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労働の解放をめざす労働者党機関紙『海つばめ』

◆第2第4日曜日発行/A3版2ページ
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郵政民営化の中で何が起きているのか?
郵政労働者は告発する!

■民営化の嵐の中で最大の御用組合の登場――JPU臨時全国大会議案批判
■郵政民営化――今、職場では/郵政現場からの報告
■恐竜化か、リリパット化か――郵政民営化のジレンマ
■西川善文著『挑戦――日本郵政が目指すもの』/民営化に賭けるトップの本音


憲法改悪と
いかに闘うか?


■改憲に執念燃やす安倍――「国民の自主憲法」幻想を打ち破れ
■労働者は改憲策動といかに闘うか
■国民投票法をどう考えるか
■安倍の「美しい国」幻想――憲法改定にかける野望


本書は何よりも論戦の書であり、その刊行は日和見主義との闘いの一環である。
マルクスが『資本論』で書いていることの本当の意味と内容を知り、その理解を深めるうえでも、さらに『資本論』の解釈をめぐるいくつかの係争問題を解決するうえでも助けとなるだろう。


全国社研社刊、B6判271頁
定価2千円+税・送料290円
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「不破哲三の“唯物史観”と『資本論』曲解』(林 紘義著)」紹介


全国社研社刊、B6判384頁
定価2千円+税・送料290円
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「天皇制を根底的に論じる『女帝もいらない 天皇制の廃絶を』(林 紘義著)」(『海つばめ』第989号)他

理論誌『プロメテウス』第54号
2010年10月(定価800円)

《特集》菅民主党のイデオロギーと“体質”
・神野直彦の思想と理論――菅直人のブレインは「曲学阿世の徒」
・原則なき寄せ集め政党――顕現するブルジョア的“体質”
反動的な「文化」の擁護に帰着――レヴィ=ストロースの「文化相対主義」批判


 
 
 教育のこれから
   「ゆとり」から「競争」
   そして「愛国教育」で
   いいのか
 林紘義 著 7月1日発売

  (全国社研社刊、定価2千円+税)
  お申し込みは、全国社研社
  または各支部・会員まで。
  メールでの申し込みも可能です。

まかり通る「偏向教育」、「つくる会」の策動、教育基本法改悪の動きの中で、“教育”とは何であり、いかに行われるべきかを、問いかける。  


 第一章  
教育基本法改悪案の出発点、
森の「教育改革策動」
 第二章  
破綻する「ゆとり」教育の幻想
 第三章  
“朝令暮改”の文科省、
「ゆとり」から「競争原理」へ
 第四章  
ペテンの検定制度と「つくる会」の教科書
 第五章  
歴史的評価なく詭弁とすりかえ
つくる会教科書(06年)の具体的検証
 第六章  
日の丸・君が代の強制と
石原都政の悪行の数々
 第七章  
憲法改悪の“露払い”、教基法改悪策動

●1457号 2023年8月27日
【一面トップ】 安易で無責任な海洋放出
        ――海洋放出の前にやるべきことがある!
【一面サブ】  不動産バブル破綻の背後に何が?
         ――中国政府・地方政府と饗宴
【コラム】   飛耳長目
【二面トップ】 資本家との和解・協調を説教
        ――斎藤幸平「ヘーゲルの『精神現象学』」を読んで
【二面サブ】  他人の振り見て我が振り直せ
        ――『不破哲三氏への手紙』を読む
※『海つばめ』PDF版見本

【1面トップ】

安易で無責任な海洋放出

海洋放出の前にやるべきことがある!

 21日岸田は、全漁連や福島県漁連の幹部と東京都内で面会した。処理水の海洋放出には、全漁連は反対の建前を崩さなかったが理解は深まっていると発言し、早ければ24日から海洋放出が開始される。

◇汚染水は3・11原発事故によるもの

 岸田は2015年に政府・東電が地元自治体や漁業関係者と交わした『関係者の理解なしにいかなる処分も行わない』約束を守る姿勢を見せたいのだろうが、汚染水は3・11原発事故によるものであり、一握りの関係者の理解や合意の問題ではない。

 海洋放出される処理水は、処理装置によって取り除くことの出来なかった放射性物質トリチウムを含むもので、年間4万6千トンも30年以上の長期間放出され、それが、環境にどんな影響を与えるかは不明である。

 しかも、「2018年8月、『トリチウム水をどうするか』の公聴会の直前、トリチウム水に基準を超えるストロンチウム90、ヨウ素129などの放射性核種が含まれていることが発覚」と、報道されたように、「多核種除去施設」ALPSによって処理された処理水の8割(2018年)は、除去できないトリチウム以外の放射性物質に関しても環境基準規制値を上回っている。

 海洋放出に当たっては再度ALPSで処理するというが、大量の海水で希釈しても数十年も放射性物質が放出され続けるのである。

◇我々は原発処理水の海洋放出を認めない

 労働者党綱領は、「慢心と責任観念の欠如により、さらには利潤最優先によって重大な事故を引き起こし、またコスト的にも引き合わなくなった日本の原発事業の即時廃絶。原発事故に直接の責任を負う東電の経営者、及び原発事故に直接、間接に重い責任のある政官財学等の『原発村』関係者の告発と刑事罰の適用」を謳っている。

 住民の生活と仕事を奪い命も奪った原発事故の責任は追及も処罰もなされていない。東電経営陣に対する業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電の勝俣恒久元会長(82)ら旧経営陣の被告3人の控訴審で、東京高裁は今年1月、一審東京地裁に続き、「全員無罪」の判決を言い渡した。裁判長は、「10メートルを超える津波が襲来する可能性は予測できず、原発の運転停止を講じるべき業務上の注意義務があったとは認められない」(東京新聞1・18)と述べ、ブルジョア国家権力を構成する裁判所は、東電と国の意向に沿った判決を下した。裁判に依存し、法廷論争で東電、国の原発政策や3・11事故の責任が追及でき、裁判官が彼らを有罪にするなど「お伽話」でしかない。

 過酷事故を引き起こした原因は〝予想できない巨大津波〟ではない。事故の責任は〝安全神話〟で安全を無視して利潤を追求してきた東電の腹黒い資本家と、電力資本と一体になって原発を推進してきたブルジョア国家にこそある。我々は彼らを犯罪者として告発する。

 76年には福島第一に設置されているGE社「マークⅠ型」原発の電源喪失時の構造上の問題について技術者が内部告発したが、東電経営陣が真剣に検討した形跡はない。巨大津波に対する堤防のかさ上げ、冷却水ポンプの高台移転や電源車導入の提言に対しても、費用負担による利益減少を嫌って見送られた。ブルジョア連中は、3・11原発過酷事故を無責任に忘れ去り、原発再稼働に前のめりである(現在稼働中11、許可申請中16)。安全性を考慮することなく原発稼働も60年に延長された。

◇資本主義の下で原発の安全な稼働は困難

 共産党は19年参院選で原発について、「原発事故から8年余の体験は、原発と人類が共存できないことを示しています」と書いた。我々はそれは違うと考える。原発と人類が共存できないのではなくて、利潤を目的とする資本の私的利益を追求する活動が、核エネルギーとの共存を阻害するのだ。3・11過酷事故によって改めて核エネルギー利用の困難さと、目先の利潤を優先し注意を怠った原発が、取り返しのつかない結果をもたらすことを知った。

 共産党は日本が地震大国で活断層の上にも原発が作られ、使用済み核燃料が増え続けることなどを挙げて、「原発とは共存出来ない」と宣言したが、3・11はマグニチュード9クラスの巨大地震であったが、事故を引き起こした直接の原因は、津波によって電源が断たれ冷却水注入が不可能になったことである。

 対策を講じていた東北女川原発は電源喪失もなく運転を停止できた。福島第一で過酷事故を引き起こしたのは、電源喪失であり、冷却水ポンプの水没であった。対策されていれば、完全ではないが過酷事故を防ぐことは出来ただろう。

 しかし事故を引き起こした福島第一の建屋は水素爆発で吹き飛び、冷却不能により溶け落ちた核燃料は、原子炉容器を突き破って格納容器の底に燃料デブリとして堆積し強い放射能を発している。

 この燃料デブリの冷却に注水される冷却水などが毎日発生する140トンの汚染水であり、強力な放射線を発する燃料デブリの取り出しの見通しがいまだに立たずに、巨額な費用がかかるといわれている。利潤を目的とする資本主義の下で原発の安全な稼働は、経済的合理性からも困難である。

 使用済み核燃料の処分問題が最近注目された。中国電力と関西電力の中間貯蔵施設を山口県上関町に建設する調査の受け入れである。原発で使用する核燃料は4~5年使用すれば新しい燃料と交換される。使用済み核燃料も放射線と高温を発するため燃料プールで冷却し、キャスクと呼ばれる保管庫に移し六ケ所村再処理工場まで運ばれ再処理が行われるが、稼働していないため貯蔵スペースがなくなりかけている。

 原発敷地活用を考えていた中国電と使用済み核燃料保管場所に窮していた関西電力に、原発交付金が見込めなくなった町が、中国電に要望し中間貯蔵施設を建設する計画案が提示された。調査受け入れは交付金目当てである。金を餌に増え続ける使用済み核燃料の〝処分場〟を探すような核燃料サイクルは、資本家階級が真剣に核エネルギーに向き合っていない事を暴露している。

 資本の支配の廃絶が核エネルギーの安全な利用を保障する。 (古)


【1面サブ】

不動産バブル破綻の背後に何が?

中国政府・地方政府と饗宴

 債務超過に陥っていた中国の不動産大手、中国恒大集団は17日(8月)、米国にて破産法の適用を申請した。巨額な債務(負債総額は22年末にて約49兆円)の大半は中国国内分であるが、恒大の破産法の申請目的は、債権者の差し押さえ等から米国内の資産を守るためである。

 恒大の破綻の原因は、恒大などの不動産業者による過剰な借入と無節操な投資のツケだけではない。

 中国経済を活性化させるために政府の金融緩和や財政バラ撒きが強化されていくと共に、中央・地方政府や銀行のカネが不動産市場に流れ込んでいった結果でもある。

 中国政府は16年以降、それまでの6~7%台の政策金利を引下げ、3~4%という低金利政策を今日まで続けてきた。

 それは、政府が力を入れていた製造業(「製造大国」から「製造強国」へ脱皮する目標を掲げた)の成長にかげりが見え始め、国家の財政バラ撒きと併せた経済のカンフル剤が必要だと考えたからに他ならない。

 しかし、政府の金融緩和策は政府が意図した製造業の活性化や拡大再生産に大してつながらず、むしろ、不動産市場の拡大に寄与していった。

 政府もまた、「中国GDP」の30%を占める不動産関連業を活性化させることは、政権維持の上でも、地方政府の財政拡大の上でも好都合であった。金融緩和で住宅金利が下がり、マンションが大量に販売されるなら、併せて家電や車も売れ、経済の活性化が進むだろうと目論んでいたからだ。

 それゆえ、政府機関によって土地使用権売却やマンション建設の斡旋・低金利融資が銀行と結託して活発に行われたのである。

 金融緩和によって投資が刺激され、政府の住宅購入優遇策がとられた結果、多くの労働者もマンションを購入した。

 預金金利は下がり、賃金は上がらず、社会福祉が不十分な中国では、老後の生活資金を増やすために、値上がりを続けるマンションを購入し、資産として保有しようとしたのである(2軒以上保有の都市世帯は4割を超える)。

 しかし、労働者の老後のための投資は無残な結末になった。

 なぜなら、バブルによって経済全体が危機に陥ることを恐れた習近平政府によって、住宅価格高騰に非難が殺到したことを口実に、不動産融資規制(20年8月)が発動されたからだ。

 だが、習の対策は既に遅くバブルは一気にはじけ、恒大集団をはじめとする数百社の不動産会社の「経営破綻」を招き、加えて、これらに投資していた銀行の破綻も相次いでいる。

 他方、不動産取引で多額の収入をせしめていた地方政府も「土地使用権譲渡収入」や不動産投資斡旋収入が激減して財政破綻に直面している。

 それだけではない。バブル崩壊は鉱工業生産指数の低下に見られるように、中国経済全体に波及し、労働者の生活に深刻な影響を与えている。

 失業率全体が上昇し、とりわけ若者失業率(16~24歳)は急上昇、この6月に21・3%と過去最高になった。

 既に述べたように、中央政府と地方政府は、国有資本・民間資本との間で政治的にも経済的にも強い結び付きを築いている。

 しかも、地方政府は、直接に資本と行動を共にする関係でもある。だから、資本が危機に陥るなら、地方政府もまた危機に直面する。

 今度のバブル崩壊では、地方政府に1800兆円の「隠れ債務」が発生していることが明らかになり、その巨大な地方債務は中国全体の危機になろうとしている。

 中国国家資本主義の退廃した姿が浮き彫りになっている。 (W)


   

【飛耳長目】

★ハワイ州マウイ島の火災は未曾有の被害をもたらせた。特に古都ラハイナは、折からの強風に煽られて時速96㎞で炎が押し寄せ、瞬く間に町の80%を焼き尽くした。人々は逃げる間もなく炎にまかれ、海に飛び込んで難を逃れた。中には5時間も海に浸かり続けた住民もいる★森林火災はカナダ、トルコ、シチリア、カリフォルニア、オーストラリア、ブラジルとほぼ同時に起きている。何れも熱波と異常な乾燥が被害を拡大させた。例えばシチリアでは48・8℃を記録し2週間燃え続けた。カリフォルニアでは東京都以上の森林が燃えた★今世紀最大のそれはサハ共和国(ロシア)の火災で、日本国土の半分を焼いた。北極に面したこの地域は冬はマイナス40・5℃の極寒地なのだが、夏は異常高温で35℃を記録、燃えさかる炎からの二酸化炭素と凍土から溶け出したメタンが充満、住民は呼吸困難にもなった★地球温暖化による猛暑や乾燥、海水温の上昇による豪雨と洪水と地球の環境は目に見えて危機に瀕している。日本も温暖湿潤から亜熱帯に変わりつつある。温室効果ガス削減が待ったなしなのだが、世界の二酸化炭素排出量のほぼ半分を占める、中(31%)・米(14%)・ロ(5%)(23年世銀オープンデータ)は益々帝国主義的対立を深め、それどころではない。 (義)


【2面トップ】

資本家との和解・協調を説教

斎藤幸平「ヘーゲルの『精神現象学』」
を読んで

◇ヘーゲルを「ストレートに読む」ことは可能か?

 斎藤は、なぜ今、ヘーゲルなのか?と問い、その理由を次のように述べている、「『精神現象学』は、間違いなく今こそ読まれるべき一冊です。なぜならば分断が進む現代社会において、意見や価値観の違う他者とともに生き、自由を実現するための手がかりが『精神現象学』のなかに書かれているからです」(8頁)。さらに、「世界を見渡すと、経済的、文化的、政治的な対立が社会の分断を生んでいますが、そんな時こそヘーゲルが重視した『弁証法』と『相互承認』が大きな意味をもつからです」(15頁)。

 斎藤は、マルクス(ヘーゲルの弟子を自称した)を挙げて、「マルクスの視点を持ち込みすぎると、ヘーゲル自身が『精神現象学』でやろうとしていたことが見えにくくなってしまいます。そこで今回は、ヘーゲルはヘーゲルとして、ストレートに読んでいこうと思います」(10頁)、と述べる。

 しかし「ヘーゲルをストレートに読む」ことなどできるであろうか? 歴史的にも、絶大な影響力を誇ったヘーゲル学派は、彼の死後、右派、左派、中央派に分裂した。右派はヘーゲルの保守的、国家主義的な面を継承し、左派(青年ヘーゲル派)はヘーゲルの批判的、革新的な側面をおし進め、中央派はヘーゲルの訓詁解釈に従事した。彼らはみなヘーゲルの正統を自任していたのである。

 だから、そもそもヘーゲルを、特定の視点や思想を抜きにして「ストレートに」、〝正しく〟読むなどということは不可能なことではないか。斎藤の視点ならよくて、マルクスの視点なら悪いというのであろうか。問題は、自分がいかなる視点からヘーゲルを学ぶか、ということではないのか。

◇ヘーゲルの弁証法は保守的でもあり革命的でもある

 斎藤は弁証法について、「自分の知が否定されるような矛盾に耐えて考え抜き、悪いところは捨て、良いところは残しつつ、より高次の知を生み出していく……。それこそがアウフヘーベン(注、止揚)であり、そのための思考法としてヘーゲルが定式化したのが弁証法です」(31頁)と述べている。つまり相互承認のための思考法が弁証法だと言うのである。

 弁証法においては、三段階のうち二段階目の対自的側面つまり矛盾や対立に重点をおくものと、三段階目の即自・対自的側面つまりアウフヘーベン(止揚)に重点をおくものに分かれる。

 マルクスは『資本論』第2版の「あとがき」で、「それ(弁証法)は現存しているものの肯定的な理解の中に、同時にその否定の理解、その必然的没落の理解をも含むものであり、生成した一切の形態を運動の流れの中に、したがってまた、その経過的な側面に従って理解するものであって、何ものをも恐れず、その本質上批判的で革命的なものである」(岩波文庫第1分冊32頁)と述べているが、これは弁証法における否定の理解や批判的側面を重視したものであり、他方、斎藤は弁証法を、対立する「両者を統合し、新たな知に至るための方法論」と考えるのである。つまり、斎藤は「悪いところは捨て、良いところは残す」と言っているところからもわかるように、平凡な改良主義なのである。彼は、ヘーゲルを保守的に解釈することによって自己の改良主義を正当化しようとしているのだ。

 斎藤は、「このような弁証法という思考法は、既存のルールや常識を疑い、世の中の見方を変え、社会を変革していく武器(これこそ氏が避けたかったことではないか――筆者)となります。ヘーゲルの思想が、かってマルクスやレーニンのような革命家に大きな影響を与えたのもそのためです」(41頁)などと述べて、あたかも弁証法の変革的、革命的側面を支持しているかのような印象(マルクスやレーニンの名前さえ出して)を与えているが、彼がヘーゲルを重視するのは、矛盾や対立を克服するアウフヘーベンの方なのである。

 〝弁証法〟とは便利な言葉で、統一や統合を強調していけば、戦前の西田幾多郎派のように〝絶対的矛盾の自己統一〟といった、わけのわからない反動的な〝弁証法〟に行きつくのがオチである。

◇資本家と労働者は水と油!

 斎藤は、「資本主義のもとで格差が広がると、金持ちは『社会に依存しているわけじゃないから、自分の好き勝手にやらせてもらうよ』と主張し始め、貧しい人たちも『こんな社会はぶっ壊れてしまえばいい』と共同性を軽視するようになってしまうかもしれません」(130頁)と、危惧している。

 しかし搾取階級と被搾取階級の間で相互承認や共同性は成り立つであろうか? 成り立つはずはないのである。搾取階級と被搾取階級は、斎藤も「主人と奴隷」で説明しているように、そもそも非対称性の関係であり、奴隷は初めから主人に従属し、生命を握られている。そんな両者の間で相手の立場を本当に尊重するなどということは起こりえない。起こったとしたらそれは欺瞞、見せかけであり、奴隷や被搾取階級が騙されただけである。これは歴史の事実が証明している。

 同じ土俵や階級の中でこそ協調や相互承認は可能であるが、違った階級の間では結局は、力関係が決めるであろう。「経済的、文化的、政治的な対立が社会の分断を生んでいる」と、斎藤は述べているけれど、対立する主張や見解の底には、階級的利害の対立があって、この階級関係を無視して主張や思想を問題にしても無意味なのである。

 マルクスは原始共同体解体以降の歴史は階級闘争の歴史であったことを明らかにした。資本家階級と労働者階級とは、水と油である。資本家と労働者を統一したり、まとめたりすることは、観念論と唯物論を妥協させる試みと同じことである。にもかかわらず、斎藤はヘーゲルの「相互承認」をかざして執拗に、金持ちと貧乏人との協調や労働者と資本家の相互尊重を説くのだ。労働者が資本家を敵として、打倒の対象として闘ってこなかったこと、その結果が、いつまでも労働者が賃金奴隷制の下で呻吟している理由である。

◇『精神現象学』から何を学ぶべきか?

 斎藤によれば、ヘーゲルの主張は結局、「何が正しいかはダイアローグ(対話)によって決まる」(109頁)ということになる、と述べている。しかし、こんなつまらない、常識的なことを学ぶために、苦労して難解な『精神現象学』を読まなければならないのか? 冗談ではない。労働者階級にとって『精神現象学』から学ばなければならないことは、弁証法の「何ものをも恐れず、その本質上批判的で革命的な」側面である。斎藤氏の主張は、労働者の階級闘争を解体に導く階級平和の思想である。

 労働者階級は、どれだけこの階級平和、階級協調の思想に騙されてきた(今も騙されている)ことだろう。労働者階級は、資本家との和解、協調を説教する反動的なインテリ学者に騙されず、階級的闘いを発展させていくことこそ、労働者階級の歴史的使命である!  (K)


【二面サブ】

他人の振り見て我が振り直せ

『不破哲三氏への手紙』を読む

 元共産党の政策委員会委員であった松竹伸幸の新たな著作『不破哲三氏への手紙』(宝島新書)が発売された。共産党は松竹が唱える「核抑止抜き専守防衛論」は、自衛隊や日米安保条約に依存していると激しく非難している。だが、松竹の安全保障論は、共産党の立場と根本的に相入れないものではなく、反対に不破らがとってきた政策の延長上にあることを本書は明らかにしている。

◇自衛隊も日米安保も認めた共産党

 日本は専守防衛に徹する、日米安保条約を堅持するが、アメリカの核抑止に頼らず通常兵器にとどめるという松竹の「核抑止抜き専守防衛論」に対して、共産党の赤旗編集次長は、松竹の除名を決めたことについての記事で、「自衛隊合憲論を前提とした議論であり、自衛隊は違憲と言う綱領の立場を根本から投げ捨て、自衛隊合憲論を党の『基本政策』に位置づけようとする」政策であると、激しく非難している(「赤旗電子版」1・23)。しかし、これは事実ではない。

 敵からの攻撃に対しては「警察力と自主的自警組織」で反撃するというのが20回大会(1994年)で決めた方針であったが、自衛隊を活用すると言い出したのは不破であった。

 2000年8月、テレビ朝日の討論番組(サンデー・プロジェクト)で、司会の田原総一郎に「もし敵に日本が攻められた時にはどうするか」と聞かれ、不破は「必要なありとあらゆる手段を使います。」「われわれは、一遍に自衛隊を解散するつもりはないから、そういう状態のないことを見極めてすすみますから」と答えている。つまり、自衛隊を解散するのは、敵が攻めてくるような状態がないことを見極めてからであり、敵が攻めてくることが想定される場合には、自衛隊の活用を含めた「ありとあらゆる手段を使う」と述べたのである。

 松竹は、これを聞いて「私は安心した」と書いている(102頁)。

 この自衛隊を活用するとの不破発言は、党大会の決定へと受け継がれていく。22回大会(2000年)では、日米安保条約や自衛隊を解消し、憲法9条の完全実施に至るまでの段階を3つに分けた。そして、まだ日米安保条約及び自衛隊の解消の国民的合意がない第一の段階には「急迫不正の主権侵害、大規模災害など、必要にせまられた場合には、存在している自衛隊を国民のために活用する」ことを決定したのである。自衛隊の「活用」を言い出したのは不破であり、それを受けて共産党は大会決定をしたのであって、共産党に松竹を批判する資格はない。

 日米安保条約についても同様である。

 2015年、外国特派員との記者会見で、「国民連合政府」で、日本有事の際に、在日米軍への出動要請はどうなるのかという質問に対して、志位は「『国民連合政府』の対応としては、日米安保条約にかかわる問題は『凍結』することになります。…第五条で、日本にたいする武力攻撃が発生した場合には(日・米が)共同対処をすることが述べられています。日本有事のさいには、連合政府としては、この条約にもとづいて対応することになります」と述べ、自衛隊のみならず米軍との共同行動も認めている。まだ日米安保条約廃棄について国民的な合意に至っていない段階だからというのがその理由である。

 実際には、共産党は自衛隊や在日米軍との共同行動を認めているのである。共産党が自衛隊や日米安保条約の解消を目標にしている、ということはなんの言い訳にもならない。共産党が真にそう考えているとするならば、自衛隊や米軍への依存(「共同対処」)は問題にならない。ところが、共産党は「国民の合意」がまだないとして、大資本の政党である自民党と同じ行動をとることを正当化するのである。これは現状追随以外のなにものでもなく、革命政党を名乗る資格などない。

◇松竹は共産党のブルジョア的堕落の落とし子

 松竹は、自衛隊、在日米軍に積極的に依存すべきだと言う。米軍は、戦争拡大という危険はもっているが、他方では中国やロシアに対しては戦争「抑止」の役目も果たしている。そこで、米軍の核に依存することは抜きにして、通常兵器の軍事力を日本防衛に利用すべきだ、国連も自衛のためなら「武力による威嚇または行使」を認めている。自衛のための武力の装備、訓練を怠らず、侵略の意図を挫くようにすることが「核抜き専守防衛」政策だという。

 松竹は「自国の自衛」のための軍備の充実(平和のための外交の役割も言及するが)による自国の「防衛権」を強調するのみで、軍事対立、戦争の危機をもたらしている日本を含めた帝国主義の存在については全く問題にしていない。ここにこそ松竹の反動的な立場が明らかにされている。

 松竹は、共産党が階級政党であるという規定をやめて、「労働者階級の党であると同時に、国民の党」と、労働者とブルジョアをはじめすべての階級を含んだ抽象的な「国民」を同列においたことを高く評価する(59頁)。しかし、自衛隊や日米安保条約の問題だけでなく、社会主義に向けての変革の問題までも「国民の合意」によるとすることは、共産党のブルジョア的堕落を意味している。共産党は、松竹を非難しているが、自らのブルジョア的堕落こそが、松竹のような腐敗分子を生み出したことを自覚すべきである。 (T)


【前号校正】

1面サブ記事4段目後ろ7行 「緊急会」→「緊急集会」

2面トップ記事6段目後ろ4パラ5行 「上限規制を適用しない【ように】政府に」

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