し、団結するしかないではないかと情けない声を上げている。
国民民主党や立憲民主党だけでなく、彼らもまた最初から闘う戦略も決意も気迫は無く、負け犬として振る舞おうというのである。(林)
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