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●1438号 2022年11月13日 【一面トップ】 加速する医療費負担 ――75歳以上の窓口負担を2割に 【一面サブ】 借金に麻痺した岸田の総合経済対策 ――企業救済を隠すバラまき政治 【コラム】 飛耳長目 【二面トップ】 習近平は〝裸の王様〟に? ――権力集中は新たな矛盾の出発点 【二面サブ】 英国金融パニックの原因 ――世界的危機の前触れか ※『海つばめ』PDF版見本 【1面トップ】 加速する医療費負担――75歳以上の窓口負担を2割に物価値上げラッシュのもとで、10月から後期高齢者(75歳以上)医療費の窓口負担は1割から一気に2倍の2割となった。しかし、これにとどまらない。来年度実施予定で、政府は更なる医療費負担増を目指し年末までに結論を出し、来年の通常国会に改定法案を上程するという。 ◇75歳以上は「後期高齢者」医療制度に2021年度の日本の平均寿命は男性81歳、女性87歳であり、日本は世界最長の長寿国である。65歳以上は28・8%、約3・5人に1人が高齢者である。 少子高齢化によって年々高齢者が増えており、2025年の人口予測では総人口1・2億人のうち、19歳以下が15%、20歳~64歳が54%、65歳~74歳12%、75歳以上が18%となっている。 65歳以上の職場をリタイヤした高齢者は国民健康保険に入ることになっていたが、2008年4月、75歳以上を対象として「後期高齢者」医療制度が発足した。75歳以上を国保から分離して「後期高齢者」として分けるようになったのは、人口で高齢者の割合が増え、医療財政がひっ迫するようになったからである。 後期高齢者になると、都道府県の広域連合が運営する独立した後期高齢者医療制度に加入することになる。この制度は、国や都道府県、市区町村からの公費負担が5割、健保や国保などの各医療保険からの拠出が4割、残りの1割を被保険者が負担することになっている(但し、現役並みの所得者は3割負担)。 ◇2割負担に加え更なる負担へ2021年、翌年から政府が75歳以上の高齢者の窓口負担を1割から2割へと増加させる法律を成立させた理由は、今後少子高齢化によって社会保障費負担の「世代間格差」がますます広がるという理由からである。 75歳以上の一人当たりの医療費は年間平均91万円、3割負担が続いている65歳未満の平均額30万円の約3倍となっている。厚労省の推計によると2025年になると医療給付費は2012年度の(予算ベース)の35・1兆円から2025年度には1・5倍の54・0兆円になると予測されている。しかも医療費全体の4割を現役世代が支えている。 2025年、1947~49年に生まれた団塊の世代が全て75歳以上になると、21年から25年までに300万人増え、2180万人となる。一方、後期高齢者の医療費の4割を負担している現役世代は減少し、ますます現役世代の負担が重くなる。 こうした状況の下、政府は現在の社会保障制度は高齢者に手厚いシステムになっており、現役世代に大きな負担となっている、社会保障はすべての世代に公平であるべきだとして「全世代型社会保障」を謳った。 これまでは、75歳以上の窓口負担は、現役並みの所得者の3割を除いて、すべて1割であった。しかし、10月からは、単身の場合は、年金収入とその他の収入を合計し200万円以上の者、2人世帯の場合は、年金収入とその他の収入を合わせて320万円以上ある場合は1割から2倍の2割となった(現役並みの所得者は3割負担は変わらず)。 さらにこれに追い打ちをかけるように、政府は現役世代の負担軽減ということで、高所得者以外についても保険料で負担する総額を高齢者の人口増に応じて増やす仕組みをつくるために年末までに具体的な結論を出し、来年の通常国会で法改定を行う計画で、すでに検討を始めている。 ◇「全世代型社会保障」の欺瞞「全世代型社会保障」制度と言い出したのは2019年、安倍政権のときであるが、岸田もそれをそのまま受け継いで、世代間の「不公平」を正すと強調している。しかし、これは自民党の社会保障政策の破綻をごまかし、高齢者への負担の押し付けを正当化する議論でしかない。 高齢者への医療費がかさむのは当然である。若い時には、身体も柔軟性があり、きつい労働にも耐えることが出来た。しかし、高齢になれば身体的な能力の後退に加え過去の無理が一挙に現れ、様々な病気に見舞われやすくなるのであって、社会保障費の比重が重くなったとしても少しも批判されることではない――もちろん医療費の膨張は高齢者の増加ばかりでなく、利潤目的の医薬品企業や病院・医院等、高い報酬を食む特権的な医者の問題もあるが――。 高齢者への社会保障の偏りを批判し、負担を押し付ける政府の「全世代型社会保障」論は、ブルジョア国家が自ら問題を解決できないことの告白以外のなにものでもない。 もともとブルジョア国家による社会保障は、資本主義の下での失業、病気や怪我、貧困など様々な労働者の生活の苦しみを緩和し、労働者の資本への怒りや不満をそらせ、資本の支配の下に労働者をつなぎとめるために始められた。第二次大戦後には、「福祉国家」のための社会保障などと称して、より豊かな生活実現のために国民のお互いの協力と言われたが、目的は同じである。 資本主義経済が発展した時代には、資本の利益のおこぼれに依存する社会保障制度は幻想を広めることは出来たが、経済の停滞、少子高齢化の急速な進展(生産的人口の減少、高齢者人口の増大)のなかで社会保障費が膨張し、国家財政がひっ迫するなどたちまちそのメッキは剥がれたのである。 破綻に瀕しているのは医療保険ばかりではない。かつて「百年安心」と喧伝された年金制度も、財政がひっ迫し、物価上昇にもかかわらず給付額の引き下げが強行され、介護保険も介護サービスの縮小、保険料の引上げが問題にされている。長寿社会になったことは本来は喜ばしいことであるが、逆に苦しみであるというのが現実である。 ブルジョア社会保障にどんな期待をすることは出来ない。長寿であることが喜びであるようになるためには、生産が直接労働によって社会を支えている労働者のためにではなく、他人の労働の搾取を土台として、私的利益のために行われる現在の資本主義社会を克服しなければならない。働く能力のある社会の成員が、共に働き、協力する社会が勝ち取られなくてはならないのだ。 (T) 【1面サブ】 借金に麻痺した岸田の総合経済対策企業救済を隠すバラまき政治昨年は衆院選後の11月に、「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」として、補正事業に過去最大の56兆円の財政支出を行ったが、先月28日の閣議で、今年も「物価高克服・経済再生実現のため」と銘打った総合経済対策で39兆円の財政支出を決定した。 安倍政権以来、国家の財政規律は尻抜けになっているが、今回の対策のために第2次補正として、28・92兆円規模の補正予算案を計上し、その財源には国債を22・85兆円ほど追加発行する。当初予算と第1次補正とで39・62兆円ほどの国債を発行するので、今回の追加により総額は62・4兆円程度となる。 今年度の税収が当初の予想より3・12兆円上振れして過去最高の68・35兆円が見込まれ、さらに昨年度の剰余金も使えるからとはいえ、膨大な借金を積み増すことにためらいはなく、言い訳ばかりで財政悪化に拍車をかけている。MMTに依拠したのか、国の借金は国民の資産だなどと考えることが無責任極まりないと分からないのか。国の借金は国民が負担することになるのだ。 昨年の補正において、衆院選で「空虚な経済対策を演出」(『海つばめ』1415号21・11・28)し、選挙後に財政の大盤振る舞いで「コロナ克服」を利用したように、今年は「物価高克服」を掲げて総合経済対策を押し出したのである。昨年同様に防衛費も、「自衛隊のインフラ基盤の強化や生活・勤務環境の改善、米軍再編の着実な実施」ということで、「経済対策」にねじ込んでおり、汚いやり方を続けて恥じない。 物価対策では、電気・都市ガス料金の負担軽減が盛り込まれているが、それは電力・ガス資本の救済でもある。円安による物価高騰とは言っていても、円安の原因である日銀の〝異次元〟低金利政策の反省はカケラもない。それどころか「悪い円安」非難への意趣返しなのか、「円安メリットを活かせ」と農家や中小事業者に様々な特例を与え(バラまきの一種だ)ハッパをかけている。 トヨタでさえ円安の影響で業績が悪化しており、欧米との金利差によって円安になることのデメリットが顕在しているのだが、積もりに積もった借金の証である莫大な国債残高で金利を上げることもままならないのが実態であるが、真実を隠すのだ。 真実を隠すのは反動派の習いか知らないが、統一教会問題で支持率低下を招きながら、ぐずぐず更迭できなかった統一教会と親密であった山際こそ、経済再生担当大臣であり、新しい資本主義担当であり、岸田の看板政策を担当していた。山際辞任は経済対策を発表する4日前であり、不人気な山際をそのままにしていたら、せっかくのバラまき人気取り政策にケチがつくということで事実上更迭したのだ。 統一教会がらみついでに言えば、内閣改造の際に経産大臣を降ろされた萩生田もまた、統一教会を利用し利用されていたが、安倍派の有力者として自民党の政調会長に収まっている。今回の経済対策確定にあたって岸田は萩生田に伺いを立て、事実上の増額要求があって岸田は財務省に4兆円ほどの上乗せ修正をさせたとマスコミ各社が伝えた。派閥力学の自民党で点数を稼ぐ党利党略の政治を世間に晒した。 今回の対策では、「継続的な賃上げ」や「構造的賃上げ」が強調されている。「賃上げ促進税制の活用」や「賃上げを行った企業の優先的な政府調達」、「中堅・中小企業・小規模事業者における事業再構築・生産性向上等と一体的に行う賃金の引き上げへの支援」、といったことが並べられている。 これらの政府支援策によって資本が活発に競争するかどうか、大企業の支配が確立している現実を甘く見て、労働者を幻想でたぶらかそうということではないか。労働者は資本やその政府に依存するのではなく、階級的な闘いで生活改善を勝ち取っていこう。 (岩) 【飛耳長目】 ★国連経済社会局人口部は、今年11月に世界人口が80億人に到達すると発表。その約6割はアジアに集中し、サハラ以南のアフリカ諸国では顕著に増加している★世界人口が10億人に達したのは19世紀初頭、S・ラングは『国民的困窮』で「貧困は、人口の増大を阻止するよりもむしろそれを促進する傾向がある。……もし全世界が安楽な状態にあれば、やがて世界の人口は減るであろう」と統計を使って説明した★その後1927年には20億人となり、さらに百年経たずに4倍になったのだ。そこには8億2800万の飢餓人口を含み、人間活動が地球環境破壊の原因であることからも、すべての人類が豊かな文明生活を享受するには、人口問題だけでなく社会変革が必要である★だが、200もの国家が国益をタテに利己主義に走っている。日本の「少子化」にブルジョア世論は、搾取材料であり年金を支える生産年齢人口の減少は危機だとわめくが、我々はそれを恐れるべきではない★社会の新陳代謝と変革(革命さえも)は、人口問題でも必要であり必然だ。日本にはアジア諸国に限らず、173万人(昨年)の外国人労働者が暮らしている。彼らは身近な存在で、その労働は社会を共に支えている。偏狭な民族主義意識は、働く者の中ではますます希薄になるに違いない。 (Y) 【2面トップ】 習近平は〝裸の王様〟に?権力集中は新たな矛盾の出発点中国共産党大会が終了し、新しい指導部が登場した。一見して明らかなように、最高権力機関である政治局常務委員会は習近平とその側近たちで占められ、非習派は一掃された。 ◇習派が権力独占中国共産党の人事には「七入八出」――党大会時で68歳以上は引退、67歳以下は継続――という慣例があったが、習近平(69)は居座り、67歳の李克強(首相、序列2位)と汪洋(全国政治協商会議主席、同4位)は引退に追い込まれた。 これは単なる慣例破りではなく、共産主義青年団出身者を権力中枢から全面排除したということだ。同じく共青団出身の胡春華――政治局員で副首相の地位にあり、次期首相の有力候補と目されていた――が常務委員会入りどころか政治局からも追放され、一中央委員の地位に落とされたことも象徴的である。 共青団は党幹部養成のエリート集団で、約7000万人の勢力を有し、江沢民の系統(上海閥)と並んで、常に党内の有力派閥を構成していた。胡錦濤前総書記も共青団出身であり、その系統は李克強、汪洋から胡春華に受けつがれていくはずだったが、その流れが絶たれたのだ。大会最終日の開幕時に胡錦濤が〝強制退出〟させられたのは、団派排除を内外に示すためだったと言えなくもない。 これは、単なる派閥抗争の問題ではない。というのは、団派は、鄧小平以来の改革開放路線を推進してきた中心勢力だったからである。つまり、今回の人事は、中国共産党が改革開放路線よりも〝毛沢東路線〟を重視するという、ある種の路線転換を意味すると見るべきであろう。 もちろん、〝毛沢東路線〟といっても、急進的農民革命路線の再現ではなく、「共同富裕」といったまやかしの〝平等〟や「中華民族復興の夢」といった大国主義・民族主義を意味するにすぎないのだが。 ◇側近で固められた新指導部新常務委員の顔ぶれは、習近平が地方党幹部時代に側近とか近い関係にあった人物がほとんどである。つまり、習近平によって引き上げられた地方党幹部で、行政経験に乏しく、ましてや経済政策などに疎い連中ばかりである。 その好例が次期首相と見られる李強だ。彼は習近平が浙江省トップだった時代に秘書長を務め、前大会で常務委入りの通過コースと言われる上海市党委書記についた。李強は、今年4月から6月にかけての上海市ロックダウンを指揮し、経済を停滞させ市民生活に大きな打撃を与えたが、ロックダウンは正しかったと言い張り、「習近平総書記の重要指示」を賞賛していた。 常務委に非習派がいなくなり、長老や経験豊富な党幹部が遠ざけられ、習近平側近のイエスマンばかりとなれば、結局は習近平の独裁となり、中国の政治経済社会体制におけるあらゆる困難や矛盾の〝責任〟は習派、ひいては習近平に帰すことになる。労働者人民の不満や怒りも習近平に向けられるだろう。大会直前に北京の高架橋に掲げられた横断幕に、「独裁者・国賊 習近平を辞めさせろ」と記されていたことを想起せよ(『海つばめ』前号参照)。 側近たちを従えて満足気に笑みを浮かべる習近平は、〝裸の王様〟ではないのか? 習派の権力独占は、中国が新たな激動に向かう出発点になるだろう。 ◇解決策が新たな矛盾をもたらす連鎖新政権の下で、これまで推進されてきた「ゼロコロナ」対策、「共同富裕」、「社会主義現代化」=強国化、軍拡、「中華民族復興の夢」・台湾併合の策動などが継続されるだろう。しかし、どの政策・路線をとっても、中国が現在抱える困難や矛盾の解決の道を切り開くものでなく、逆に一層激化させることは必至だ。 例えば、「ゼロコロナ」対策だ。大都市を長期にわたって全面閉鎖しても、コロナウィルスを根絶させることは不可能であり、モグラ叩きのようにあちこちの都市を閉鎖しなければならなくなることは既に経験済みだ。 何故、習近平は「ゼロコロナ」に固執するのか? 彼は、コロナウィルスを封じ込めることによって〝社会主義〟(強権的な国家資本主義の体制)の優位を証明しなければならないと信じ込んでいるからだ。 しかし、人類がウィルスを根絶させることなどはそもそも不可能である。ウィルスによって人類は進化してきた面もあるのだ。 必要なことは、ウィルスに有効なワクチンや治療薬を早期に開発し、パンデミックを乗り切ることができる態勢を築くことだろう。中国は、医療技術や医薬品開発能力の立ち後れによってそうした〝正統〟な路線を取ることができないが故に、住民を監視し、閉鎖空間に閉じ込め、住民生活と経済に大きな打撃を与えているのだ。 「共同富裕」もまた、矛盾に満ちた政策である。中国における貧富の格差は深刻であり、反乱必至のレベルにあるが、習近平政権のやっていることは、その根源――党官僚や、国有企業とそれに連なる富裕層が支配する国家資本主義――にメスを入れるのではなく、一時しのぎで、新たな矛盾を引き起こす類いの〝対策〟ばかりだ。 習近平政権は、IT長者や芸能人などに〝寄付〟を迫り、それを庶民に還元することが「共同富裕」の具体策だというのだから、矮小化も甚だしい。富裕層に対する課税の強化という〝王道〟があるはずなのに、それを避けているのは、富裕層――共産党幹部を含む――の反発があるからである。この政権のよって立つ基盤がどこにあるかは明らかだ。 IT企業に対する締め付け強化は、近年の中国経済の成長を担ってきたこれら企業の萎縮を招き、あるいは海外逃避をもたらすだろう。それは経済発展、強国化という路線と矛盾する。 習近平政権は、地価・住宅価格高騰への都市住民の不満を抑えようと不動産業への規制を強化してきたが、それは不動産・建築業に打撃を与え、経済の停滞を招いている。さらには、地価高騰に依存してきた地方政府の財政崩壊も懸念されている。 ◇台湾併合?習近平政権には歴代の共産党政権に匹敵するような成果がないと言われている。習近平が〝歴史に名を残す〟には、どうするか――そこで台湾併合が浮上する。 「中華民族復興の夢」の具体的目標が台湾併合であることは容易に察しがつく。そのことは台湾独立阻止のためには武力行使も辞さないとの習近平発言や党規約改正からも明らかであろう(大会は、党規約に「『台湾独立』に断固として反対し、抑え込む」という文言を明記した)。 しかし、ここでまた習近平は大きな困難に直面する。台湾を武力併合すれば、米欧は反発し、中国に対する制裁が強化されるだろう。ロシアと同様、中国は大きな打撃を被らざるを得ない。米を抜いて世界の最強国となるという習近平の〝夢〟は雲散霧消する。 中国はそもそも、資本主義世界経済の一環となることによって経済成長してきたのであり、そこから閉め出されれば、中国経済も破綻するのだ。 党大会終了直後、上海や香港市場で中国株が大量に売られ、中国からの資本逃避が始まっている。意味深である。 (鈴木) 【二面サブ】 英国金融パニックの原因世界的危機の前触れか英国の金融パニックが去る9月に発生し、その原因がトラス政権の採用した「アベノミクス」的な金融緩和策にあったとマスコミの多くが論じている。 さて、それでいいのか。 ◇産業は衰退し金融に依存英国は自国資本による生産的部門がすっかり衰退した資本主義国である。産業革命が世界最初に起きた歴史的な国家としての面影はもう無い。英国は海外企業による直接投資で雇用を確保し、海外からの間接投資(証券投資など)で貨幣資本を流入させて生き長らえている。 英政府は海外からの直接投資を歓迎してきた。例えば日本からも、自動車では日産、トヨタ、ホンダやこれらの関連会社が英国に完成車の生産拠点を作り、主としてEUに輸出してきた。 英国はどうなってしまったのか。 経常収支の赤字は実に40年も続いている。84年に赤字に転落して以来、一貫して赤字であり、しかも近年赤字幅が拡大し、21年には824・8億ドルに膨らんでいる(米国に次いで世界2位の赤字)。 この経常赤字の拡大は何よりも製造業の衰退にあり、貿易赤字が莫大な金額になっているからである。貿易収支を見ると、21年には2256億ドルもの赤字となり、これも米国に次いで大きい。だから英国は世界2位の純債務国に沈んでいる。 経常収支の中にサービス収支があり、この部門は黒字になっている。しかも、「金融サービス(年金や保険を含む)」が「英国経済の全ての部門の中で最大の黒字を記録している」(長崎県立大学論集第51巻)。 金融サービス部門が英国の主産業になっているが、その実体をGDPに占める割合で見てみる。 サービス部門は第3次産業に分類され、さらに3つの項目に分けられている。「A、卸売り、小売り、運輸」が13・7%、「B、飲食、宿泊」が10・9%、「C、情報通信、金融、不動産、その他サービス」が55・1%であり、第3次産業全体で79・7%を占める(18年国連データ)。 金融サービスはCの中でも最大であり、この部門が経常収支の中でも英国最大の黒字をはじき出す役割を担っている。ちなみに「製造業」はわずか10%なのだ。 ◇金融パニック発生の原因英国は「金融センター」として、EUを始め世界に、固定利付債や金融派生商品を売り、また投資ノウハウを売って儲けている、いわば金融立国である。 だから、リスクヘッジやレバレッジを利かせた投資信託を手掛けるのはもちろん、ベンチャー企業や再生企業への投資で高配当を狙うハゲタカのような投資も繰り返している。それゆえ、失敗するならたちまち金融不安を生み出す、常に危ない橋を渡る国家である。 この金融立国の首相に就いたトラスが大幅減税を中心にした経済政策を掲げて政権を組織した途端に、実際に減税を実行したわけでもないのに金融パニックが発生した。 今年初めから世界を襲った物価高騰を鎮めるためにと、欧米諸国はそれまでの金融緩和策を転換し、政策金利引上げと量的引締め策(国債売却による通貨吸収)を講じていた。英国もこの流れの中にあり、国債売却が進み国債価格が下落し、国債利回りは上昇していた。そこへ、「アベノミクス」を称賛してきた金融緩和論者のトラスが登場し、大型減税や物価対策を行うと発表したのだ。トラスは金融引締めと財政支出の「両方のアクセル」を踏むという矛盾した政策を発表したのである。 しかし他の政府でも、この間、金融引締めをやりながら、財政支出を行ない、また行おうとしていたのであり、なぜ英国ではトラスの方針に敏感に反応して債券売りが行われ、ひいては「年金基金」に組み込まれたレバレッジが〝破綻〟し、英中央銀行が介入し「証拠金」を積み増したのかが問題なのである。 財源が無いのに(政府債務残高がGDP比で90%に至っている)財政支出を進めようとしたから投資家が反応したと、マスコミは説明している。もちろんその面はあるが、今回の英国ショックの原因を説明するのには、決定的に不十分である。 トラス登場前から英国は、民間部門の債務が政府債務の4倍以上もあり、かつ金融センターとして低金利を利用したレバレッジを長年にわたって横行させて来たのであり、このレバレッジが最近の金利上昇によって困難に直面していた。 トラスが矛盾した政策を打ち出したことで、前から起こっていた債券売り(信用不安)に拍車がかかり、国債金利が急騰し、その結果、国債の担保付金融派生商品に投資していた「年金基金」が資金繰り難に陥ってしまったのである。そしてまた、ポンド安によって、頼みの外国資本の流出もあり、金融センターの機能がマヒする恐れが出て来たことも今回のパニックの一因なのである。 つまり、外資と金融部門に依存し、しかも民間債務が莫大になり、政府の債務もかさみ、常に信用不安を抱える退廃した資本主義、これこそが英国金融パニックの真の原因であり、トラスはただ引き金を引いたに過ぎないのだ。 (W) |
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