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労働の解放をめざす労働者党機関紙『海つばめ』

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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
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   そして「愛国教育」で
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 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
  お申し込みは、全国社研社
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まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1434 2022年9月11日
【一面トップ】 ==岸田の言い訳記者会見==統一教会との癒着、「国葬」強行に反省なし
【1面サブ】 軍事大国化急ぐ岸田政権――野放図な概算要求の狙い
【コラム】 飛耳長目
【二面トップ】 ASEANに平和の夢をたくせるか
【二面サブ】 ゴルバチョフ幻想の終焉

※『海つばめ』PDF版見本

【1面トップ】

==岸田の言い訳記者会見==

統一教会との癒着、「国葬」強行に反省なし

 岸田首相は8月31日の記者会見で、批判が広まっている自民党議員と統一教会との癒着問題について「党総裁としてお詫びする」と共に今後関係を断ち切ると発言、また安倍元首相の国葬について国会で説明すると約束した。しかし、この発言からは、国民の疑問や批判に対する真摯な対応は微塵も感じられない。

◇教会との関係のおざなりな調査

 岸田首相が急遽記者会見を持ったのは、政府支持率の急速な低下であった。統一教会と自民党議員との癒着が次々と明らかにされる中で、朝日新聞の調査では岸田政権の支持率は7月の57%より8月には47%へと一挙に10ポイント下がり、不支持は同25%から39%へと14ポイントも増加、内閣発足以来最高を記録した。

 岸田は、統一教会との関係について「国民の懸念や疑念に対する説明責任を果たす」と言う。しかし、それは統一教会の集会に祝電送付や出席の有無など8項目のみ、しかもこれまでのように議員の自己申告によるものでしかない。茂木幹事長は「全体像を把握することができるような」「調査」というが、これでどうして「全体像が把握できる」だろうか。

 議員が申告しなければ関係はないことになり、これまでの関係はうやむやにされることは明らかである。これまでも事実の証拠をつきつけられるまで統一教会であることを知らなかったととぼけて、批判、追及を逃れようとする議員がほとんどであった。

 「全体を把握する」というなら議員まかせにしないで第三者による委員会を設置し、徹底的に事実を調査すべきである。だがあくまで関係については議員個人の責任だとして党としての責任の問題として対応する姿勢は見られない。

 自民党と統一教会は、「持ちつ持たれつ」の関係であった。自民党にとって統一教会は選挙でのビラ配布、演説会への動員、有権者への電話投票依頼、投票などの協力、議員へ秘書、スタッフの提供を受けてきた支援団体である。一方、統一教会にとって議員とのつながりは「お墨付き」を得た結果となり、霊感商法、献金など人々の無知や弱みにつけ込んでカネをむしり取る反社会的なカルト活動を進めてきたのである。

 また、統一教会と一体の組織である「勝共連合」は自民右派勢力と「反共産主義」で結びつき、自治体議会への「国家秘密法案=スパイ防止法」制定請願行動、改憲推進運動など反動政治の先兵としての役割を担い、さらにはジェンダー平等反対(家庭重視等)の運動などで共同してきた。

 フランスでは法的に禁止されているような反社会的カルト集団=統一教会はなんの規制もされず放任され、宗教法人として税制上の特権を享受して犯罪的行為を繰り返してきた。統一教会の反社会的犯罪は徹底的に追及され、禁止すべきである。だが岸田はそんな気はさらさらなく、被害者救済と称して、関係省庁で1カ月弱の「相談集中強化期間」を設けるといった通り一遍の対応策でお茶を濁そうとしている。

◇反動安倍礼賛の「国葬」を止めよ

 そして、世論調査によっても過半数が反対し、かつ「国葬」に関して、法令がないにもかかわらず、岸田は閣議決定で安倍元首相の「国葬」を強行しようとしている。

 「憲政史上最長、8年8カ月首相を務めた」こと、「経済再生や外交など様々な分野で歴史に残る業績を残した」ことがその主な理由である。

 しかし、安倍が行ったことは、戦後「違憲」とされてきた「集団自衛権」や自衛隊の海外派兵の〝合法〟化であり、「モリ・カケ・桜を見る会」に見られるように政治の私物化である。

 安倍は政治の私物化が発覚するとその責任を官僚に押し付け、公文書を改竄するなど卑劣な嘘つき政治を行ってきた。また、経済に関しては、経済は低迷、労働者の賃金も上がらず、増えたのは国家の借金で、円安で物価上昇はとどまることを知らず、労働者の生活を直撃という惨憺たる有様である。そしてまた統一教会と最も深い関係を持ってきたのも安倍であった。

 労働者にとって〝災厄〟でしかなかった安倍反動政治を「歴史的業績」を残したとして礼賛し、国民の血税による安倍の「国葬」を強行しようとしている。

 強権、反動の安倍政治を「歴史的業績」を残してきたとし、16億円余もの血税を注ぎこんでの「国葬」に怒りが高まっているのは当然である。

 岸田にとって、安倍の死を「民主主義の危機」として、安倍を暴徒の〝凶弾〟に倒れた犠牲者と見做し、「国葬」を行い、国民の自民党への求心力を高め、党内多数派である安倍派を取り込み、政権を強化する目論見であった。

 だが、安倍の死が反社会的な統一教会への恨みの結果であることが明らかにされたことによって、岸田の目論見は破綻した。安倍の死は国民が弔うに値しないのである。

 統一教会への徹底した規制を棚上げし、多くの反対の声を無視して、反動安倍政治を礼賛・美化する「国葬」を強行しようとする岸田政権を断固糾弾し、闘いに立ち上がろう。 (T)

   

【1面サブ】

軍事大国化急ぐ岸田政権

野放図な概算要求の狙い

 8月31日に締め切られた23年度予算の概算要求が各省庁から出された。その合計額は110兆円超になった。これに加えて、コロナ対策のように先行きが見通せない場合に使う「事項要求」が大幅に増えた。それは岸田政権が防衛費などに対して、金額を伏せて出すことを容認したからだ。

◇100項目の「事項要求」

 防衛費の概算要求は5・6兆円と過去最大であり、今年度当初予算に比べて4%近くの増額となった。だが、防衛省は金額を明示しない「事項要求」を100項目も並べており、防衛費の膨張は際限が無い状態だ。「事項要求」について、防衛省は次のように述べた。

 岸田とバイデンの首脳会議で「確約」されたように、中国に対抗できる軍隊を早急に構築するためには、GDP比2%超の防衛費が必要だ、そのためには、金額が未定であろうと「事項のみの要求を正々堂々と行う」と。

 岸田は昨年秋の自民党総裁選では、財政規律を重視する姿勢を打ち出していた。だが、その姿勢は今や無きに等しい。実際、6月に閣議決定した「骨太の方針」の中には、「財政抑制」の文言が残ったものの、西田らMMT派が要求した「重要な政策の選択肢をせばめることがあってはならない」が土壇場で加わった。

 防衛省が100項目もの「事項要求」を打出したのは、この追加された文言を盾にしたからであり、しかも防衛費については、予算要求段階から上限を設けないという「特別扱い」が内密になされていたからだ。

 しかし、MMT派の要求は岸田の本心でもあった。「骨太の方針」で、岸田はNATO加盟国がGDP比2%以上の軍事費を目指しているとそそのかし、日本の「防衛力を5年以内に抜本的に強化する」と謳った。つまり、岸田の「財政抑制」は「新しい資本主義」構想の「分配重視」と同様に、労働者や若者を煙にまくための、下手な口三味線に過ぎなかったのだ。

◇「防衛装備移転三原則」の改定策す

  防衛省の概算要求が固まった段階で、浜田・防衛相は記者会見に臨んだ(7月29日)。その場で、浜田は年内に制定する「国家安全保障戦略」や「防衛大綱」の改定に関連して、「防衛装備移転三原則」の見直しに言及した。

 14年に安倍政権が「武器輸出三原則」を廃止し、新たに「防衛装備移転三原則」を閣議決定したが、浜田はこれを改定すべきだと言うのだ。安倍政権による新「三原則」によって、禁止されていた武器輸出が条件付きで解禁されたが、それでも浜田は安倍の「三原則」では不十分だ、防衛装備品の生産や技術基盤をもっと強化し、海外移転もできるようにすべきだと考えるのである。

 つまり、浜田は武器輸出の現条件である「紛争当事国に輸出しない」という項目や「輸出は目的外使用や第三国移転について適正管理が確保される場合に限る」という項目を削除しろと、言いたいのである。そうすれば、日本の軍需企業は米英独などの企業と軍事技術協力や共同開発を大胆に推進でき、輸出のみならず海外拠点から第三国への武器輸出も可能になり、合わせて共通仕様の武器使用は集団安保にとって特段の利益になると考えるのである。

 既に米国以外では、英国と次期戦闘機FXの共同開発を始動させている、また東南アジア諸国への戦闘能力「構築支援」が今回の概算要求に入っているのを見れば、浜田の発言は防衛省の規定方針になっている。

 防衛費の飛躍的増大が画策されているが、その中身は中国を仮想敵国とした防衛のみならず、本国を「叩く」ことが可能な攻撃型兵器を拡充させることにある。

◇労働者は帝国主義に反対だ

 米国は「唯一の競争相手」とする中国に対する関税引上げや経済安保で包囲網を築き、中国はこれに反発して激しく対抗している。米中の世界の覇権争いが深刻化すると同時に、日中のアジアにおける覇権争いも激化している。日本は大企業がアジアを中心に資本進出し、海外で5百万人の労働者を雇い、搾取するれっきとした帝国主義国家である。労働者はこうした帝国主義国家どうしの覇権争いや自国の国家主義に組みしない。労働者は国際主義に立ち、帝国主義の根底である資本主義の克服をこそ目指して闘うのである。  (W)


           

【飛耳長目】

★チュニジアで開かれたアフリカ開発会議は、持続可能な発展に向けた宣言を採択した。内戦や紛争が絶えないアフリカだが、資源豊富で発展の可能性は大きい★相手国の政情を問わない中露の進出(ウクライナ侵攻非難決議にアフリカ諸国の半数は賛成せず)もあるが、西側諸国は対中国を念頭に国際ルールでの開発支援を確認した★そんな時『朝日』に「古着の山先進国が押しつけ」の記事が。リサイクル、リユースの名目も半分は処分場直行と。廃棄物の国際取引を規制するバーゼル条約等では有価物で、規制対象外だ。廃プラは規制強化されたが、世界3位の排出国日本は、行先を中国から東南アジアにシフトしただけで、先進国の消費文化のツケが途上国にという構図に変化はない★電子ゴミは、リチウム、ニッケル、銅等を含むことから都市鉱山と名を変え、逆に先進国が輸入国にという例外もあるが、発展段階を異にする国際社会の宿命なのか★敗戦直後の日本は、皮肉なことに米国等の旧式戦艦を解体し、復興資源とした。現代では、解体コストの安いインド、バングラデシュが二大処理国で、無数の未熟練労働者が人海戦術で解体している★廃棄物処理では、途上国の自立的な発展は期待できない。まずは、無償での生活・教育支援やインフラ整備が必要だ。(Y)


【2面トップ】

ASEANに平和の夢をたくせるか

 カンボジアの首都プノンペンで8月3~5日、東南アジア諸国連合ASEANが主催する外相級の会合が開かれた。共産党は、「徹底した話し合いで東南アジアを平和の地域に変えたASEAN」(8月12日)と盛んに持ち上げ、「ASEANと協力して、東アジアを戦争の心配のない地域にしていく」とする。しかしはたしてASEANは、中ロ、米日の帝国主義国家間の狭間で域内の経済協力や平和の構築への展望を見出しうるものになるであろうか。

◇東アジア国家間の対立反映した会合

 ASEANは、1967年インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの5か国が、経済・社会・文化的発展などの協力を目的とし結成された地域協力制度で、その後、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマーが、1999年にはカンボジアが加盟し現在10か国となっている。

 ASEANの基本原則は1976年の東南アジア友好協力条約(TAC)に示される締約国相互の内政不干渉、武力不行使、紛争の平和的解決であり、ASEAN加盟にはまずTACへの加入が求められた。その活動の中心は、「国際会議、いわゆる会議外交」、「全会一致制の緩やかな会議形態であり、自国に不利な結論を押し付けられる心配が少ない」(黒柳ほか『ASEANを知るための50章』205頁)ことで、多くのアジア太平洋諸国に受け入れてきたといわれる。ASEANは参加国のそれぞれの利益を優先した地域制度でしかなく、せいぜい地域の現状を平和とし、それを維持するものでしかないのである。

 今回のプノンペン会議では、3日にASEAN外相会議、4日に東アジア首脳会議(EAS)外相会議、ASEAN地域フォーラム(ARF)外相会議など19の外相会議が行われた。これらの会議後の議長声明では、ウクライナ情勢、台湾情勢、東シナ海・南シナ海、北朝鮮情勢、ミャンマー情勢などについての懸念と、経済協力の推進の確認等が表明されたが、いずれも問題点を確認し「懸念」を共有する点に重点が置かれており、加盟諸国で一致して制裁などの行動をとるものではない。

 ウクライナ情勢においても、「主権、政治的独立及び領土一体性を尊重する必要性を再確認」というだけで、ウクライナへのロシアの侵攻に抗議し即時撤退を求めるわけではなく、その誘因となったアメリカ・NATOとロシアのそれぞれの帝国主義的伸長を糾弾しなかった。軍事クーデターでスーチー政権を倒し軍事政権を立てたミャンマー国軍に対しても、ASEANの一致した対応ができず、ミャンマー軍事政権を認める方向になるというASEANの限界が示されている。

 ASEANは、「変革よりも安定を志向する制度」(熊達雲『アジア共同体の構築』18頁)といわれているように、戦前の欧米・日本の植民地支配からようやく脱しブルジョア的発展を遂げようとする域内の国家が、国内の反政府勢力を抑え国家の維持・安定を図り、国家間の対立を生む利害を調整する会議であった。その会議は、「世界のトラブルメーカーが一堂に会して本音をぶつけ合う場を喜んで提供するのがASEAN」(インドネシア代表団員)といわれるように、「平和の枠組」といっても、単なる話し合い、時として非難の応酬の場に終わっている。ASEANは決して平和のための組織たりえない。

◇ASEANに平和の夢たくす共産党

 しかし共産党は、2月24日のロシアのウクライナ侵攻以降、自民党反動派を中心に高まる「日本も自衛力強化が必要」とする議論に対して、「軍事と軍事の悪循環のエスカレートに陥ってしまうことがいま一番危険だ。憲法9条を生かした外交努力によって平和な東アジアを築いていくことに力をそそぐべきだ」(3月18日)と、ASEANを平和の枠組みと高く評価し、共産の平和外交路線の鑑としている。

 「ASEANは1976年に締結したTACを土台に、平和と協力の地域を築き上げる努力を半世紀近く続けてきました。TACは『紛争の平和的手段による解決』『武力による威嚇または武力の行使の放棄』を明記しています」、「憲法9条は、国際紛争を解決する手段として戦争、武力による威嚇、武力行使を放棄しています。TACの原則と共通する考えです」(6月20日)として、共産党は「9条を生かした外交」を正当化する。

 そして共産党は「外交ビジョン」として、「東アジアサミット(EAS)の枠組みを活用・強化して、東アジア規模の友好協力条約締結を目指し、東アジア全体を『平和と協力の地域』にしていく大構想」を掲げる。

 しかしそもそも戦力を保持しないという9条がありながら世界有数の戦力を持ち、アメリカの核の傘で核抑止をする日本の政治を共産・志位が不問にして、「9条を生かした平和外交」も何もないのである。共産党は、平和の構築を無力なASEANに託すしかないのであるが、それは労働者・働く者の階級的な闘いの方向性を歪めるものだ。

◇労働者の国際的連帯を

 東アジアに起きている問題は、中国の帝国主義的伸長によって周辺諸国との軋轢が生まれ、それに対抗しようとするアメリカが、周辺諸国を自国の影響力の下に取り込もうと中国と対立し、日本もアメリカに加担する帝国主義国家間の抗争が問題の根底にある。そしてASEAN諸国は、自国の利害によってそれぞれ対立する中ロ、日米等との関係を取り結んでいる。

 今回のASEANプノンペン会議においては、中国の台湾周辺の軍事演習を巡って日米と中国の対立が鮮明となり、ロシアが中国に加担するなど日米と中ロの帝国主義的対立が現れた。ASEANは帝国主義国家間の対立が先鋭化して現れる場でもある。決して志位のいうような平和的な話し合いによる解決が期待される場ではない。ASEANに依拠し、9条を生かした平和外交で平和を構築するという志位の構想は、独りよがりにすぎない。

 ブルジョア国家の変革をめざす労働者は、〝平和〟の実現のための闘いを共産のように、ASEANに依拠しない。ブルジョア国家の国家的対立、それを生む政治から発生する戦争をなくし平和を闘いとるためには、対立の根源である資本とブルジョア国家を廃絶しなければならない。日本の労働者・働く者は、労働者・働く者の生活困難をよそに軍備増強に傾斜する岸田政権を打倒し、闘う世界の労働者との連帯を勝ち取るであろう。  (佐)


【二面サブ】

ゴルバチョフ幻想の終焉

 「歴史上の人物」と思われてきた人物が再び脚光を浴びるのは、死亡したときである。

◇功罪相半ば?

 8月30日、旧ソ連邦の元大統領、ミハイル・ゴルバチョフ氏が死去した(91歳)時、マスメディアが大々的にその功績あるいは功罪を論じたのも、その類いだろう。

 8月31日付朝日新聞は、海外では「冷戦を終結させ、核軍縮を推進した」と評価が高いが、国内では「ソ連解体の張本人」という否定的な評価が支配的だと報じている。これが大方の評価だろう。

 しかし、ゴルバチョフをどう評価するかは、それほど簡単ではない。旧ソ連の体制とは何であったのか、何故ゴルバチョフ改革が登場したのか、それはどんな意味を持ったのかという本質問題と絡み合っているからだ。

◇〝中途半端〟な改革

 1985年3月、ゴルバチョフは長老のグロムイコの推薦により54歳の若さで書記長に就任した。ゴルバチョフはロシア南部、カフカースの農民の出身である。共産党官僚、軍や治安機関出身者、官庁利益を代表するテクノクラートとは肌合いを異にしたことは確かである。また、60年代に夫婦でイタリアやフランスを旅行し、ソ連のあらゆる面での立ち後れを実感していた。

 書記長就任の翌年4月に、ゴルバチョフは〝大胆な〟改革政策、ペレストロイカ(立て直し)を打ち出した。同じ頃、ウクライナのチェルノブイリで原発事故が起き、これを機にグラスノスチ(情報公開)を進めた。

 87年1月の党中央委員会総会で、ゴルバチョフはソ連の政治、経済、社会の恥部や問題点を率直に指摘し、世界を驚かせた。下からの批判を奨励し、文化面でも禁止されていた作品を発表させた。

 「1930年代以後の硬直した意識や心理を叩き直し、ブレジネフ時代の腐敗やたるんだ空気、保守官僚たちの非民主的なやり方を一新しようという強い決意と意欲にあふれたものだった。ゴルバチョフの報告は、まるで反体制派がしゃべっているようなトーンだった。米国務省の担当官がこれを読んで、椅子から跳び上がったという逸話が残っている」(木村汎他『現代ロシアを見る眼』NHK出版29~30頁)

 この〝激烈な〟演説が、経済や軍事、国民生活など多くの面で欧米諸国から立ち後れ、停滞し、鬱屈した国民感情が蔓延していたソ連〝社会主義〟(国家資本主義)を立ち直らせ、活性化させることを狙ったものであることは言うまでもない。ゴルバチョフがしばしば「人権」や「民主主義」を「全人類的価値」として持ち上げたのも欧米諸国に引けを取るまいという意識の表れであろう。

◇改革の狙い

 しかし、グラスノスチや民主化は保守官僚たちが抵抗し、常に足を引っ張った。

 経済面では、ゴルバチョフ政権は、87年に企業法を制定して、国有企業以外に個人営業や協同組合営業などを認めた。しかし、個人企業や協同組合企業が誕生するにつれ、新しい問題が生じた。やがてこれら企業は価格決定権を主張し、商品の値上げに踏み切ったので、価格統制の下で覆い隠されていたインフレが表面化した。

 国有企業には、計画目的を達成した後は、他の製品を生産し自由市場で販売する権利が認められたが、その原材料は自由市場で購入しなければならないので、そんなリスクを負おうとする企業長はいなかった。

 また、国有企業に閑散時にはリースできる仕組みを認可したが、この種のリース取り決めは、やがて企業長らによる国有企業のなし崩し的な強奪へと道を開いた。

 外交面では、シュワルナゼ外相を表に立てて「新思考外交」を展開し、87年12月には米国と中距離核戦力(INF)全廃条約に調印した。88年3月には「新ベオグラード宣言」を発し、ブレジネフ・ドクトリン(制限主権論)を否定した。これが引き金となって89年1月のベルリンの壁崩壊と東欧共産党政権の連鎖的崩壊をもたらした。89年5月には中国を訪問して中ソ対立に終止符を打ち、89年12月にはゴルバチョフはジョージ・ブッシュ大統領と会談し、「冷戦の終結」を宣言した。

 これらの外交政策を西側世論は〝平和外交〟として高く評価するのだが、その背後には、ソ連内部で軍産複合体の比重が増大し、国力が著しく低下していたという事情があることを忘れてはならない。「ソビエトのGDPの20%は、軍の装備ならびに宇宙開発とその関連費用として取りのけてあった、とゴルバチョフが認めている」(マーシャル・I・ゴールドマン著『強奪されたロシア経済』NHK出版99頁)。

 軍事費は国家予算の40%に達していたとの推定もあり、軍事費を大幅に削減しなければ、ソ連〝帝国〟どころかソ連経済そのものも維持できないところまで追い詰められていた事情が「新思考外交」の背景にあったのである。

◇ソ連邦の解体へ

 ペレストロイカの一環として、党官僚制度の改革がある。1989年秋、ゴルバチョフは書記局機関を廃止し、代わりに委員会組織を設けた。これにより、党機関の国家への優位や上下の指揮命令系統を軸とする党官僚制が揺らいでいった。

 このことは、同時に、地方や経済部門の党官僚が中央のくびきから自立する結果をもたらした。地方官僚は自治を求め、民族共和国は民族主義を強めて独立を模索した。

 かくして、モロトフ・リッペントロップ協定でソ連に編入されていたバルト三国は独立へと走り、ソ連邦の崩壊へとつながった。共産党保守派はゴルバチョフを退陣に追い込もうとクーデターに乗り出し、機を見るに敏なエリツィンの反撃で、クーデターが失敗すると共に、ゴルバチョフも権力の座から放逐された。

 かくして、ソ連共産党の権力を維持しつつ、ソ連の社会経済体制を維持し、活性化しようというゴルバチョフの試みは挫折した。「国民は共産党に失望しただけでなく、『おしゃべり』だけで生活を向上させることのできない、また保守的な共産党と改革派のバランスをとろうとする優柔不断のゴルバチョフにも失望した。1990年の人民代議員大会での大統領選挙における彼の得票率は59%にすぎなかった」(木村汎他前掲書33頁)。

 付言すれば、1996年の大統領選挙では、ゴルバチョフの得票率は5%に満たなかった。彼はこの時点で既に〝過去の人〟となっていたのだ。

  ゴルバチョフが当初、プーチンの大統領就任を歓迎し、1914年のウクライナ〝奪取〟をも支持したのは、彼がロシア民族主義にとらわれたブルジョア政治家でしなかったことを証明している。 (鈴木)


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