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マルクス主義同志会機関紙
『海つばめ』

◆隔週日曜日発行/タブロイド版4ページ
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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介(『海つばめ』第1048号)


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
   「ゆとり」から「競争」
   そして「愛国教育」で
   いいのか
 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
  お申し込みは、全国社研社
  または各支部・会員まで。
  メールでの申し込みも可能です。

まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1236・1237合併号 2014年10月19日
【一面トップ】香港「民主派」の闘争――“普通選挙”の幻想にとらわれて――展望は香港だけ、民主化だけの闘いの彼方に
【主張】安倍の「女性が輝く社会」幻想――労働者全体が「輝かなくては」あり得ない
【コラム】飛耳長目
【二〜三面】同志会第11回大会/「反転攻勢」を誓う――同志会の闘いの意義再確認――さらに実践し、宣伝し、組織せよ)
【四〜六面】社会主義における「分配」はいかになされるか――消費手段の「価値規定」問題――「価値移転」ドグマとの訣別が“解決”の鍵
【七面】「政労使会議」が再開されたが――忌避され始めた安倍の「賃上げ推奨」論
【七面】マルクス主義同志会会則
【八面】韓国大統領への“セクハラ”報道――朝日は「言論の自由」論に追随し闘いを放棄
【お知らせ】
 本号は大会と、「価値規定問題」を特集しましたので、八頁の合併号になりました。同志会会則を七面に掲載しましたので、検討され、会に加わって共に闘ってほしいと思います。なお、本号を合併号としたため、次号は三週間あいて十一月九日発行になります。
※『海つばめ』PDF版見本

香港「民主派」の闘争
“普通選挙”の幻想にとらわれて
展望は香港だけ、民主化だけの闘いの彼方に

 香港の「民主化」闘争が頂点に達しつつある。まず言えることは、この闘いは地理的に、香港において“自足”し、完結し得るものではなく、中国全体の闘争と結びつかないなら決して成功しないし、またし得ないということである。さらに、「民主化」闘争――共産党の専制政治を打倒し、一掃する闘い――も「民主化」闘争として“自足”し、完了するものではなく、ただちにその限界を超えて資本の支配に反対する闘争に、つまり労働者の階級的な闘争に「成長転化」して行かないなら――トロツキストなら、「永続的に」継続する、と言うのだが――、たちまち空虚なものとなり、頽廃するしかないということである。

 香港はイギリスから中国に「返還」されて以来18年、「一国二制度」を保証されてきたと言われるが、しかしその「民主的」制度というのはまやかしであって、中国の共産党専制体制と違った、“普通の”議会制民主主義が存在してきたわけではない。

 そもそも中国と香港の関係を、「社会主義」と「資本主義」が共存する体制などと説明されているがばかげている、というのは、中国の本土全体もまた「資本主義」的生産で覆い尽くされていることほどに明白なことはすでになく、共産党の専制体制があるからと言って、そんな体制が「社会主義」を意味するはずもないからである。中国を今どき「社会主義」などと呼ぶのは共産党のアホたちか、それをことさら「社会主義」と呼んで、資本主義の欠陥を「社会主義」のせいに転嫁しようとし、そう呼ぶことに利益を見出す反動たちくらいなものであろう。

 両者の関係は、二つの資本主義体制の、しかも“国家”資本主義体制の枠内の色合いの違った二つの“体制”――さしあたり、“共存共栄”の――といった関係以上ではない。

 香港のトップの「行政長官」は、金融業界や商工業界などに割り当てられた選挙委員の投票で選ばれてきたが、彼らは中国共産党や国家資本と深く結びついた勢力であり、そんな連中の寡頭支配が、返還前の香港と比べて“民主主義的”であるとはお世辞にも言えなかったのである。

 しかし、香港の「民主化」要求はずっと謳われてきて、今年8月、中国の支配層はそんな要求を逆手にとって「普通選挙」を導入することを決めたのだが、その内容はこれまでと比べて少しも前進していないばかりか、もっと悪いものでさえあった。つまり「一人一票の」普通選挙はやるのだが、ただ候補者になれるのは、これまで長官を選んできた「選挙委員」が推薦した少数の人物だけと決定したのである。

 「民主派」は「選挙委員」によって選ばれるはずもなく、結局候補者は中国共産党が認める者だけが選挙戦に参加することができる、つまり「一国二制度」と言っても、学生らはもちろん、香港の労働者、勤労者もまた事実上、中国本土と同様に、どんな“民主的な”権利も奪われるのである。

 普通選挙の幻想に酔いしれ、期待していた民主派や学生たちは、そんな偽りの「民主主義」に愕然とし、一斉に立ち上がったのだが、しかし彼らにどんな展望もあるわけではない。

 香港だけの民主化といったものは幻想であろう、というのは、中国の支配層、共産党や軍部は香港にそんなものを認めないし、認めることはできないからである。彼らは香港にそんな体制ができて、それがたちまち中国全土に波及することを恐れ、それを蕾のうちにつみ取り、一掃しなくてはならないのである。

 香港の学生たちは幻想におぼれ、“本物の”民主主義を求めているが、我々がよく知っている通り、いわゆる“普通の”公認民主主義国家、例えば日本などの国家も、そんな香港の制度や、また習近平の中国そのものとさえ、大した違いのない、“非民主主義”の国家である。

 香港で、民主派や労働者が立候補できないと言うなら、日本も同様で、小選挙区制や供託金制度のもとで、我々はすでに久しく立候補する権利を不当に奪われていて、事実上立候補できるのは供託金などほとんど苦にならない、そして政党助成金という邪道の制度によって国民全体の金を、つまり労働者、勤労者のカネを事実上簒奪し、横領しているような自民党とか民主党といった不埒な政党だけである。

 新しい政党、たとえば渡辺の新党さえ供託金でつまずいて、事実上解体を余儀なくされたのは特徴的な経験ではなかったか。

 つまり立候補する権利さえ奪われている政党がいくらでもいるのは、香港だけでなく、香港の気楽な学生たちが憧れる欧米の「民主国家」もまた同様であって、そんな安易矮小な認識や展望から出発する、彼らの運動がたちまち行き詰まり、挫折することほどに確かなことはない。それはかつて中国の学生たちが、「天安門事件」で身をもって経験したことでもある。

 インテリ達は、香港の学生らの闘いについて、「民主主義の危機」があり、それに対して立ち上がったのだ、彼らの闘いは真実の民主主義、「完全な普通選挙の実施を要求」する闘いである、などと言いはやしている(例えば、池上彰、日経新聞10月13日)。

 しかし「完全な普通選挙」制度とは何か、例えば日本でそんなものが「実現」され、存在しているとでもいうのか。

 「完全な普通選挙」とはいかなるものかは知らないが、我々が十数年にもわたって、かつて国政選挙に参加して闘った経験からして、日本の「普通選挙」が「完全」といった言葉で表現されるものにほど遠かったと言うこと、それは徹底的に非民主的で、「民主派」にはいざ知らず、労働者党派に不公正で、“差別的”であり、事実上排除するものでしかなかったことは余りに明らかであった(小選挙区制、労働者党派にとって事実上参加を不可能にした供託金制度、政党助成金等々を見よ)。

 学生たちはプチブル的存在として、ブルジョア民主主義を、「完全な普通選挙」とかいったものを美化し、そんなものに幻想を抱くのだが、しかし世界の多くの労働者――とりわけ日本の労働者――にとっては、そんなものはすでにブルジョアの持ち出す欺瞞の一つにすぎない。

 それに香港には中国に返還された後、ブルジョア民主主義が、すなわち「完全な」どころか、「普通の」選挙さえ存在してこなかったのだから、極めて制限された、枝葉の民主主義しか存在してこなかったのだから、今さらそんな実在しない「民主主義制度の危機」も何もないのである。

 我々は世界の多くの国――とりわけ欧米や、それと“価値観“を一致させていると言われる“民主主義”国家――の内実を見るなら、“普通の”民主主義や“完全な”あるいは、“本物の”民主主義といったものにどんな期待も寄せられないし、寄せるべきではなく、労働者はそれを乗り越えて進んで行かなくてはならないと強調する。

 これまで「社会主義」国家と呼ばれていて、90年代以降、“スターリン主義体制”、つまり“国家”資本主義の体制から“自由”資本主義の体制に移行した多くの国家――ソ連を初めとする諸国家――の中でも、“完全な”民主主義はおろか、“普通の”民主主義を実現したような国家は一つとしてない。

 さらに、学生たちの民主化願望は具体的、実践的にも幻想である、というのは、それは香港だけで“自足的に”に実現することは決してできないからである、というのは、香港が政治的に独立した国家を建設するならそれも可能かもしれないが、当面、それは考えられないし、中国は決してそんなことは許さないであろうからである。香港の「民主化」革命はただ中国全体の共産党専制支配を打倒し、一掃する革命と結びついてのみ可能なのだが、彼らはそうした展望については何も語っていないし、また彼らの階級的立場からして語ることができない。

 とはいえ、香港における“民主化”運動は、中国の全体の政治体制と、中国を専制的に支配する共産党権力にとって、その支配の全体を深く傷つけ、揺り動かし、破壊する力を秘めたトゲである。だからこそ、中国の共産党権力は香港の民主化運動を恐れ、そんな“アリの一穴”からも大きな堤防が、共産党の権力が決壊し、崩れ落ちるのを心配し、恐れるのである。

 香港は中国の専制体制の脇腹に刺さった小さなトゲで済むはずもなく、中国全体の専制体制に突き刺さり、浸透し、その解体と崩壊をもたらす危険な刀剣にも、伝染性の病原菌にもなりかねないのである。

 香港の「民主化」といった課題さえ、中国全体の「民主化」の実現と共にのみ保証されるのであり、まして香港の本当の解放、資本の支配からの解放という労働者の課題もまたそれ以上に、中国の全体の革命と、否、アジアと世界の労働者の闘いとその勝利と結びついてのみ可能であろう。

 中国の共産党権力の打倒は言うまでもないが、その“民主化”という課題さえも、それが労働者の広汎で、深部から巻き起こってくる闘いなしには不可能であり、展望を切り開くことはできないであろう、そしてそうした闘いはその本性上、単に共産党の権力の打倒といった“民主化”の闘いに留まらず、たちまちそれを超えた問題を、労働者階級の支配と社会主義の実現という、現代の社会に存在する根底的な問題を提起するし、せざるを得ないのである。

 中国の支配階級は香港の「民主化」さえも許すことができず、ある意味でそんなにも追い詰められており、「民主化」運動の発展を恐れている、つまり彼らは自らの権力を、資本の支配を守り、永続化させようとすればするほど、「民主化」にさえ反対して闘わざるを得ないのであり、ますます自らの支配権力を狭め、弱めざるを得ないのであり、破綻に向かって進まざるを得ないのである。

 ある意味で「民主化」すなわち彼らの支配体制の弾力化は彼らの利益であり、彼らが生き延びるための唯一の当面の手段かもしれない、しかし彼らは自らにそんな「余裕」さえ見い出せないのであり、そればかりではなく、ますます専制体制を強化するしかないのだが、そのこと自体が、単に香港だけでなく全中国の労働者、勤労者の総反乱を準備し、生み出していくのである。

 香港の学生の決起は、中国の専制体制を揺るがせ、新しい世界的な革命の道を切り開く可能性さえも持っているかもしれない、しかし香港の“民主化”闘争がそうしたものとして発展するには、それが中国全体の闘いへと、しかも中国の労働者階級の闘いへと引き継がれ、中国における専制権力の打倒に留まらず、世界中の資本の支配に反対する闘いに転化していく限りにおいてであるにすぎない。



安倍の「女性が輝く社会」幻想
労働者全体が「輝かなくては」あり得ない

 安倍の「成長戦略」が苦し紛れの小手先細工であって、「経済成長」のために、どんな積極的な役割も果たせそうもないが、金看板の「女性活用」ほどに、安倍政治の反動性と空虚さを、彼の「成長戦略」の不毛さを暴露しているものはない。

 具体的に上げられている「6つの柱」とは、「家事・育児支援サービスの充実」とか、女性の起業を支援するとか、農林水産業での経営者を育成するとか、セクハラ防止へ企業を指導するとか、枝葉のこと、どうでもいいような「政策」だけである。

 実際、大中企業の女性管理職が数%から30%になれば、資本の本性が変わるとでも安倍は考えるのか。反対の場合もいくらでもあるのだから、安倍の(ブルジョアたちの)考えることは全くつまらない、枝葉のことばかりである。

 女性の社会的な地位の向上や、賃金やその他の実際的差別の一掃や、労働者(とりわけ女性労働者)への必要な施設(託児所等々)や配慮や、非正規や派遣といった労働形式の廃止や、“家族制度”の改善と平等の実現や、その他、資本の支配と自民党の政治権力のもとでサボり続けられて来ている、多くの重要な改革を棚上げし、あるいは無視して語られる、安倍の表面だけは派手な「女性のための」政策はすべてインチキであり、偽物であって、女性の、広汎な女性労働者の困難な生活や労働条件をほんのわずかでも改善し、引き上げるものでは全くない。

 安倍は「全ての女性が輝く社会づくり本部」といった麗々しいものをでっち上げたが、しかしそれを本心から望むなら、全ての国民が、全ての労働者が「輝く」ことなくしては全く不可能であろう。

 低賃金で働く非正規の女性労働者は山ほどいるのに、そんな女性のためにせめて「同一労働同一賃金」を実現することほどに「女性を輝かせる」ことはないのだが、多くの女性を笑顔にし、「輝かせる」そんな根本的政策は安倍の眼中にはかけらさえも存在していない。

 そればかりではない、安倍は女性が少しでも「輝く」ことのできる、多くの実際的な改革をサボり続けている。安倍は女性を「輝やかせ」たいと望むなら、例えば女性を「家内奴隷制」に縛り付けるのを助長している「配偶者控除」制や“主婦”優遇の差別的年金制を廃絶することや、また「選択的夫婦別姓」制度の導入をただちに実行すべきだし、またそれを妨げている自民党内の「男女役割分担」論つまり「家族の価値と専業主婦の役割」とか、「社会的な仕事につくことだけが女性活躍の場ではない」といったおしゃべりを断固として粉砕してしかるべきだろう。

 「家族の価値」と言っても、社会的に本当に平等対等で、人格的に自立している男女がいなければ、どんなまともで本物の“家族”も存在しないし、し得ないのである。

 安倍は「全ての女性が自信と誇りを持ち、輝くことのできる社会」とおっしゃる、しかし国民の全体が、労働者、勤労者の全体が、「自信と誇りを持ち」得ないで、つらい被搾取労働の差別労働に苦しみ、絶望している社会で、女性だけ幸福で「輝く」ことができるはずもない。安倍の言うことは、何の真心も真実性もない、空々しい単なる口先だけの言葉でしかない。

 そして「少子高齢化社会だから、労働力不足を補うための女性活用」と言った発想法は、煎じ詰めれば、女性を労働力の“隙間”や“不足”を感じられる職場などに、低賃金や不安定な地位のまま便宜的に動員し、つらく困難な仕事に駆り立てようという策動でさえあり得るのであって、女性の蔑視や軽視のもう一つの表現でさえある。

 労働者は、女性は安倍政権のもとで、「輝く」ことは決してあり得ないこと、その反対のみが真実であることを自覚すべきであろう。



「反転攻勢」を誓う
同志会の闘いの意義再確認
さらに実践し、宣伝し、組織せよ

 去る9月6、7日の両日、マルクス主義同志会の第11回大会が全国から27名の代議員を結集して開催され、世界と日本の政治経済情勢が激動する中、そして安倍政権という軍国主義的で“危険な”政権が登場するという状況の中、我々の闘いを「反転攻勢」に向けて大きく旋回させ、新たな決意を固めて断固たる闘いを展開する出発点の大会として、多くの重要な報告や議論がなされた。大会では、世界と日本の政治経済情勢、理論問題、さらには組織的な闘いについての具体的な側面――組織活動、機関紙活動(『海つばめ』)、出版活動(雑誌『プロメテウス』や単行本)、インターネットの利用、渉外・広報活動、財政問題)等々――についても報告があり、さらにはこれらの全てにわたって熱心な議論が行われたが、ここでその全てを紹介することは不可能である。議論や決定、確認されたことは今後の闘いの中で生かされ、貫徹され、あるいは機関紙誌にも反映されて行くだろう。我々は、社会主義運動における極めて重大で、根底的な理論問題――一昨年の労働者セミナーで検討され、今回の大会でも議論された、社会主義社会における消費財の価値規定と、それによる「労働に応じての分配」という問題――について、見解を明らかにする(本号四面〜七面に掲載)。以下、大会で採択された極めて実践的な問題の一部と、その部分について大会でなされた代表委員会の説明報告を掲載し、読者の検討と我々の闘いへの参加を呼びかける。

 ◆客観情勢と同志会の課題

 大会では、一日目の政治経済情勢や理論問題の検討や議論の後、二日目の冒頭、代表委員会を代表して林から、歴史的、実際的な現実を踏まえて、以下のような実践的闘いの方向が提示された。

 「言うまでもないことであるが、客観的な情勢は、第二次世界大戦後70年をへて、新しいブルジョア大国中国が尖鋭で、危険な資本主義的帝国主義国家として登場することによって、新しい世界的な危機の時代に向けて成熟しつつある。そしてまたアラブ世界における動揺と激動の拡大もまた、世界のブルジョア大国の利害も絡み、世界的危機を深化させる重要な契機となっている。中国のブルジョア大国としての、巨大な帝国主義大国としての登場は、アジア・太平洋諸国の警戒心や軍拡主義さえもたらし始めているし、中東などの支配とヘゲモニーを巡って、大国の対立も発展している。ロシアもまた、その帝国主義的野心を捨ててはいないし、欧米のブルジョア国家もまた同様である。もちろん、帝国主義、軍国主義の発展は同時に国内における民主主義の、“法治主義”の後退や衰退であり、専制やファシズムといった政治体制への衝動の強まりである、つまりは1930年代への回帰である。こうした回帰が全く同じ形を取ることはないとしても、その趨勢は必然であり、余りに明らかであって、労働者、勤労者にとって新しい闘いの時代の始まりでもある。

 かくして資本主義とブルジョア支配の危機は今後ますます深化、拡大するしかないが、このことこそがまさに世界のいたるところにおける、労働者、勤労者の断固たる反撃と階級的、革命的な闘いの必然性であり、その始まり、発展、深化であるし、そうでなくてはならない。

 我々は今こそ、自覚した労働者階級が大資本の支配に反対し、その帝国主義政治に反対して、断固として闘い抜かなくてはならない時代がやってきつつあることを確認し、我々の戦線を固め、強化して行かなくてはならない。我々の闘いの意義はますます大きく、決定的である。我々は今こそ安倍一派との闘いという、現在の段階における決定的に重要な闘いに全力を上げて取り組み、さらに労働者解放に向けて飛躍していくべき秋(とき)である」。

 そして代表委員会が示した闘いの方向は、「今こそ反転攻勢へ」を合い言葉のもと、労働者階級の原則的で、断固たる闘いと反撃が組織されていない――むしろその戦線が総崩れである――という主体的な状況の中で、日本資本主義の腐朽と頽廃の深化と、それに歩調を合わせるように跳梁跋扈し始めた、ブルジョア的反動と軍国主義的、帝国主義的策動と断固として闘い抜くこと、歴史によって課された課題と責務を担うために“漫然主義”を一掃し、創意ある、主体的な活動を強めること、マルクス主義同志会の「単なるサークル」ではなく、「革命的で、実践的なサークル」として出発したという原点を今一度確認し、万難を排して、組織体制を整備、強化、効率化し、同志会の全体が実践的で、活動的な組織に脱皮、変身していくこと、これまでも重視してきた学習会などに加えて、「労働者セミナー」といった手段を活用して、継続的で組織的な闘いを推し進め、新しい労働者党を作り上げていくこと、などを確認したのであった。

 我々はこうした課題についての代表委員会の報告をここに掲載して、社労党を組織して、十数年間、議会・選挙闘争へ参加した後、同志会へ移行した意味と意義を明らかにし、全国の読者のみなさんに、今こそ同志会の闘いに参加し、ともに安倍政権に反対し、さらにまた資本の支配に反対して闘い、労働者階級の究極的な解放に向けて共に闘うように呼びかける。以下は代表委員会の報告である。

 ◆我々の立脚点

 我々は、マル労同から社労党に移行し、議会制民主主義の枠内での闘い、それを活用して闘いを推し進めるという道を選択したが、改めてその意義を確認し、また反省してみる必要がある。我々は10〜15年にわたる政治闘争=選挙闘争に公然と参加してきた。これは我々にとってブルジョア民主主義のもとで、どう闘っていくのかという、基本的に重要な問題であった。新左翼の連中は一言でいってゲバルト闘争路線に傾いて行ったが、我々はブルジョア民主主義の下で闘う形態として議会闘争を進めてきた。

 しかし、我々の議会闘争は行き詰まり、その闘いを止めなくてはならなくなった限り、挫折したと言える。その原因はいくつかあった。小選挙区制が導入される、選挙制度が改悪される(供託金の引き上げもその一つだった)などがあったが、一番大きかったのは金(主として供託金)の問題であり、事実大きな負担として借金が雪だるま式に積み重なっていった。供託金制度がなかったらもっとやれたと思うが、この選挙闘争の行き詰まりによって、同志会(政治的サークル)に移るという転換を余儀なくされたのであった。

 転換の時にあたり、同志会の基本的立場が議論になり、政治組織かサークルかということが問題になったが、我々は基本的にサークルと言っても単なるサークルではない、「革命的サークル」なのだということを強調し、確認してきた。「革命的」とは実際的な闘いということであり、新しい条件の下でいかに闘いを切り開いていくかの問題なのだ、と提起されたと思う。その中で、研究会を重視することが強調され、とりわけ「資本論」冒頭の労働価値説が重視されるべきとされた。これに対して、学習会のサークルに移るのではないかというような雰囲気で受け取られる面もあった。しかし、研究会活動を重視すると言っても、それは我々自身が勉強するということではなく、理論の研究を通して労働者や若者をオルグし、組織化していく課題と結びつけられるべきということであった。

 《この部分については、大会報告では、大会での議論などを総括して、次のようにもまとめられているので、以下で合わせて報告しておく》

【社労党時代の議会制民主主義の制度に順応し、その枠内で闘うという路線は挫折した。我々の戦術が基本的に間違がっていたからと言うのではなく、議会制民主主義がすでにいかなる意味でも「民主主義」を体現するものではなく、それとは反対物に変質してしまったからであり、さらにますます変質したからである(供託金制度、小選挙区制、政党助成金等々)。

そして我々は“議会主義路線”の行き詰まりと挫折に直面して、基本的に3つの実践的な選択に直面したのであった。つまり議会制民主主義に適応し、それを「利用した」闘いに挫折し、あるいはその道が閉ざされたのだから、@新左翼的なあるいはアナーキスト流の闘いに、すなわち急進的、直接的、テロリズム的な路線に戻っていくか、Aあるいは闘いを止めて「単なるサークル」として、あるいは単なる個人として、非実践的、“傍観者的”(“観照的な”、フォイエルバッハ的唯物論の立場)に立つか、Bそれとも議会主義的なやり方ではない、しかもブルジョア民主主義体制にやはり適応した、別の、新しい闘いの道を見出し、闘いを継続するか、という選択に直面した――客観的に見て――のであったが、我々「選択」したのはBの路線であった。

すなわち、同志会の闘いは、ブルジョア民主主義(議会主義)を利用する闘いは挫折したのだから「直接行動」の道、ゲバルト闘争の道、テロリズムの道しかないことが明らかになったとして、急進主義の路線に「戻る」道でもなく、あるいは民主主義のもとでの“合法的な”闘いの手段も奪われ、またテロリズムもないとするなら、ブルジョア独裁で闘う手段がないということだと絶望して逃走する道でもなく、闘いを違った形で継続する道を追求していくところから再出発したのであった。しかしその過程で、違った形で革命闘争を貫徹するという転換に適応することも、それを理解することもできず、またそれを闘い抜く意志もなく、実際上、Aの道にまで後退する会員も出た。

確かに階級的な政治闘争の場として、その訓練として、選挙=議会闘争こそブルジョア民主主義の典型的で、集約された表現であり、“公の”、公認された諸階級を代表する諸政党の闘いの場であり、労働者の政党がそこに参加し、闘い抜く意義は――特に労働者を政治的に鍛え上げ、結集し、組織していく上でもつ意義は――ある意味でいくら評価してもしすぎることはない。しかしそこから実際に閉め出されたからと言って――革命的、階級的な党派や勢力をできるだけ閉め出すために策動し、民主主義を事実上その反対物にまで矮小化し、切り縮め、否定していくのはブルジョア階級にとっては一つの必然性である――、それは、ブルジョア民主主義の一般的な条件のもとでの闘いが閉ざされているということと同じではない。我々が“合法的に”闘えないというならテロリズムにさえ移っていく以外ないが、言うまでもなく、むしろ現段階ではテロリズム闘争は有害であり、百害あって一利なく、労働者階級の闘いの発展にとってマイナス以外の何ものでもない。我々は一貫してこの立場を堅持してきたのである。】

我々の研究会活動は日常的な闘いとしてやって来たのだが、それ以外でもいろいろ模索されてきた。議案にも3つほどの例を挙げたが、討論集会や講演集会などを組織し(去年は3ヵ所)、あるいは、中央学習会という形で何期かは行った。さらに労働者学校、労働者セミナーもあった。

◆ブルジョア民主主義下の新たな闘い

だが参加者はなかなか定着せず、これが“運動”として追求され、組織されるというところにまで進まず、結局は中途半端になった。この議案では「(1日)労働者セミナー」を新しく発見された“運動”の手段であると謳っている(新しく発見されたというのは大げさだと批判も受けてもいるが)。もちろんこれまでも、セミナーは闘いの手段の一つと位置づけてきたが、年1回ということもあり、継続的な“運動”として展開していかない面があった。今年偶然に1日の労働者セミナーとなったが、林の働きかけたときの感触も含めて言えば、非常にやりやすい、働きかけやすいと感じた。そんな経験も含めて、1日セミナーを“運動”としてやれるのではないかと提起している。

我々の参考となり得る闘いのやり方として、歴史的にも現実的にも色々ある。例えばアメリカの“茶会(ティーパーティ)運動”がある、これは議会闘争ではないが“運動”として展開されている。新左翼には武装闘争とか成田闘争だとかのきっかけがあった。あるいは労働運動が大きく盛り上がって来る情勢ならまた様々な闘いの展望が開けてくるだろう。最近、右翼(インテリ)が向坂の指導した三池闘争を批判していて、向坂が自分の「革命戦略」のために三池の労働運動と労働者を利用したと中傷していた。向坂の頭の中の「革命戦略」で、三池が具体的にどのように位置づけられていたかは知らないが、三池を拠点として「社会主義協会」の路線(彼らの中でいわば絶対視された“反合理化”闘争、従ってまた彼らの「革命戦略」)を押し進めようとし、そして挫折したと総括することもできると思う。

以上の例がそのまま直接に我々のやり方とはならないとしても、ブルジョア民主主義のもと、選挙闘争以外の方法でどのように闘って行くか、それを見出し、闘いの道を切り開いて行くということこそ、我々の現在直面している課題である。昨日の議論の中では、社会主義を(直接に)掲げてやるべきだという意見があったし、集団的自衛権の問題にもっと(社共や9条の会などと共に、共闘して?)取り組むべきだという意見もあった(いわば両極端の間違いであろう)。

選挙闘争に参加する以外のやり方で、別の形で、我々の闘いを継続すべきいろいろな形が考えられる。革命期で言えば、“ソビエト運動”とか、フランス革命時には“クラブ運動”というのがあった。“茶会運動”は右派の運動だが革命期でなくても起きている。かつて我々は創価学会の“折伏運動”(一般に宗教家たちの布教活動)についてしゃべったこともあった(「倫理の会」とかいう団体もあり、彼らは「早朝の話し合いの会」といったような形で人々を組織して、宗教的運動を展開している)。また、労働運動が高揚してくれば、これと結びついてやることも重要な形になりうる。

一言で言って、現在、労働運動も後退し、労働者の広汎な目覚めもまだ生まれていない段階で、いかにして革命運動を造り出し、組織していくかという問題である。宣伝や機関紙誌とその拡大普及、学習会に組織していく活動等々と共に、大衆に呼びかけ、彼らを結集する闘いの問題である。我々は常に、どのようにして実践的に道を切り開いていくかを考え、工夫し、展開して行かなくてはならないのである。現在、我々は安倍政権に対する闘い、その打倒を目指す闘いを呼び掛けており、政権との闘いは現実的な契機として重視していくし、反動的な安倍政権との闘いは特別な意義をもっている。しかし、現実的には、労働者階級の状況と、我々の力量からして、「安倍政権打倒」は我々にとって現実的な闘いにならないのであり(スローガンとしてならともかく、実力闘争としては)、また我々の闘いは単に「対政府闘争」に矮小化されてはならないのである(この最後の点では、社会主義を「直接に掲げて闘う」と言う人が正しいが、しかし革命運動を余りに抽象的に理解しており、結果としてそれを啓蒙的な運動に帰着させ、すり替えてしまう危うさを持っている)。

日常的な活動をしっかりやって、我々の闘いと結びつけていくべきだという福山の意見を「通信」で紹介したが、そうした認識は重要だと思う。単なる反政府闘争ではなく、あるいはそうした闘いを契機にしつつ、我々の根本的な思想や考えや、闘いの道を指し示す原則的な闘いが必要である。こうしたことは各支部でいろいろな形で行われてきた。例えば、神奈川は2つの支部を含めて毎年定例の集会を行っている。次いでに言えば、代表委が提起して来たいくつかの方法が「いまいち」であったと述べたが、しかし神奈川のやり方も「いまいち」の感じがする。

議案は、セミナー闘争の具体的なイメージを明らかにするためとして、現在の情勢の中では、「立憲主義と集団的自衛権」といったものが考えられると言ったが、これはもちろん一つの例にすぎない。そうしたテーマでやるということは、正面から「集団的自衛権を粉砕しよう」ということとは違う。そうではなくて、直接の政治闘争としてでなく、当面、“セミナー”という形式で、つまり学習や議論や検討という形式で労働者、勤労者に接近し、彼らを組織して行こうという趣旨である。

「立憲主義」と「集団的自衛権」問題は実際には直接に、内的に結びつくものではないが、共産党などのプチブル勢力によって、ことさらに因果関係が叫ばれている。それは彼らによって、1960年の安保改定策動が、岸の反動性や軍国主義(安保によって、「日本はアメリカの戦争に巻き込まれ、戦争する国家になる」云々)を代表し、象徴するものとして関係づけられたのと同様である。ブントや革共同らは、プチブル党派や市民主義者らが安保粉砕闘争を「民主主義擁護闘争」にすり替え、挫折させたと腹を立て、ののしったが、しかしそれは彼らが常習的にやっていること、彼らの階級的で偏狭な立場から出てくるものであって、今も同様である。ただ「立憲主義」が集団的自衛権問題と結びつけられるのは、その策動が安倍の“政治主導”路線によって、従ってまた「閣議決定」などによって、“超法規的に”、「解釈改憲」によっていとも安易に行われることと関係するにすぎないのだが、プチブル勢力(市民主義者や共産党など)には決定的で内的な関連があるように思われるのである。

“立憲主義”(「憲法は政府を縛るためにある」、といった共産党や市民派の幻想もしくはたわ言)が非常に大きな影響力を持ち、安倍政権に反対する勢力のスローガンとも、その運動を規定する看板ともなっており、従って、こうした問題と絡めて議論することによって、我々は安倍政権との闘いを推し進めると共に、プチブル勢力との闘いも遂行し、彼らの日和見主義や偏狭な立場を明らかにし、労働者や若者を引きつけ、組織して行くのである。これは一つの具体的なイメージであるが、単純な政治闘争とは違い、現在の客観的、主体的な状況と条件の中で大衆に訴え、組織していく一つのやり方として我々は評価するのである。

集団的自衛権「行使」の容認を安倍政権がやることと、「閣議決定」でもってそれを強行することは二つの別の問題であって、集団的自衛権は「日本を戦争のできる国にするためのもの」だ、だからこそそれを“超法規的に”やるのは「必然であって内的に結びついている」などと言うのは一つのドグマに、たわごとに属するのである。

我々のセミナーが我々の“運動”の形態となり得るのは、例えば「集団的自衛権」に“政治的に”(共産党的に、あるいは「9条の会」的に、つまりプチブル的な、皮相に、ドグマ的に)反対するといったものでなく、実際に集団的自衛権問題とは何か、さらには「立憲主義」とは何かを真剣に考え、検討し、議論する場として現れるからであり、そうしたものとしてそれらを実際にあるものとして、労働者的で真に批判的立場から議論し、明らかにし、そうしたことを通して労働者、若者を結集し得るものとなり得るからである。

◆我々の闘いの“哲学的な”基礎を確認せよ

こうした文脈の中で、議案に対して、道徳主義だと批判されているが、心外である。最近、哲学の問題で代表委を中心に議論したことがあった。私は「フォイエルバッハ・テーゼ」を持ち出して、観念論と唯物論の対立を余り単純な形で論じないように注意を促した。マルクスは唯物論にも色々あるとして、フォイエルバッハの唯物論を取り上げて批判している。それは重要な問題を持っていると思い、最近この短いテーゼを読み直してみた。フォイエルバッハの唯物論というのは「観照的な唯物論」(観照:よそ事みたいに対象を見る)になっている、つまり、彼は実践的な活動というものを評価していない。唯物論にもあれこれあり、認識論でも、客観に対する単なる反映論というものもある。客観的実在があって、精神は客観に従属し反映するというのはいい。しかしそれだけでは、観念論を打ち破り、圧倒していくことはできないとマルクスは言うのである。

あるいは、社会主義は歴史的な必然である、客観的必然性であるという“唯物論的な”歴史観(唯物史観)について考えてみても、レーニンも批判していたが、ストゥルーベというロシアの自由主義的――当初はマルクス主義的でさえあった――政治経済学者の例がある。彼は結局ブルジョア的人間に堕落し、ロシアの自由主義的ブルジョア党(カデット)のリーダーになった。ストゥルーベは、資本主義は客観的必然であると強調して主体的な契機を見なかったために、ブルジョアに転落したとも言える。ロシアでは資本主義がまだ存在しないのだから、まずブルジョアになって資本主義を発展させる、させなくてはならないという観念に容易に到達したというわけである。社会主義はいいものだが、それはただ歴史の“必然性”として主体的な実践なしに、いわば“自動的に”やってくる(「果報は寝て待て」)というわけである。

今でもブルジョア自由主義者やプチブルインテリたちは、社会主義や共産主義が歴史的な必然なら、どうしてみなさんは――つまり我々のことだが――社会主義のために努力し、闘うのか、「必然」なのだから、そんな必要はないではないか、苦労して闘う必要がなぜあるのか等々としばしば嘲笑的に言うのだが、ただ人間のどんなよき社会も、従って社会主義もまた――その実現には、確かに歴史的な条件があるとはいえ――革命的な人民や自覚した労働者の現実的、実践的な闘いがあってこそ可能である、ということを知らないだけである。

フォイエルバッハの立場がなぜ批判されたかと言えば、彼は現実というのは観念的に反映されている、それが宗教だという結論に留まって、宗教の転倒性は現実世界の転倒性であることを見なかったから、その結果として、単に宗教的認識を廃棄すればいいのだと考えて、宗教的な認識を生み出す現実を変革する実践的な立場にまで進まなかったからである。マルクスは、問題は根底的には宗教自体ではなくて現実である、その現実とのかかわりというのは実践的問題であると強調している、一言でいえば、フォイエルバッハの立場は「観照主義」であると批判されているのである。人間は“対象的”、実践的な存在であり、まさにそうした存在として人間であると、マルクスは次のように強調している。

『これまでのあらゆる唯物論――フォイエルバッハを含めて――の主要欠陥は、対象、現実、感性がただ客体の、または観照〔直感〕の形式の下でのみ捉えられ、感性的な人間的活動、実践として主体的に捉えられていないことである。それ故に、この能動的な側面は抽象的に、唯物論に対立して観念論によって――しかし観念論は、当然のことだが、現実的・感性的活動そのものを知っていない――展開されてきた。フォイエルバッハは感性的な、思惟的客体から真に〔現実的に〕区別された客体を要求する。しかし彼は人間的活動そのものを対象的な活動として捉えていない。……それ故に彼は革命的な活動、実践的に批判的な活動の意義を理解しない。』

だから、フォイエルバッハは一般的な理論的立場に留まっていて、観照的、観想的であって実践的ではないと非難されることになった。マルクスはフランスの唯物論も総括した形でこのように言ったのであり、フォイエルバッハの立場は市民(ブルジョア)の立場であって労働者の立場ではないと厳しく批判したのである。つまりフォイエルバッハは人間を、個人として抽象的にとらえていて、現実的な社会的な人間としては、実践的主体としては理解していないというのである。

観照的、受動的でなくて、実践的でなくてはならないというのは、“認識論”においても同じである。単純な反映論ではなくて、人間が直接の現実を、現象を本当に(概念的に)理解するには、主体的な契機が必要である。論文を書くときも同様であり、あくまで現実や事実から出発するのは当然としても、現象を述べ、叙述するだけでは――これだけでは、現実つまり対象にただ受動的に、自然発生的に、漫然と関係しているだけである――、まだ本当の認識に、つまり本当の論文にはならないのである、さらに事実を内的な関係としてどう捉え、理解するかが問題で、そのためには事実を“実践的に”検討し、分析し、総合し、概念として示さなくてはならないのである。

マルクスのフォイエルバッハ批判の核心は、我々が、実践的に生きるのか、それとも悪しき“客観主義”に、観照主義的に生きるのかという問題、まさに人間的存在の根底にかかわる問題である(人間の実践的な側面は唯物論によってでなく、観念論によってむしろ積極的に展開されて来たというマルクスの、ある意味では“驚くべき言葉”を確認するために、フォイエルバッハ・テーゼをぜひ改めて読み、その意味を熟考すべきである)。

こうした我々の実践的立場を強調するために、議案は「漫然主義」の一掃を謳っている。だから議案の立場が道徳的だという批判は当たっていないし、だいぶ違う。資本主義の批判的、自覚的検討や追求の中で、始めて社会主義の展望も生まれてくるのだが、こうした展望は単なる理想主義だ、空想的だ(観念的だ云々)と言うことはできない。我々は資本主義社会の中に生きている人間として、我々の実践的で革命的な立場の根底を確認する必要がある。

また最後に、議論の中で、我々の闘いの総括として、「原理主義的」運動であったことが基本的な欠陥である、それからの方向転換が必要であるかの意見も出されたが、それに対しては、同志会が「原理主義的」であったから勢力が伸びず、何時までもセクトに留まるのだといったような総括には反対であり、我々はかつても今もある意味では「原理主義的」――もちろん、ブルジョア的な(「市場原理主義」)、あるいは宗教的な(イスラム教やキリスト教の原理主義等々)「原理主義」とは縁もゆかりもないが――である、何をもって我々が「原理主義」だというのかは分からないが、我々は労働者の階級闘争の立場に忠実であり、また革命的社会主義、共産主義の原則を保持し、マルクス主義の根底を堅持するという点では「原理主義」そのものであって、水ぶくれで曖昧な、思想的な内的統一や強い意志の一致もないような日和見主義の組織を作っても、第二インターの例を引くまでもなく(もちろん現在の共産党、スターリニストも同様であるが)労働者の解放闘争にとってマイナスの意義しか持たないのである。「我々は第二インターの崩壊の教訓を初めとする、多くの革命運動の経験を踏まえて闘っているのである」という明確な反論がなされたことも、付け加えておきたい。



社会主義における「分配」はいかになされるか
消費手段の「価値規定」問題
「価値移転」ドグマとの訣別が“解決”の鍵

 ◆1、我々の前に提起された理論課題

 社会主義における分配の問題と関連して、消費手段の「価値規定」をいかに行うかというテーマがこの2、3年、我々にとって検討されるべき重要な理論問題、従ってまた議論が重ねられ、解決されなくてはならない課題として存在してきた。M会員は、それに先行する「(有用労働による)過去の労働の移転」問題がそもそもの出発点であったと証言したが、林としてはその自覚は希薄だった。しかし反省してみるとM会員の言ったことが正しいかと思う(少なくとも、重大な関連を持つ“前哨戦”であった)、というのは、我々が解決――もちろん、理論的な解決に留まるのだが――を追求してきた「消費手段の価値規定」をいかに行うのかというテーマは、「過去の労働の価値移転」という観念と――その止揚克服と――深く関係していることがいま確認されるからである。

 そもそも社会主義における消費手段の「価値規定」――直接に労働時間(その生産に必要な社会的労働の長さ)で個々の消費手段の「価値」を表現し、規定する――という課題は、二十数年前、つまり四半世紀も昔、“市場主義的”社会主義といったブルジョア概念が浸透し、はびこる時代的環境の中で、当時、我々が――少し大げさに言えば、世界中で我々のみが――、彼らに反対し、「それは可能であるし、また社会主義が社会主義であるためには、それは実現されなくてはならない」と主張したことから始まったのである。

 当時は、スターリン主義的(つまりえせの)“共産主義”運動の疾風怒濤の時代、ソ連邦の解体や東欧革命やソ連共産党権力の崩壊などの世界史的な大事件が続いた時代であり、そんな大きな歴史の転換点の中で、「社会主義」を実現した国家と自他共に?信じ込み、喧伝もされていたソ連などを始め、世界中の多くのスターリン主義者たち、つまり共産党の連中――“スターリニズム”を少しも克服できなくて“ブルジョア”に転落した連中――が、社会主義の分配もまた「価値規定」によってなされるのではない、そんなことは不可能だ、「市場経済」の働きによって、つまりスミスの言う「神の見えざる手」によって、そうした形でのみ可能である、「市場経済」のままに任せるべきだ、それが一番うまくやってくれる、などと一斉に言いはやし、「市場主義的社会主義」といった妄想や、資本主義による社会主義の救済といったばか話に夢中になっていたのである。

 我々はそんなスターリン主義者たちに反発し、それができないというのは、彼らがブルジョアに堕落し、転落したからだと結論したが、しかしその時は――そしてその後、四半世紀近くもの長い間ずっと――、実際に、社会主義における消費手段の「価値規定」について、従って個々の消費手段がいかに分配されるかの“法則”について論理的に明らかし、語ることができなかった。

 しかし我々は一昨年の労働者セミナーにおいて、いわば真っ正面からこの問題を提起し、一応の解決に到達したのだが、しかし資本価値(「過去の労働」)の「移転」という問題(有用労働による)を、従って「資本価値」の問題を解決することができなかった、つまりその問題をいわば「棚上げする」という形で、とりあえず結論を出したということである。

 しかし我々は、今年9月の第11回大会の議論や、その議論の総括も踏まえて、この問題について明確な結論を出し、解決すべきときが来ていると考える。

 ◆2、ロビンソン個人の場合と発達した分業社会の場合

 もちろん孤立したロビンソン・クルーソーの場合と、社会主義社会の場合の「分配」法則が本質的には一致するとしても、決定的な違いがあり、その区別性もまた明確に明らかにされなくてはならない。

 人々は資本主義的生産とは極度に発達した分業社会であることを忘れるのであり、あれこれの生産手段といい、消費手段といい、徹底した社会的な分業によってのみ生産され、また「分配」されていることを忘れるのである。そもそもマルクスの再生産表式(単純再生産)の6000の労働(者)が生産手段を生産し、3000の労働(者)が消費手段の生産に従事すること自体、最も根源的で決定的な社会的分業である。

 そして分業とは社会的な分業であって、例えば個人的な分業――というより、自らの労働の分割――といったことと本質的に別な側面があるということを忘れている、あるいは見ないでいる。

 ロビンソンのように孤立した個人の場合については、マルクスが『資本論』の冒頭で論じている。そこでマルクスは、問題は単に彼個人の労働の分割、配分にすぎないとして次のように論じている。

 「彼とてもいろいろな欲望を満足させなければならないのであり、したがって道具を作り、家具をこしらえ、ラマを馴らし、漁猟をするなど、いろいろの種類の有用労働をしなければならない。……必要そのものに迫られて、彼は自分の時間を正確に自分のいろいろな機能の間に配分するようになる。彼の全活動のうちでどれがより大きい範囲を占め、どれが小さい範囲を占めるかは、目指す有用効果の達成のために克服しなければならない困難の大きさによって定まる。経験が彼にそれを教える」(全集Ta、102頁、原91頁)。

 ロビンソンと資本主義的社会(一般に、発達した共同体社会)の違いは、ロビンソンの場合、彼個人の必要労働の分割として現れることが、発達した社会では多くの労働者の社会的な分業として現れ、そうした形で社会全体の生産物の生産に必要な労働の分割が、配分がなされる――そしてそれに対応して、消費手段の「分配」も可能となる、といってもここでは、資本主義と社会主義の場合、一つの根本的な区別が生じるのだが――ということだけである。

 ロビンソンの場合で言うと、例えば彼は生きて行くために、毎日、6時間は魚を捕るための道具を作り(一般的に言うなら、生産手段の生産である)、またさらに3時間は川や海に出て漁猟に従事し、かくして生活し、生きていくために10匹の魚を捕った(消費手段の生産である)としよう。彼の一日の労働量は9時間である。

 他方、同じ環境と条件のもとに、9人の共同体社会があり、毎日――つまり9時間――、6人が魚を捕るための道具を作ることに専念し、他方、残りの3人も9時間、魚を捕ることに専念し、こうした社会的な分業のもとに90匹の魚を捕ったとしよう。

 結果として、二つの場合とも、1人当たりの魚は10匹であり、人々が生活し、生きていくために支出した労働量も同じである。違いは総労働量が1人によって担われたか、9人によって分割され、分業によって担われたかということだけである。9人の共同体の場合は、6人は道具しか作らず、魚を捕ることには直接には何ら関係がなかったにもかかわらず、それぞれ10匹ずつの魚に対する分配を受けることができるが、それは彼の道具を作る労働が魚を捕る労働と「質的に」同一であり、従って総労働の中での比重に従って魚の分配を受けることができるからである。彼の道具を作る労働の3分の1は、労働時間で評価するなら、事実上魚を捕る労働であるが、他方、魚を捕る3人の労働の3分の2は、事実上道具を作るための労働である。「価値規定による分配」とは、基本的にこうした内容によって理解されなくてはならないのである。

 つまり我々が、社会主義社会における(搾取が廃絶され、労働の解放が勝ち取られた後の)、消費手段(=消費財)の分配のもととなる生産物(ここでは消費手段)の「価値規定」の概念とは、簡単に言えば、次のようなことであるにすぎない。

 共同体の9人の構成員が、9労働日の総労働によって獲得された90匹の魚を、みなそれぞれ――生産手段である道具を作った人たちも、消費手段である魚取りに従事した人たちも――平等に1人10匹ずつ分けると言うことは誰の目にも単純で、当然のこととして現れる。それはロビンソンが1人で道具をまず作り、それから魚取りに取りかかって10匹の魚を手にしたのと同じことにすぎないのだが、「過去の労働」とか、その「移転」とかいったドグマに取り付かれた人々(つまりブルジョア諸君たち)には、この簡単な真実に目が行かないのである。

 この共同体では、3人が90匹の魚を捕ったのだが、1人当たり30匹ではなく10匹しか家庭に持ち帰ることしかしないのだが、それは90匹の中には、道具を作った人々の労働も含まれているからであり、従って残りの6人もまた10匹ずつ受け取る当然の資格があるからである、というのは6人もまた、3人と同じ質の抽象的な人間労働を、社会的な分業によって担ったからである。3人の労働の3分の2は、実質的に(「価値規定」としては)道具を作る労働であり、またその3分の1だけが魚を取る労働であったのは、6人の労働の3分の2が道具を作る労働であり、3分の1が実質的に(「価値規定」としては)魚を捕る労働であったのと同様である。

 ◆3、発達した資本主義の場合――マルクス再生産表式(ここでは、“共同体”として抽象するという修正を行っている。図表参照)

 マルクスの再生産表式(単純再生産)によって考察しても基本的に同じである。

 総生産は9000であり、6000が生産手段、3000が消費手段として生産されている。しかしこれまでは、一見して、3000が「生きた労働」の価値であり、残りが「過去の労働」の価値、その移転してきた価値であるかに言われ、またそう見なされてきた(スターリン主義者はそんな風に言いはやしてきた)。

 しかし6000の労働が生産手段を生産したのであって、残りの3000の労働は消費手段を生産したのであり、決まり文句として言われている「生きた労働」とは、消費手段の生産に配分された労働ということでしかないのであり、また「死んだ労働」とは、生産手段の生産に充用された労働ということでしかない。とするなら、ここでは「生きた労働」とか、「死んだ労働」といった観念が意味を失うのは明らかである。消費手段を生産する労働が「生きた労働」であり、生産手段を生産する労働が「死んだ労働」、過去の労働である、などと言えるはずもないからである。

 ただ個々のブルジョアの目には、生産手段のための労働は「過去の労働」として、つまり資本価値(搾取の前提としての費用価格)として現象するのだが、俗流経済学はそんなブルジョアたちの意識を反映し、“理論化”するだけである。

 生産手段として再生産された6000の(労働量の含まれる)生産物は、使用価値としては生産手段であるが、「価値」としては、4000の生産手段と2000の消費手段が再生産されたものである。

 同様に、3000の消費手段もまた、使用価値としては全て消費手段であるが、「価値」としては消費手段は1000のみであり、残りの2000は生産手段である。

 従ってブルジョア社会では生産手段のために支出された2000の価値(労働量)と、消費手段に支出された2000の価値が「交換」されなくてはならないのだが、社会主義ではただ3000の消費手段が9000の労働(者)に分配される、つまり「労働に応じて分配」されるだけである。

 従って、社会の全体においては問題は簡単であり、生産手段を作ることに従事した6000を生産する労働者は3000の労働者の生産した消費手段の3分の2を、つまり2000労働分の分配を受ける資格を持つのであり、3000の消費手段を生産した労働者はその全部ではなく3分の1を、つまり1000労働分の消費手段を受け取る資格を有するだけである。

 人はおうおう、一定の期間(年々)、支出された(“対象化”された)労働が9000ではなくて3000であると誤解するが、それは例の「生きた労働」の観念――スターリン主義者たちが言いはやす間違った観念――にとらわれているからである。しかし3000とは総労働の内の消費手段の生産のために支出された労働にすぎず、生産手段のための労働も加えれば総労働は、3000でなくて9000である。「生きた労働」の観念は、それを年々に支出される、現実の総労働と理解するなら、この言葉も意味を持ち得るが、消費手段に支出されたものと解する限り、不合理な観念にすぎない。

 ここでついでに付け加えておけば、マルクスは『資本論』第2巻の再生産表式の理論においては、基本的に、生産手段(資本)の「有用労働による価値移転」などと言ったことは、当然ではあるが全く問題にしていない(客観的に、問題になるはずもない)。

 消費手段を生産する労働は3000であり、またそれを消費する労働(者)も3000であって、かくして「価値論」にうまく適合しているといった観念は、一見してまともであり、至極もっともに思われるので俗人の耳に入りやすいが、しかし社会はまた6000の生産手段の生産にも労働を支出している――せざるを得ない――のであって、実際には社会はこれらの生産手段も年々消費しているのであって(個人的消費ではなく、生産的消費であるが)、前記の間違った観念は、ただ生産手段の生産のための労働を無視し、忘却したところに存在し得るにすぎない(どこかで「スミスのドグマ」に通じる妄想であろう)。

 現実には、社会は6000の生産手段を生産する労働と、3000の消費手段を生産する労働に、総労働を分割しているのであって、こうした“分業”の中で、消費手段の配分もまた“合法則的に”貫徹しているのである。すなわち個々人について言うなら、各人はロビンソンと同様に、個人的労働を生産手段のために3分の2を、消費手段の生産のために3分の1を支出している、つまりそんな風に自らの労働を分割しているということである。だからこそ、生産手段を生産する労働と、消費手段を生産する労働が“分業”の中で支出されるとき、生産手段及び消費手段の交換もしくは配分が行われるし、行われなくてはならないのである(もちろん社会主義では「交換」というより、消費手段の「配分」もしくは「分配」が行われると言うべきであろうが)。

 生産手段を生産する労働者について言えば、その労働を「価値」から見れば、生産手段のために3分の2であり、消費手段のために3分の1であるし、また消費手段を生産する場合も同じである、だからこそ、生産手段を生産する労働の3分の1に相応する消費手段に権利を有するのであり、他方、消費手段を生産する労働者は自ら生産する消費手段に対して3分の1しか権利を有しないのである。つまり9000の労働に対して、全ての生産者はその労働の3分の1だけ、消費手段に対して権利を有するのであるが、ここではすべてが“価値法則”に適合しているのであって、それ以外は何もないと言っても決して言いすぎではない。

 これが社会主義社会における「価値規定(消費手段を生産するのに要した労働量)による」、消費手段の分配の基本的な内容であり、法則であるにすぎない。

 ◆4、全体の場合と、個々の消費手段の価値規定は別

 我々の議論はここから始まったのだが、しかしそこに留まることはできなかった。というのは、それは全体としての消費手段の分配は簡単明瞭だとしても、個々の消費手段の場合はどうなのか、個々の消費手段の「価値規定」はいかになされるのか、という問題が簡単には解決されなかった、つまり理論的に説明できなかったからである。消費手段がただの一種類なら――我々の想定した9人の共同体のように、魚だけなら――答えは簡単明瞭であった。しかし現代では消費手段は千差万別、何万、何十万もある、あるいは無限大と言えるほどに多量である。

 こうした発展した社会では、個別の消費手段は個別的に規定されるしかないのである、というのは、消費手段の「価値規定」は、消費手段の生産のために必要な生産手段の「価値」(労働)と、直接に消費手段に費やされた労働の和以外ではないのだが、個々の消費手段の価値自体、その大きさは千差万別であり、また二つの契機の比率もまたみな違うだろうからである。

 総生産について論じるなら、「価値規定」の問題にはどんな困難もない。しかし生産物の、したがってまた個々の消費手段の生産においては――もちろん生産手段の場合でも基本的に同じだが、我々は社会主義における分配法則の発見が課題であるから、消費手段について論じることにして――、二つのことが問題になる。

 一つは、個々の消費手段の価値(生産に必要な労働量)の大小である。より大きな労働量の消費手段は小さい労働量の消費手段よりも大きな労働量によって「買われ」なくてはならない(分配されなくてはならない)ということである。例えば乗用車1台が200の価値であり、携帯一台2であったとするなら、乗用車は携帯1台の100倍の労働時間によって「買われる」ことができる、あるいは100倍の労働時間と引き替えにのみ手にすることができるということになる。

 だからこそ、社会主義の分配においてはまだ「価値規定による分配」と言うことになるし、ならざるを得ないのである。社会主義での原則は、社会に与えただけの自分の労働によって生産された生産物が自分のものとなる、ということである。もちろん、200の「価値」の乗用車を手にする個人は、年間労働が仮に200であるとするなら、乗用車をあえて手にしたら生きていくことができず、餓死するしかないが、携帯を「買った」だけの個人はまだ198の労働量(に対応する消費手段)に対する権利を持っているから、余裕を持って生活し、生きていくことができる。前者はしたかなく「ローンでも組む」しかないということになる(ここで「ローンを組む」というのはたとえであって、社会主義では別の形を取ることは言うまでもない)。

 もう一つ、注意すべきことは、個々の生産物はその自然的な「有機的構成」が、つまり「価値」構成の比率が異なっており、平均からずれていると言うことである。

 例えば、コメ10キロと乗用車1台の「価値規定」は如何、という問題を取ってみよう。

 両者とも、直接にその生産に支出された労働は10としよう。しかしコメを生産するための生産手段に支出されている労働量は10とし、他方自動車の方は50とすると、コメ10キロは20の労働量として規定されるが、他方自動車1台は60として規定されるし、されざるを得ない、ということになる。同じ労働量によって直接には生産されるが、コメ10キロは20の労働量によって手に入れることができるが、自動車の方は60の労働量によって「買う」必要がある――交換され得る、あるいはその労働量によって分配されることができる――ということである。

 コメを生産する生産手段の労働量は現実的なものであり、生産手段部門において示されており、また乗用車を生産するための生産手段の労働量も同じであり、そうした数字の計算は純粋に技術的なものであって、概念がはっきりしているなら、どんな社会でも、少しでもなれれば容易にやることができるだろう。そしてこうした計算が技術的に可能なのは、生産手段を生産する労働も、消費手段を生産する労働も――つまり一切の社会的に必要な生産物を生産する労働が――質的に同一でただ量的に異なるだけの、抽象的人間労働に還元されているからであり、いる限りのことにすぎない。

 1台の乗用車を生産する労働が、仮にコメの一定量を生産する労働と等しくても、実際には乗用車と交換される労働量はコメの何倍、何十倍にもなりうるし、またなって当然であり、それこそが合理的である、というのは、乗用車に含まれる――その生産に必要な労働量――は、ただ乗用車を製造するための労働であるだけではなく、それに加えて、その乗用車の製造に必要な生産手段の「価値=労働量」もまた再生産され、プラスされているからである。乗用車ではこの部分の比重がコメよりも相対的に大きいのである。そしてこうした両者の懸隔は、歴史的なものである限り(そしてそれが仮に自然的な契機によるものであったとしても――例えば土地生産物の「価値」は豊度の違いによって異なり得る)、農業の機械化や科学技術の応用・適用や経営の大規模化等々が進み、生産性が上昇するなら、それに比例して急速に縮まり、縮小していくし、行くことができるだろう。

 ◆5、「生きた労働」と「過去の労働」(資本価値)及び後者の「(有用労働による)移転」論の虚偽性(ブルジョア的観念)

 こうした認識から反省して見れば、「生きた労働」とか「過去の労働」といった観念が、どんなに不明瞭なものであるかが、労働者の観点からするなら虚偽の観念でさえあることが明瞭に暴露されてくる。というのは、生産手段を生産する労働も、消費手段を生産する労働もみな現実的であり、共に質的に同一の抽象的人間労働として現在的だからである、その意味では「過去の労働」といったものは存在する余地がないからであり、従ってそんなものが「有用的労働」によるものか、何によるかは知らないが「移転」されるはずもないのである。「過去の労働」といったものは、ただブルジョア社会では「資本価値」といった形で存在するのだが、そんなものは果たして社会的亡霊(物神崇拝の一種)ではないかと、我々は疑ってかかるべきであろう。

 「資本」とは――「貨幣」という物質的な形を取って現れるとはいえ――本質的に社会関係であって、“モノ”の関係ではなく、従って“実体的な”関係ではないこと、単にそうしたものとして表象され、“仮象”されているにすぎないことが確認されなくてはならないのである。

 「価値移転」論は、「価値」を、従って「資本」をも、何か「実体的な」ものとして、つまり自然的、物質的といった意味での「実体的な」ものとして想定する、つまり“物神崇拝的な”意識、ブルジョア的な虚偽の意識に、錯誤にとらわれている。

 「過去の労働」として現象しているものは、実際には、生産手段を生産する労働でしかないが、それは分業によって現実に存在する労働であって「過去の労働」といったものではない。そんな風に理解するのは、資本主義社会における、高度に発達した、社会的な分業を――つまり現代の社会がそうした分業によってのみ成り立ち、発展してきたことを――理解することができない人々のたわ言であろう。彼らはブルジョアの立場を、しかも個別的ブルジョアの立場を現実的に、さらには意識において克服することが決してできないのである。

 実際、ブルジョアの意識には、つまり個別資本の立場からは、「資本」は「過去の労働」として現象するのであり、現実にそうしたものとして現れている。資本はまず資本から、つまり生産手段から出発するが、資本にとってはみな「過去の労働」の成果であり、その「蓄積」されたものでしかない。そして商品の価値(価格)も、資本価値(費用価格)と利潤の合計として表象される。

 しかし個別資本が「資本」(「過去の労働」)として意識し、認識するものは、社会全体の、ブルジョア社会全体の関係の中で考察するなら、「過去の労働」といったものではなく、現存の労働に、社会的な総労働の内の、生産手段を生産する社会的な労働によって規定されているにすぎない。それは「過去の労働」に関わることではなく、現存の年々の社会的総労働とその配分にかかわる問題にすぎないのであり、こうした観点からするなら、「過去の労働」の、つまり資本価値の「移転」といったことは、実際には陳腐なブルジョア的幻想にすぎないということになるし、ならざるを得ない。彼らは労働者の生産した富を、使用価値を「資本」として、自分の私的所有物として再び手にするのであり、することができるのだが、ブルジョアの目には、それが資本価値の「移転」として意識されるのである。

 通俗的に「過去の労働」と呼ばれていたものは、実際には(「価値」としてみるならば)生産手段を生産する労働であり、「生きた労働」といわれていたものは、消費手段を生産する労働でしかない。従って、使用価値として生産手段を生産する労働者(いわゆる第T部門の労働者)も「価値」(労働量)としては消費手段に対して、その労働部分だけの権利を持つのであり、他方消費手段を生産する労働者(第U部門の労働者)は、自らの生産した消費手段ではあっても、「価値」として生産手段を再生産した分に対しては権利を持たないのである。

 従来の観念(スターリン主義者の観念)では、ただ消費手段を生産する労働のみが「生きた労働」として考えられており、生産手段に“対象化”される労働は、事実上「過去の労働」として、「(有用労働によって)移転」されてきた資本価値と見なされてきた。しかし、再生産されるものが使用価値の全体であって、単に消費手段だけでないとするなら、「価値」においても同様であって、年々の総労働が「生きた労働」として消費手段にだけに支出されていて、生産手段には支出されないといった観念は途方もないのであり、分業によって社会が成り立っているような、どんな“近代的”社会の現実とも合致しないのである。

 かくして、「価値規定による分配」の概念に到達するためには、何よりもまず、「有用労働による価値移転」といった虚偽の意識から解放されることが必要であり、またそうした意識から解放される限りで、この問題の解決――もちろん、さしあたりは理論的な解決に留まるのだが――は極めて容易であり、単純明快なものとして現れるのである。

 かつて林は「有用労働による」価値移転という観念に反発したが、しかし今の時点に立って反省すれば、問題はむしろ「資本の価値移転」という観念そのものであり、それがどういう意味と内容かということであった。「有用的労働」による移転といったことも、ただ個別資本の“論理”として仮に意味があるとしても、そんな限界の中でのみのことであって、社会的な総生産と再生産という観点からすれば何の意味もないこと、社会的な総生産の論理において、そんなものを持ち出すのはまるでピント外れであり、有害でしかないことを、我々は確認する必要がある。

 しかし人々は個々の資本に現れるままの現象に幻惑されて、「過去の労働」の移転という妄想から離れることはできないのである。こうした妄想は、一つには魚捕りをするには、その道具をまず作ってからでなくては魚を捕ることはできないという、自然発生的で“感覚的な”観念から出発するからであり、さらにブルジョア社会においても、ブルジョア的生産の出発点では、資本が、つまり生産手段が――消費手段もまた――社会的な生産もしくは再生産の前提として、「資本」として、現れるからであり、また資本は社会的な「価値」として、維持され、その“生命”を継続していく――自己増殖さえしていく――からである。

 ロビンソンについての我々の例でも、彼はまず道具を作るのに6時間を費やし、それから3時間をかけて魚を捕ったのであって、まさに彼の魚を捕るという「労働」においては、道具を作るという労働は前提として、従って魚を捕るという労働に「移転」して現れたのである。

 しかしロビンソンの場合においてさえ、彼は「移転」と言うことでは説明できない行動に出るかもしれない。例えば道具を作るのに6時間でなくて18時間を要するなら、彼はそのために道具を作る労働を3日間に分割せざるを得ないのであって、まず二日間を道具の生産に費やし、その後で1日まるまるを魚捕りについやすというやり方をしないであろう、というのは、魚は毎日捕らなくては腐ってしまって食べられないからであり、どうしても毎日魚捕りに3時間を割かなければならないからである。

 要するに、ロビンソン(孤立した個人)の場合には、いわば“縦並びの”労働分割が、配分がなされるかもしれないが、社会的な生産が行われるなら、“横並びの”配分が、つまり“分業”が行われるのであって、道具を作ることも、魚捕りをすることも“同時並行的に”なされるのであり、なされることが可能である。このことが理解され得るなら、社会主義における価値規定の理論の理解は容易になるであろう。

 「価値移転論」は結局不合理な循環論証に帰着したし、せざるを得なかった。

 消費手段の価値規定において問題となるのは、その消費手段を生産するに要した生産手段の「価値」のみであって、その生産手段の生産のためにさらに(つまり延々とさかのぼって)必要とされた生産手段の「価値」はいっさい無関係である。

 例えば、乗用車の生産のためには、労働対象としての鉄鋼(い)と、労働手段としての機械(A)が必要であったとしよう。そしてこの鉄鋼のためには鉄鉱石が、そして機械(A)の生産のためには、鉄鋼と機械(B)が必要であったとしよう。しかしここでは鉄鉱石から鉄鋼を生産する労働や、機械(A)を生産するために必要な鉄鋼や機械(B)等々のことは考慮する必要は一切ないのである、というのは、乗用車を生産するために必要な鉄鋼と機械(A)は、すでに再生産された労働時間によって「価値規定」され、示されているからである。

 これは本質的に、機械や鉄鋼や鉄鉱石の価値規定を、「過去の労働」によって、つまり価値の移転によって行うことは不合理である。実際そうしたことは不可能である、というのは、結局は循環論証になるだけであり、価値を価値によって(現実には、価格を価格によって)規定するということになるしかないからである。

 例えば、鉄鉱石(これは「生きた労働」からのみ価値規定される?)から出発して、次に、「過去の労働」つまり「移転された労働」――鉄鉱石に対象化された労働――と「生きた労働」なるものをプラスし、さらに順次、同様にして乗用車にまで至り、かくして乗用車の価値規定が可能になるように見える、しかし、最初の鉄鉱石の生産――採掘等々――もまた機械等々を必要とするのであって、鉄鉱石自体、その価値規定はアプリオリすなわち無前提ではない(いわゆる「生きた労働」だけでできるわけではない)。

 生産手段の価値もまた「再生産」されるとするのと、それが「有用労働によって移転される」とすることは同じことではないのか、という見解が、つまり「移転論者」の言い抜けが持ち出されるかもしれない。

 つまり、年々の社会的な労働によって「生産手段の価値が、つまり『過去の労働』が移転される」(有用労働によって、ということは問わないとして)と規定することと、「生産手段の価値もまた『再生産される』とすることは結局同じことではないのか」、といった“疑問”である。

 しかし再生産されるのは生産手段ばかりではなく消費手段もまた同様であり、かくして両者を併せて年々の――一定期間の――社会的な総生産を形成するのである。生産手段は使用価値としてだけでなく、「価値」――質的に同一の抽象的人間労働――としても年々に生産もしくは再生産されたものであり、またそうしたものとして以外には存在していないのだから、そんな世界に「過去の労働」とか、そんなものの「移転」とかいったものが混入するはずも、し得るはずもないのである。「過去の労働」なるものを一体いかにして抽象的人間労働に還元できるのか、そんなことは不可能であろう。それは年々の現実の労働によって「対象化される」限りで、抽象的人間労働であるし、あり得るのである。

 もし年々の労働によって、「価値」もまた再生産され、規定されるのではないと言うなら、使用価値もまた、年々の再生産によって新しい使用価値として再生産されないし、され得ないということになるしかない。

 しかし実際には、年々の使用価値は年々消費されると共に、再生産されるのであって、それは生産手段においてだけではない、消費手段においても原則的に同様である(人はしばしば、この後者のことを忘れるか、確認することを怠る)。

 総労働が社会的な分業として行われているとき、そして生産手段も消費手段もその生産が、広汎な社会的分業の中で行われているとき、生産手段の価値は「過去の労働」の移動であり、消費手段の価値のみが「生きた労働」の結果であるといった、スターリン主義流の混沌とした空文句は、マルクス主義の「価値」の理論の根底を脅かし、混乱させ、無意味なものに転落させる以外の、どんな意味も“役割”も持っていない。生産手段の価値が過去の労働の移転だというなら、消費手段もまた同様であろう、というのは、消費手段もまた生産手段を用いて生産されているのであって、その意味では「過去の労働」の移転でもあるからである。使用価値として消費手段ではないかといってもムダである、というのは、ここで問題になっているのは使用価値ではなく、価値(交換価値)だからである。

 「価値移転論」は、ブルジョアの「費用価値学説」という形で理論的、“学問的”な形を取った意識と密接不可分である、つまり「価値」(彼らにとっては、そのものとしての「価格」であるが)とは資本価値(不変資本と可変資本)プラス利潤であるという意識である。ブルジョアにとっては、生産手段として、そしてまた消費手段として再生産された富は、ブルジョアの所有する「資本」として、その「移転」として意識されるのであり、従ってその「価値」もまた「移転」されるのであるが、それはブルジョアの目に映る現実そのものである。

 ◆6、「価値移転論」の矛盾と自家撞着――生産的労働は3000でなく9000

 価値移転論者によると、年々の総労働(者)は9000でなくて3000だそうである、というのは「生きた労働」はただ3000だけであって、残りの労働の6000は「生きた労働」ではなく、「過去の労働」、死んだ労働だからである。

 3000の労働が、抽象的人間労働によって3000の価値を創造し、他方、具体的有用労働は9000の使用価値を生産すると共に、6000の「過去の労働」を、生産手段の価値を、資本価値を「移転する」のである。9000のうち、3000だけが「生きた労働」の成果である。つまり6000の価値を持つ生産手段は、使用価値としては再生産されたが、価値として再生産されなかったのである。

 しかし9000の使用価値が3000の労働によって生産されたものであるというのは、言語矛盾であって、そんな理屈が「原則」であるかに祭り上げられるなら無意味なドグマになるしかないのは余りに明らかなように思われる。

 3000の労働が生産したものは結局消費手段であり、ただそれだけだということになるが、しかし他方では9000の使用価値を生産したと言われるのである。しかし商品生産においては、使用価値の生産とは同時に価値の生産であるし、そうでなくては労働価値説はわけの分からないたわ言になるしかない。価値の生産ではない、使用価値の生産があり得るなどという観念は途方もないものであって、「価値法則」を根底から否定し、止揚することなくしてはとうてい理屈として提出することはできないように思われる、だがスターリン主義者たち(共産党の連中)は平気でそんなドグマを振りまくのであり、今も振りまいている。

 そしてもし「過去の労働の移転」(価値移転)を言うなら、生産手段の価値だけでなく、消費手段の価値の移転も言わなくては首尾一貫することはできない、というのは、資本にとっては「移転」され、再生産されるのは不変資本(生産手段の価値)だけでなく可変資本(消費手段の価値)も同様だからである。資本は年々の再生産の出発点では生産手段も消費手段も「資本」として所有し、前提しているのであって、それらは年々の終わりにはまた自分の手元に戻っていなくてはならないのである。

 そしてこの場合には、「価値移転」論の限界が、矛盾が暴露されてしまう、というのは、価値としての消費手段(可変資本)は直接に「移転」するのではなく、直接には労働者の所得へと転化し、さらに労働者の労働によって現実的に再生産されるものとして現象するからである、その価値は「移転」されたものとして、「労働」によって(抽象的人間労働によってさえも)媒介されたものとして現れ、「有用労働によって移転されたもの」として現れないからである。

 かくして「価値移転」論のドグマに固執する限り、「価値法則」はわけの分からない理論的混沌と不合理に行き着くしかなく、社会主義社会における「分配法則」などどこかに吹っ飛んでしまうだけではない、資本主義社会の合法則的な理解さえも全く不可能になるだろう。スターリン主義者(共産党の連中)は途方に暮れるしかなく、結局実践的、理論的に自ら破綻し、いくじなくブルジョアの軍門に下るのである。

 労働者にとって資本主義の現実の認識――従ってまた社会主義の理論の理解――は単純で明快である。9000の価値と使用価値(9000の価値を持つ使用価値)が年々再生産されるとするなら、それは年々9000の労働が支出されたのであって、それ以外ではない。消費手段を生産するために3000の労働が支出されたから、年々の「生きた労働」は、つまり総労働は3000でしかないといった観念は、社会的な分業の社会について、何も理解していないことを暴露しているだけである。もし3000の消費手段を得るために、3000の消費手段の生産に必要な労働だけでなく、6000の生産手段を生産する労働も必要だというなら、それは社会的な総生産のために、年々9000の労働が「分配」されるし、されなくてはならないということであって、それは余りに単純な現実であり、真実であるにすぎない。

 ブルジョアにとっては、搾取の対象となるのは、消費手段を生産する労働である、というのは、直接生産者から搾取して意味があるのは消費手段でしかないからである。どんな階級社会においても、支配階級は消費手段を収奪し、搾取することによって富んできたのである。もちろん生産手段を収奪することによって富むときもないとは言わないが、それは「ただ一度限りでのこと」――例えば、「原始的な蓄積」等々――であって、継続的に行うことは不可能であった、というのは、小生産者たちはいったん生産手段を収奪されれば「無産の民」になり、労働力を売って生きるしかなく、ブルジョアたちが再び生産手段を収奪しようとしてもできないからである。だからこそ、ブルジョアにとっては、消費手段を生産する労働だけが「生きた労働」――搾取可能な対象――として現象するのだが、俗流ヘッポコ理論家たちは、そんなブルジョア意識を反映して騒ぎ立てるのである。ブルジョア社会では、もちろん一部の労働者は生産手段だけを生産して消費手段は生産しないのだが、ブルジョアたちは「賃労働」によって、そうした労働者をも――労働者の全体を――搾取するのであり、することができるのである。

 年々の総生産は消費手段を生産する3000の労働の結果ではなく、9000の労働の結果であることを確認することは極めて重要である。それは、労働者が自らの解放に向かって前進していくために欠くことのできない自覚の一つであって、9000の労働を3000だなどと言いはやす連中のドグマに、たわ言に――つまり「価値移転」論などに――とらわれているなら、社会主義を勝ち取る闘いが挫折し、解体することほどに明らかなことはないであろう。社会が継続し、また労働者が生活し、生きて行くためには、3000の消費手段を生産する労働だけでなく、6000の生産手段を生産する労働も全く同様に必要であって、こうした分業はより多くの消費手段をより少ない労働で、より有効に獲得するためのものであること、消費手段を生産する労働も、生産手段を生産する労働も――ありとあらゆる社会的労働が――、質的に同一で、無差別平等の労働であることが、そして被搾取労働であることが――それ故に、全ての労働する人々の平等と無差別が、従ってまた各人の人格と自由が――確認されなくてはならないのである。

 ◆7、「生産手段の価値規定」の問題

 乗用車の価値規定は、労働対象としての鉄鋼(い)と、労働手段としての機械(A)の「価値規定」(労働時間)と、直接に乗用車を生産する労働時間の和としてのみによってなされるということは、鉄鉱石を生産する労働や、機械(A)を生産するための鉄鉱石や機械(B)等々を生産する労働がどうでもいいということではない。それらは社会的な総生産の中に、つまり社会的に必要な総労働の中に含まれているが、ただ消費手段の生産のために直接に支出されないのであり、従って消費手段の価値規定とは無関係であるということにすぎない。

 もちろん、生産手段もまた価値規定を受け取るし、受け取ることができるというなら、それは正しい。しかし社会主義で生産手段の価値規定といったものは仮に可能だとしても、何の意味も持たないのである。というのは、生産手段は直接に使用価値として、その量として労働(労働者)と関係するからであり、また生産手段の個々人への分配といったことは全く問題にならないからである。

 ◆8、二種類の「有機的構成」の概念とマルクスの表式

 マルクスもまた、生産手段を生産する労働と、消費手段を生産する労働の比重が持つ重要な意義をよく理解していたのであって、彼は資本主義における、その特殊な現象形態を、資本の有機的構成として、すなわち不変資本と可変資本の比率として表現したが、しかし他方では、生産手段を生産する労働と消費手段を生産する労働の比率を、自然的な有機的構成という概念で言及している。マルクスの単純再生産の表式では、6000対3000つまり2対1である(もちろん不変資本と可変資本の比率では、6000対1500で4対1であるが)。

 そしてさらにマルクスは個々の資本家的商品の有機的構成の違いに基づく、「価値の生産価格への転化」についても語り、分析を行っているが、これは客観的に、個々の生産物の有機的構成が平均的な有機的構成とは――自然的なものとしても――異なってくる、ずれてくることから生じてくる、資本主義的現象である。

 ◆9、生産力の向上もしくは「価値革命」と「価値規定」問題

 労働生産性の向上つまり「価値革命」(生産物を生産する労働時間の短縮)の問題も、また容易に解決することができる(「価値移転」論では、決して合理的に解決することはできないのだが)。

 我々の例において、消費手段の場合を取って論じることにしよう。自然的な有機的構成が2対1なら、生産手段の生産力が2倍になったなら(つまり必要労働時間が半分になったなら)、消費手段の生産性の上昇は、これまでの労働時間が3分の2に減少するという形で現れるが、消費手段の生産力が直接に2倍になったなら(つまり必要な労働時間が半減したなら)、直接に消費手段は半分の労働時間で生産されるという形で現象する。もちろん生産手段の場合も同様である。もし消費手段部門の生産力が2倍になり、そこでの労働時間が半分になったら、生産手段部門の必要労働は6分の1だけ縮小して、6分の5になるだろう。

 ◆10、我々の新しい概念の意義

 かくして我々は資本主義における「価値規定」に基づく問題を基本的に解決し、共産党の“ブル転”した(ブルジョア的転向に走った)卑しい連中の本性を暴露したのだが――彼らは社会主義における「分配」も資本主義と同じ形で、つまり「市場経済」の運動によってなすしかないと騒ぎ立てた――、しかし社会主義を勝ち取ったあかつきには、労働者階級はブルジョア的方法を廃棄して、自らの支配にふさわしいやり方を実現し、容易にこの問題も解決して行くだろうし、行くことができるだろう。

 我々は、資本の「価値規定」とか、資本価値(「過去の労働」)の移転とかいった虚偽概念と決定的に決別し、そのブルジョア的本性をあきらかにすることによって、はじめて、社会主義社会における分配の問題をも解決することができたが、その中心をなす概念とは、個々の消費手段がいかに「価値規定」され得るのか、つまり労働時間で表現され得るかという問題であった。我々は、年々の――一定の期間の――使用価値も交換価値も、年々の労働者の総労働によってのみ生産もしくは再生産され、また消費――個人的であれ、生産的であれ――され得るのであることを明らかにし、さらに年々のどんな使用価値に支出され、“対象化”される労働も、社会的な形で支出された総労働の一環、一部として、それぞれ量的には異なるとしても、質的に一様であることを確認し、まさにそのことによって、消費手段の価値規定の概念に到達したのであり、し得たのである。

 かくして我々が一昨年の労働者セミナーで明らかにした概念もまた、首尾一貫した、明瞭で合理的な回答として確定され得たのである、というのは、消費手段を生産する場合に必要な生産手段の労働時間もまた、消費手段を生産する労働と同質である――どんな種類の有用的労働とも関わりない、あるいはそれらに共通の、抽象的な人間労働として質的に同じであり、区別され得ない――からこそ、“翻訳”し、“転換”することが可能になるからである。消費手段を生産するための生産手段の価値規定を「過去の労働」やその「移転」等々の観念を根底にして行うことは不可能だった、というのは、そうした場合、分業によって生み出される社会的な生産物を生産する労働の質的な同一性が保証され得ず、従ってまた量的な比較もできないからである。個々の消費手段の「価値規定」(労働時間、労働量)を規定するためには、その量的な違いが確定されるためには、個々の消費手段の「価値規定」の諸部分の労働の質的な同一性が前提されなくてはならないのは明らかであろう。

 我々は、共産党らスターリン主義者が、社会主義での分配も、資本主義と同じやり方でやるしかない、市場経済の“法則”(「神の見えざる手」)に任せるしかない、などとブルジョアと資本主義経済への全面的拝跪と屈従に走っているとき、彼らのたわ言を徹底的に明らかにし、社会主義的分配の基本的な概念と内容を明らかにしてきた意義は決定的に大きく、重要であって、いくら強調してもしすぎることはない。

 もちろん、我々の理論は社会主義における分配の理論であって、その性格上、今実践的にどうこうというものではない、しかし労働者階級が資本の支配の一掃と、その後の社会について一層明瞭な観念を持つことは、その闘いを勇気づけ、強固で、持続的なものにするだろうし、また労働者階級が自らを支配階級に高めたときには、その支配を有効に使って何をなしたらいいかの展望と指針とを与え、彼らが確信と勇気を持って前進することを可能にするだろう。

 〔なお、この小論は、一昨年の労働者セミナーにおけるチュウターの報告と議論の全てを特集した、『プロメテウス』55・56合併号を合わせて読まれ、検討されれば、我々の「社会主義社会における価値規定」に関する概念についての議論や結論の持つ決定的な重要性と意義をいっそう深く理解し、確認していただけると思う〕

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