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労働の解放をめざす労働者党機関紙『海つばめ』

◆第2第4日曜日発行/A3版2ページ
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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
   「ゆとり」から「競争」
   そして「愛国教育」で
   いいのか
 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
  お申し込みは、全国社研社
  または各支部・会員まで。
  メールでの申し込みも可能です。

まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1447号 2023年3月26日
【一面トップ】 卑しい本性が暴露され慌てる
         ――放送法改変の先頭に立った安倍一派
【一面サブ】  政労使会議で労働者の味方装う
         ――階級協調主義に労働者の未来なし
  【コラム】   飛耳長目
【二面トップ】 強まる半導体の対中輸出規制
         ――米国の覇権維持策の一環
【二面サブ】  プルードン批判の意義を考える
         ――『哲学の貧困』をめぐる読者の投稿
※『海つばめ』PDF版見本

【1面トップ】

卑しい本性が暴露され慌てる

放送法改変の先頭に立った安倍一派

 去る2日(3月)、放送番組に対して、安倍一派(天皇制国家主義者)が自分達の都合のいいような番組を作れと圧力をかけていた行政文書が公になった。この総務省官僚が書いた行政文書には、磯崎陽輔首相補佐官が安倍の承認を得て高市総務相に働きかけ、放送法を解釈変更させた経緯が記録されていた。

◇TBSを槍玉に挙げて攻撃

 磯崎が動きだした直接のきっかけになったのは、14年11月23日に放送されたTBSの「サンデーモーニング」である。磯崎はこのTBS番組を槍玉に挙げ「コメンテーター全員が同じ主張の番組は偏っている」、「放送法でうたう政治的公平性に違反している」と騒ぎ出したのである。

 そして、磯崎は政治的公平性の判断基準について、「一つの番組ではなく全体で見る」という従来の政府見解に対し、「一つの番組でも明らかにおかしい場合」があれば規制すべきだと言い出した。

 磯崎は総務省と交渉を重ねた結果(もちろん安倍の了解を得て)、スムースに放送法を変更する方法を次のように結論し、総務省に伝えている。「放送法の従来の解釈を変えるものではなく、これまでの解釈を補充するものだ」(15・2・13行政文書)。

 しかし、この間の経緯と今後の対応について、当時の菅義偉官房長官に事前に話しておきたいという総務省局長の提案に対しては、「局長ごときが出しゃばる話ではない」、「この件は俺と総理が2人で決める話しだ」、「俺の顔をつぶすようなことになれば、ただじゃあ済まないぞ。首が飛ぶぞ」(15・2・24行政文書)とヤクザまがいに脅迫したと言うのだ。

 総務省との間で綿密な打ち合わせが行われた結果が磯崎から安倍に報告され、安倍は「答弁する場は予算委員会ではなく総務委員会」、「高市総務大臣から(解釈変更について)答弁してもらえばいい」と言ったことも明らかになった(15・3・5行政文書)。

 つまり、安倍と磯崎は14年12月から15年3月にかけて、高市ら総務省側と放送法の解釈変更について密議し、国会で誰が質問し高市がどう答弁するかについても検討していたのである。 

 実際、高市は「官邸には『総務大臣は(国会答弁を)準備しておきます』と伝えて下さい」(15・2・13行政文書)と言い、密議した内容に沿って参議院総務委員会で答弁したのだ(15・5・12)。

◇放送法など糞くらえと安倍一派

 今回暴露された放送法改変について、マスコミは次のように批判している。

 「放送法は政府に管理されていたラジオが戦争に協力したことを反省し、連合軍総司令部(GHQ)が民主的な放送が行われるよう法律づくりを指示してできた。政府や政治が番組に干渉しないよう、放送局が『自主自律』の放送を続けられるようにするのが趣旨だ」(「朝日」23・3・8)。

 しかし、安倍一派は「自主自律」の放送など、決して認めないのである。戦前の天皇制軍国主義の一部をささやかに批判した放送(例えば、01年のNHKの「戦争をどう裁くか」)はもちろん、選挙で野党の主張を多く取り上げた放送(03年の「ニュースステーション」)に対しても、「公平でない」とイチャモンを付け、また挙げ句は規制されるべきだと居丈高に振る舞ってきたのだ。

 磯崎を先兵にした安倍一派の策動は、放送法にうたう政治的公平性の言辞を利用し、政府に批判的な番組を牽制し、委縮させ、政府や自民党の声をもっと取り上げろと恫喝するためであった。

 だから、この放送法改変事件は、単に放送法の解釈を捻じ曲げたのみならず、教育基本法改悪や教育委員会の国家管理化、教科書への国家介入と同様に、帝国主義にふさわしい愛国的で強靭な国家に作り変えようとする自民党政権の国家主義の現われであった。

◇文書を「捏造」と否定する高市

 安倍一派の思惑通りに進んだ放送法改変事件の行政文書について、高市は自分に関する箇所を「捏造」だと言い出した。 高市は15年2月頃の磯崎を知らなかったと言ったが、この発言は真っ赤な嘘であり、磯崎とは良く知った仲間であることが明らかになっている。しかも、磯崎は高市の国会答弁に向けて総務省とすり合わせたことを認めている。

 現に、高市は「一つの番組でも、極端な場合は政治的公平を確保しているとは認められない」と国会で答弁しているのだ(15・5・12)。つまり高市は一つの番組でも政府が政治的に公平かどうかを判断できると言い、さらに翌年には「停波命令」にまで踏み込んでいる。

 それゆえ、この高市の「捏造」発言は岸田ら政府にとっても意外であった。というのは、行政文書に書かれた高市の発言は高市の〝持論〟であったからだ。高市が行政文書を否定する理由はどこにも無く、現総務相も行政文書の中身をおよそ事実だと認めている。

 高市は行政文書に「捏造」が無いと分かった場合、議員辞職をすると虚勢を張ったが、それは、どうせ行政文書以上の証拠(例えば録音)は出てこないと高を括っているからだ。

 さらに言えることは、高市が報道の自由を抑圧し言論統制をやる反動的で悪質な人間、卑しい本性の持ち主であるということが満天下に示されたことに反応したということである。つまり、高市はとっさに自分をかばい、下劣な人間でないと見せたかったのだ。

 丁度、前述した「NHK改変事件」の際、NHK幹部を呼び寄せ、権力を嵩にかけて放送内容を変更させた安倍や中川昭一らは、この策動が後日、「朝日」によって暴露されるや必死になってその事実を覆い隠し、「でっち上げだ」と騒いだこととそっくりである。

 しかも、高市は日本の「報道の自由度」が世界ランク71位(22年12月発表)であることを当然知っていたし、先進国で最低であることも知っていたのだから、余計に否定したかったのだろう。

 高市の顛末は、かつての安倍や中川らと同様に、再び三度、国家主義者の卑しい本性を国民の前にさらしたということである。断固糾弾しようではないか! (W)


【1面サブ】

政労使会議で労働者の味方装う

階級協調主義に労働者の未来なし

◇労働者の味方装い点数稼ぎする岸田

 春季交渉で大企業の満額回答相次ぐ中、15日に8年ぶりという政労使会議がもたれた。関係閣僚、経団連会長、商工会議所会頭、そして連合芳野会長らが参加した。マスコミは「出席者は中小企業の賃上げへ労務費の取引価格転嫁ができる環境を整えると基本合意」(日経2・16)と、岸田政権の「構造的な賃上げ」実現への姿勢を伝えた。

 岸田は最賃全国加重平均を2023年に1000円へ上げる目標を示したり、非正規雇用も含めた幅広い賃上げを訴えたり、労働者の味方を装った。

 物価高騰で労働者の生活はさらに苦しくなり、賃上げに対する労働者の期待が強まっていることに対して、政府は一生懸命努力しています、労組も経営者も一致協力して賃上げしましょうと、階級協調を振りまいた。

 物価高騰の責任追及をしない、政府が賃上げに関与しなければならない「構造」の変革を突きつけることもない会議であり、政権の支持率挽回、地方選や衆参5補選に向けて点数を稼ごうという魂胆だけが目立つ会議であった。

◇中小企業の賃上げ分価格転嫁で物議

 中小企業から「賃上げ分を価格転嫁できない」と悲鳴が上がる中、政労使会議で岸田は「構造的な賃上げ」実現のため、労務費の取引価格転嫁について「業界ごとに実態調査したうえで指針をまとめていく。業界団体にも自主行動計画の改定・徹底を求める」(同前)と応じた。これは、産業構造における中小企業の実態、大企業の支配的な状況にはメスを入れず、「自主行動計画」改定でお茶を濁そうということである。

 芳野連合会長は岸田に同調し、17日に行われた全国中小企業団体中央会との懇談会では、「15日の政労使会議の中で総理から労務費を含めた価格転嫁の話があった。今後は労務費を含めた価格転嫁という言葉で発信したい」と、中小企業の経営者になったかの発言をしている(連合ニュース3・17)が、芳野は「製品には適正な価格があり、それを下げるとそこで働いている人の価値も下げることになるので、消費者も企業もお互いに認め合うことがとても重要」と語り(同前)、物議を醸した。

◇労働者は資本との闘いを避けられず

 政労使会議での議論は、中小企業が大企業に売る製品価格を「適正」にしようと言うもので、とりわけ中小企業労働者の賃金上昇分を製品に価格転嫁できるようにすべきだというものである。確かに製品価格は生産手段と労働者に支払った賃金に利潤を加えたものと現象する。

 しかし、中小企業経営者も大企業経営者も生産手段と一緒に労働者から労働力商品を買い、労働過程に労働力を投げ入れ、労働力の価値以上に働かせることで剰余労働を生み出す。剰余労働分は企業に搾取されており(利潤だ)、製品価格には剰余労働分が入っている。

 従って、賃金を経営者が〝正当〟に評価し賃上げした結果、企業が自分の利潤を確保するために製品価格を上昇させるなら、物価上昇に繋がり労働者の賃金は目減りする。反対に、価格に転嫁しないならば、企業の利潤は減ることになる。つまり、労働者の賃上げと企業=資本の利潤確保は対立しているのだ。

 労働者が生活を守るために賃上げ要求をすることは当然であり、そのためには、資本と闘うことは避けられない。こうした資本と賃労働の対立的な現実を階級協調主義の連合芳野は何も分かっておらず、それゆえ、労働者を常に裏切り続けるのだ。  (岩)


   

【飛耳長目】

★東日本大震災から早12年が過ぎた。3・11のこの日、私は卒業を間近に控えた生徒を連れたお別れ遠足の最中だった。15時にはバスに戻る約束で、外で生徒を待っていると、突然激しい目眩に襲われた。駐車場に居並ぶバスが右に左にゆさゆさと揺れている。それは目眩などではなく巨大な地震だった★信号が消え、高速道は不通となりバスが学校に戻ったのは夜の8時を回っていた。職員室のテレビは巨大津波の襲来や福島原発の制御不能を伝えていた★家族を一度に亡くし、たった一人残ったAさんは「津波でたくさんの命が奪われ、原発事故で人がばらばらになった。忘れて欲しくない」と涙する。しかし、自民党をはじめ為政者たちはもうすっかり忘れているようだ。開催前には「復興五輪」であったものが、1年延期されるといつの間にか「コロナ克服五輪」にすり替えられ汚職の巣窟となった★また資本の要請で、原則40年としてきた原発の60年超運転も容認し、復興税を20年延長(増税だ!)するかわりにそれを軍事費に充てるなど軍事大国化への道を歩み出した★死者1万5900人、不明者2523人、震災関連死3789人、それぞれの命に家族あり、親族あり、友人あり、仕事仲間あり。資本の利益擁護と己らの権力欲のために彼等はその命の尊さを忘れる。 (義)


【2面トップ】

強まる半導体の対中輸出規制

米国の覇権維持策の一環

 米国と中国との対立が激しくなっている中で、世界のサプライチェーン(供給網)の分断が進んでいるが、米国は中国への先端技術の輸出規制の範囲を広げている。それを代表するのが、半導体の輸出規制である。

◇バイデンのデカップリング政策

 トランプ政権の下での対中政策は、主として貿易不均衡是正のための関税による輸入制限であった。トランプは、日本や西欧、とわけ中国からの米国に対する輸出が増加し、国内の産業を衰退させ雇用を奪っているとして、輸入品に対する高率関税を課すなど貿易戦争を仕掛ける一方、先端技術をめぐり、中国大手企業への輸出規制や投資規制、デジタル企業ファーウェイ(華為技術)製品の国内使用禁止などを行った。

 米国にとって中国が経済・軍事的大国として米国の対抗勢力として意識され始めたとはいえ、トランプの時代には中国と米国の対立はまだ始まりにすぎず、現在ほど激しいものではなかった。

 先端技術の中国への輸出の禁止=デカップリングという、中国への対抗心をむき出しにした政策をとりだしたのはバイデンである。

 2022年10月、バイデンは「国家安全保障戦略」で、中国を「国際秩序を変える意思と能力を兼ね備えた唯一の競合国」であり、「インド太平洋地域で強い影響力を持ち、世界を主導する大国になろうとする野心を抱いている」を位置づけ、中国に対抗して競争力や技術革新を強化しなくてはならないとした。

 その基本は、各種の規制を通じて最先端技術の流出を防ぎながら、中国を抑え、自国の優位性を保持し、世界の覇権的な地位を維持しようとすることである。

 バイデンは、自国の優位性を確保する分野として、19分野の「重要・新興技術」を定めた。中でもコンピューティング関連技術、バイオ技術・製造、クリーンエネルギー技術を最重要分野に挙げている。

◇なぜ半導体なのか

 米国の「優位性確保」のためのコンピューティング関連のうち中心となっているのが半導体である。 なぜ半導体なのか。昔、鉄は産業の〝コメ〟と言われた。建物や生活物資、兵器に至るまで鉄が使用されたからである。鉄の生産量は国力を表す指標であった。しかし、現代ではそれはもう古い。

 半導体は、あらゆる製造業、〝サービス〟産業に欠かせない部品であり、人々の日常の生活に深くかかわっている。さらに戦争のためのミサイル、戦闘機などにも使われ、兵器の性能を左右するものとなっている。優秀な半導体を生産できることは「国家の優位性」を確保することなのである。

 バイデンは22年8月、国内における半導体の生産や開発に対して520億ドル(約7兆円)ものカネを投入する法律を成立させた。これと同時に、台湾の半導体メーカー台湾積体電路製造(TSMC)、韓国のサムスン電子を国内に誘致することを決めた。

 半導体の製造工程は長く20数もの数に分類できるとされているが、大きく分けて3つに分けられる。第1は設計・シリコンウエハー工程、第2は前工程、最後は後工程となる。最初の工程では半導体の基盤となるシリコンウエハーを製造し、次の工程ではシリコンウエハーの洗浄や回路の転写、最後の工程ではシリコンウエハー上につくられた半導体チップを細かく切り出し製品化する。

 米国には、半導体を作る工場を持たない設計企業は(ファブレス企業)多くあるが、10ナノメートル(ナノメートル=10億分の1メートル)未満の高度な半導体(薄いチップで多くの電子回路を載せることのできる半導体)を作るメーカーがなく、ウエハーの切断やパッケージなどの工程を経てチップとして完成させるメーカーも弱い。米国は優れた設計は出来ても、それを半導体として自前で作ることは出来ない。

 そこでTSMCを誘致することが計画された。これが実現すれば、後工程を受け持つ企業や、素材メーカー、機器メンテナンスを行う企業も進出してくるだろう。こうして、国内で半導体のサプライチェーンを完結させることが可能になるという思惑だ。さらにTSMCを中国から切り離し、中国の半導体生産を抑制する意味もあった。

 TSMCは、技術力でも規模でも世界で群を抜いた〝怪物〟のような巨大企業で、世界中のほとんどのメーカーが製造を委託している、と言われる。

 米国は22年の10月には、米国の技術を使った製品及び技術をを許可なしに輸出することもできない、との法律を成立させた。

 またIPSプラス法では、先端半導体に対する新規投資や拡張投資、研究開発などに対して、5年間に390ドルの補助金を既出するほか、投資企業に対して25%の税控除を行うことを謳った。

 但し、補助金を受けた企業は、10年間は中国を含む〝懸念国〟で半導体製造装置の拡張は行わないことを義務付けられている。

 これは、中国のハイテク製品に打撃を与えることが狙いであった。中国は高度な半導体を作る技術を持っていない。米国から追放されたファーウェイの5Gを搭載した製品はTSMCに生産を依頼したものであり、従来通りTSMCに生産依頼が出来る限り、米国を除いた世界中に販売することが出来ていたが、米国がTSMCを国内に誘致して共同で高級半導体生産を行うことは、中国がいかに優秀な設計技術を持っているとしても、それを製品としてつくることはできなくなることを意味している。

◇米・中の覇権闘争

 米国の半導体規制強化に反対して中国は猛反発している。3月7日、秦外相は記者会見で「米国のいう競争はどちらかが死ぬゼロサムゲームだ」だと批判、「封じ込めても中国の復興の歩みは止められない」と語った。中国政府は1兆元(約19兆円)を超える半導体産業の支援を導入し、「挙国体制の利点を発揮し、能力を集中して困難を打ち破る」と言う。

 中国は国を挙げて半導体の国産化、産業化を目指してきた。

 15年に決定された「製造2025」によれば20年までに14~16ナノチップの自給率、世界シェアをそれぞれ49%、43%にするという計画だったが、技術的困難で量産体制は出来ず、自給率も22年末で20%にとどまっている。中国の半導体生産能力の世界のシェアは16%(21年)で韓国、台湾に次ぐ位置にあるが、その約半分は中国に進出した外国の大手半導体製造企業によるものだされている。

 半導体生産は、生産工程が複雑で長いのが特徴で、それぞれの工程では技術集積度が高く、寡占状態である。例えば先端技術に関しては、先端メモリーは韓国2社が44%、先端プロセッサーは台湾TSMCが92%、製造装置ではオランダのASLMをはじめ米、日の5社が独占といった状態である。

 バイデンは中国の半導体生産のサプライチェーンを切断するために日本や西欧の同盟諸国に半導体製造装置の輸出規制の協力を呼び掛けている。これに呼応して、21年11月、イギリス政府は、国家安全保障のリスクと見做して、中国企業によるウェールズのマイクロチップ工場の買収に撤回命令を下した。ドイツでも中国系企業によるドイツの半導体関連企業買収に不許可を閣議決定し、オランダのASLMも輸出規制を決めた。米・中の対立が深まる中で、中国に対する半導体製造装置・技術の買収規制は、今後ますます強まるだろう。

 バイデンによる半導体の抱え込み(サプライチェーンの分断)政策は、技術覇権の闘争ではなく、米・中の世界の覇権をめぐる闘争なのである。 (T)


【二面サブ】

プルードン批判の意義を考える

『哲学の貧困』をめぐる読者の投稿 

 「海つばめ」(3月12日号)に掲載されたマルクスの『哲学の貧困』をめぐる論稿は、一部のマルクス学者に見られるプルードン擁護論に反対し、その弱点を突く内容でした。これを機にプルードン批判の意義を改めて考えてみたいと思います。 

◇マルクスによる完膚なき批判

 『哲学の貧困』は、マルクス経済学を学ぶ者が一度は手にするべき本とされていますが、178頁の小著ながら、その内容は難しく、決して易しい本ではありません。

 一方、そこでマルクスが批判しているプルードンの『貧困の哲学』は1000頁を超える大著で、これまた読み通すのは大変です。

 そもそも1000頁の著作をわずか178頁に要約し、それを批判することなど、普通の人にできることではありません。当時、28歳の青年だったマルクスは、極めて短期間のうちにそれをやってのけたわけで、その力量に驚くばかりです。

 『哲学の貧困』でマルクスは、スミス価値論の俗流的側面を踏襲しているプルードン理論に対し、リカードゥの奥義的な価値論を対置し、もっぱらリカードゥに依拠する形でプルードン理論を批判したのでした。

 そこでのマルクスの批判は、文字通り完膚なきもので、この書物によってマルクスはプルードンと完全に決別し、プルードン主義はもはや過去のものになったと考えられてきたのでした。

 ところが、最近、一部のマルクス経済学者の間でプルードンを評価してもいいのではないかという意見が持ち上がっています。

 マルクスが『哲学の貧困』で批判しているのは、プルードンの主張のごく一部にすぎないという見方や、プルードンが言っていることの中には良い点もあるのだから、もっと積極的に評価してもいいのではないかといった意見が時々聞かれます。

 マルクス経済学者たる者がプルードンを擁護するとは、一体どういうことなのか。「海つばめ」の論稿からは、そうした問題意識を看て取ることができます。

◇折衷的な考えのプルードン擁護論

 この論稿でとりわけ注目したいのは、あるマルクス学者が唯物史観や経済理論に精通していながら、それでもプルードンを擁護しようとしているという指摘です。

 「マルクスが間違っていないというのなら、プルードンの方が間違っていることにならないか」。論稿のこの指摘は、プルードンを擁護しようとする一部のマルクス学者の折衷的な・曖昧な・優柔不断な考え方の弱点を鋭く突いていると思います。そもそもマルクス学者がプルードンを擁護するなどということは、本来はあり得ません。

 また、論稿によると、この学者は「マルクスは、経済学の延長線上でプルードンの論理の矛盾を指摘」したと言い、マルクスの批判には「論理の一貫性」があり、それは「『資本論』にまでつながっている側面を持っている」と述べているようです。

 こうした見方は、必ずしも的外れではないのでしょうが、「経済学の延長線上」で考えたとしても、問題はそう単純ではないように思われます。

 『哲学の貧困』と『資本論』との間には、まず『経済学批判要綱』があり、これを踏まえて『経済学批判』が出版されています。さらに、『剰余価値学説史』や『資本論』初版に採録されなかった『直接的生産過程の諸結果』なども書かれています。

 膨大な準備草稿を書き進める中で、マルクスの経済理論はリカードゥを頂点とする古典派経済学をはるかに凌駕する「経済学批判」の体系として構築されたのでした。

 こうしたマルクス理論の生成過程を見れば、『哲学の貧困』でマルクスが示した考えが『資本論』につながっているなどとは簡単には言えない筈です。おそらく論稿の筆者も、一部学者のマルクス理解が平板すぎると感じているのではないでしょうか。

◇「俗流経済学の時代」に警鐘

 現代では、リカードゥやマルクスに見られる奥義的な経済学がすっかり社会の後景に退いてしまいました。俗流的なプルードンがもてはやされ、評価される風潮は、現代がまさに「俗流経済学の時代」であることの証左であるように見えます。

 こうした中でマルクス理論を真に再生させるためには、『資本論』の原点と言われる『哲学の貧困』を研究し、そこでのプルードン批判の意味を読み取ることが欠かせません。今回の「海つばめ」の論稿は、一部のマルクス学者の間ではびこっている安直なプルードン擁護の風潮に警鐘を鳴らしていると私は考えています。 (札幌・M)

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『哲学の貧困』をめぐる論稿は、労働者党のブログに掲載されています。ぜひご覧ください。
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